Monday, September 13th 2010
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HMV ONLINEと月刊音楽専門誌「ストレンジ・デイズ」の合同企画ページ! 発売前の「ストレンジ・デイズ」誌最新号のコンテンツがチェックできるのはここでだけ! 第3弾特集は、9月22日に最新アルバム『Clapton』(日本先行)のリリースを控えるエリック・クラプトン。近年は、ジェフ・ベック、スティーヴ・ウィンウッドとのライヴ共演など、歳を重ねるごとにエネルギッシュで華やかな活動が目立つクラプトンだが、最新アルバムでは、ジャズ・スタンダードでおなじみの「Autumn Leaves(枯葉)」をしっとりとカヴァーするなど、さらに円熟味を増した世界が展開されているという。2010年、「21世紀のクラプトン」が新章に突入する予感大。 誌面掲載関連アイテムの特濃HMVレコメンドと併せて、おたのしみください。
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 Photo by Kevin Mazur/WireImage/Getty Images |
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1963年、ヤードバーズに飛び込んでから現在に至るまで、70年代初頭に3年足らずの沈黙はあったものの、真の意味で音楽界の最前線をリードし続けているエリック・クラプトン。96年の「チェンジ・ザ・ワールド」の世界的大ヒットは記憶に新しいが、2000年以降の彼の活動も衰えをしらない。自身のルーツでもあるオリジネーターとのセッション作を発表したりと、原点回帰する姿勢が際立っていたが、クリームの再結成(05年)や盟友ウィンウッドとライヴ(08年)を行うなど、世界中のロック・ファンを歓喜させてくれた。そして、この9月にはブルージーかつジャジーな最新作『クラプトン』をリリース。思えば40年前の初ソロ作のタイトルも『エリック・クラプトン』だった・・・。 新たなクラプトンの歴史が幕を開ける予感がする。
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ソロ・デビュー40年の節目に、「枯葉」を
前作『Back Home』以来5年振りとなる通算19枚目のスタジオ・アルバム『Clapton』は、ソロ・デビューから40年、1992年のグラミー最優秀アルバム賞を受賞した大ヒット作『Unplugged』を彷彿させるジャジーかつブルージーなカヴァー&オリジナル楽曲集となりました。シャンソン〜ジャズのスタンダード曲としておなじみの「枯葉(Autumn Leaves)」のカヴァーは日本での1stシングルとなり、また、アルバムは、9月22日(水)日本先行発売予定となっております。
その他にもアーヴィング・バーリン、ファッツ・ウォーラーなど、クラプトン自身が今までに取り上げたかった作家の楽曲をカヴァー。加えて、オリジナル楽曲も収録されています。
『Clapton』はゲスト陣も豪華。シェリル・クロウ、デレック・トラックス、J.J.ケイル、アラン・トゥーサン、ウィントン・マルサリス、トロンボーン・ショーティなどが参加。プロデュースは、クラプトンとドイル・ブラムホールU。
【Track List】
| | 05. How Deep Is The Ocean
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| | 06. My Very Good Friend The Milkman
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| | 07. Can't Hold Out Much Longer
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| | 08. That's No Way To Get Along
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| | 09. Everything Will Be Alright
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| | 10. Diamonds Made From Rain
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| | 11. When Somebody Thinks You're Wonderful
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| | 13. Run Back To Your Side
