Horowitz: In Moscow (1986)
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遊悠音詩人 | 埼玉県 | 不明 | 05/July/2010
騏麟も老いては駑馬にも劣る。名ヴィルトゥオーゾも老いぬれば、悪趣味な誇張と煩雑なミスタッチばかりの駄目な演奏しか出来なくなる。晩年のホロヴィッツといえば、かの大御所、吉田秀和が「罅割れた骨董品」とボロクソに酷評したことでも知られているが、ともかく、久々の里帰りという歴史的一大事を勘定に入れても、どうしても推薦出来ない。バーンスタインのベルリンの壁崩壊記念の第九同様、史実以外に全く取り柄がない演奏の代表格。聴衆のブラヴォーが多いのは、演奏そのものに感銘を受けたというより、カリスマ的教祖的人格が目の前にいるということだけに酔わされているのだ。このことは、12年の沈黙を破ってカーネギーで行われた1965年の“ヒストリック・リターン”(因みに知り合いに、“ヒステリック・リターン”と皮肉った人がいる)にしても同じようなことが言えるだろうが、1986年モスクワ・ライヴはホロヴィッツ自身の老衰も手伝って深刻な状況だ。得意曲のスクリャービンやラフマニノフ、スカルラッティやモシュコフスキなど、プログラム自体は面白いので、最悪の“だめ!”評価にはしないが、厳しい批評になることには変わらない。1 people agree with this review
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