レコードライター 田中伊佐資「100% Pure LP」を比較試聴する

2025年09月17日 (水) 18:00

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100% Pure LP

 僕はあちこちの中古レコード店に行くのが仕事だったり、数少ない楽しみだったりするのだが、100% Pure LPの中古盤はあんまり見かけない気がする。2012年の暮れに発売されたとき、限定プレスだったことを差し引いてもロック、ジャズを中心に25タイトルもあった。
 さては買った人が手放さないのではないか、店頭に出たとしてもすぐに売れてしまうのだろうと勝手な想像を膨らませたりするのだが、あながち間違ってはいないだろう。というのもこのシリーズの音質は、その名称通りと言ったらわざとらしいけど、ピュア、つまり極めてクリアだ。細かい音が明確に耳へ入って来て、音楽全体の景色が豊かにそして鮮やかに見えてくる。

 素材が無着色ヴァージン・ヴィニール(180グラム重量盤)、製法がメタルマスター・プレスと知り、レコードにまだそんな伸び代があるんだと率直にびっくりしたが、そんな音質へのこだわりがしっかり成果をもたらしていた。

 あれから早いもので13年が経った。100% Pure LPが遂に復活する。しかも、そのこだわりの二大看板に加えて45回転(2枚組)のフォーマットになるらしい。そこで、あの高音質盤がさらにグレードアップして戻って来た…などと上っ面な感じで書くのは容易だが「アンタ、33回転と45回転、ちゃんと比べて聴いたのかい」と問われると、それがまあ一般的には45回転は音がいいと言われているのでして…などとモゴモゴしてしまう。
 いや、そもそも根本的な話、ヴァージン・ヴィニールにしてもメタルマスターにしても、世間に流通している一般的なレコードとどう音がいいのだろう。
 今回の復活に当たり、その答えを探るべくユニバーサル ミュージックは準備をしていた。同一音源(96kHz/24bit)で、素材が違うとか回転数が違うとか仕様が異なるレコードを何種類も作っていたのだ。でもって「田中さん、いろんな組み合わせでちょっと聴き比べてみませんか」とそれらが送られて来たことで、比較という名のバトルが始まることになった。

 まずは課題曲を決める。その特別盤はオムニバスで名曲名演揃いだったが、大好きなノラ・ジョーンズの「ドント・ノー・ホワイ」を選んだ。この曲はオーディオの音質チェック用に使っていたこともあって、耳にはよく馴染んでいる。



@ スタンパー対決
通常スタンパー vs. メタルマスター・スタンパー

 まずは100% Pure LPの特徴を示す柱、メタルマスター・スタンパーの価値を知る。ところでスタンパーとはなにか。簡単にいえばハンコ、工業製品っぽくいえば金型のことだ。プレスマシンに装着され、材料であるヴィニールの塊に上から圧力をかけてレコードの形に延ばし、溝を刻む。
 それは通常ではカッティングエンジニアが作ったラッカー盤から始まって、メタルマスター、メタルマザー、スタンパーと4つの工程を経て作られている。100% Pure LPは、後ろの2つをすっ飛ばしメタルマスターでいきなりレコードをプレスする。紙の原稿をコピーして、それをまたコピーしてを繰り返すとどんどん鮮明でなくなっていくのと同じで、ハンコは原盤により近いほうが、溝の成形が元に忠実という理屈だ。
 だったら最初からすべてのレコードはそうすればいいと思いがちだが、大元を使うので、プレスを重ねるうちに劣化すれば、それでもう生産終了。限定盤の理由はそこにある。

 比較試聴は普通の黒ヴィニールで、スタンパーだけを変えた。もちろん見た目は一緒。だが音はだいぶ違った。メタルマスター・スタンパーはキリッと音が立ち、ヴォーカルの余韻がきれいだ。細部の響きがよく出ている。通常スタンパーが特に悪くはないのだが、もう一段上質な音に仕上がっていた。まだほんの序の口なのに、ここまでの結果が出るとは意外だ。