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J.J.ケイルとの連名作『The Road To Escondido』(2006年)以来のスタジオ・アルバムで、ソロ名義では『Back Home』(2005年)以来の新作。すでにコンサートではおなじみとなっている「Rocking Chair」や「When Somebody Thinks You're Wonderful」、そしてジャズ・スタンダートの「枯葉(Autumn Leaves)」などのカヴァーを中心とした全14曲。また、シェリル・クロウ、デレク・トラックス、アラン・トゥーサンなどの豪華ゲストが参加。発売は、国内盤が9月22日に、英国盤が9月27日に、米国盤が9月28日にそれぞれ予定されている。
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2004 USA Tour Program w/ CD Single |
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2004年に行われたライヴ・ツアー・プログラム(38p)と『Me and Mr. Johnson』からのシングル「If I Had Possession Over Judgement Day」をセットにしたECオフィシャル・サイト限定シングル。
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Crossroads Guitar Festival 2010 |
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2010年6月26日シカゴのトヨタ・パークにて行なわれた「CROSSROADS GUITAR FESTIVAL 2010」のDVD。*国内盤の発売決定! 詳細はこちらから。
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2001年〜
ECだけじゃあない。ベックもウィンウッドも。時代が、老練たちの知恵袋や恍惚感を必要としているのか? ひと昔前であれば、悠々と隠居生活に洒落込んでいたであろう彼らのパフォーマンスは、単に不況に喘ぐ音楽市場が標榜した「大人のロック」需要の”落としどころ”として誂えられたものでなく、彼らが能動的に「人生の後半戦」を愉しもうとステージやスタジオに向かう姿勢として大いに称えたいもの。
敬愛するB.B.キングとの共演盤『Riding With The King』をもって20世紀に別れを告たクラプトンは、「ブルース」や「再会」といったキーワードを用いながら、幾分回顧的風合いの強い作品を発表し続けてきた。自身の幼少期のポートレートをジャケットにあしらった『Reptile』を皮切りに、大規模なライヴ・ツアー、ロバート・ジョンソン集、『Back Home』といった作品を発表。さらに、クラプトン曰く「白人のギタリストで唯一僕が敵わない存在」というJ.J.ケイル、ブラインド・フェイスの盟友スティーヴ・ウィンウッド、ヤードバーズ時代からしのぎを削るジェフ・ベックといった旧友たちとの再会セッションが話題を呼び、2005年には、クリームの再結成も実現し、往年のブルース・ロック小僧を歓喜させた。また、長年愛用していた通称「ブラッキー」という56年製のフェンダー・ストラトキャスターをオークション(落札価格は日本円にしておよそ1億520万円!)にかけたこともファンにはなじみ深い出来事だろうか。
悲喜こもごもあった90年代初頭以降、実に安定感のある活動を嫌味なく見せてくれているクラプトン。特に『Unplugged』(1992)や『From the Cradle』(1994)発表後は、もれなく力みのない創作活動に従事できているのではないかと感じている。そうした意味でも、「21世紀のエリック・クラプトン」。あまりにも”安定感”のある頼もしいキャッチだと思う。
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| Reptile |
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「Reptile」とは、「爬虫類」という意味で、しばし「いやなヤツ」「油断のならないヤツ」「一筋縄ではいかないヤツ」という使い方をされるという。さらにそこから転じて「気の置けないヤツ」→「(古くからの付き合いで)憎めない仲間」というような好意的な言葉になるそうだ。ジャケットのアートワークには幼少期のEC。そして「憎めないヤツらとの思い出とともに出来上がった、油断のならない14曲」と。幼少〜青年期にかけて彼に多大な影響を与えたという、2000年にこの世を去った叔父に捧げられた1枚だが、ひたすら色気のないセンチメンタリズムだけで終始していると思ったら大間違い。ブルースマンとしての円熟期をこれから迎えようとする、まこと自然な艶が溢れ出ているのでご注意を。
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J.J.Cale & Eric Clapton The Road To Escondido |
