雲井雅人、あふれる歌へのオマージュ
Thursday, January 13th 2005
雲井雅人、あふれる歌へのオマージュアルペジョーネ・ソナタ イ短調 D-821
作曲:フランツ・シューベルト 編曲:雲井雅人
物語・冬の旅
〜アルト・サクソフォーン、ピアノとナレーションのために
作曲:フランツ・シューベルト 編曲:伊藤康英
原詩:ヴィルヘルム・ミュラー ナレーション・テクスト&訳詞:林望
演出:松本重孝
雲井雅人、アルト・サクソフォーン
Masato KUMOI, Alto Saxophone
伊藤康英、ピアノ(ベーゼンドルフアー)
Yasuhide ITO, Piano(Bosendorfer)
布施雅也、歌&ナレーション
Masaya FUSE, Songs and Narration
2004年7月 神奈川県立相模湖交流センターにおける録音
アルペジョーネ、ライエル、そしてサクソフォーン
このアルバムの中に登場するいくつかの楽器のことについて、はじめにお話しておきたいと思う。
「アルペジョーネ・ソナタ」の題名になっている「アルペジョーネ」という楽器は、今ではまったく廃れてしまった擦弦楽器(弦を弓で擦って発音する楽器)である。ギター・チェロとも呼ばれ、19世紀のはじめにウィーンのシュタウファーによって発明されたが、登場から10年足らずで姿を消してしまったらしい。ギター型の胴とフレット付きの指板を持ち、6本の弦をチェロのように弓で弾く折衷的な楽器である。その音色は、いわゆる「障り」の成分の多い民族楽器的な傾向を持つ。「アルペジョーネ・ソナタ」が、いくぶんハンガリー風な特長を持つのも、シューベルトがこの音色に触発されてのことだったかもしれないと私は感じている。
「物語・冬の旅」の中に幾度か現れる「辻音楽師」が奏でるのが、「ライエル」という楽器である、この楽器は、中世からの長い歴史を持つ擦弦楽器だが、現在ではほぼ廃れてしまった。ライヤー、ハーディー・ガーディーなどとも呼ばれる。ヨーロッパの放浪音楽家たちによって奏されることが多かったため、この楽器にはややネガティブなイメージがつきまとう(グローブ音楽辞典日本語版のハーディー・ガーディーの項の挿画などは、かなりぐっと来るものがある)。リュート型の胴を持ち、弓で弾くかわりに、松やにを塗った木の円盤をハンドルでぐるぐる回し、それでもって弦を擦って演奏する。その音色は、バグパイプの弦楽器版といったところであろうか。
そして、ここで私の奏しているのが「サクソフォーン」である。この楽器は、真鍮という金属でできているが、これでも木管楽器の仲間に属する。19世紀の半ば、ベルギーの楽器製作者アドルフ・サックスによって、木管と金管の中間的音色を出すことを目的として発明されたという出自を持つ、やや折衷的な楽器である。
同様に19世紀ごろに登場した楽器であるヘッケルフォーン(ヘッケルの発明した一種のバリトン・オーボエ)やサリュソフォーン(サリュスの発明したダブルリードの真鍮製木管楽器)などいった管楽器がその後流行らなかったのに比べ、幸いなことに、サクソフォーンはその後も命脈を保ち現在まで発展を続けている。吹奏楽の中で木管と金管の響きを融和させる役割を果たすほか、ジャズの花形楽器として知られている。最近ではクラシック音楽界でも活躍するようになってきており、全国のほとんどの音楽大学にサクソフォーン科があるほどである。
サクソフォーン in クラシック
しかし、この楽器は新参者であるがために、レパートリーのほとんどが20世紀以降の近・現代の音楽に限られる(ヴァンサン・ダンディの作品がほぼ最古の部類に属する)。古典派以前の作品は皆無。ロマン派的な作品は、かろうじてアレクサンドル・グラズノフのものが2曲あるのみという、まことにさびしい状況なのだ。
そのためクラシックのサクソフォーン奏者たちはいつも「慢性古典音楽欠乏症」に悩まされている。自分の愛するバッハやシューベルトなどの作曲家の作品を、みずからが専門とする楽器のレパートリーにできないというのは、悲しく情けないことである。このあたりの気持ちは、広汎なレパートリーを擁する声楽家およびヴァイオリニストやピアニストには理解しえないであろうと思われる。彼らと話していると、まるで、子供の頃ルールを知らないために、遊びの輪から一人仲間外れになっていたときのような気分に陥ったりすることがあるのだ。
