徹底特集 - Sex Pistols

2007年11月8日 (木)

音楽 ロック&ポップス アーティスト特集 Sex Pistols

Sex Pistols


 バイオグラフィー Sex Pistolsとは何者だったのか?!

Sex Pistols
過激で下品、出きるだけの“ご法度”をも武器として゜70年代に登場した4人の男達。それがセックス・ピストルズ!アルバムたった一枚を残し、実質活動していたのはたったの2年、そんな彼等が歴史を変えた。
おりしもN.Yではラモーンズ、ブロンディー、テレヴィジョン、リチャード・ヘル、パティ・スミス等がクラブで活躍していた゜75年頃、元ニューヨーク・ドールズのマネージャーであったイギリス人のマルコム・マクラーレンが故郷に持ちかえった産物がパンク・ロック。

キングス・ロードにオープンさせたブティック、“レット・イット・ロック”(後、更に過激なブティック“SEX”となる)で常連客であったスティ−ヴ・ジョーンズとポール・クックそして同じハイ・スクールに通っていた同級生の呼びかけでバンドを結成、バンド名はスワンカーズ。ここのベースを担当していたデルがリハーサルに参加しない等の理由によって新しいベーシストを探す事となり、マルコムの紹介でレット・イット・ロックの店員であったグレン・マトロックが加入。当時はニューヨークよりリチャード・ヘルを連れこのバンドのヴォーカルに仕立てられるはずだったが、結局はオーディションが行なわれ、アイルランド人であるジョニー・ロットン(後ジョン・ライドン)が選ばれる。スワンカーズというバンド名はダサいとの理由によって後バンド名はセックス・ピストルズとなった。

彼等が最初に行ったライヴは゜75年の11月6日、グレンの母校であるロンドンのセント・マーティンズ美術学校だった、オリジナルにまじえてスモール・フェイセスのカヴァーも演奏されていたという。最後はピストルズのファンとテディ(皮パン・ルックでロックンロールをこよなく愛すパンクスの天敵)との大暴れにより記念すべきライヴ・デビューはめでたく幕を閉じる。この頃の彼等のいでたちはといえば、ボロボロに破れたT-シャツ(わざわざ破る)、引き裂けたシャツ(わざわざ引き裂いておく、そしてペイントも施しておく)にツンツンに立てたショート・ヘア、所構わずに唾を吐くと言ったイギリスにおいては(イギリスに限らず...)最悪のマナーを持って会場にて大暴れ。いつも話題は一人占めな彼等だった。

翌年’76年3月ロックの殿堂、クラブ・マーキーにおいて行われたエディ&ザ・ホット・ロッズの前座を務める事となったピストルズは例によって例の如くに大暴れ、当然、マーキーからは出演禁止を食らったばかりでなくホット・ロッズとの全英ツアー参加も禁止(当然...)。

この頃からロンドンの100クラブにレギュラー出演するようになり、彼等の周りが更に賑やかにになりだし、PUNK(パンク)という言葉も定着。’76年9月には100クラブにて行われたパンク・ロック・フェスティバルにおいて、ダムド、クラッシュ、スージー&ザ・バンシーズ等と共に出演。

そして’76年10月ピストルズはEMIと契約を交わしクリス・トーマスのプロデュースにより“アナ−キー・イン・ザ・UK”でメジャー・デビューを果した。彼等はテレビに出演した際に連発した4文字言葉のおかげで、社会現象を巻き起こしピストルズの悪童ぶりは益々エスカレート。翌’77年にはEMIからの契約も破棄されてしまうことに。この後グレンはピストルズを脱退、ミッジ・ユーロ等と共にリッチ・キッズを結成しEMIと契約。後に加入したベーシストがシド・ヴィシャス。

゜77年3月、伝説ともなった契約式、A&Mとの契約書のサインをバッキンガム宮殿の前にて行うが僅かに1週間にて契約は破棄となった。後5月ヴァージンよりシングル“ゴッド・セイヴ・ザ・クィ−ン”をリリース。レコード店からの仕入れ拒否にもあいつつ、全英チャートの2位を獲得する大ヒット。人気が出るにしたがって、メンバーや彼等を取りまくスタッフ達にテディやナショナル・フロントらからの襲撃を受け、ライブ会場からも出演を拒否されたりとバンド活動にも支障をきたし始めるが、10月にはシングル”ホリデイズ・イン・ザ・サン”をリリース。11月にアルバム Never Mind The Bollocks(勝手にしやがれ!!) がリリースされる。このアルバムは発売前からの話題もあってリリースと同時にチャートの1位を記録。その脅迫状めいたジャケットやタイトルが問題となりパンク・ムーヴメントにも拍車が掛かった。またこの年12月よりツアー開始、翌年゜78年1月よりアメリカ・ツアーも開始された。

