Monday, February 21st 2011
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インディとは思えないクオリティで日本でもコアなR&Bファンを中心に話題となり、ここHMV ONLINEでもスマッシュヒットを記録していたDevante改め、David Verity(デヴィッド・ヴェリティ )の『INEXORABLE』が、
装いも新たに再登場。想像以上にアーティストとしての志が高く、下積みの苦労があったからこその真面目で自信に漲った発言が印象的なインタビュー、最後までじっくりお読みください。
インタビュー:二木崇(D-ST.ENT)
訳:狩野ハイディ・若月眞人 (KR Advisory Co., Ltd.)
- --- R&Bに興味を持ったキッカケはなんですか?
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家の中にはハードロックからカントリー、ソウルまで様々な音楽が鳴ってたんだ。初めて好きになったのは、9歳か10歳のころに聴いたガース・ブルックスの「Shameless」だ。知っての通りカントリーのシンガーなんだけど、あの曲をきっかけに僕は積極的に音楽に興味を持つようになったんだ。そして自分なりの好みがはっきりしてきたころにマイケル・ジャックソンのアルバム『DANGEROUS』に出合い、それまでに聴いたどんなアルバムやシングルよりもすばらしいと感じた。そのあとすぐベイビー・フェイスの曲を聴いてファンになり、それからR・ケリー、アッシャー、キース・スウェット、ドネル・ジョーンズといったアーティストの作品をよく聴くようになった。
6歳のころには、テレビで流れている曲を聴いたままにピアノで再現できるようになっていた。そして12歳になるころにはテディ・ライリーのプロデュースした曲やラジオで流れている音楽を、ローランドXP-50を使って自分なりにアレンジすることを覚えた。今にして思えば、あのころが僕にとって大きな転機になった。あのキーボードでアルバムやラジオで聴いた曲を演奏しているうちに、自然と自分自身の曲を作るようになっていったわけだからね。 - --- 最初にレコーディングした作品は?
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15歳のころMP3.comを通じてリリースした作品が僕の最初のアルバムなんだ。 僕は北カリフォルニアの田舎町で育ってね。アートや音楽業界とは縁遠い地域だから、インターネットを頼みにするしかなかったんだ。今となっては、あのアルバムを探すのは簡単なことじゃないと思う。ともあれ、そのアルバムをきかっけに、僕はユニヴァーサル・インタースコープが出資したジミー・アイオヴィンのFarmclub.comにフィーチャーされ、そこでナンバー・ワン・アーティストに選ばれた。その後、USA Networkでオン・エアされる"ファームクラブ"に出演し、MTVのVJマット・ピンフィールドと共演して欲しいという申し出があったけれども、両親から断った方がいいとアドバイスされたんだ。僕の曲がビルボードBTNオンライン・タレント・チャートの首位に立ったのも同じころのことだ。そしてそんな一連の出来事をきっかけに僕のキャリアは始まったのさ。
2003年になって、そろそろ自分の作品を全国展開すべき時が来たと感じたんだ。どこかのレーベルと契約していようがいまいが、そんなことは問題じゃなかった。で、『READY OR NOT』をリリースしたんだ。そのころは、まだ18歳の若造だった。レコーディングはガレージで行ってね。そこにあったのは16トラックのレコーディング・マシンだけで、高価な機材やコンピューターなんてものはひとつもなかった。 テーマは愛と人生と人間関係。それは今も昔も変わっていないよ。リリース後に状況が変わるに違いないと僕は信じていたんだ。最低でも、メジャー・レーベルと契約しているR&Bアーティストたちと同じレベルにあると世界的で認められると信じていた。だけど、僕と契約を交わそうというレーベルは現れなかった。僕にはマネージャーもエージェントもレーベルも支援者もいなかったのさ。
打ちひしがれた気持ちで4年を過ごしたあと、僕はもう一度挑戦してみようと思って、『THE FOUNDATION』をリリースした。あれは、経験や人生をテーマにしたより意味深長な歌で構成された作品で、1枚のアルバムとしてのまとまりという点でも前作以上だった。僕は、『THE FOUNDATION』が、自分のキャリアを確かなものにしてくれるものと思っていた。当時はまだ、音楽業界で成功する秘訣が75%のプロモーションと25%の才能だということに気付いていなかった。プロモーションやマーケティングに一切頼らなかった『READY OR NOT』と『THE FOUNDATION』は、当然不発に終わったよ。僕には宣伝や販売戦略に充てる資金がなかったからね。 だから、それからの3年はほかのアーティストの育成に注力したのさ。彼らの中にはメジャーのデフ・ジャムとかと契約を獲得した者もいるよ(注:ダフネという女性シンガー)。 - --- その前2作でのアーティスト・ネーム=デヴァンテから、今回デヴィッド・ヴェリティに変えた理由は?