10年前、私はシューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」をおずおずと取り上げ、リサイタルで演奏した(ピアニストは伊藤康英氏)。そして思ったことは、バロックだのロマン派だの印象派だのというスタイルの違いというのは、時代的に古いとか新しいとかいうことではなくて、自分の中のどの場所がシューベルトに共鳴したりバッハに共鳴したりするのか、その場所の違いのことなのだなということだった。そういう意味では、私にとってシューベルトは現代の音楽と同じくらい新しいということに気付いたのだった。
シューベルトによってしかタッチしてもらえない場所が心の中にあるのだ。そのとき以来、この作品は私にとって大切なレパートリーとなった。
綺羅星のごときチェロ奏者、ヴィオラ奏者たちがこぞってCDに入れている「アルペジョーネ・ソナタ」。そこに、サクソフォーンによる私の演奏をそっと付け加えたい。ピアニスト・伊藤康英の弾くシューベルトは、あたかも伊藤氏自身がその場で創作しているような気合いに満ち満ちている。それに触発されて、私も我知らずサクソフォーンという楽器の制約を越えた表現をさせられているような気がする。前述したアルペジョーネの民族楽器的な音色とサクソフォーンの世俗的な性格が、どこか遠くでつながっているような気さえするのだった。
アルペジョーネという楽器は存外音域が広いので、サクソフォーン用にアレンジするにあたって、フレーズごと1オクターブ移動したりしたところがある。またピチカートの部分はほとんどピアノにまかせた。
「物語・冬の旅」の成立
シューベルトの音楽、中でも歌曲を聴くとき、いたるところに自分にも「思い当たる節」があることに気付かされる。私たちの心の折々の思いを、歌が代弁してくれているように感じるのだ。文字通り「こんな時にこんなメロディー(節)があったらなぁ」というのを、あらかじめ何百通りも準備してくれていたような、と言えばよいだろうか。その表現があまりに深く自然なので、シューベルトを通して天上からもたらされたギフトではないかと思うことすらある。
原詩:ヴィルヘルム・ミュラー、原曲:フランツ・シューベルト、テキスト:林望、編曲:伊藤康英というこの上なく贅沢な組み合わせによる「物語・冬の旅」。
このような作品を私が委嘱しようと考えたきっかけは、以下のようなものである。
あるとき、林望(以下、リンボウ先生)著「落第のスヽメ」(文春文庫)の【誰かは切らん恋の道】の章を読んでいたら、次のような文章に行き当たった。
「かのシューベルトの『冬の旅』などは、まったく『あられもない』とも評すべき失恋の歌、それも振られた男の未練の歌である」
そうだ、この歌はそうなのだった!
そのめめしさは、それこそ誰にでも「思い当たる節」があるのではないだろうか。私も振られた男の心情を理解するのに、人後に落ちるものではない。この文章にけしかけられるように、私の中に次のような大それた考えがわき上がった。そしてこのことを、作曲家・伊藤康英に持ちかけたのだった。また、テキストをお願いできるのはリンボウ先生を措いてほかにないということで、お引き受けいただいた。
1. 私は「冬の旅」という歌曲集を深く愛するが、みずから歌うことはできないので、自分の楽器サクソフォーンで吹いてみたい。
2. 「近寄りがたい崇高な作品」的な扱いではなく、少し違った切り口でアプローチしてみたい。
3. 訳詞の単なる朗読でない何かと共に演奏をすることで、今までになかった新しい世界を舞台上に作りたい。
作品について
ミュラーの原詩は、リンボウ先生の言葉どおり、振られた男の『あられもない』姿を描いているのであるが、シューベルトは、それを青春時代にしか生まれ得ない切実な感情として音楽作品に昇華させている。リンボウ先生のテキストは、その未熟な男の傷ついた心を、現代の日本語に鮮やかに置き換えている。そのおかげで、この主人公の青年は非常にリアリティーのある存在となった。伊藤氏は、以前より歌曲集「冬の旅」のピアノ伴奏をしばしば担当し、この作品を自家薬籠中のものとしている。原曲を再構築して「現在空間」と「回想」を行きつ戻りつする青年の心を、一篇のドラマにまとめ上げた。「冬の旅」は、功成り名遂げた声楽家に取り上げられることの多い作品だが、本来は若い声で表現されるべきなのではないかとつねづね思っていた。その点で、ナレーションと歌を受け持った布施雅也氏の演技は「この新しい作品のためにはこの人しかいない」と思わせるもので、失恋した男の等身大の姿を描き出した。
歌・サックス・ピアノだけで演じられる「オペラ」ともいえるこの「物語・冬の旅」によって、私はサックス吹きであるにもかかわらず、自分がシューベルトの世界に深く関わっているという喜びを味わっている。
