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【インタビュー掲載!】 ネクストブレイク必至のザック・ウォータースが遂に日本初上陸!

Thursday, November 28th 2013

ネクストブレイク必至のザック・ウォータースが遂に日本初上陸!


トップ・アーティストがこぞって惚れ込んだ、高揚感のあるカラフルなダンス・ポップサウンドで席巻中のシンガー・ソングライター、ザック・ウォータース(Zak Waters)、初となるフル・デビューアルバムが遂に完成!全曲シングル級!「胸キュン」 「アゲアゲ」 「エモ系」も全部おいしいドコ取り!

【HMVオリジナル先着特典】 ロゴ・ステッカー
(特典は無くなり次第、予告無く終了致します。予めご了承くださいませ。)

Zak Waters - Runnin Around (Official Video)

ポップ,ロック,ダンス,R&Bなど様々な音楽的要素を絶妙に注ぎ込んだ、エモーショナル&センチメンタルな珠玉のメロディと、オリジナリティー溢れるヴァーサタイルなライティング・スタイルに、甘く爽やかな歌声で全世界を席巻するザック・ウォータースが遂に日本初上陸!今、最も才能溢れる若きプロデューサー、Madeonがその歌声に惚れ込み、ソングライティング、ヴォーカルを依頼し、誕生する事となった世界的大ヒット曲"The City"を始め、Adam Lambert, All American Rejects等、トップ・アーティストのヒット・シングルのRemix制作 までもこなす、底ナシの才能は間違いなくブレイク必至! (メーカー・インフォメーションより)


タイトル:リップ・サービス(Lip Service)
[収録曲]
01.Runnin Around
02.Skinny Dipping in the Deep End
03.$500
04.Over You
05.Dear John
06.By the End of the Night
07.Neon Sun
08.Penelope
09.Move On Up
10.Song of the Summer
11.TNT
12.Heart break in The Making
13.Sleeping In My T-Shirt
14.The City (Acoustic Version)

Zak Waters(ザック・ウォータース)HMVスペシャル・インタビュー



初めてのインタビューなので、まずパーソナルなことから質問させてください。

ロサンゼルスで育ち、幼い頃は友達と毎日スケートボードをして、その辺を走り回っていました。(笑) 高校では、 フットボールとレスリングをやっていました。不思議と音楽は高校最後の年まで、プライオリティー的にはメインじゃなかったけど、今の自分にとっては、ライフスタイルの中で一番大事な部分です。

LA育ちですよね。音楽に興味を持ち始めたのは何歳頃からですか?音楽が溢れた家庭だったとか、音楽的な環境と合わせて教えてください。

音楽は僕と家族にとって凄く大切なもので、産まれた時から沢山影響を受けて育って来たと思うんだ。5歳頃まで一緒に暮らしていた父の影響で、Metalica、Pantera、Suicidal Tendencis等を沢山聴いていたんだ。その後、母と引っ越して、全然違うジャンルの音楽にも影響をうけました。この頃は、母と義父(再婚した父親)の影響で主にR&Bを聴いて育ったんだ。Luther Vandross、Brian Mcknight (始めてコンサートにいったアーティストも彼だよ!) 、Johnny Gill、Babyface を聴いていました。沢山のオールドスクール・ジャム(R&B)を聴いたけど、当時一番ハマったのは2pac、D'angelo、Musiq Souldchild、Anthony Hamilton等だったと思います。高校時代、女の子の為に作ったMixtapeは、僕が聴いて来た様々な音楽のいいとこ取りしたモノを目指して作ったんだ。(笑) 一番最初の曲はたしか、"Knocking The Boots" by H-Townで次にUsher、2pacの曲とかだったかな...? それから祖父母と数年、トロントにも住んでいた事があって、そこで祖父が僕にギターの弾き方を教えてくれました。 祖父は仕事から帰って来ると、リビングルームでいつも楽しそうに数時間は歌って演奏していたんだよ。(笑) 僕にギターを手渡し、音楽を通して家族と一緒に楽しく過ごした時間は、今でも最高の思い出ですね!

