ハオチェン・チャン ロングインタビュー
Sunday, November 18th 2012

ハオチェン・チャン ロングインタビュー
聞き手・文:高坂 はる香─ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝から3年余りが経ちました。最近はコンサートで大変忙しくされているそうですね。
この3年間は、コンクール副賞のツアーのため世界中で演奏活動をしていました。今年ようやく学校を卒業したので、これまでのように、学生と演奏家、二つの役割をこなす必要はなくなりました。カーティス音楽院はとても理解のある学校で、演奏活動をしている学生は特別なカリキュラムを受けることができたため、コンサートツアーに出ている間はオンラインで宿題を提出して単位をとることができました。一方、これからは演奏家として独り立ちしてやっていかなくてはなりません。忙しい演奏活動の中で、数日ごとに新たな環境で演奏に臨むことは、確かに大変です。でも、そうして舞台で演奏することは、作品についての理解を一気に深めるためにとても重要で不可欠です。
─演奏会のプログラムを見ると、忙しい中でも積極的に新しい作品に取り組んでいらっしゃる様子がうかがえます。どのように時間を作っているのですか?
小さいころから好奇心旺盛で、新しい作品に取り組むことが好きだったので、勉強するのも早い方だと思います。ツアーの間には数日しか空き日がないこともありますが、何週間か空くようなときにまとめてさらうようにしています。
─2013年は、まず1月にラザレフ指揮日本フィルとのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の共演がありますね。
はい。サントリーホールで演奏できることも初めてなので、とても楽しみです。
─日本のオーケストラとは、これまでオーケストラアンサンブル金沢と2度共演されていますが、いかがでしたか?
とても貴重な体験でした。オーケストラというより室内楽のような、親密な雰囲気で演奏することができました。国際的なメンバーが揃い、みなさんが音楽に真摯に取り組まれているすばらしいオーケストラでした。
─ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番についてはどのようなイメージをお持ちですか?
これまでいろいろなオーケストラと共演している作品です。どんなピアニストでも避けて通れないレパートリーでしょう。とてもピアニスティックで、作品の中に、ロマン、超絶技巧などいろいろな要素が存在します。ロマンティックすぎるところが、まさにラフマニノフらしい作品です。
ある作曲家の作品を演奏するときには、そのスタイルを追求しなくてはいけません。ラフマニノフの場合は、自身の録音が残っています。彼自身、楽譜に書かれたことだけではなく即興的な演奏をしていました。でも、それをもとにラフマニノフのスタイルを探るのは違うと思っています。楽譜から自分自身で考え、消化して、ラフマニノフの音楽が持つ自然発生的な要素や自由を追求しなくてはならない。それこそがラフマニノフを演奏するときの課題だと思います。
ピアニストが愛している以上に、聴衆のみなさんも大好きな作品だと思いますので、喜んでいただけるような演奏をしたいと思います。
─一方、来年6月のリサイタルは、2012年に行われたリサイタルの続編のように、再び、古典派作品、ロマン派の人気作品、それに少々近現代のスパイスの効いた作品が加わるというものですね。
さまざまなスタイルの音楽に取り組みたいと思っているのです。特に親近感を持っている古典派と初期ロマン派の作品、そこに聴衆にフレッシュな刺激を与える作品を加えたプログラムが好きです。
─新たな作品に取り組むときにはどのようにアプローチされるのですか?
状況にもよりますが、どの作品もまずは全体像を把握して、一番自分をインスパイアするハイライトを見つけます。そうして作品のエッセンスを掴んでから、練習して再び全体を構築していきます。もちろん本を読んで作曲の背景などについても勉強します。けれどまず一番大切なのは、練習しながら脳の中で、感情と音楽を直接交わらせること。そこに音楽的な知識……ハーモニーや色彩、曲の構造を反映させてゆくことです。すると、音楽の深みを発見できる特別な瞬間が訪れます。さらにステージでの演奏を重ねることで、音楽を共に経験し、自分と作品の呼吸がシンクロする瞬間が訪れます。─リサイタルのプログラムに入っているベートーヴェンですが、ハオチェンさんにとってどのような存在ですか?
ベートーヴェンは聖書のようなものだと思います。深く力強い音楽で、いつも必ずプログラムに入れたいと思う、もっとも気に入っている作曲家のひとりです。その内面的な力強さと葛藤に共感します。ベートーヴェンの作品は3つの時代に大きく分けられると言われますが、その変遷が彼の成長を表しているというよりは、人間すべての人生の成長を表しているように感じます。エネルギーあふれる若い時代、嵐が起きる中盤の時代、そして、力強くも自分の中に閉じこもってゆく晩年。最晩年の作品のひとつである第31番のソナタを演奏することはもちろん難しいですが、それを乗り越えることは喜びです。
─ショパンについてはどのような理解をされていますか?