演出について
松本重孝氏の演出についてもひとこと触れたい。氏の方法は「正しく感じること」、この一語に尽きる。演奏者に対して「このように演じなさい」ということは一切なく、ただひたすら「正しく感じること」によって導き出される表情が、演奏者自身の内側から生まれることを促すというものだった。その結果、我々3名の演奏者は、信ずるに足る表現にたどり着くことができたと思う。 (ライナーノートより)
雲井 雅人(くもい・まさと、アルト・サクソフォーン)
1984年に東京文化会館小ホールで第1回リサイタルを開催して以来、全国各地で数多くの演奏会を行なっている。他の追随を許さぬクラシカル・サクソ フォーンのソノリテと、この楽器の新しい可能性を絶えず追求し続ける続ける雲井の姿勢が、聴衆に強い支持を受けている。オーケストラのソリストとしては、91年サントリーホールにおいて、井上道義指揮・新日本フィルハーモニー交響楽団と、岩代太郎作曲「世界の一番遠い土地へ」を共演してデビューし、高い評価を得た。そのライブの模様を収録したCD「シルクロード」(BMGビクターBVCC-2519)がリリースされた。以来ソリストとして、京都市交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、名古屋フィルハーモニー管弦楽団、中国の北京中央楽団などと共演している。また、オーケストラ内のサクソフォーン奏者としての評価も高く、大友直人、小澤征爾、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、若杉弘らの棒のもとで多くのステージを踏んでいる。ソロCDに「雲井雅人サクソフォーン・リサイタル」(キングレコードKICC-99)、「ドリーム・ネット」(CAFUAレコードCACG -0022)、アンサンブルCDに「マウンテン・ロード」(CAFUAレコードCACG-0039)、管楽アンサンブル名曲集(ビクターVICG-56063〜6)がある。リラックスした合理的な奏法から生み出される雲井の豊かなサウンドや多彩な音色は、クラシック奏者のみならずジャズ奏者からも称賛を浴びている。近年は、サクソフォーン四重奏の活動にも力を注ぎ、意欲的なプログラムでコンサートを行ない注目を集めている。国立音楽大学を経て、83年ノースウエスタン大学大学院修士課程修了。東京文化会館推薦音楽会出演。第51回日本音楽コンクール管楽器部門第3位入賞。 第39回ジュネーヴ国際音楽コンクール・サクソフォーン部門で日本人として初めて銀メダル受賞。富山県ひとづくり財団より「とやま賞」(芸術文化部門) 受賞。現在、国立音楽大学、尚美学園大学、愛知県立芸術大学などで後進の指導にあたっている。亜細亜大学吹奏楽団指揮者。「雲井雅人サックス四重奏団」 および「コレジオ・サックス四重奏団」主宰。
伊藤 康英(いとう・やすひで、編曲&ピアノ)
作曲家。代表作として、オペラ《ミスター・シンデレラ》(高木達台本)、交響詩《ぐるりよざ》など。吹奏楽に造詣が深く、これまでに60曲に及ぶ吹奏楽作品を発表し、世界的なレパートリーとなっている。また声楽曲作曲にも意欲的に取り組んでおり、ことに作家・林望氏や詩人・野呂昶氏とのコラボレイションにより多くの作品を作曲。また、合唱オペラ《ねこはしる》(工藤直子原作)など斬新な舞台作品を作り続けている。2004年4月には、『伊藤康英歌曲集』を音楽之友社より出版、8月にはオペラ《ミスター・シンデレラ》の東京初演が行われ、そのエンターテイメント性とドラマ構成の確かさが高く評価され、観客や歌手から圧倒的な支持を得た。
一方ピアニストとしても活躍し、バス歌手・岡村喬生氏はじめ国内外のプレイヤーとの共演を行う。岡村氏のライフワークとするシューベルトの『冬の旅』もこれまで数度伴奏を務めている。雲井氏の伴奏や編曲もたびたび務め、コンサートを成功に導いている。伊藤の伴奏ピアノは、オーケストラを彷彿とさせる多彩な音色により、多くのプレイヤーからの信頼を得ている。最近では、ベーゼンドルファー・スタジオ・コンサートと題したサロン・コンサートを定期的に行い、より積極的な作曲・演奏活動を行っている。東京芸術大学作曲科及び同大学院修了。静岡県音楽コンクールピアノ部門優勝。日本音楽コンクール作曲部門入賞。日本吹奏楽学会アカデミー賞作曲賞受賞。浜松ゆかりの音楽家顕彰受賞。現在、東京芸術大学や洗足学園音楽大学などで講師を務める。