FACEBOOKの情報によると、高校生の時にパフォーマンスを始めたとか。その頃、どんな活動をしていたのか、教えてください。

はい、そうなんです! でも、当時は恥ずかしかったので、歌っていたことは内緒にしていました。(笑) フットボールやレスリングのチームに在籍していた僕にとって、歌うことはどこか男らしくないように思っていたんだよね。ベッドルームでしか歌わなかったし、両親の前でさえも歌わなかったんだ。 16歳の頃は、凄く親しい友人にだけ自分で作ったビートを披露していただけでした。 3年生になって、プロム・パーティーの時に、全校生徒の前で歌う機会があったんだ。当時、女の子を誘う事がCoolだと思っていたから、「僕の歌を聴いてよ」って女の子を誘ってみたんだ。 あれは(今思うと)ゾっとしちゃう思い出だね。(笑) それが切っ掛けとなり、人前で歌うのが気にならなくなりました。

アルバム収録曲は、どれもポップでキャッチー、なおかつエモーショナルなメロディーばかりだけれど、こういう曲を書き始めたのは、何歳の頃から?

僕は、いつも制作をする時、どんなジャンルであれ、エモーショナルな曲を目指して制作しているんだ。始めて書いた曲はTeddy Pendergrassの"Close The Door"のイントロをサンプルして、新しい歌詞とメロディーを載せました。その曲のタイトルは"Loving You Is What Im For (Don't Let Anybody Tell You Differently)"凄いタイトル名。。だよね(笑)この曲も、いつかもう一度やるべきかな?(笑)

どんなアーティストに影響を受けてきましたか。

MICHAEL JACKSON、USHER、MUSIQ SOULCHILD、BRIAN MCKNIGHT、MARVIN GAYE、それからRUBEN STUDDARDにとても影響を受けていたんだ。数時間、部屋に閉じこもっては、彼らと同じ様に歌おうとしていました。 ある意味、彼らが歌い方を教えてくれたんじゃないかなって本当に思っているよ。彼らと同じ様な音が出るまで、何度も何度も歌い続けてレコーディングを繰り返していました。彼らの音の出し方をマネすることにより、結果、今の自分と言うものの音楽性を見つけ出すことが出来たんだと思うんだ。当時も今も、僕にとって彼らからの影響はとても大きいし、僕は永遠に彼らのファンだよ!

2011年に発表した、デビューEP『NEW NORMAL』ってどんなアルバムだったのですか。

New Normalは実験的なモノだったんだ。当時、BLUESKYREALITYというバンドを離れた時期だったので、今一度自分のルーツに戻り、パッション(気持ち)に正直になろうと思っていました。 僕は、Funky Soul Musicを作ろうと思ったんだよね。 同じ頃、 コラボーレーションしていたJarrad Kに出会い、意気投合して音楽を一緒に作り始めました。お互いの弱いところ(足りないところ)を補う形で、作曲とプロディースを行なえたから完璧(凄く良かった)でした。そして、一緒に" In The Kitchen With The Lights on"という曲を制作しました。Old Funkのコードを発展させたものと、モダンなメロディを試行錯誤しながらミックスすることによって、しっくりくるモノが出来たんだ。それからは、二人で曲を同じスタイルで制作し、NEW NORMALが産まれました。

それからMadeonの『The City』に参加していますよね。Madeonとはどのように出会ったのでしょうか。共作もしているこの曲の成功で、あなたの音楽活動、キャリアに何らかのいい影響はありましたか?

