Parsifal : M.Schulz, Thielemann / Staatskapelle Dresden, Botha, Schuster, W.Koch, Milling, etc (2013 Stereo)(2DVD)
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村井 翔 | 愛知県 | 不明 | 19/September/2013
ティーレマンは本当に演出に恵まれないな。バレンボイムのように(彼だっていつも演出に恵まれるわけじゃないけど)いい演出と指揮がお互いを触発し合う相乗効果なんて全く期待できない。もっともティーレマン自身、音楽さえちゃんとしてれば演出なんてどうでもいい、と公言してるわけだから自業自得だけどね。指揮は第1幕は比較的おとなしい(テンポも遅くない)が、第2幕から本領発揮、第3幕は非常にテンポ遅く、早くも前奏曲からコテコテの「ティーレマン節」を披露。手練手管満載だから嫌いな人には嫌われそうだけど、お見事な出来ではある。歌手陣はそんなには誉められない。文句なしなのは、久しぶりに「普通」のグルネマンツだったミリングぐらい。シュースターはまあまあのクンドリー。二役挑戦のコッホはどちらも不可。指揮者、演出家どちらのアイデアか不明だが、そもそもこのアイデア自体、感心しない。クリングゾールの対人物はティトゥレルでしょうが。ボータは声自体はすばらしいが、舞台に出てきてしまうと、とたんに『パルジファル』が『ファルスタッフ』になってしまう。ヴィジュアル重視、演出偏重の昨今では実に不幸なヘルデンテノールだ。 さて、問題の演出。少なくとも「分かりにくい」演出ではないと思う。舞台はSF風、聖杯騎士団は疲弊したカルト集団というのは最近の『パルジファル』演出の定番で少しも新味はない。この演出がダメなのは説明過剰なこと。題名役氏が究極の大根で、全く演技できないせいでもあるけど、各キャラの「分身」を繰り出して、とことん状況や心理を説明しようとする。その結果、説明に忙しく肝心のドラマがすっかり空洞化している。その最悪の例が最終場。パルジファルとアムフォルタス(死んでいるようだが、誰からも見向きもされない)そっちのけでクンドリーとキリスト(一人目のキリストは彼女にしか見えない幻覚のようだが、第3幕から二人目が登場)の話になってしまっている。『パルジファル』は宗教という抑圧的な制度の起源についての物語というのが演出家の批判的な「解釈」のようだが、そんな解釈は論文で述べてくれ、舞台上で見せるなよと言われそうだ。去年、二期会が上演したグート演出も似たような解釈だと思うけど、シュルツ演出は遥かに見せ方が下手だ。4 people agree with this review
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