【インタビュー】 桜井順 『野坂歌大全T AKIYUKI NOSAKA SINGS JUN SAKURAI』
2012年2月9日 (木)
こちらでは、2011年の『野坂歌大全T AKIYUKI NOSAKA SINGS JUN SAKURAI』発売時に、”歌手・野坂昭如”と二人三脚で数々のおんじょろソングを送り出してきた作詞・作曲家 桜井順さんに行なったインタビュー記事を、追悼の意も込めて再度ご紹介させていただきます。
インタビュー:コハマ文晶(ローソンHMVエンタテイメント)
-- 野坂昭如さんの記念すべき初めてのベスト盤『野坂歌大全T AKIYUKI NOSAKA SINGS JUN SAKURAI』が今回リリースされるにあたり、本CDの企画発起・選曲・編纂を手がけられ、70年代から野坂さんと二人三脚で音楽活動を行なわれてきた作詞・作曲家の桜井順さんに色々とお話をお伺いしたいなと思っております。本日は宜しくお願いいたします。
僕の話もいいんだけど、まぁ要するに「歌手・野坂昭如」のおもしろいところを世間に紹介しなきゃいけないからね(笑)。
-- こちらにあるポスターというのは?
このポスターは1988年に農協から頼まれて作ったものなの。つまり、80年代バブル期には、例えばSONYのウォークマンを先頭にクルマや電化製品を日本が押し込んでいってアメリカNYの有名なビルなんかを買いまくった。でも、たちまちその逆襲を喰らって「米の自由化」を押し付けられた、そういう時代ね。で、農協はさて困ったぞと。そのときに「米の自由化に反対するキャンペーンを立ち上げてくれ」って声をかけたのが野坂さんだったわけ。それ以前から野坂さんは『かくて日本人は飢死する』っていう本にあるようなことをずっと書いてたからね。
それで、野坂さんと僕でテレビCMを作ったのね。12チャンネルで土曜日の午前中っていう変な時間に流れてたから視聴率は低かったんだけど(笑)。で、その時作ったポスター五千枚をJRの駅貼りにする計画が出て来た。でも、貼る寸前に昭和天皇が倒れた。日の丸デザインに「生キ残レ」って書いてあるポスターなもんだから、とてもじゃないけど貼れないっていうことになって、結局五千枚全部お蔵になっちゃった(笑)。でも僕のところに五十枚ぐらい残ってたから、その後ときどき野坂さんのコンサートなんかで使ってたの。そういう“謂われ”があるポスターなんだよね、これは。
そのときに一緒に出たのが『生キ残レ 少年少女。』っていう本。それを一昨年、岩波書店に持っていって新書にしてもらったのね。そこにもこのポスターの写真が掲載されてて、つまり「農本主義者・野坂昭如」の宣伝にもなってるわけなんだけど。これを貼ってるととにかく目立ってね(笑)。けっこう話題になったんだよ。
-- これは、それこそゲリラ撮影だったんですか?