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子どものころ、友人たちは僕を「Devante」(ディヴァンテ)と呼んでいたんだ。 本名の「David」はあまりにもありふれていて、知り合いにも同じ名前のやつが大勢いた。その点、ディヴァンテは響きがクールだったから、皆はそれを僕のニックネームにしたんだ。
当時、僕はジョデシィを知らなかったんだ。実のところいまだにジョデシィのアルバムは聴いたことがない。僕があの名前でアルバムを2枚リリースすると、ジョデシィの熱狂的なファンから脅迫されたこともあるよ。憎しみに満ちたメールをよこす人もいたし、僕のMySpaceにスパムメールを送りつける輩もいた。僕はドナルド・ディグレートのプロデューサーとしてのクレジットがドナルド・"ディヴァンテ"・ディグレートだなんてまったく知らなかったし、タント・メトロ&デヴォンテのデヴォンテが僕みたいなバッシングを受けたとは思えない。でも、なぜか僕は叩かれた。とはいえ僕が"ディヴァンテ"と呼ばれるようになったのはR&Bと出会う前――まだ子供のころだった。で、ある日、目を覚まして思った。僕はディヴァンテの名前でファンを獲得した。それは確かだった。けれどもうこの名前と決別しようと。たとえファンを失うことになったとしても、僕にはそれを取り戻せるだけの才能があると思ったんだ。だから本名のデヴィッドに戻った。そして"Verity"を姓に選んだ。"Verity"は"真"。僕には真の才能があるという意味合いを込めている。また誠実性や尊厳、完全性、道徳性への献身という意味もあるんだ。 - --- 自分の個性はどの時点で確立したと感じてますか?
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僕は今回のアルバムでようやくアーティストとしての個性を確立したと思っている。自分を飾らず、偽らず、誠実に表現することで優れた作品を生み出せるのが本物のアーティストだ――僕はそれを経験から学んだ。そして今、僕は、自分自身の思いを作品の中に巧みに表現できていると思っている。特定のジャンルや題材、流行に左右されることのないスタイル――それが僕のアーティストとしての個性だと思うし、そうしたさまざまなものを超越して、なおかつ優れた音楽を作ることができるというのは稀な才能だと思う。それは『INEXORABLE』を聴いてもらえればわかると思うし、今後も自分の才能に磨きをかけ、僕にしか作れない作品をリリースしていきたいと思っている。
- --- 今回リリースされる日本盤には2曲のシングルが追加収録されてますが・・・
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最高の気分だよ!それに、自分が今まで聴いた中でも最高のアルバムのひとつだと思っている。さまざまなスタイルが取り入れられた、とても個性的で興味深い作品になったんじゃないかな。 僕はプロデューサーとしても10年以上のキャリアがある。 これは、そんな経験を踏まえての客観的な感想だ。それに、自分の音楽が、僕自身ではなく然るべき人たちによってプロモートされ、リリースされることに心か ら感謝している。JVCのスタッフは最高の仕事をしてくれたし、彼らの力で僕の音楽が多くの聴き手に届くことをすごくうれしく思っている。
新曲の「Ur So Fly」はクラブやダンスフロア向きの曲だ。そしてこういうタイプの曲が加わることで『INEXORABLE』は、よりインパクトのあるアルバムになった。あれはR&B とダンス/エレクトロの折衷に挑んだ初めての曲だ。プロデューサーとしてもソングライターとしてもシンガーとしても、このタイプの曲は僕には手に負えないだろうと皆に言われたし、こうしたトラックのリミックスはそのジャンルを得意とするプロデューサーに依頼するのが普通だけど、僕は絶対にこれをアルバムに加えたいと思った。音楽と同じくらいチャレンジが好きだからね。おかげでこのアルバムは、クラブ・ミュージックからバラードまで、ありとあらゆるタイプの音楽を網羅したものになった。もうひとつの「In My Pocket」は理屈抜きに楽しい曲だ。この歌の主人公は恋人を生涯のパートナーにしようと決めて、眠っている彼女を興奮した調子で起こす。彼には彼女に隠している、ある秘密がある。それはこの曲のコーラスを聴けばわかる――"ポケットの中に秘密がある/キラキラとした小さくて丸いもの″――だけど彼女はそれをまだ知らない。これは完璧なウェディング・ソングだと思う。高揚感と幸福感に溢れていて、しかもとてもロマンチックだからね。 - --- シンガー、リリシスト、メロディーメイカー、そしてサウンド・プロデューサーとしてそれぞれ心がけていることは何ですか?
