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Mahler (1860-1911)

CD Gustav Mahler : Symphony No.10(Prepared By Deryck Cooke)

Gustav Mahler : Symphony No.10(Prepared By Deryck Cooke)

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  • ★★★★☆ 

    MISPRISIONER  |  東京都  |  不明  |  08/April/2012

    マーラーの第10番の全曲版は、筆者はマゼッティ版を高く評価しているのだが、本盤の演奏は、クック版の良いところも悪いところも、そのままストレートに音にしていると同時に、極めて端正な、かっちりとしたマーラー像を提示する。この端正さは、ある意味、インバル最大の美質に数えられるものだろう。実際、ここに聞き手は、彼の個性を強く感じ取ることになるだろう。しかしその一方で、そこからこぼれ落ちてしまうものが存在するのも、また事実ではないだろうか。その「こぼれ落ちるもの」とは、その作曲家「らしさ」に他ならない。ブルックナーならブルックナー「らしさ」、ショスタコーヴィチならショスタコーヴィチ「らしさ」という、各々の作曲家の「個性」のようなものが、インバルの演奏からはことごとく「こぼれ落ちて」いるように思える。言い方を替えるなら、作曲家の個性が、インバルの個性に吸収されてしまっている、とでも言おうか。しかも、ここで演奏されているのは、マーラー自身が完成させた作品ではなく、他人の手で化粧が施された作品である。ここでのクックの仕事が、高い評価を与えられているのは事実であるが、では、「マーラーらしいか?」というと、否定せざるを得ない。クック自身、「交響曲第10番をマーラーが完成させた姿」ではなく、「マーラーが残した素材を、オーケストラで演奏できる水準にする事」を追求しただけである。その意味で、このディスクの演奏は、二重に「マーラーらしさ」が抜け落ちてしまっている。従って、このディスクを評価するに当たっては、その要素をどう見るかによって、結果は大きく変わってくるだろう。筆者は、純粋に「マーラー作曲/D・クック編集編曲」作品として録音を評価した。クックのスコアからでも、もっと内面的な深さや音楽の暗い面を抉り出すことは出来るはずである。録音当時のインバルには、このクオリティが限界だったのだろう。もし、今、インバルが都響やチェコ・フィルとこの作品を録音したとしたら、一体どうなるだろう? まぁ、それはまた別の話なのだが…。

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