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Review List of 宗仲 克己 

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     2020/06/30

    デリック・クックによる演奏用ヴァージョンは、現在までに20を超える録音がリリースされている。どれも志が高く、優れた演奏がそろっている。本CDでは、クック自身が作品を解説したレクチャーと、ゴルトシュミットが指揮した第1稿と第2稿のそれぞれの初演の録音を聴くことができる。交響曲第10番はマーラーの死によって未完となった。交響曲第10番の特別な価値を認める者にとって、本CDは貴重な記録である。Disc1の音源は、1960年のBBCのラジオ放送である。クックは、ピアノ演奏とオーケストラ演奏を交えながら、全楽章を詳細に解説している。クックは、マーラーが遺した草稿をオーケストラで演奏できるようにすることを目指し、補筆に対しては抑制的な姿勢を貫いた。クックの姿勢に私は深く共感している。「大地の歌」「第九」に続く位置づけとして、交響曲第10番の音楽語法の解説は興味深い。Disc2は、1960年のゴルトシュミット指揮・フィルハーモニア管弦楽団による第1稿の初演の記録である。第1楽章の冒頭のヴィオラによるモノローグ(Andante)は、演奏時間が60秒であり、歴代の演奏で最速である(ただし私はマルティノン盤は未聴)。クックが語っているように、「新しい交響曲」への導入として、ゴルトシュミットが速いテンポを設定した。アルマは晩年の1963年に、BBCの録音テープを聴く機会をもった。全曲を聴き終わってから、第5楽章のプレイバックを求めた。演奏が終わったとき、やさしい声で“Wunderbal !” と呼びかけるように言ったという。アルマがそれまでの態度を改め、補筆全曲版の上演・出版を許可したエピソードである。Disc3は、1964年8月のBBCプロムスにおける、ゴルトシュミット指揮・ロンドン交響楽団による第2稿の初演の記録である。1960年の演奏と同様に、全体的に速いテンポを維持している。しかし、第1楽章の冒頭の15小節までは、一転して歴代の演奏で最遅である(1分42秒)。第2稿の完成に向けて、ゴルトシュミットとクックの考えに変化があったとみられる。第5楽章の冒頭(Langsam, schwer)は、テンポを遅く設定して、フルート・ソロが美しい旋律を丁寧に歌い上げている。第5楽章の終盤の第352小節(Immer Adagio nicht eilen !)からコーダにかけては歴代最速のテンポである。しかし、コンスタンティン・フローロスが指摘する「ありとあらゆる交響的な作品の中でもっとも美しい楽節」をすでに体現している。「マーラーの本当の“最後の音楽の遺言”は、交響曲第9番の最後ではなく、交響曲第10番の最後である。」というクックの指摘は正鵠を射ている。交響曲第10番の演奏用ヴァージョンを仕上げたクックの業績を、私は心の底から称賛する。もし補筆全曲版がカーペンター版だけだったら、交響曲第10番に対する評価は誤解に満ちていた。クックの誠実で献身的な取り組みのおかげで、私は生涯を通じた「最愛の音楽」にめぐりあえた。

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     2020/01/01

    ジュリーニとシカゴ交響楽団による1976年の録音は、40年以上の歳月を経た現在においても、『第九』の名盤の中の名盤としてあげられる。高度な演奏技術と圧倒的なパワーを誇るシカゴ交響楽団が、ジュリーニの内省的な解釈と豊かな歌心に完璧に応えている。全体的にテンポを遅めに設定し、音楽がきわめて自然に流れて行く。雄大な構成力と細部まで彫琢された美しさが両立した奇跡の演奏である。純音楽的に最も重要な第1楽章の演奏が特に傑出しており、本盤に対する高い評価を決定づけている。第1楽章は密度の濃い音楽であり、演奏者にはもちろんのこと、聴き手に対しても極度の集中力を要求する。第107小節までの呈示部もきわめて重要であり、この部分だけでも全曲の演奏の良し悪しが分かると言っても過言ではない。以下に、私が感じる本盤の特色をいくつか取り上げる。まず、第1楽章の第17小節(01:18)のイングリッシュ・ホルンの下降音型の音色と繊細な表現力は特筆に値する。残照を見つめるように、過ぎ去った遠い日々を懐かしく慈しむ心情が比類のない美しさで表現される。ニ長調を基調とする拡張された主要主題ののち、第69小節(05:32)から第70小節にかけての、トロンボーンと木管による半音ずつの上行音型のクレッシェンドと、その直後の弦とホルンの掛け合いが切ないほどに美しい。絢爛でありながら退廃的でもあり噎せ返るようである。マーラーが生きた十九世紀末から二十世紀初頭にかけての、ヨーロッパ貴族文化の崩壊と、新しい時代の到来を予感させる当時の空気感までをも想像させる演奏である。呈示部の終局でアレグロと指示された最強奏部でも、シカゴ交響楽団の演奏に揺るぎはなく、アンサンブルの乱れもまったくない。忍び寄る『死』に対峙する精神は、どこまでも孤高であり、かつ強靭である。また、第1楽章の展開部後半の第267小節(18:44)からのテンポTアンダンテにおける、第1ヴァイオリンのトップとトップサイドによるソロは、まるで同じ楽器を同じ奏者が演奏しているような艶やかな音色を聴かせる。演奏技術の高さと演奏者の層の厚さに感心させられる。第1楽章のコーダの終局部における、第448小節(31:20)からのオーボエによって長く伸ばされる下降音型も、第1楽章の締めくくりにふさわしく、惜別の深い情感を湛えて美しい。さらには、『第九』において最も感動的なフレーズのひとつである第4楽章の第56小節(07:50)のヴァイオリンのユニゾンも、ジュリーニは「長く伸ばして」の指示どおりたっぷりと感動的に歌わせる。総譜の最終ページ(アダージッシモ)の演奏時間は3分36秒であり、標準的なテンポである。過度に感情を移入するのではなく、凛とした佇まいを保ち、最弱音が消え入るまで、ポリフォニーを美しく聴かせている。私はこの盤を聴くたびに、シカゴ交響楽団のうまさに惚れ惚れする。定評のある金管だけでなく木管も、そして弦も、実に芳醇な音を奏でている。オーケストラの高い演奏技術と指揮者の魂が一体となって真に深い音楽表現が達成されたのである。本盤がシカゴで録音された約1か月後の1976年5月20日に、私はショルティの指揮によるシカゴ交響楽団の日本公演を聴いた。曲目は、ドビュッシーの『海』、ベルリオーズの『幻想交響曲』。アンコールは『タンホイザー序曲』であった。音色の美しさと繊細な表現力、そして圧倒的なパワー、全米No.1のヴィルトゥオーソ・オーケストラを堪能した。本SHM-CDは、国内初出LP盤から数えて、海外盤も含めると、6回目の購入である。解消した第4楽章のワウフラッターはもちろんのこと、リマスターの効果もあり、レンジ感・音場感が向上している。最高の演奏をより良い音質で聴きたいという私の願いを満たしてくれている。

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