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Bruckner (1824-1896)

CD Sym, 3, 4, 5, 7, 8, 9, : Knappertsbusch / Munich Po Vpo Bpo (1949-1964)

Sym, 3, 4, 5, 7, 8, 9, : Knappertsbusch / Munich Po Vpo Bpo (1949-1964)

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  • ★★★★★ 

    mid-massa  |  三重県  |  不明  |  27/March/2023

    同じ曲目をこれとは別のセットで持っている。「クナッパーツブッシュゲゼルシャフト」というものものしい団体の聖作のようであり。代表者のご挨拶も載っている。メーカーはゴールデンメロドラムというレーベルでイタリアでプリントされ、盤はクロアチア製と箱に記されている。内容は後半の8番9番がオケが違っている以外は同じであるが。音質の差はいかがであろうか?8番はこちらは1961年10月29日のウイーンフィルライブである。これは結構出回っている音源と思う。また9番はこちらはバイエルン国立管の1958年2月10日ミュンヘンライブとのことである。メモリーズ盤の8番はかの有名なミュンヘンフィルとのセッションで世紀の名演といえる録音の前後に行われたライブとのことであるが、未入手のため小生は評価できないのが残念だが、ウイーンフィル盤はやや期待はずれで、オルフェオから出ているバイエルン国立とのライブを採りたいところだ。9番はアルキぺル盤と一長一短があり好勝負だろうがメモリーズ盤はいかがであろうか?ぜひ聴きたいものだ。しかしこのボックスでの最高傑作は何と言っても第3番である。これぞ世紀最高というより未来永劫一位に評価されるべきである。少し前にロジェストベンスキー読売の素晴らしい盤が出たが、録音の悪さを差し引いても1959年のミュンヘン盤に軍配を挙げたくなる。フィナーレの素晴らしさ、迫力は同日現場に居合わせた方々の耳にどのように残っているだろうか?もうこんな演奏は二度と聴けないだろう。

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  • ★★★☆☆ 

    きいちゃん  |  静岡県  |  不明  |  06/January/2017

    クナッパーツブッシュのファンではあるが、特に4番の録音が悪く聴きづらい。 低音が強いが鮮明でないぶん、野暮ったく聴こえる。 ウィーンフィル盤と比べること自体ナンセンスなことだろうが、オケの質が悪いのかもしれない。 しかしシューリヒトのように弘法筆を選ばずで、どのオケでも最高の音を引き出すことが、クナッパーツブッシュはできなかったんだろうか? 謎が深まるばかり。

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  • ★★★★★ 

    mari夫  |  東京都  |  不明  |  14/March/2015

    このボックスを買う人々の多くは、既にクナのブルックナーのCDはいくつも持っているに違いない(初めての人は真に幸いであるという他はないけれど)。私もご他聞に漏れず、全くお初は64年の第三。実は第四も昔LP(海賊版です)をもっていたけれども、壮絶に酷い音質で到底演奏がとかいえる代物はなかったから、お初同然。多分このボックス以外に現在は入手が困難で、そういう意味で最も価値のある第八は、半年位前にボックス全部の2.5倍くらいの値段で海賊CDR(RARE MOTH)を買ってしまって、要するに聞いて間もない。重複もあるけれども、この値段だし、まとまっているのは便利だから買っておこう、別にブルックナーを立て続けに聞かなくともいいだろうし、便利なリフェランスとして置いておけば良い、そんなところだった。けれども未聴だった第三から聞き始めたら、もうそんな思惑関係なし、すっかり堪能してクナのブルックナーの世界にずっぽりハマってしまった。全部ライブだから傷はあるけれども、そんな末節は関係ない。もっているものが違う、という感じ。録音ですら、ヒストリカル慣れしていれば問題ないでしょう。たとえば、昔のLPでは聞くに堪えなかった第四、今度のもやはりこれが一番貧しいけれど、かつてのに比べたら格段に良くて(とはいえ、最近のボックスに収録されている30年代のベームの同じ曲より良いともいえないが)、クナの演奏の凄さは十分堪能出来る。第八は、数年前ドリームライフから出た、オリジナルテープから起こしたというふれ込みの盤(今は8000円位する中古しか手に入らない?)は知らないが、残念というか嬉しいというべきか、少なくとも大枚(?)はたいたRARE MOTHよりずっといい音がする。同じふれ込みのドリームライフの第五はもっているけれども、ほぼ同レヴェル(ただこれはテープの消去が完全でないアナウンスみたいなものが背景に聞こえる。ARCHIPEL盤も同じだから仕方ないのでしょう)で、盛大なノイズのあるARCHIPELよりずっとクリアだ。やはりARCHIPELの第七と比べてもやはりこっちの方が明快な音。      でなくとも長文なので、各々の曲の演奏について細かく語ることはしないけれども、クナのブルックナーは、ちょうど歌舞伎役者の演技のように部分部分の型と言うのが出来上がっていて、サビの部分だとそれが見栄を切るような形でものの見事にキマるようになっている―ある種の腹芸みたいなものか?あとはこうした「点」をどう繋いでいくかという部分で即興的に流れが決まり、それがまた部分のテンポや表情にフィードバックする、という感じで全体が流動的に構築されていくのではないだろうか。決してインテンポな指揮ではない。基本的な進行=テンポ感の中で流れがつくられながら、それが寄せては返し的に変動している。最晩年の第三、第四。第八はこの点で、かつてより自由自在に振る舞っているように聞こえる。    このやり方というか、私にはそう聞こえる特徴は、クナのブルックナー演奏でいつも問題になる改訂版問題にも関係するのかもしれない。つまり、それで型ができ上がってしまっていたということだが。私のように、ブルックナーといえば、クナとシュ―リヒトで、ヴァントも朝比奈も全然視野の外だった時代から聞いている者からすると、クナのは改訂版だから最初から聞かなかった、という人がいたりするのはびっくり。確かに改訂版、とくに第九の二楽章のオーケストレーションの変更。あの素晴らしい冒頭のピッチカート主題を何でまた木管に、と、さすがのクナの演奏であっても思わざるを得ないが、それでも楽器法や表情記号の変更もあって(でもいわゆる原典版だってハースとノヴァークで楽器法が違ってたりする)思い切り表情濃厚な両楽章は聞かせるし、次いで顕著な第五ですら、あちこちで引っかかりながらも、否応もなく引きずり込まれてしまう。ヴァントは改訂版とクナと言うだけで聞きたくもない、という反応だったらしい。時代遅れといえばそうなんだろうが、そもそもブルックナー本人が、第八のフィナーレで、三帝会戦だとか称してラッパを吹き鳴らし、ティンパニをどかんどかんと炸裂させて喜んでいる「危ない」人です。第五の終楽章の第一主題の最初のクラリネットによる提示も下品としかいいようがない。ファンにはえらく叱られそうだが、私なんかは「幻想」交響曲の恋人のモチーフが終楽章でグロテスクに再帰するところを思い出してしまう。そういえば低弦によるこの主題の反復なんかもサンサーンスの「動物の謝肉祭」じみたユーモア音楽ではないか。そういう人の音楽に過剰に純粋主義の障壁を立てて、シンバルやトライアングルの追加が、とか目くじらを立てて、この指揮者の音楽的魔力に耳を塞ぐのはどうなんだろう?私にとっては、ブルックナー音楽の聖なる危なさ(パルジファル的愚者?)に最も光を当て得た指揮者は、未だにクナにとどめを刺す。星は六つでも七つでもつけたい。

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