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ジャズ定盤入門 =第十一回=

2010年8月22日 (日)

  「続々・ビル・エヴァンスに志す」 〜 ゆるやかな自殺
bill evans

 ビル・エヴァンスは、1980年に51歳でこの世を去っている。才能ある人間の死としては早すぎる死だと思う。『ワルツ・フォー・デビイ』などの美しく繊細な音からはイメージし難いが、その死の原因は長年に渡るドラッグの使用による破滅的なものだったそうだ。

 活動当初のビル・エヴァンスの運命を大きく変えたのはマイルス・デイヴィスとの出会い。1958年にマイルスのグループにレギュラー・メンバーとして参加したエヴァンスは、クラシックなどにも精通したその音楽的な素養でマイルスに多くのインスピレーションを与え、自身もマイルスから多くのジャズの技法を学んだらしい。この頃エヴァンス30歳。

 エヴァンスはマイルスのグループ史上、唯一の白人のメンバーである。以前「ジャズの世界は実力さえあれば人種なんて関係ないのかもしれない」と書いたことがあり、実際マイルスにしてみればそうだったのであろうが、当然そんな綺麗事ばかりでは済まない。マイルスのグループは基本全て黒人であり、黒人性の打ち出しを特徴にしていたため、白人であり、しかもマイルスに大いに目をかけられ信頼を得ていたエヴァンスに対する周囲の風当たりは相当強かったらしい。グループが大成功を収める一方、特にジョン・コルトレーンとの(音楽的な面も含めての)対立が深刻なものになり、1年足らずで脱退している。

Bill evans/Waltz For Debby その後60年代に入って『ワルツ・フォー・デビイ』を筆頭とする傑作の数々で評価を確立し、その後も素晴らしい作品を発表し続けていくのだが、その陰で、彼が最高のパートナーと考えていたベーシストのスコット・ラ・ファロが交通事故でこの世を去ってからは、ドラッグに手を出し、それを買うお金を得るために演奏をする、ということも頻繁だったらしい。そういう面では『ワルツ・フォー・デビイ』をはじめとする「リヴァーサイド初期四部作」の頃が精神的な充実度の頂点で、それ以降は坂道を少しずつ転げ落ちるようなものだったのかもしれない。

Bill evans/You Must Believe In Spring さて今回は、60年代後半から70年代前半を一気にスキップし、77年に録音され81年の死後に発表された『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング(You Must Believe In Spring)』を聴いてみた。この頃の写真を見ると、よく知られた「ぴっちりとした七三」ではなく「髪やや長めでヒゲ」になっていて、見た目の印象がだいぶ変わっているが、ピアノの音の繊細な透明感は相変わらず見事である。

 「エヴァンスに駄盤ナシですが、やはり人気が高いのは若いころになります。が、しかし、晩年のこれは別モノで『ワルツ・フォー・デビイ』をも凌ぐ名作です。とにかく重ーい演奏が続き圧倒的されてしまいます。」というのが担当者のコメント。

 1曲目の「Bマイナー・ワルツ(B Minor Waltz (For Ellaine) )」が、別離直後に自殺してしまった妻エレインに捧げられたものであること、4曲目の「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン(We Will Meet Again (For Harry) )」が、これまた自殺してしまった兄ハリーに捧げた曲であること、そして今作が追悼盤としてエヴァンスの死後に発売されたこと、などから、感傷的なイメージで今作を捉えたレビューが少なくないようだが、私はそんな予備知識は全くナシで聴いたので、「暗い」とか「悲しい」といった印象は別段感じなかった。

Bill evans/We Will Meet Again よくよく調べたら、エレインさんが亡くなったのは73年のことで、エヴァンスは翌74年には再婚し、さらに翌75年には子宝を授かっている。また、ハリーさんが亡くなったのは今作の録音後の79年で、本当に追悼の意味でハリーさんに捧げられたのは、80年発表のアルバム『ウィ・ウィル・ミート・アゲイン(We Will Meet Again)』でのことであり、しかもこのアルバムですら、ハリーさんが亡くなったときには録音が済んでいたもののようだ。77年録音の今作の音に「死の影」を見出すのは過ぎたセンチメンタリズムな気がするが・・・。少なくても私はそういった先入観を一切持たずに聴けたことを非常に幸運に感じた。

 まぁ、何にせよ「『ワルツ・フォー・デビイ』をも凌ぐ名作です」という意見には大賛成である。『ワルツ・フォー・デビイ』ではあまり感じなかった重みというか厚みがあると思う。ロックのリスナーなら、このぐらいの重厚感があったほうが「聴いた気」が増すのではないだろうか。稀代の傑作『ワルツ・フォー・デビイ』が「才能とセンスで織り上げた」ような作品であったのに対し、こちらは「魂を削って彫り上げた」ような感触である。「暗い」というよりは「深い」。気軽にBGMとして聞き流す類のものではないように思うし、まさに「名作」だと思う。

Bill evans/Affinity Toots Thielemans 今回は続けてもう1枚聴いてみた。録音時期としては『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』の翌78年のものになる『アフィニティ(Affinity)』で、担当者のコメントは「どんな編成・曲であってもエヴァンスのカラーがしっかりと出ているところがエヴァンスたる所以です」。

 なんのことかと思って聴いてみると、ハーモニカ(演奏はトゥーツ・シールマンス)との共演アルバムであった。これまで聴いてきた作品とはまた違いポップス的な匂いもするアルバムである。ビリー・ジョエルを、「ピアノ・マン」を、そしてニュー・ヨークを思い出す。まぁ、私はニュー・ヨークに行ったことはないのであるが。

 1980年。 矢吹丈 芥川龍之介日増しに悪化する体調の中、入院を勧める周囲の声にも耳を貸さずにツアーやライブを続けていたエヴァンスだったが、遂に演奏が出来ない状態になり、そのまま間もなく帰らぬ人となった。自分の体が命に関わるような状況であるにも関わらず治療を拒否し続けたその最期は「ゆるやかな自殺」と言われることもあるようだ。幸福な最期とは言い難いと思うが、私はなぜかその生き様に憧れてしまう。ちなみに私の心の師は芥川龍之介と矢吹丈の二人なのであるが、同じ「生き急いだ天才」の匂いのするエヴァンスがその三人目になる可能性は非常に高そうだ。

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