ロマン派の中でもっとも好きな作曲家です。日本のみなさんもお好きだと思うので、ちょうど良いですね。たとえばベートーヴェンは、壁を取り除き、心に直接響いてきます。一方でショパンはそれとは少し違って、気高さがあり、しかし心の一番弱い部分に響いてきます。それぞれが異なる方法で心に触れるのです。言葉で説明するのは難しいですが、演奏を聴いたら感じていただけるのではないかと思います。
─また、ドビュッシーについては、曲集の中の数ある作品の中からどのように選曲したのですか?
他のプログラムとは違うユニークなタッチや音色を持っている作品を選びました。いくつかの曲が一つの作品として聴けるような組み合わせを考えました。
─ドビュッシーの作品についてはどのような理解をされていますか?
とても個性的です。多くの近現代の作曲家がロマン派の影響を大きく受けている中で、彼は彼自身であり、音楽史の中でひとりだけ際立った存在だと思います。後ろの世代を見ても、ドビュッシーを継承しているのは唯一ラヴェルくらいではないでしょうか。そのため、プログラムの中に入れると良い意味で“浮いた”存在になるのです。
多くの作曲家の作品において音色は感情を表現するものですが、ドビュッシーに関しては音色が色として、感情とは切り離されて聴こえます。それが、彼の作品が絵画に例えられるゆえんではないかと思います。和音が変わるごとに耳から色が聴こえてくるのは、とても斬新な体験です。
─ハオチェンさんの演奏を聴いていると、高いテクニックはあくまでも表現したいことのために存在するのだと感じます。
問題は、テクニックの中にも、難しいパッセージを弾くためのものだけでなく、タッチをコントロールするためのテクニックというものがあるということです。そういう意味では、音楽表現はすべてが技術に依存しています。解釈と技術はとても密接な関係を持っていて、常に良いバランスで双方向に働きかけていなくてはいけません。音楽の中で求められていることを表現するために、どんな技巧を使うべきかを考えながら練習します。
─15歳でアメリカに単身留学されて、しばらくはご苦労も多かったと聞いています。ご自身にとってどんな時期でしたか?
それまで一人暮らしをしたこともありませんでしたから、自分をとても成長させてくれました。宝物のような時代だったと思います。とはいえ、それだけが大きな出来事だったわけではなく、一つ一つの経験が少しずつ僕に影響を与えたと思います。その時は重大な出来事だと思っていても、振り返れば数々の出来事はひとつの点にすぎない。現実の人生はとても深いものです。─わりと冷静なタイプなのですね。
いいえ! そんなこともないです。渦中にいるときはのめり込んで興奮するほうですね。そういう状態をあとから振り返ることで、感性に影響がもたらされ、経験として蓄積されていくんです。冷静なときとそうでないときの繰り返しですよ。
─好きなピアニストはどなたですか?
一人を選ぶことはできませんが、まずは、ペライア、ルプー、シフ。そして、コルトー、ラフマニノフ、ホロヴィッツ。いろいろな時代、スタイルに好きなピアニストがいます。
─クライバーンコンクールに中国人として初めて優勝されてからしばしば聞かれる質問かもしれませんが、音楽は世界の共通言語であるとはいえ、アジア人のピアニストとして西洋クラシック音楽を演奏する意味というものは、どのようにお考えですか?
僕自身これまで、音楽をするうえで自分がアジア人であることが特別な意味を持っているとか、不利であるなどと考えたことはありません。常に、音楽は唯一の世界共通言語だと思っているだけです。特にアジア人は世界でもっとも繊細な感性を持っている人々ですから、むしろそれは西洋音楽を演奏するうえで有利な要素であり、足枷にはならないと思います。
─最近は、マスタークラスで教えることもされているようですね。
機会があって何度かやっています。教えるということは、生徒にインスピレーションを与えるという行為です。それは、演奏会で聴衆にしていることと根本的には同じです。なので、これからもプライベートでも、公開のものでもやっていきたいと思います。もちろん、演奏家としての自覚のほうが高いですが。
─新しい録音を出されるご予定は?
録音を残すというのはとても重要なことなので、忍耐強く最適な瞬間を待たなくてはいけません。演奏会はその瞬間に人をインスパイアするもので年に何度も行えますが、録音は永遠に残り、その上数年に1度しかできませんので。近い将来に行いたいとは思っています。
─ピアノ以外で興味のある芸術はありますか?
芸術全般が好きですが、特に絵を描くこと、詩を書くことは大好きです。映画を観るのも好きですね。いろいろ好きなことがある中で、やっぱり音楽が一番好きなのでしょう(笑)。
公演情報
《ハオチェン・チャン ピアノ・リサイタル 2013》
■日時 :2013年6月22日(土) 14:00開演(13:15開場)■会場 :東京芸術劇場 [コンサートホール]
■プログラム :
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110
ショパン ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
リスト バラード 第2番 ロ短調 S.171
ドビュッシー 前奏曲集 第2巻より「月の光がふりそそぐテラス」、「水の精」、「花火」
ストラヴィンスキー ペトルーシュカからの3楽章
※曲目は予告なく変更となる場合がございます。
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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Haochen Zhang 13th Van Cliburn International Competition Live 2009
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