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「After Midnight」、「Cocaine」など、古くからその作曲能力に感服していたECが、憧れのJ.J.ケイルと満を持しての共同制作。J.J.ケイルという名前だけで「し、渋い・・・」と唸ることなかれ。「Danger」でこじんまりとしたパーティは幕を開け、その愉しげなテンションは途絶えることはない。デレク・トラックス、アルバート・リー、ジョン・メイヤーに加え、タジ・マハール、ビリー・プレストンらの参加がなんともうれしい。
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1991〜2000年
おそらくは、R35周辺世代にとって「クラプトン像」を決定的にした時期であるだろう。「エリック・クラプトン=ブルース・カヴァー」という図式は、MTVの絶大なる視覚・広告効果がもたらした産物でもあるだろうが、これにより「ロックの生みの親は、ブルースやリズム・アンド・ブルースなんだ」ということを再認識したことで、文化・産業、両面から捉えたロックの未来までもが明るく照らされたのは言うに及ばず。当時ガンズ・アンド・ローゼズやシンデレラに夢中のチェリーボーイ連を一挙に惹き込むような魔力というのは、まさにブルーズを通過したロックにこそ潜でいたという構造を、実に判りやすく丁寧に表現してくれたとも言え、その功績はたしかにデカい。
前年に自身の愛息コニーを、さらにその前年には友人のスティーヴィー・レイ・ヴォーンを続けて失ったクラプトンだったが、アルコールやドラッグで悲しみを紛らわすという轍を再度踏むことはなかったのは幸いだった。1991年には、ジョージ・ハリスンの日本公演のソロ・ツアーをサポート、1992年には亡き息子に捧げた「Tears In Heaven」で、翌年の年間最優秀曲、最優秀アルバム賞を獲得した。24夜にわたり、英ロイヤル・アルバート・ホールで異なる4つのユニットによるライヴ演奏を聴かせてくれたのもこの時期だ。
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| Unplugged |
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世間的には「MTVアンプラグド人気を決定付けた」となっているが、何度目かのブルース・リヴァイヴァルが最も商業的な成功を勝ち得た一例でもある。「Tears In Heaven」に心ゆくまで涙させられるOLもウヨウヨいたが、クラプトンのここまでのブルース馬鹿一代ぶりを汲みながら、全国ネットでロバジョンの「Walkin' Blues」、「Malted Milk」やビッグ・ビル・ブルーンジーの「Hey Hey」なんかを演奏できた喜び、これを僭越ながらひっそりと感じ取ってわなわな震えるブルース親父だって多かった。大まじめにブルースをやるところがやはりECらしくて、好感度大。
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| From The Cradle |
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ライヴが成功したらスタジオで。これは当然の流れ。方法論も同じ。ほぼ一発録りで録りおろしたブルース/トラディショナル・カヴァー全16曲。当然「アンプラグド」ほどの装飾感はないものの、より生温かい感触のECブルースを味わえる。チャート、グラミーそれぞれを制覇したが、それ以上に自身の音楽遍歴やブルース愛を見つめ直せたことに大きな意味があったのだと思う。
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1981〜1990年
今となってはあまり大きく取り上げられることのない80年代のクラプトンだが、サーファー風ロン毛を靡かせ、全身をアルマーニで包んだ「ラグジュアリーなクラプトン」を堪能するには、これ以上なく打ってつけなアダルト・ロック佳曲が多数存在することは間違いない。特に、「80年代版レイラ」を目指した「Bad Love」収録の『Journeyman』においては、今聴くと多少くすぐったい感じもするが、ブルースやリズム・アンド・ブルースをファウンデーションにしながらも、この時代ならではのテッカテカの ”張りとツヤ”がサウンドの端々で顔を利かせている、そんな折衷の巧さが目立っているようにも思える。
プロデューサーのラス・タイトルマンや、前2作で舵を取ったフィル・コリンズの手引きということもあるだろうが、大胆なシンセやリズム・ボックスの導入などが決して裏目に出たとは思えないし、それ自体制作上の”軟弱な一手”だとも思わない(”なよっと感”もクラプトンの持ち味のひとつ★)。むしろ「クラプトンの曲作りにおける持ち前のメロディ・センスをものの見事にサポートしているではないか!」とある種の興奮さえ憶えてしまう。ロバート・クレイとの共作「Old Love」も趣味がよく、『Journeyman』は、今最も聴き返してほしいアルバムの1枚だ。