話せば長い話だけど、彼との出会いは数年前に、Writing/ProducingのパートナーであるJarrad KがUKのアーティストRachel Furner (現Tich)と仕事をしていたんだ。彼女(Rachel Frner)のA&Rの人が、16歳の少年の曲をプロディースしてみない?って、僕に提案してくれたんだよね。 改めて少年を見た時”16歳の少年が曲をプロディース?”って何処かで思っていました。でも、Jarrad Kと彼(Madeon)の曲を聴いた後、お互いに衝撃を受け、完全にやられたのを鮮明に覚えているよ。それから僕達は、彼と話したり、メールのやり取りを続け、どんなプラグインやシンセサイザーを使ってるの?等、音楽機材の話しを沢山しましたね。 MadeonがNEW NORMALのREMIXを作ったりしていた頃、Madeonが「僕の楽曲で歌ってもらえない?」って話になったんだ。そして2年前のある時、”THE CITY”のトラックがメールの受信トレイに届いて、「この曲の作曲を一緒にしよう」って。僕は、それに応えて楽曲が出来上がったんだ。これは、僕のキャリアにとって多大なる影響を残したと思います。単純に彼の楽曲を手伝っただけでなく、彼のファンベースで曲が有名になったこで、沢山のファンと評判をこの曲を通して得れたと思うんだ。そして、これが切っ掛けとなり、Benny Bennasiを始めとしたプロデューサーと働く機会も得れたんだ。今の僕は、”The City”を歌った人物としてしか知られていていないのかもしれないけど、自分はそう呼ばれる事は、全然気にしてないよ。

さて、ここからアルバム『LIP SERVICE』について教えてください。アルバム制作の出発点において、どんな構想、ヴィジョンがあったのでしょうか。

ビジョンは、凄くシンプルでした。NEW NORMALに収録してきた曲と同じスタイルながらも、それを「どこまでネクストレベルに書き上げ、成熟することが出来るか」を意識したんだ。本当に、ファンキーでソウルフルな、ポップ・ソングを作りたいと思っていました。 また、これまで以上に自身の深い部分を魅せたいとも思っていました。ゆったりとしたR&B調や、楽しくはじけたポップ・ダンスミュージックの部分は少し抑えながらも、シリアスであるいは悲しみを伝えるモノもやりたいと思っていたんだ。DEAR JOHNやOVER YOUは、そういった自分が出ている作品ではないかなと思っているよ。

FACEBOOKに「MY MUSIC IS DEFINITELY MEANT TO MAKE PEOPLE DANCE」とあります。なぜ人々を踊らせたいと考えるのでしょうか。(漠然とした質問でごめんなさい)。ダンスにこだわる理由は?

え〜っと、ダンスより楽しいものってあるのかな?(笑) ダンスは人類の中で、最も原始的な喜びを表現する方法じゃないかなって思うんだ。話せるようになったり、それ(ダンスというもの)がなんであるかを知る前から、ダンスというもをやってきているしね。スマイルするのと同じ様に、「幸せ」であるということを表している一つの形じゃないかなと思っているんだ。常に、全ての人が聴く事が出来て、不可能を可能にさせるような何か(音楽)を作りたいと思っている。例えば、古風(堅物に見える)な白人が、楽しそうに踊っているのを見ることは、僕にとって何より幸せです。制作を終えたとき、何か正しい事をやり遂げた気持ちになりました。そして書く事の喜びも得たと思います。

アルバムをプロデュースしたのはご自身で? もし、そうであるならば、なぜ自分でプロデュースしようと考えたのか。違うのであれば、誰がプロデュースしたのか、その人と組んだ理由と共に教えてください。

アルバムは僕のパートナーであるJarrad Kと共同プロデュースで制作しました。自身でプロデュースしようと決めたのは、単純に僕はプロデュースが好きだからね。プロデュースは歌うことと同じくらい、僕自身にとって大事な部分であり、時として最高の喜びでもあります。Jarrad Kと私は、まだ多くの人が体験していないようなユニークなサウンドを一緒に作り上げたと思っています。当初、様々なプロデューサーと仕事をしてきましたが、自身一人で、またはJarradとつくりあげた曲程、満足した事はなかったんです。Jarradは私の難しい要求や指示にも向き合い、2人で一緒にスタジオにこもります。各々で制作をするより、1時間二人でどんなキーボードの音が欲しいかを分かち合う方が、簡単に事が進むって僕は思うんだ。

レコーディング期間を教えてください。レコーディング中に想い出深いエピソードなどはありましたか? 楽しめたレコーディングでしたか?