うん。ケイサツに届け出もしないで原宿竹下通りぶっつけ本番(笑)。いちおう僕が監督をやって、友達のカメラマン(三上e正氏)に撮影してもらって。オンナノコが居ると、そこめがけて復員兵姿の野坂さんが突っ込んで行く。オンナノコは「なによ、このサファリルック!」って怒る(笑)。
このポスターには野坂さんのセイシンが満ち満ちているからね。しかも、ちょうど今の世の中の感じとピッタリで、タイミング的にもおもしろいかなと。「ほらみろ、だから昔から言ってたじゃねえか」ってさ(笑)。それは『しぶとく生きろ』っていう、ついこの間出た本に書かれてることでもあるんだけどね。野坂さんの昔からのテーマのひとつは「お米」。60年代から「日本は、今の農政では飢死する」って言ってたぐらいだから。その頃はそんなこと誰も思ってなかったけど、今やかなり現実味を帯びてきたから、一種の預言者みたいなもんだよね(笑)。野坂さんの歌にもそういうところがあって。ほかの人が歌っても何てことないんだけど、野坂さんが歌うと何か意味がありそうに聴こえる。そこがミソなんだよね。
ちなみに、この「廃」と「原発」っていうシールは今さっき僕が貼ったものなんだけど(笑)、実は、シール自体はこのポスターを刷ったときに作ったものなの。当時のCMにもちらっと出てくるんだけど。これもタイミングとしてはピッタリなんだよね(笑)。農協にしてもどうしようもなくなってるし。
-- がっちり今とシンクロしていますねぇ。ということもあり、CDの帯のキャッチにも「イマコソノサカ」と。
うん、実際その通りだと思うんだけどね。それから、このCDのジャケット写真は『最後の林檎』のときのもの。これは、僕のブログに野坂さんが連載してたエッセイを、2001年に彼がひっくり返っちゃったときに纏めた本で、出版は2005年。もう潰れちゃった出版社から出たもので、当時の担当者がかなり凝って作ってくれたんだけど、おかげでちょっと高いものになっちゃって売れなかった(笑)。
-- 実際に今回のようなベスト盤を作ろうと思い立ったのも、その2005年当時に?
一昨年ぐらいじゃなかったかな? 野坂さんと僕がやった音源はあっちこっちにあってバラバラに出てたから、僕はそれを全部集めて私家盤を二枚作ったの。中の解説なんかも自分で書いて。それをおもしろがってくれそうな友達に配って。それがこのCDになるきっかけになったのね。で、その私家盤を手にした今回のレコード会社の担当者に「せっかくだから正式に出しませんか?」って言われたわけ。
-- 「全集T」ということは「II」も近々リリースされるということですよね?
「U」は来月ぐらいに出るのかな? そっちはPヴァインから出してた二つの唱歌集を纏めたもの。
-- 「ザ・平成唱歌集 巻之一」、「巻之二」ですね。
そうそう。それは2000年と2001年の録音なんだけど、要するに「巻之三」を作ろうと思っているときに野坂さんひっくり返っちゃった(笑)。でも、「巻之三」で出そうと思ってた曲はこの「大全T」にチラッと入ってて。
-- 「大禁酒ブルース」のデモ・ヴァージョン。
野坂さんの場合、デモも本番もあんまり変わんないんだけどね(笑)。スタジオ使わないで、普通にマンションの一室なんかで録ってるからさ。
-- えっ、野坂さんの歌録りはこちらの部屋で行なわれたんですか?
いやここじゃないんだけど、昔ちょうど向かいにもうひとつ部屋を借りてて、そこの一室に楽器や機材を持ち込んで、その『ザ・平成唱歌集』を録ってたんだよね。
-- (ウルトラヴァイブ担当・前田氏)だから微妙なリヴァーヴがかかっていて(笑)。
そうなんだよね(笑)。でも音質がどうこうっていうより、何となくメッセージが伝わりゃいいわけ。だから二、三回気持ちよく歌ったら「OK」みたいなね(笑)。音を凝るんだったらとてもダメだけど、そうじゃない場合はほとんど部屋録り。野坂さん関係は全部それでやってきたからね。元々商売になるなんて思ってないから、持ち出しは少ない方がいいじゃない(笑)。
-- 再発盤を除けば、野坂さんの音楽作品自体が久しぶりで、「ザ・平成唱歌集 巻之二」以来ですから約10年ぶりのリリースになるわけですよね。
今はまったく歌えないからねぇ・・・でも執筆活動は続けてるから。『しぶとく生きろ』っていう本は、毎日新聞で連載の「七転び八起き」を纏めたもので、そこには原発のことなんかも書かれてるんだけど。そもそも野坂さんは「原発反対」、「遺伝子組み換え反対」、完璧な「農本主義者」だからね。とにかく60年代から「食糧が危ない」って言い続けてた。
-- そこに桜井さんも同調されて?