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| Behind the Sun |
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フィル・コリンズ、さらには遊撃手的にテッド・テンプルマンをプロデューサーに迎えた1985年のアルバム。ECがお茶の間向けヒット・ソングと真摯に向き合い苦悶していた時期でもあるが、「Forever Man」というポップなチャート・ソングの完成によって、ECは80年代を生き残る術を何とか手中にし、4年後の「Journeyman」でその方法論を開花させる。ネイザン・イースト(b)、グレッグ・フィリンゲインズ(key)との出逢いがまずは大吉か。当時の評価はどうだったか知らないが、今の時代、「See What Love Can Do」がかなり気分。
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| Journeyman |
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そして本丸、『Journeyman』。フォリナーのミック・ジョーンズとの共作「Bad Love」のこれ見よがしの”レイラ路線”が実はクセになる。この男が安直なキャンディ・ポップを作るわけがない。たまり醤油のような甘じょっぱさを仕上げに染み込ませた甘味ソングにこそ腕が鳴る。それを「ブルージー」と呼ぶか「ペーソス」と呼ぶかは各人の自由。現在における「クラプトンっぽさ」すべての源流が「Bad Love」、あるいはこのアルバム全体に詰まっているような気がする。
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1971〜1980年
70年代のクラプトンと言えば、ロックの歴史に名を残す作品を数多世に出す一方で、プライベートの暗黒サイドが語られることも多い。失恋の痛手によって嵌ったヘロイン中毒の泥沼に、友人ジミ・ヘンドリックス、デュアン・オールマンの死でとことん味わった失意。「オーシャン・ブルーバード」でカムバックするまでの地獄の沙汰は、想像を絶するほどに耐えがたく醜いものであったそうだ。ちなみに、クラプトンに救いの手を差し伸べたのは、ピート・タウンゼント。ピートの呼びかけで開催された1973年1月のレインボー・コンサートにクラプトンは出演。およそ3年ぶりに聴衆の前へ姿を現した。まだまだ覇気のあるプレイを見せるとまではいかなったが、まずは復活の狼煙をあげた一夜として語り継がれている。
1974年、マイアミの別荘で録音された『461 Ocean Boulevard』には、究極の片想いソングとなってしまった「いとしのレイラ」の力みまくった情感からは乖離した、陽気でゆるやかなセッションの日々が刻まれた。いわゆるブルース・ロックという分野に「レイドバック」する悦びを与え、と同時にレゲエを筆頭とするワールド・ミュージック時代の訪れを予感させた、20世紀のポピュラー・ミュージック史的に見ても重要な作品と言えるかもしれない。「Let It Grow」の繊細なメロディもいいが、ジョニー・オーティスのカヴァー「Willie And The Hand Jive」にゆる〜く包み込まれる感触が大好きだ。
翌75年の『安息の地を求めて』では、レゲエの本場ジャマイカでの録音を敢行(1曲のみマイアミ録音)。「We've Been Told (Jesus Is Coming Soon)」、「揺れるチャリオット」、ボブ・マーリーに捧げた「Don't Blame Me」といったレゲエ・コンシャスな楽曲が当然ながら目立つものの、個人的には、終盤「可愛いブルー・アイズ」から「心の平静」へゆったりと流れる柔らかな空気感がどんぴしゃ。本作のレコーディングが終了した1974年10月31日には、初の日本公演も実現している。
その後は、旧知のJ.J.ケイルやザ・バンドとの交流を一層深めながら、よりアメリカ南部的な色合いを濃く打ち出した『No Reason To Cry』、ついに”異名”をタイトルに掲げた『Slow Hand』、前作に続いてグリン・ジョンズが制作を担当した『Backless』といった好作品をつるべ打ち的に発表。同時期に、ジョージ・ハリスンとの離婚が成立したパティ・ボイドとの結婚を果たし、すべてが好転するかと思えたものの、意中のパティとの結婚生活は長く続かず、またもやアルコール中毒との闘いを強いられることとなる・・・そして、血迷いついでにストーンズに入らなくて(両サイドにとって)本当によかった。
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| 461 Ocean Boulevard (Deluxe Edition) |