少しづつ進めたから、全ての曲を完成させるには大体1年半〜2年位かかったかな。NEW NORMALを終えた頃には、幾つかの曲は既に作曲されていたり、また半分くらいはプロデュースされていたものがありました。それらの曲は仕上げの一歩手前という感じでした。ツアーが終了し、七月の息抜きから戻り、2ヶ月かけて終わらせました。この時、アルバムのバランスや一つ一つの曲を確認したんだけど、ブリッジとヴォーカルを調整てました。 ほとんどの曲は1年又はそれ以上前に取りかかっていて、大部分が完成していたけれど、完全ではなかった状態です。自分達でミキシングとマスタリングをしたのだけど、そのマスタリングが一番時間がかかったところです。レコーディングはいつも楽しかったですが、マスタリングの時は少し集中が切れてしまったり。。(笑) だから、12 AMから働き始め、8時か9時にはベーキューをしながらブレイクを取るということに決めました。このアルバムを制作しているときは、バーベキューにのめり込みました。。(笑) でも、それもあって、レコーディングの退屈な部分も凄く楽しいものに変えることができました。

具体的に収録曲について教えてください。1stシングル『Runnin Around』は、どのように生まれた曲ですか。ビハインド・ストーリーを教えてください。

当時のガールフレンドに、僕が彼女を思っている事を伝えるには、どうしたらいいかと考えていたところから詩的なアイデアを得たんだ。なぜか、この曲を通じて、彼女が僕にとって、これからの人生で最後の彼女であるということを伝えられると思っていたんだ。でも、彼女にしっかり曲を聴かせる前にケンカになってしまい、実際にこれは上手くいかなかっんだ。(涙) 多分、曲の中でOTHER GIRLSと言っているのが面白くなかったのかな?w そんな事もあって、タイトルはRUNNING AROUNDになったんだ(笑)

『Skinny Dipping In The Deep End』 はどのように生まれた曲ですか?ビハインド・ストーリーを教えてもらえますか。

Jarradも私もGarden Stateという映画が大好きで、特にみんなが裸でプールに飛び込むなかZach Braff(俳優)だけが怖くてその場に残ってしまうシーンが好きなんだ。この曲を書くとき、その自分達の頭にあるイメージを精巧に作りあげました。書いている時にyoutubeで音無の映像を何回も見続けました。 さらに、ビデオを撮る時も同じアイデアのまま行なったんだ。この曲のゴールは遊び心があり、尚かつ少しノスタルジックなものにしたかったのです。ちょっと飲み過ぎて自制心をうしなってしまった一夏を思い出させるようなアンセムだと思っているよ!

『Dear John』にAudra Maeが参加していますよね。彼女のアルバムでも曲を共作していますが、彼女とはどのように出会い、どうしてこの曲に参加してもらったのか。

彼女の曲"Old Italian Love Songs"を一緒に書いたよ。あの曲はバックヤードで雑談しているときに産まれたものなんだ。彼女が演奏してくれて、Jerrasがアイデアを得て、そこから産まれました。数年前に私達の出版者が彼女を紹介してくれた。いい友達になり、何か歌ってもらいたいと思ったんだ。お世辞抜きに彼女は素晴らしい歌手であり、ライターであり、一緒に働くことは光栄だと感じました。トラックをかけて僕が用意していたメロディーを歌うと、彼女は瞬時にDear Johnのフックの部分のアイデアが出て来た。その晩にほとんどを仕上げてしまったんだ。

個人的に『Sleeping In My T-Shirt』のかわいさにやられています。この歌は、どのように生まれたのか。ビハインド・ストーリーを教えてもらえますか。

この曲はBoots Ottestad とSilly Nymoenと書きました。初めてのセッションだったけど、直ぐに打ち解けました。僕達は、昔話のストーリーで面白い“誰かと家に帰り、朝起きて昨晩の起きた事にガッカリした”というものについて話していたんだ。もし仮に、その朝はガッカリしたけれど、その後、その人に好意を寄せ始めたらどうなるか?という風にストーリーを考えたところから始まりまったんだ。この曲は、今回のアルバムの中で一番始めに制作した曲の一つです。初めはデモのつもりで書き上げたのですが、後にこれ以上、足す事がないということになったんだ。だから、あえて触らないままにしておきました。シンプルさが親密性と関係性を創りあげると思ったんだ。ちなみに、ヴォーカルとその他全てをスタジオのキッチンからラップトップで録音しました。実際この曲はNEW NORMALが出来る前に完成していましたけど、EPには合わないと思ったので、アルバムを出すまで暖めていた楽曲だよ。

『The City』のアコースティック・ヴァージョンは、スタジオでの一発録りでレコーディングしていますか?