いや、その頃はよく分からなかったけど(笑)、野坂さんがそういうことを言うと、乗せられていかにもそんな雰囲気の歌を僕も作ったりして。昔はよく一緒に酒飲んだりして、いつも傍で言動を見ながら面白そうなものを歌にしてたからね。それを野坂さんに渡すと、物を食うみたいにモクモクと歌っちゃう。曲に対してあーだこーだって絶対に言わないわけ。「これは歌えないな」なんて一度も言ったことがないから。それを、70年代、80年代、90年代と三十年間やってたんだよね。
-- 一度も物言いがなかったのは、意外と言えば意外ですね。
とにかく「はい」って素直に歌ってた(笑)。あと例えば、ライブで寺山修司や美輪明宏なんかと一緒にやるときは、ちょっと構えるんだよね。で、そのときのための歌を作るわけ。「バージン・ブルース」はたしか渋谷のジァン・ジァンで、寺山修司と一緒のときに初めてやった曲。「明日はちょっと何か特別な歌をやろうか」って前の日に話して出来たんだけど、その「バージン・ブルース」の評判がよかったもんだから、それをもって聖心だとか女子大回りをしたんだよね。野坂さんとの歌は全部そういう出来上がり方。だから大抵一発目はライブなんだよね。
-- リハーサルなんかもまったくなし?
やらないやらない。70年代ぐらいに頻繁にやってた頃は、僕が仮り歌を入れたテープを渡して、たまに「じゃあちょっと練習しようか」って言っても、野坂さん一度も来たことないからね(笑)。ライブ会場にいきなりやってきてぶっつけで歌うんだよ。「マリリン・モンロー・ノーリターン」を初めて歌ったヤマハの「音楽フェスティバル」のときだってそう。
マリリン・モンローは当時のセックス・シンボルで、いちばんいい時代だって言われる50年代アメリカの象徴でもあった。そのモンローが1962年に死んで、さらに二年後にケネディが暗殺されて、だから「マリリン・モンロー・ノーリターン」は、「アメリカはもうおしまいだよ」っていう感じの歌なわけね(笑)。この曲の最後には「少子化」についてのくだりも出てくる。「赤ん坊つくるにゃ おそすぎる」って。今の格差社会を言い当ててるみたいだよね。まぁそういうこと言っとけば、大抵当たるっちゃあ当たるんだけどさ(笑)。
-- 毎回ぶっつけで、歌は憶えられているものなのですか?
勘はすごくいい(笑)。適度に酒飲んでればすごく上手いしね(笑)。飲みすぎると分かんなくなっちゃうし、シラフだとまったくダメ。一度だけ「シラフでやります」って言ってやったらボロボロになっちゃった(笑)。
-- 歌うということに対して元々特別な思いを持っていて、それゆえに少しナーバスになってしまったりだとか。
う〜ん、それはないと思うんだけど・・・どうしてだろうね? でまぁ酔っ払ってるとよく歌詞間違えるんだけど、それがまた巧く間違えたりするんだよ(笑)。とにかくライブの人なんだろうね、野坂さんは。
-- 軽妙なトークも交えながら。
だから女子大なんかに行くと猛烈にウケるんだよね。エンエンとしゃべってさ(笑)。「バージン・ブルース」を歌い始めた頃なんかは、女子大の学園祭に引っ張りだこ。
-- 音源を聴いてるだけでも、当時すごくおモテになった雰囲気はひしひしと伝わってきますよ。今の二十代、三十代ぐらいの若い女性にもファンの方は結構いらっしゃると思いますし。
よっぽどのマニアはおいといて(笑)、実際どのぐらいの人が野坂さんのことを知ってるかってことでもあって。今はテレビにも出なくなっちゃったし、イメージがほとんどないと思うんだよね。野坂さんの小説ってちょっととっつきにくい感じもあるでしょ?