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スネちゃまがおもむろに2階の窓から手を振ってきそうな、雰囲気満点のマイアミの別荘から。このムードから「レゲエやってます感」を嗅ぎ取るのは簡単だが、まさかここでも大好きなロバジョンの「Steady Rollin' Man」やエルモアの「I Can't Hold Out」をやっているとは・・・本当に大まじめなブルース小僧だ。EC版「ベースメント・テープス」よろしくで、未発表音源たっぷり収録のデラックス盤を推薦。
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| There's One In Every Crowd :安息の地を求めて |
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邦題「安息の地を求めて」が言い得て妙か、「461〜」よりさらにレイドバックしたサウンドが目立つ本作は、さらに南下を試みたジャマイカ録音(一部マイアミ録音)。「I Shot The Sheriff」をカヴァーさせてもらったお礼も込めて、ボブ・マーリーに捧げたという「Don't Blame Me」をはじめレゲエ色はEC作品史上最濃。がしかし、ここでもエルモア「The Sky Is Crying」が突然鎌首をもたげる。もはや「好きだから入れたんや」という理由しか見当たらなそうだ。
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1961〜1970年
1963年のヤードバーズ加入から、ジョン・メイオールのブルース・ブレイカーズ、クリーム、ブラインド・フェイス、デレク&ザ・ドミノスへと至るまでの出入りの激しい ”ブルース・ロック・ノマド” 期のクラプトン四方山話はまたの機会に設けるとして、この時期重要視したいのが、デラニー&ボニーとの密なミュージシャン・シップだ。
1969年にブラインド・フェイスの全米ツアーの前座を務めたデラニー&ボニー。クラプトンはこのとき、彼らの南部ルーツに根差した、まろ味を帯びた音楽性に瞬時にときめきを憶え、即座に親交を深めたという。「Comin' Home」という彼らのAtco移籍第1弾シングル曲をデラニーと共作し、さらには自身のソロ・ファースト・アルバムまでをデラニーにプロデュースしてもらうほどの惚れ込みようであったのは有名な話だろう。アメリカ南部のスワンプ・ロック・ムーヴメントがイギリスのビッグ・ネームをオルグしていくという歴史的光景は、ブラインド・フェイスを解散させたクラプトンがそのままデラニー&ボニーのサポート・ギタリストとして、イギリスのドサ回り興行に同行したことに集約されている。また、ボビー・ウィットロック、デイヴ・メイソンらも、クラプトン同様にこのスワンプ・サウンドに魅了されてしまい同ツアーに帯同。この後、ツアーで共演をはたしたレオン・ラッセル一派のカール・レイドル、ジム・ゴードンとデレク&ザ・ドミノスを結成することで、クラプトン史上最高に ”建設的な流れ” は一応のハッピー・エンドをみるのであった。
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Delaney & Bonnie On Tour With Eric Clapton |
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気の合う仲間とバンドワゴンを走らせ世界各地をドサ回り。昼夜問わずに大好きなブルース、R&B、カントリー、ニューオリンズ、スワンプ・ロック談義に花を咲かせ、ジャム・セッションに明け暮れる、ECにとってのツアーの理想形がそこにあった。ブラインド・フェイスを解体してまで参加したかったデラニー&ボニーのアメリカ南部ルーツを辿る音楽の旅路。イギリス・ツアーにデイヴ・メイソンらと参加したECは、続けざま、ボブ・ディラン&ザ・バンドに目覚め、J.J.ケイルに心酔する。ジミ・ヘンを初めて目の当たりにしたときもそうだが、夢中になったらかなり一途。大まじめだ。そして、なりふりかまわずその羨望や音楽的欲望をむき出しにし、ひとり加速する。
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| Eric Clapton (Deluxe Edition) |
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そんなアメリカ南部ルーツ音楽への探究心がまず最初に結実した初ソロ・アルバム。デラニー・ブラムレットをプロデューサーに迎え、レオン・ラッセルやシェルター・ピープルの面々、ジョン・サイモン、リタ・クーリッジ、スティーヴン・スティルスといったところが参加。デラニーを介して知ったJ.J.ケイルによる「After Midnight」や「Slunky」、「Bottle of Red Wine」などでアーシーなスワンプ・グルーヴを捉えることに成功している。小唄「Easy Now」は、琴線をまさぐるのが上手なクラプトン節の真髄をみる裏代表曲。
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