ほぼそうですね。Jerradがギターで、私がボーカル、そして後にピアノを加えました。この曲は何度もプレイしていたので、一回でも大丈夫でした。

アルバム・タイトルを『LIP SERVICE』にした理由は?

ちょっとした言葉遊びからきているんです。義父に対して、私が嘘をついていると思ったり、口答えをしているると彼が思ったとき、"お世辞を言うな"とよく言っていました。いつも、このことを面白いなって思っていたんだ。タイトルを決めるには長い道のりでした。Jarrad、友達、マネージャーとのメールのスレッドと色々見たりしていた時、誰かがこのちょっと面白い切り口を出し、僕の子供の頃の言葉とかさなったんだ。今ではリップサービスは、両親への口答え以外の別の意味として、自分の人生と経験してきたことを人々につたえるという意味を持っています。 こうした色々な意味で、僕にとってこの言葉は自分の中で面白なって思える部分だったんです。

アルバムが完成した後、初めて全部通しで聴いた時に、どんなことを感じましたか?やり遂げた喜びでいっぱいでしたか?

時として、プロジェクトの様々な側面を間近で見て来た時、それを客観的にみることは難しいなって思いました。それに、作品に対してハッピー(満足)になれるか心配していました。でも、僕等は全てのファイナル・バージョンをプレイリストに入れて、最初から最後まで聴いてみた後、二人で顔を合わせて笑顔になったよ。何よりも、アルバムが僕自身を表現しているし、僕がどんなアーティストになりたいかもアルバムが語っていると思います。 自分以外のものは何もはいっていないよ。自身で曲を書き、プロデュースし、ミキシングして、そしてマスタリングまで全て手掛けました。沢山の事をこなしながら2年近くの時間を費やした分、素直な気持ちとしてこのアルバムは素晴らしく感じています。殆どのアーティストは曲を書き、誰かがその残りを担当します。だから、彼らは曲をリリース出来る形(完成まで)にもっていくまで大変な苦労していると思うんだ。しかし、僕達は子供が成長し、カレッジ(大学)に進学する為に実家を出て行き、新たに自分達の家(居場所)を得るのを見ている親の心境で、とても誇らしく感じているよ。

最後にまた個人的なことを聞かせてください。

僕は、ハリーポッターの大ファンなんだ。YoutubeでHow to系(ネクタイの結び方とか)を沢山見ちゃうほど(笑)。それに、Will SMITHの映画は全部大好きです。特に、BAD BOYS Pt.1が一番のお気に入りかな!食べ物は、お寿司が大好きで、築地の美味しい寿司を食べに行きたいなってずっと思ってます(笑) 僕の音楽を聴いてくれた人には、意外かもしれないけれどHARDCORE音楽も大好きなんだよね!

ダイアン・ウォーレンとも交流があるのでしょうか。

YES!!彼女が書いたモノの幾つかのものをプロディースもしました。僕にとって、これは大変喜ばしいことでした。自身のキャリアのハイライトです!

日本人は、生年月日と、血液型をすごく気にします。教えてもらえますか。

ごめんなさい。。僕も自分の血液型はわからないんだ。。(笑)誕生日は1987年1月22日だよ!

最後に日本のリスナーにメッセージをお願いします。

1億2666万人のみんなに会うのが待ちどうしいです!!(笑) 皆が僕の音楽で、楽しい時間を過ごしてくれたら嬉しいなって思います。
* Point ratios listed below are the case
for Bronze / Gold / Platinum Stage.  

国内盤

Lip Service (Deluxe Edition)

CD

Lip Service (Deluxe Edition)

Zak Waters

User Review :5 points (1 reviews) ★★★★★

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Release Date:04/December/2013

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