でも本当言うと、野坂さん自身全然色気がない人だから(笑)。よく「新潮45」なんかにもウソばっかり書いてたけどね(笑)。「プレイボーイ」として売り出したのは事実なんだけど、実際には女遊びに精を出していたってことはほとんどないし、饒舌にアジったりすることはするんだけど、例えば吉永小百合とか、つまり二、三人いる野坂さんの「マドンナ」と一緒になったりすると、すぐカタくなっちゃってね(笑)。

-- きっかけとなった私家盤も含め、今こうして世に出る「シンガー 野坂昭如」の作品集を聴き返されて、桜井さんがまず率直にお感じになったことというのは?
なんだろうねぇ・・・? 野坂さんは、一種の不思議なカリスマであるっていうことかな。特に僕が最初の頃に作ったものっていうのは、野坂さんの言動を見て感じたことを歌詞にして、それをいきなり歌にしちゃっているのがほとんどだから。書き直したりっていうことがなくて、書いた僕ですら意味が分からなかったのね(笑)。例えば「花ざかりの森に 禿鷹がやって来る 目玉も肉も ズタズタ 屍がひとォつ」なんてイメージだけで書いてるから、あとで「何のことだろう?」って(笑)。でも野坂さんがそれを歌った後で大菩薩峠で連合赤軍がどうしたこうしたっていう事件が起こったりして、そういうシンクロはちょっと怖かったんだけどね(笑)。
つまり「仕掛けて、そそのかす」っていうのを僕がやるんだけど、でもそれは僕が発想するんじゃなくて、野坂さんの中にあるものを僕が感じて作り、野坂さんがそれをそのまま歌うっていう、「ふたりでひとりのシンガー・ソングライター」なんだなってあらためて思った。
-- 桜井さんの作詞家としての別名義を加えると、「野坂昭如・桜井順・能吉利人」三位一体のシンガー・ソングライターでもあると。
「能吉利人」がフシギな媒介になったっていうか。野坂さんとやるときに初めてその名前を使ったわけだしね。
僕の場合、片一方の商売がCM音楽だから、効率よくやんなきゃいけないことがほとんどで割りとシビアなんだけど、野坂さんとやる場合はそれとまったく違う世界。だから売れることなんてこれっぽっちも考えたことなかったね、最初から(笑)。おもしろけりゃいいやっていう。
-- そこに野坂さんの「歌いたい」という渇望が加わって。
元々歌うことが好きだからね。それと、野坂さんの歌はどちらかと言うと、上から「なんとかダァ! かんとかダァ!」って御託宣を下すものがほとんどでしょ? 「この世はもうじきおしまいダァ!」とか「どんな人間にも必ず終わりが来る!」とかさ(笑)。
-- (笑)聴いてる方としては、そこまで高圧的に言われている感じではないような・・・
そうか(笑)。でも何となく上からワァー! っていう、それがまた野坂さん自身のキャラクターによく合ってるんだよね。昔デビューしたぐらいに偉そうにサングラスかけて(笑)、「女は人類じゃない」なんてこと言って大騒ぎになったでしょ? つまりそういう言い方ね。
-- 「女は女類だ」と。桜井さんはその昔「歌手・野坂昭如」を評して「ダメな花魁」と“褒めて”らっしゃいましたよね(笑)。
(笑)何かそんなこと書いたかもしれないね。要するに、花魁は「上のクチで歌うか、下のクチで歌うか」っていう商売なんだけど(笑)、そういう意味でつまり野坂さんは歌ってもあまり売れないから、それで「駄目な花魁」って書いたんだと思う、あんまりよく憶えてないんだけど(笑)。
-- そこには「歌っていうのはそもそもハズカシイもの」ともありました。これは、野坂さんに限らず、ということですよね?