A 回転数対決
33回転 vs. 45回転

 これはマスタースタンパー、黒ヴィニールで統一し、回転数のみを変えた比較。やっぱり45回転の音はいい。スケール感が出て音楽の訴求力が強い。ノラがよりヴィヴィッドに歌っているように聴こえる。
 回転が速ければ、針がレコードをトレースする量が増える。単純にそれだけ多くの盤に刻まれた情報を得ていることになる。
 海外では過去の名盤・人気盤を45回転2枚組で続々と復刻しているが、その理由が腑に落ちた。


B ヴィニール素材対決
黒ヴィニール vs. 無着色ヴァージン・ヴィニール

 @とAは馴染みのある黒盤を共通基準にして比べてみたが、ここからようやく無着色ヴァージン・ヴィニールが一戦に参入する。
 カーボンなど黒い染料を添加するのが黒盤。原料のヴィニールそのままで、着色をしないものが100% Pure LP。それによって音が変わるのは理解しにくいものだ。ともかく33回転のマスタースタンパーで両者を比べてみた。

 不思議なことに黒ヴィニールは、というか黒い染料は音へ微かに味つけをしているように感じた。いかにもレコードっぽい、良くも悪くも音の厚み(付帯音)みたいなものがある。といってもこれは無着色ヴァージン・ヴィニールと比べて初めてわかることではあるが。

 無着色ヴァージンは、マスターの音に対してのハイファイ度が俄然アップしている。僕は無論マスターの音を聴いたことがないのだが、そう思わずにはいられない。音の輪郭がくっきりして、冒頭に書いたように見た目通りクリアになった。そのためヴォーカルにしても楽器にしても質感の描写が実に丁寧だ。無着色ヴァージン・ヴィニールが100% Pure LPのもうひとつの柱であることが頷ける。


C 100% Pure LPの回転数対決
33回転 vs. 45回転

 ノラ・ジョーンズ「ドント・ノー・ホワイ」を巡るラスト・マッチは、再び回転数違いの音を比べる。メタルマスター・スタンパー、無着色ヴァージン・ヴィニールの土俵で行う。つまり100% Pure LPの2013年版と2025年版の対決と言っていいだろう。

 これはかなり高度なレベルでの激突となった。声だけに傾注し、もはやバトルは横に置いといて、どっちのノラが好きなのかと自問自答しながら何度か比べてみたが、45回転ラブの答えに揺るぎはなかった。

 声の通りとか抑揚とか息づかいとかが鮮明で、これまでで最もチャーミングなノラがスピーカーの前に立っていた。しかもそれが妙に生々しくリアルなのだ。メタルマスター・スタンパー、無着色ヴァージン・ヴィニール、そして45回転。つまり今回発売される100% Pure LPが優勝は、おおかた見当はついていた。しかし、頭ひとつ抜けて差がつくことまではちょっとイメージしていなかった。

 ちなみに、送られて来たオムニバス盤は、ほかにオスカー・ピーターソン・トリオの「ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー」、カーペンターズ の「トップ・オブ・ザ・ワールド」、スティーリー・ダンの「タイム・アウト・オブ・マインド」とおいしい音源が収録されていた。返却する前に、滅多にないこの機会を逃すまいと全部しっかり聴いたが、優勝の結果はやっぱり同じだったことを最後に添えておこう。

2025年9月 文:田中伊佐資



田中伊佐資(たなか・いさし) 東京都生まれ。
音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。 現在「ステレオ」「analog」などへ寄稿のかたわら全国レコードショップ巡りのYouTubeなどにも出演中。

以下、出版著書。
●オーディオ好きの家へ行く●やっぱレコードもろオモロい ●音楽とオーディオを愛する人々●大判 音の見える部屋:私のオーディオ人生譚●ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壷(以上音楽之友社)●僕が選んだいい音ジャズ201枚(DU BOOKS)●新宿ピットインの50年(河出書房新社)ほか


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