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「真夏の幻想」

Thursday, July 24th 2008

連載 許光俊の言いたい放題 第147回

「真夏の幻想」

 暑い。猛烈に暑い。こうなると可能な限り外に出たくなくなるものだが、先日はオペラシティで開かれたエマールのリサイタルに行った。平日だしガラガラだろうとたかをくくっていたら、満員とは言わないものの、意外にもけっこうな入り。演奏はメシアンとベートーヴェンのソナタ第31番がすばらしかった。前者はともかく、後者を実に微妙な音色の変化で聴かせてしまうあたり、並のピアニストではない。武満メモリアルという会場で三階席の一番奥まで音をきれいに響かせるのも。大喝采に答えて、エリオット・カーターとメシアンばかりで6曲のアンコール。これも大喝采。時代は変わったなあ、と感慨。

 ところで、なぜか暑いと聴きたくなるのが、私の場合ヘンデルの「水上の音楽」、それとピアソラである。「水上の音楽」ではセル指揮ロンドン交響楽団のゆっくりした楽章が実に美しい。死と臨界したような演奏なのである。これ以上真夏の午後の憂愁にふさわしい音楽もなかろう。近所の屋外プールで泳いだ午後5時、けだるい疲れとともに聴くと、存在するすべてのものが、ありとあらゆる動物だけに限らず、石も鉄も、太陽さえ、光さえ、刻々と死に近づいていると心の底から納得させられて何ともいえない気分になる。まさに夢うつつ。先日も久しぶりに聴いたが、音楽が鳴り出したとたん、ぞっとさせられた。特に弱音部分の不吉さはすごい。

 ピアソラでは、最近、ミュンヘン・ピアノ・トリオの1枚が出た。私はピアソラに関しては、比較を絶して自作自演がすばらしいと思う。正直言って、他の演奏は何もいらないのではないかとすら考える。クレーメルらの演奏などめっぽう達者だが、「キミ、とてもうまいね。それで?」と言いたくなる。ピアソラの音楽とは、わずか数分のエクスタシーに命をかけるような音楽だ。リズムは肌がヒリヒリするほど容赦なく叩かれ、センチメンタルな歌はあらゆる羞恥心をかなぐりすてて歌われねばならない。人間の身体が波打つように生々しくふくらんだり縮んだりしなければならない。「切れば血が出る」とは宇野功芳氏の名文句だが、切ろうとすれば全力で押し戻してくるような生命感がなくてはならない。ところが、こんなにも自明のことを実現できた演奏は、自作自演以外にはないようだ。
 しかし、ミュンヘン・ピアノ・トリオの演奏はなかなか好感を抱きながら聴いた。うますぎないのがいい。ちょっと不器用で、ダサいところがいい。いかにも達者な連中がバリバリやったのでは生まれてこない風情がある。

 最近聴いた中では、エリカ・ヘルツォークの「日本の思ひ出」というアルバムも、真夏の幻想をかきたてる1枚だった。この人、少し前に「国歌ファンタジー」というのを出していたが、今度はさらにジャケットおよびCD本体のデザインがパワーアップし、レトロな怪しさを醸し出している。何せ、CD本体に至っては驚きの深紅、血の色で染まっているのだ。「これを見ないと一生の損、驚きの大イタチだよ!」という昔の見せ物小屋の客引きの台詞を思い出した(もちろん、実際にそんな場面に居合わせたことはないが)。そもそもエリカ・ヘルツォークという名前は、いかにも小栗虫太郎か森鴎外あたりの小説に出てきそうで古風な趣がある。
 肝心の音楽のほうは、日本のメロディをもとにした曲。作曲家の大半は日本に滞在経験があり、その際インスピレーションを得た曲が多い。指揮者のワインガルトナーの作品はその典型だが、内容的にもっとも魅力的だったのは、アメリカのアイクハイムという人が作った「日本のスケッチ」という曲。ちょっとドビュッシーなどにも通じるような、けだるい幻想性がある。それ以外にも、例のピアノ教則本のバイエルが書いた「日本の舟歌」、ピアニストのキーシンによる「浜辺の歌」のパラフレーズなどが収録されている。
 こんな即物的な時代だもの、今欧米の作曲家が来日したところで、こうした音楽を書こうとは思うまい。旅がロマンティックだった時代の残り香をかぐことができる。暑いさなかにとろんと夢うつつで聴くのは悪くない。
 さてさて、エリカ嬢の次作は、いったいいかなる仕掛けがあるのか? 今から楽しみである。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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