うん、本来そういうものだと思うな。“開けっ広げ”で歌うことの恥ずかしさ。例えば演歌歌手は自分の人生の傷の部分を歌うわけでしょ? 傷が無い人が歌ってもおもしろくないんだよ。自分の傷を歌うってことは、ホントの自分を晒して歌うってことだから、そういう意味では「売笑婦」が「売唱婦」になってもいいぐらいなんだよね(笑)。
でも野坂さんの場合は、特別自分を晒してっていう歌じゃないから。ただし、野坂さんの歌を他の歌手が歌ってもおもしろくも何ともない。ホントに不思議な歌手なんだよ。
-- 野坂さんへの提供曲は完全に「別の物」として作られていたようですが、中には別の歌手に用意していた曲を野坂さんにお渡しになったものも?
それはまったくないよ(笑)。でも「黒の舟歌」だけは、野坂さんが歌っていたのをたまたま長谷川きよしが聴いてて、「もったいないから俺が歌う」なんて言ってカヴァーされたんだけど。その長谷川きよしが歌ったものを加藤登紀子が耳にして、そこでまたカヴァーされたからバァーって広まっていったんだよね。
とにかく野坂さんとのレコーディングやライブは思い出深いものばかりなんだけど、「サントリーゴールド」のCMのときは特におもしろかったね。「ソ・ソ・ソクラテス」ってやつ。あれの第二弾を撮るっていうとき、ちょうど浅草の国際劇場が店閉めするっていうんで、真夜中にそこを貸しきったのね。そこでエイト・ピーチェスっていう劇場専属のスター・ダンサーをバックにして撮影したんだよ。しかもサントリーの撮影のときは、ちゃんと現場にバーテンが居て酒が飲める。もう飲み放題でやるわけ(笑)。
-- 野坂さんはさぞゴキゲンで(笑)。
酔っ払って歌うから録音するの大変だったんだけどね(笑)。そのとき、そこにトレンチコートを着たヨボヨボのオヤジが入り込んで一番前の席に座って「おいネエチャン、もっと足上げろ」なんて言ってるの。サントリーの関係者でも撮影スタッフでもなくて、ただの酔っ払いだったからつまみ出されたんだけど(笑)、それぐらい賑やかな現場だったわけ。サントリーも「デカボトル」みたいなものを発売して、まさしく日本経済がバブルに向かおうとしていた時代。あの辺りが野坂さんのひとつのピークだったって言ってもいいんじゃないかな。
-- お酒お好きですから、その手のCMには引く手数多だったのではないですか?
酒のCMは結局あれだけだったね。でも本人ホントは鉛筆のCMをやりたかったらしいんだよね。野坂さんって原稿でも何でもぺンじゃなくて鉛筆を使う人だから。あと、たまたま出演依頼があったものでは「ダニアース」ね。これが大当たりしたんで、次に「アリ殺し」CMの注文が来た。でも野坂さんは「アリは悪い虫じゃないから俺はやりたくない」って断った(笑)。
-- レインコートのCMにも出てらっしゃいましたよね。
サンヨーのレインコートね。そのサンヨーの社長がすごく野坂さんに肩入れしてて、色々と便宜を図ってくれてたわけ。野坂さんが選挙に出たときなんか、赤坂にあるサンヨーのオフィスを事務所として使うように貸してたぐらいだから。
-- 野坂さんとお酒を酌み交わしたときは、例えば好きな音楽の話なんかはしていたのですか?