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僕はいつも、深い意味のある歌を作りたいと思っている。僕は感情を言葉で表現するのが得意だ。カントリー、ポップス、ラップ、シンプルな1篇の詩――どんなスタイルであっても、僕にはありのままを言葉で表現することができる。プロモーション・ビデオを撮影する際に、ディレクターにいつもこう言われる。僕の書く歌詞は、何を歌っているかきわめて明白だから、どんなビデオにすればいいかすぐにアイディアが浮かぶと。作詞家として、僕は世界的な賞を2つ受賞している。それだけに、歌詞はとりわけ大切にしている。メロディ・メイカーとしては、クリエイティヴなエネルギーを音楽の中に同化させ、自然なメロディを書くように心がけている。音楽の本質を捉え、その背景にあるムードや感情と溶け合うようなものにしたい。いつもそう思っている。 ちなみにアルバムに入ってる「December」は、その世界的なアワード″John Lennon songwriting-award″を受賞したピアノ・バラッドで、愛する人を失う寂しさを歌っている。それは避けられないことだし、冬が必ず巡り来る ように自然なことかもしれない。けれどもやはり酷く寂しく、つらい経験だ。僕たちは、その胸の痛みに耐えるしかないけれども、それは容易いことじゃない。 これはそのつらさを歌った1曲なんだ。
僕は、自分をどんな曲でも歌えるヴォーカリストだと思っている。ジャズ・シンガーのような滑らかで繊細な歌唱――そんなスタイルがいちばん好きだ。僕は攻撃的な歌唱を聴かせるタイプじゃない。だから叫ぶような歌い方はめったにしない。抑制の効いた、寛いだムードヴォーカルが自分の持ち味だと思っている。それでも声域は5オクターブだ。インターネットに上げたビヨンセ「Halo」のミックス・テープではハイトーンで歌っている。楽曲次第で歌い方を変えるんだ。ポップ・ロックやカントリー・ソングも歌うと言ったら驚く人もいるだろうね。
プロデューサーとしては・・・そのアーティストが表現しようとしていることに相応しい仕上がりにすること。リード・パートや歌詞の内容をより印象的に伝えられるよういにすること、を心がけているよ。 - --- 特に仲のいいアーティストって誰ですか?また、今作でも全曲ソングライト〜レコーディング〜マスタリングに至るまでセルフで行っていますが、今後コラボするなら誰と組みたいですか?
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キース・マーティンはすごく仲のいい友人だ。キースは才能に恵まれたアーティストで、ずっとアジアを旅していた。コリー・ラティフ・ウィリアムズ、ライアン・レズリーとは、2004年にツアーに出る計画があったけれども、これは土壇場でキャンセルになってしまった。今はただ自分のレーベルを軌道に乗せることに注力したい。ドレイクのアルバムに楽曲を提供して欲しいという話もあって、彼自身から直接連絡をもらったけど、そのオファーは断った。その頃はヒップホップの制作に関わる時期じゃなかったんだね。けど、そのうち彼と何か一緒にやるかもしれない。 いい楽をやっている人なら誰とでも一緒にやりたいと思っている。僕と同じように、完成度の高い音楽に真剣に取り組んでいる人と組みたい。音楽を作るという芸術行為に敬意をもって取り組んでいる、そんな人だ。現在活躍するアーティストの大半は音楽そのものを蔑にしている。女や金や着飾ることに夢中なんだ。僕の目的は、そんな連中とは違う。流行に左右されず、いつまでも色褪せない音楽――何年経っても大勢の人たちが楽しんでくれるような音楽を作ることだけが僕の目標だ。だからそんなアーティストと仕事がしたい。志が同じなら、仕事もやりやすいはずだ。2011年は大勢のアーティストと仕事をしたいね。プロデュース、エンジニアリング、作詞、演奏、ヴォーカル、ラップ――どんなかたちでも構わない。そして素晴らしい音楽を送り出していきたい。
- --- 日本のファンにメッセージをお願いします。
ずっと僕を応援してきてくれたことに心から感謝している。皆をとても大切に思っている。『READY OR NOT』のころから僕を支えてきてくれた人たちのことも決して忘れない。バンドと一緒にツアーに出て、皆の前で歌い、演奏できる日を心待ちにしている。それに、是非このアルバムを楽しんでもらいたいと思う。2011年はきっと忙しい一年になるだろうし、さまざまなアーティストといろいろなプロジェクトで共演したいと思っている。年内にもう1枚アルバムをリリースする予定もあるし、それ以外のプランもある。是非、僕のやっているTwitterや MySpace、Facebookにアクセスして最新の情報を確認して欲しい。皆からのメッセージも楽しみにしている。
- 新譜Inexorable
- 03年の『Ready Or Not』、07年頃の『Foundation』と、これまで2作品を発表。ダサジャケながらインディR&Bファンの間で密かに話題を呼んでいたDevante(Saunders)がDavid Verityと改名し、3rdアルバムを完成。全体的にプロダクションの質がアップし、メジャー風のキャッチーなシンセ音をフィーチャーしたトラック多め。サウス仕様の「Supervillain」、R Kellyマナーな「This Time」、「Scrollin」も聴きどころ。「My Rock」や「Wings」「December」のような美麗ピアノ・バラードとDevanteの味のある歌声の相性も抜群。
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- Inexorable
David Verity - 2011年2月23日発売
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- Inexorable(輸入盤)
David Verity - 2010年1月発売
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- Dangerous
Michael Jackson - 1991年発売
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- R In R & B Collection Vol.1
R Kelly - 2003年9月発売
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- 8701
Usher - 2001年発売
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- Best Of Keith Sweat
Keith Sweat - 2001年発売
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- Where I Wanna Be
Donell Jones - 1999年発売
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