若さは武器ナリ NY清新トリオ見参!

Friday, February 10th 2012

若さは武器ナリ！ 21歳の俊才ピアニストに百戦錬磨のN.Y.リズム隊が絡む

　「ワイはファイナリストや！ 2011年の≪セロニアス・モンク・インターナショナル・ピアノ・コンペティション≫のファイナリストや！」と言ったところで、今時分果たしてどれだけ世間の関心を集めることができるのかと甚だ疑問ではありますが、とにかくも上掲宣材写真のこの若者こそが件の高名たるジャズ競技会における準覇者なのであります。

　名をエメット・コーエン。年齢わずか21歳のピアニスト。バイオによると、フロリダ州マイアミに生まれ、3歳からピアノのレッスンをスタート。その後6歳にして地元デード郡のコンテストで初優勝。このときバッハの「メヌエット」を演奏したというのだから、おそらくこの時期近所で”怪童”と呼ばれていたのは十中八九間違いないところ。ニュージャージー州モンクレアに移り住んだ10歳のときには、なんと名門マンハッタン音楽院の進学準備コースへの入学を認められたというのだから、その才能がどれだけ計り知れないものだったのかが窺えます。

　マイアミ大学に進んだのち、みっちりとクラシックの教育を受けたコーエンですが、ジャズに対する興味もこの頃から徐々に強くなってきたようです。幸運にも2007年に、ニュージャージーのガバナーズ・アート・スクールより1ヶ月のジャズ・ワークショップを受講するための奨学金を貸与され、ジャズ・ピアノの習得に没頭する機会を得ることができました。その年の夏には、ビル・チャーラップ、テッド・ローゼンタールらが主宰するニューヨーク「92nd Street Y Jazz in July」のマスタークラス（チャーラップ、ローゼンタール直々のレッスンを受けられるのだそうです）への参加メンバーに選出。メキメキと力をつけていったコーエンは、翌年、米ジャズ専門誌「ダウンビート」において「アウトスタンディング・ジャズ・ソロイスト」を受賞。こうなるとあとは神懸り的とも言える受賞・選出ラッシュ。ギブソン/ボールドウィン・グラミー・ジャズ・アンサンブル、その年の国際的なジャズ・フェス向けに編成されるバンド・オブ・アメリカ、ネクスト・ジェネレーション・ジャズ・オーケストラの参加メンバーに次々と選ばれ、2009年には、NFAA（National Foundation for Advancement in the Arts。若いアーティストを助成金などで支援する非営利団体）主催の≪クリフォード・ブラウン/スタン・ゲッツ・フェロー≫で銀賞を受賞しました。十人並みのプレイヤーであればここですっかり満足してしまうところですが、コーエンは尚もストイックにジャズを追求。マイアミ大学フロスト音楽校に在籍し、ダグ・ビッケル、シェリー・バーグ、マーティン・ベヘラーノらに師事しながらピアノ、ハモンドB3オルガンの修道に余念がありませんでした。

　飛躍の年は2011年。まずは、西フロリダ大学で開催された≪フィリップズ・ピアノ・コンペティション≫にてオーディエンス投票で決まる「観客賞」を、さらにAPA（American Pianist's Association。アメリカ・ピアニスト協会）主催の由緒ある≪コールポーター・フェロー≫では最終選考5人の中に残り、翌月には「ダウンビート」誌主催の≪ダウンビート学生音楽賞≫で「ベスト・ジャズ・ソロイスト」、「ベスト・ジャズ・コンボ」（自己トリオが受賞）をダブル受賞しました。そして極めつけは、先述の≪セロニアス・モンク・インターナショナル・ピアノ・コンペティション≫、3位入賞。カール・アレン（ds）、ロドニー・ウィテカー（b）という黄金コンビをバックにしたトリオ演奏で、ワシントンD.C. はケネディ・センターに集まった2000人の聴衆を大いに酔わせたのでありました。

　辞書を片手にオフィシャルサイトのバイオをさらうと、ざっとこのような経歴になるのですが、実は今現在もマイアミ大学フロスト音楽校に通いながらジャズの博士号を取得するために勉強を続けているというエメット・コーエン。前説がかなり長くなりましたが、そんな勉強熱心なコーエンの1st リーダー・アルバム『In The Element』がこの都度リリースされることとなりました。「本領発揮」という意味合いを持つこのタイトル。一体どのようなアルバムに仕上がっているのでしょうか。非常に気になりますよね？

『In The Element』収録曲

1. It's Alright With Me
2. Resentment （Without Reason）
3. Where or When
4. The Swarm
5. Just Deserts
6. Good Morning Heartache
7. In the Element
8. Simone
9. For All We Know
10. 3 O'Clock in the Morning

Emmet Cohen （p）／ Joe Sanders （b）／ Rodney Green （ds）／ Greg Gisbert （tp on M-5,6,10）

　早速簡単な楽曲紹介をしたいところなのですが、何を隠そう音資料がまだ数曲しか手元に届いていない状況...そちらを頼りに諸々”アタリ”を付けていくしかないということで、ひとまずはご容赦を。

　オフィシャルサイトでもフル試聴可能なオリジナル表題曲「In the Element」。何よりこの曲が素晴らしくダイナミック、などとしてしまうとある種の誤魔化しのように聞こえてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。クラシック仕込みのクリアなタッチと美しいハーモニー、さらに素早いパッセージにおいても音が ”ダマ” にならない正確な運指など、技術・表現力ともに高得点をマークする、謂わば挨拶代わりの1曲といったところでしょうか。同様、ハードバピッシュにドライブしまくる「Resentment（Without Reason）」にも惹き込まれてしまうことをお約束。クラシックの素養がありながらもハードバップ体系でグイグイ押しまくるあたりはさすが21歳の若武者、バド・パウエル、ケニー・ドリューなどへの憧憬を窺わせながら、これ以上ない清々しさを与えてくれます。

　一方で、「It's Alright With Me」、「Where or When」、「Good Morning Heartache」、「For All We Know」といったスタンダードでは、まろやかで気品のあるフレーズを織り込み優美でロマンチックな世界をたっぷりと味わわせてくれる。このあたりは、例えばブラッド・メルドー好きなどからも需要が高そう。　　

写真左から）ロドニー・グリーン、ジョー・サンダース、エメット・コーエン

　さて、主役ピアニスト以外に注目すべきところ。現行のニューヨーク・ジャズ・シーンを隈なくチェックされている方々はすでにピンと来ているかもしれませんが、ジョー・サンダース（b）＆ロドニー・グリーン（ds）という強力リズム隊による磐石のバックアップです。　　

　両者若くして（それでも中堅の域に入りつつはありますが）ファットな音を弾き出させたらニューヨークで比肩する者はいないと言われている超腕利き。ビューティフル・ドレッドを靡かせるベースマン、サンダースは、間もなく初リーダー・アルバム『Introducing Joe Sanders』をCriss Cross からリリース予定。かつてナベサダ・バンドに抜擢され来日を果たすなど日本でもすっかりおなじみのロドニーは、先日ベニー・グリーン・トリオの一員として丸の内コットンクラブに登場したばかりで、またサンダースの『Introducing...』にも参加し、パワー、スピード、テクニック三拍子揃ったスキのないドラミングを披露しています。　　　

　クラシックの素養と溢れるジャズへの情熱を併せ持った新星ピアノ・プロディジーと、ニューヨーク・シーンを牛耳る百戦錬磨のゴールデン・リズムセクションとのめぐりあい、からの拮抗アンサンブル。聴き応え十分の作品が生まれて然りです。　　