しないよそんなこと(笑)。野坂さんの歌を作るときは、音楽的なことはまったく考えないからね。しかしちゃんと「野坂風のメロディ」っていうのがあるんだよ。野坂さんが歌いやすいメロディ。そこに言葉がうまく乗ればいいわけ。そうすると野坂さん踊り出したりするからさ(笑)。

これはCDの方にも寄稿したエピソードなんだけど、70年代、野坂さんは当時流行作家だったから締め切りをいっぱい抱えてて、原稿を少しでも早くもらおうって担当者がいつも野坂さんにくっついて回ってたのね。だからライブ回りで地方に行くなんてなると、彼らみんな怒るんだよ。「ウチの原稿まだなのに、歌ってる場合か!」って(笑)。それであるとき旅先の京都の街を昼間から酔っ払って歩いてたら、有名なクラブでちょうどペレス・プラードがライブをやってたんだよ。そうしたら野坂さんスーッと入っていって。だけど、ペレス・プラードって言ってもとうに下り坂で、ドサ回り楽団のヒドイ演奏でね。それを観た野坂さんがニヤっと笑って「これで原稿八十枚ぐらいは書けるな」って聞こえよがしに(笑)。
で、ちょうど同じ頃、横須賀に原潜が入港してくるって話しがあってね。実際には、時の首相・佐藤栄作の裏取引で核が持込まれてたわけなんだけど・・・そういったことと引っ掛けて「ヨコスカ・マンボ」が出来た。しかもその年、野坂さんはベスト・ドレッサーにもなった。だから最後に「I am ベスト・ドレッサー!」って(笑)。野坂さんは、その時代時代とピタっと寝てるっていう格好だったから、発言したことが直ぐニュースになるっていうかね。それを歌の中に仕込むんだけど、どうにも最後にオチがないから(笑)、「I am ベスト・ドレッサー!」ってまとめるわけ(笑)。
-- ケツまくって逃げるように(笑)。
そう。「船は出てゆく 噂は残る」なんて歌っておきながら、最後はいきなり上から「I am ベスト・ドレッサー!」って、それで決まっちゃう(笑)。歌はそんないい加減な感じだったというか(笑)、ちょっとしたことですぐ仕上がっちゃったんだよね。
ちなみに「大脱走」は鶴田浩二のマネ(笑)。彼の「〜なヤツだとお思いでしょうが・・・」っていう決めゼリフのパロディをやったんだよね。それで、スティーヴ・マックィーンの「大脱走」からタイトルも拝借して。それこそ「逃げるんだ!」っていう感じは割り合い今風でもあるよね。
-- 野坂さんの初期の音源作品はライブ録音がほとんどですが、数少ないスタジオ・レコーディングのときなどは、桜井さんはそこに立ち会われていらしたのですか?
スタジオは全部立ち会ったけど、ライブは全部は立ち会ってないかもしれないねぇ。大体ステージ裏で色んな仕掛けをしていて。僕がいないときでも、バンドが適当にやってた。
-- 例えば『武道館の野坂昭如』の舞台演出などは桜井さんが手掛けたものだったり?
これはね、60年代、70年代にいちばん当たってた「話の特集」っていう雑誌の当時の編集長だった矢崎(泰久)さんていう人がプロデュースした企画。このときの「御三家」は野坂サン、永六輔サン、小沢昭一サンだった。武道館が満員になったのにはビックリ。
それが90年代、野坂サン、永サン、小林亜星サンの「世直しトリオ」時代になるとまたちょっと違う。割り合い政治的な感じになっちゃう。『世なおし直訴状』っていう本では、所謂「JASRACの黒い霧・分配金横流し事件」なんかについても触れてるんだけども。この頃は野坂さんも六十そこそこだったからまだ元気だったんだよね。1996年の12月24日に筑紫さんの「ニュース23」に三人揃って出て、オペラの曲を替え歌にして、いかにJASRACがインチキしてたかを訴えたんだよ。オペラだから、要するに「歌劇」を「過激」にってことで(笑)。それを手始めに全国を回ったの。あれはおもしろかった。色んなところへ行って歌を押し売りしちゃあ「今の世の中これでいいのか!?」って説教なんかもしたりして(笑)。90年代には、この「世直しトリオ」の場がとにかく多かったんだけど。三人で「徹子の部屋」にコッチから押しかけで二回ぐらい出たのかな? そこで選挙プロモート・ソングを歌ったりなんかしてね(笑)。