同年、リオにとんでいる列車強盗犯のロナルド・ビッグスとのレコーディングのアイデアがマルコムによって出され、ジョンはこれを否定するが結局ジョンを除くメンバーはリオへと向かい、ジョンは脱退する。゜78年、アメリカ・ツアーの途中の出来事である。

後、ジュリアン・テンプル監督作品、“ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル”が公開される。

゜78年10月、シド・ヴィシャスが恋人であるナンシー・スパンゲン殺害容疑で逮捕される。そしてシドは翌年’79年の2月、ヘロインによって死亡。

゜78年、ジョニーはジョン・ライドンと本名に戻しP.I.L(パブリック・イメージ・リミテッド)を結成。

そして解散から20年近くが経ち、ピストルズの全ては封印されたかに見えた後’96年6月、まさか?のワールド・ツアーがヘルシンキを皮切にスタートする。ピストルズの再結成である。メンバーにはベースにオリジナル・メンバーであったグレン・マトロックが加入。同年10月には日本公演も約1ヶ月に渡り各地にて公演され、送れてきたファンは狂気乱舞、往年のファンは戸惑いを感じつつも、貴重なライヴを体験する事になった。そして11年後の2007年、デビュー・アルバム『勝手にしやがれ』のリリース30周年を記念して再々結成が実現。10月25日にバンドは、再々結成ライヴをLAにて敢行。一夜限りのライヴのはずが、11月にはロンドンのブリクストン・アカデミーで5回の公演を開催。

彼等が20世紀に残した“パンク”というカテゴリー、スタイル、精神性は今でも当時と変わらぬままの響きを持ち、彼等は永遠にその象徴とされ続ける事であろう。

 Sex Pistols 紙ジャケット・コレクション

Never Mind The Bollocks: 勝手にしやがれ
>>>『Never Mind The Bollocks: 勝手にしやがれ』
言わずと知れた衝撃のデビュー作!初回UKオリジナルLP盤封入のポスター及び貼付のステッカー復刻/片面7インチ・シングル「サブミッション」のレーベル復刻/日本盤LP帯復刻...というこだわり仕様!特に帯は最高です!

Great Rock 'N' Roll Swindle
>>>『Great Rock 'N' Roll Swindle』
名映画のオリジナル・サウンドトラック。UKオリジナルLPジャケット復刻/ダブル・ジャケット仕様/UKオリジナルLP盤貼付のステッカー及び封入のインナー・カード復刻/日本盤LP帯復刻

Flogging A Dead Horse
>>>『Flogging A Dead Horse』
ジョニー・ロットン在籍時及び脱退後にピストルズ名義で録音されたナンバーを収録したベスト・アルバム。
UKオリジナルLPジャケット復刻

Sid Vicious / Sid Sings
>>>Sid Vicious『Sid Sings』
シド・ヴィシャスのライヴ・ステージを録音したアルバム。UKオリジナルLPジャケット復刻/UKオリジナルLP盤貼付のステッカー及び封入のポスター復刻/カスタム・インナー・スリーヴ付き/日本盤LP帯復刻

 『勝手にしやがれ』30th記念の復刻LP!

Never Mind The Bollocks: 勝手にしやがれ
>>>『Never Mind The Bollocks: 勝手にしやがれ』復刻LP
発表30周年を記念した復刻アナログ盤リリース!完全生産限定盤!UKオリジナル盤に付いていた「サブミッション」収録の片面7インチ・シングルおよびポスター復刻/日本盤LP帯復刻!
※画像はイメージです

 “Anarchy In the U.K.”ニュー・ヴァージョン収録のゲームとは?

ギターヒーロー3 レジェンド オブ ロック
>>>『ギターヒーロー3 レジェンド オブ ロック』
世界中のゲーム賞を総ナメし、大ヒットした「音ゲー」の最新作に“Anarchy In the U.K.”の新録音が収録されています!原曲のプロデューサーであるクリス・トーマスのプロデュース、オリジナル・メンバーの4人による演奏の2007年度ヴァージョン!ピストルズのほか、ガンズやストーンズの楽曲も!