Il Trittico: R.jones Pappano / Royal Opera House Gallo Jaho Antonenko Demuro
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村井 翔 | 愛知県 | 不明 | 03/September/2013
最も印象に残ったのは指揮者パッパーノの強力な統率ぶり。一昔前までのコヴェントガーデンのオケはかなり頼りなく、音色のニュアンスなんてまるで期待できなかったが、パッパーノの治世も10年を超え、楽員の世代交代も進んできたのだろう。見違えるほどいいオケになってきた。歌手陣ではガッロが『外套』のミケーレ、『ジャンニ・スキッキ』の題名役という対照的な二役を一晩のうちに演じるのが目玉だが、後者の方がベター。ゴッビ(音だけ)やヌッチ(スカラ座での録画がある)と比べなければ、という条件付きだが。ミケーレの方はウェストブローク/アントネンコという重量級コンビに(体重だけでなく声も)押され気味だ。さて、問題は新国立の『ムツェンスクのマクベス夫人』、スカラ座の『ピーター・グライムズ』、ミュンヒェンの『ローエングリン』、どれも感心したことがないリチャード・ジョーンズの演出。今回もあまり芳しい出来とは言えない。まず三作とも舞台が現代(少なくとも20世紀)に移されているが、読み替えの積極的意義が感じられない。現代のフィレンツェ人に「遺言書偽造がバレたら、手を切られて追放」なんて脅しても無意味だと思うけど、これがいつものジョーンズ流儀なので仕方がない。なかでは『ジャンニ・スキッキ』が比較的まし。いかにもイタリアの大家族らしい雰囲気が出ているし、イギリスの演劇人はやはりこういうのはうまい。ほとんど演出家がいじる余地のない『外套』は可もなし不可もなし。最悪は『修道女アンジェリカ』。主演ヤオの熱演、長身でクールなラーションの存在感など見どころは多い舞台だが、リアルとはいえ何の救いもないエンディングは私には受け入れられない。0 people agree with this review
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