-- 野坂さんの活動テーマの変遷は、そうした歌を通しても垣間見れるという。
80年代はこのポスターにもあるように「お米」がテーマになってきたんだけど、90年代っていうのは小泉純一郎が出てくる前で何となくごちゃごちゃしてた時期でしょ? 実はこの頃、野坂さん参院選にまた立候補しようかって話があったの。「昭和ヒトケタが暴れなきゃ日本はもっとヒドくなるんじゃねぇのか」って雰囲気が何となくあったんだよね。
-- そこから『ザ・平成唱歌集』につながっていき・・・
『ザ・平成唱歌集』ではその三人も歌ってるけど、直接関係あったのはむしろ1999年の「国旗・国歌法案」の可決のほう。「日の丸」と「君が代」。まだこの当時渋谷にジァンジァンがあったんだけど、そこで三人が「君が代」について考えたり、明治の色んな唱歌を考えるシンポジウムみたいなものを開いたのね。そのときに「じゃあ明治唱歌のパロディを作ったらどうなるのか?」って何となく思い付いて作ったのがまさしく『ザ・平成唱歌集』。ディズニーランドが消える歌(「浦安太郎」)や、病気の名前をズラリ並べた歌(「病院唱歌」)なんかにしても昔の唱歌と引っ掛けて作ってね。
70年代は、僕もよく分からないまま勢いで書いてて、野坂さんもあまり考え込まずに歌ってて、それが何となくメッセージになってたのかもしれないんだけど、それ以降は「風刺」の対象がハッキリしてる歌に向かった感じはあるんだよね。対ゼネコンだとかさ。
-- 野坂さんは歌手デビュー以後折々「紅白歌合戦」出場を目論んでいたそうですが、そのためにNHKの「新人歌手オーディション」を受けたりすることも考えていたらしいですね。
半分冗談、半分本気で「紅白出よう」とはよく言ってた。その頃はNHKのディレクターにも僕らの仲間が随分いたから、ホントにその気になったら「世直しトリオ」なんかで出れたのかもしれないけど。でもまぁ、NHKに出てハクが付くっていうんじゃなくて、あくまでそれをコケにしながらっていうスタンスだからね(笑)。とにかく危険な三人だから(笑)。
「昭和ヒトケタ」ってどこか生理的につながるところがあるの。いつも権威に対して楯突いたり、あとは「東大法科」大嫌いっていう共通点なんかがあって(笑)。そのへんをバックボーンにして、どんなことでも笑い飛ばして叩きのめすおもしろさに溢れてるんだよね。
-- 僕のような白面郎からすると、野坂さんや桜井さん世代の馴れ合いではない連帯感はうらやましくもあります。
そういうのはあるかもしれないね。僕らの世代はみんな70年代がいちばんの活躍時期で、それぞれ同じような価値観を持って何かをやっていたのはたしかだから。そこに自然と仲間意識のようなものが生まれて。永さんにしろ亜星さんにしろ今でもつながってるからね。
50年代の終わり頃から今のテレビ朝日やフジテレビなんかが次々に開局されて、その記念番組を三木(鶏郎)さんの「冗談工房」で手がけたんだよね。そこから仕事がバァーっと増えていった。それまでのテレビ局は全部局内で番組を作ってたから、規制がなく何でもアリだったの。おもしろけりゃいいって。ちょうどその頃に僕らの世代がポンとあてはまって、それで60年代の終わり頃からフォークソングなんかの世代が出てくるんだけど、それまでの間十年ぐらい、新しいことやおもしろいことをやる人がいなかったブランクがある。そこに僕らが入り込んだっていう感じがあるんだよね。
僕らのすぐ下には「目の下のタンコブ」って、所謂「団塊の世代」がいた。学生運動の中心世代にあたる彼らに、僕らは突き上げられたカタチになるんだけど。まぁ僕らの世代にも小田実みたいに「ベ平連(ベトナムに平和を! 市民連合)」なんかをやってた人はいたけど、野坂さんは別にそういう活動はしてないからね。でも「心情三派」、気持ちだけは一緒だよって。「団塊の世代」はその後日本の経済発展の中核団体になって、今じゃ定年を迎えて悠々自適の生活を送ろうかっていう時期にきてるわけだよね。そういう人らを真ん中に据えながら、僕らの世代としても、これから先の世代にメッセージみたいなものを送りたいっていうのは一応あるんだよ。そろそろみんな棺桶に片足突っ込んでる感じになってきてるから(笑)、「今のうちに色々言っとかねぇとダメかな」っていうのはあって。それで昔の話しなんかを書き始める人が多くなってきてるんだよね。