布施 雅也(ふせ・まさや、ナレーション&歌)
東京芸術大学卒業。これまでにオペラでは「コシ・ファン・トゥッテ」、「魔笛」、「フィガロの結婚」、「メリーウィドウ」、「カルメン」、シューベルト「四年間の哨兵勤務」(本邦初演)、「不思議の国のアリス」などに出演。また、ヘンデル「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」、「戴冠ミサ」、ベートーヴェン「第九」などの数多くのコンサートに出演。第15回奏楽堂日本歌曲コンクール歌唱部門第1位入賞。現在、東京芸術大学大学院修士課程在学中。
林 望(はやし・のぞむ、作家 &「物語・冬の旅」テクスト)
東京都生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程修了。 エッセイ、小説のほか、詩集『夕暮れ巴水』、『新海潮音』など著書多数。近年は、歌曲の為の詩作活動にも力を注ぎ、伊藤康英、野平一郎、青嶋広志、加藤和彦、桜井順、糀場富美子、加藤昌則、上田真樹、斉藤圭子ら作曲家たちと 共に新しい日本歌曲を作る運動を展開している。また、混声重唱団『The Golden Slumbers』、『重唱林組』を主宰して、自らもバス・バリトンパートを歌い、主にイギリスの古典曲、マドリガル、フォークソングなどのほか、自作詩による歌曲の独唱・重唱をレパートリーとして全国でコンサート活動中。
松本 重孝(まつもと・しげたか、演出)
東京都出身。東京室内歌劇場第一回旗揚げ公演に参加。舞台全般について、舞台監督の田原進氏に学ぶ。その後、二期会、藤原歌劇団、関西歌劇団等のオペラ150公演余の演出助手を務め、演出を栗山昌良、佐藤信、粟國安彦(故)の諸氏に学ぶ。1984/85年渡伊、帰国後は主に藤原歌劇団を中心に外来演出家による公演で演出助手として活躍後。92年藤原歌劇団公演「椿姫」の演出で東京デビュー。現在、日本オペラ振興会育成部の修了公演等を多数手掛ける傍ら、札幌、名古屋、河内長野などのオペラ・スタジオを指導し、若手歌手の育成にも力をそそいでいる。
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(Saxophone)Arpeggione Sonata: 雲井雅人(Sax)伊藤康英(P)+winterreise
Schubert (1797-1828)
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¥2,767
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Import Violin Sonata(Arranged For Saxophone): Todd Oxford(Sax)
Franck, Cesar (1822-1890)
Price (tax incl.): ¥2,519
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(tax incl.): ¥2,318Release Date:18/October/1999
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Import (Saxophone)die Kunst Der Fuge: Danish Saxophone.q
Bach, Johann Sebastian (1685-1750)
Price (tax incl.): ¥2,849
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(tax incl.): ¥2,621Release Date:21/April/1998
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Import (Saxophone)die Kunst Der Fuge: New Century Saxophone.q
Bach, Johann Sebastian (1685-1750)
Price (tax incl.): ¥3,850
Member Price
(tax incl.): ¥3,350Release Date:15/April/2004
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