Symphonies Nos.1, 2 : Paavo Jarvi / Frankfurt Radio Symphony Orchestra, Tilling, Paasikivi
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音楽オーディオマニア | 不明 | 不明 | 04/August/2015
第2Vnが第1Vnのとなりに配置されています。 演奏は,テンポのゆらし,アゴーギク,を多用しながら,ドロドロ感のないクールなもの。 映像は明るくてきれいだが,オーケストラの全体を写した正面カットがもっともっと欲しいとおもいました。0 people agree with this review
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村井 翔 | 愛知県 | 不明 | 03/February/2015
フランクフルト放送響音楽監督時代のパーヴォ・ヤルヴィ最大の仕事であるマーラー交響曲全曲録画がいよいよリリース開始。このツィクルスでは三箇所の収録地を使い分けるということだが、第1番はユーゲント様式の装飾が美しい、20世紀初頭に建てられたヴィースバーデンのクアハウス付属のコンサートホール(設計者の名前をとってフリードリヒ・フォン・テイアシュ・ザールと呼ばれる、座席数1300ほど)で収録。第2番はラインガウのエーベルバッハ修道院で収録、客席後方に置かれたバンダとの掛け合いではさすがに縦の線が合わないが、残響の長い聖堂内での録音にもかかわらず、音そのものは予想以上にきれいに録れている(イーリー大聖堂でのバーンスタインの録画とはケタ違い)。さて、肝心の演奏について。この2曲はマーラーとしてはまだ独自スタイルに至る完成途上の作品で、意外に因習的な書法ときわめて斬新な書法が混在しているが、指揮者は前者の側面には目もくれない。だから第1番にはもう少し甘やかなロマンティシズムが、第2番にはスケール感と宗教的な雰囲気が欲しいという不満も出てこようが、指揮者は相変わらずスリムなフランクフルト放送響の響きを生かして(このオケのこうした特質はインバル時代と少しも変わらないが、技量自体は遥かに上がっている)、クールかつ鋭利に、マーラー音楽の前衛的な側面に切り込んでゆく。細かいクレッシェンドとディミヌエンド、弦楽器のグリッサンド、ホルンのゲシュトップト奏法など総譜の細部が克明に音化されているのも、現代のマーラー演奏としては通例通り。だから全体としては曲にのめり込まない、客観的な解釈なのだが、表現の振り幅自体は、たとえばインバル/都響などより遥かに大きく、随所で細かいアゴーギグ(加速・減速)を駆使している。さらに特筆すべきなのは、ボーナストラックでの指揮者の曲についてのコメント。そんなに雄弁に語るというタイプの人ではないが、全くダメだった某指揮者とは段違いの、知性の高さを証拠立てるような非常に鋭い言葉が随所に聞かれる。たとえば「マーラーが多くを望んだのは衝撃、時には醜さ」(第1番)、「明らかに復活を信じていない人が書いた『復活』交響曲」(第2番)など。つまり、ヤルヴィは第2番をマーラーがキリスト教世界に迎え入れてもらうための自己偽装、自己演出の作品と考えているわけで、聖堂内での演奏にもかかわらず、第2番の演奏が全く非宗教的である理由がこれで納得できる。2 people agree with this review
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