小堀鞆音 歴史画は故実に拠るべし ミネルヴァ日本評伝選
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金山寺味噌 | 愛知県 | 不明 | 24/January/2016
近代日本画の巨匠、小堀鞆音(1864〜1931)の評伝。著者の小堀桂一郎氏は現代の保守論壇を代表する論客で鞆音の嫡孫にあたる。全ページ数は400ページを越える大著である。幼い頃から絵に親しんできた鞆音(本名桂三郎)は同時に尊皇尚古の気風も身につけて成長した。歴史画の道に進んだ鞆音は有職故実の正確な公証こそが歴史画の真髄であることを知り、絵の技術のみならず有職故実の研究にも打ち込んだ。岡倉天心と知り合ってその理想に共鳴した鞆音は1898年に天心と共に東京美術学校(現・東京芸術大学美術学部)を飛び出し日本美術院の創立に参加するも、美術観の相違から美術院を離脱して東京美術学校に復職、後進の指導に当たると同時に画業の充実にも努め、1931年に亡くなるまで歴史画の第一人者として活躍、安田靫彦・小山栄達・川崎小虎・磯田長秋・伊東紅雲・棚田暁山・尾竹国観など多くの優秀な画家たちを育成した。臨終の鞆音の死顔は安田靫彦によって写生され現在も小堀家の所蔵であるという(329〜330p)。 鞆音は元来口数の少ない人で自身の芸術観についても多くを語らなかったため「寡黙居士」とあだ名される人であったが、51歳の時の談話で「歴史画は故実に拠るべし」と語ったという(342p)孫の桂一郎氏はこの発言を「円熟期に入った鞆音が、自己の半生の画業を回顧して得た結論ともいうべき見解」と指摘している。巻頭には口絵として『武士』・『恩賜之御衣』・『忠孝之図』など鞆音の代表作がカラー写真で掲載されていて、その格調高い芸術のよすがを味わうことができる。桂一郎氏は保守の論客らしく祖父鞆音の尊皇家としての側面にも言及していてその総まとめが終章『精神史としての歴史画』(333p〜)である。非常に読みでのある一冊だが全篇旧字・旧仮名遣いで書かれているため(保守の論客としての桂一郎氏のこだわり)通読するにはやや骨が折れる。0 people agree with this review
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