「昭和ヒトケタ」に共通することとしてはもうひとつ、空襲なんかで命の危機を感じる体験をして、食べる物がないっていう時期も少しの間あった。それが根っこにあるから、野坂さんは60年代から「日本人は飢死にする」っていうことを言い続けてるわけなんだよね。「バカじゃねえのか」って思われるのかもしれないけど、でも今あらためて考えてみると、色んなものが煮詰まってきて、世界の総人口にいたっては70億を超えて、三十年後には100億に届くって言われてる時代を迎えて、どこの国も一律に中流の生活を送れるようになってくると、穀物は全部食い尽くされちゃうわけ。穀物を育てるには水が必要だから、今度は水が足りなくなる。そうなると野坂さんの「農本主義」っていうのはあながち的外れなことじゃないんだなってことになる。40年前より今の状況のほうが、はるかにそのことを現実的に感じるんだよね。
「じゃあ、どうするか?」ってことになる・・・「んなこたぁ知らないよ、お先にっ!」ってなことになるんだけどね(笑)。
野坂昭如 『野坂歌大全T AKIYUKI NOSAKA SINGS JUN SAKURAI』
収録曲
- 01. マリリン・モンロー・ノー・リターン
- 02. 黒の舟唄
- 03. バージン・ブルース(ライブ録音)
- 04. バージン・ブルース
- 05. 花ざかりの森
- 06. 凍原哀歌 (ツンドラ・エレジー)(ライブ録音)
- 07. 終末のタンゴ(ライブ録音)
- 08. バサラ地方の子守唄(ライブ録音)
- 09. 大脱走(ライブ録音)
- 10. 大挽歌(ライブ録音)
- 11. 大懺悔
- 12. 大禁酒ブルース
- 13. ヨコスカ・マンボ(ライブ録音)
- 14. かもめの3/4
- 15. サメに喰われた娘
- 16. 野坂唄之新古今集〜春「花」
- 17. 野坂唄之新古今集〜夏「蛍」
- 18. 野坂唄之新古今集〜秋「紅葉」
- 19. 野坂唄之新古今集〜冬「雪」
- 20. 男坂・女坂
- 21. おんじょろ節
- 22. 古い時計
- 23. 九段の桜
- 24. 生キ残レ少年少女
- 25. コカコーラ小唄
- 26. 突撃一番どんまいエイズ(コンドーム・マーチ
- 27. ソ・ソ・ソクラテス(サントリー・ゴールド)
(さくらい じゅん)
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
イマコソノサカ。危うい祖国のリハビリ・ソング。野坂さん初のベスト選曲集
野坂歌大全T AKIYUKI NOSAKA SINGS JUN SAKURAI
野坂昭如
価格(税込) :
¥3,080
会員価格(税込) :
¥2,834
まとめ買い価格(税込) :
¥2,618
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販売終了
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「ソ・ソ・ソクラテス」も収録!作曲家・桜井順が手がけたCM作品をコンパイル
桜井順 CM WORKS
価格(税込) :
¥3,080
会員価格(税込) :
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まとめ買い価格(税込) :
¥2,618
通常ご注文後 2-3日 以内に入荷予定
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「トマソン音頭」、「浦安太郎」は必聴です。
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