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Franck, Cesar (1822-1890)

CD Franck Symphony, Synphonic Variations, Bartok : Maazel / Cleveland Orchestra, Roge(P)Weller / LSO

Franck Symphony, Synphonic Variations, Bartok : Maazel / Cleveland Orchestra, Roge(P)Weller / LSO

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    meji  |  神奈川県  |  不明  |  19/January/2015

    この曲には、最晩年のモントゥーがシカゴ交響楽団を振った極めつけの名演を、RCAの名人ルイス・レイトンがそのサウンドをオーケストラホールの空間ごとテープに収めた夢のようなリヴィングステレオ盤が、他の全てのディスクの存在価値を無きものにせんと最高峰に鎮座している。モントゥー盤だけをもって最高とすることには異論があるかもしれないが、クレンペラーが曲の構造をまるでX線を照射したかのような医学的アプローチで深く切り込んだEMI盤は、箱庭のような窮屈サウンドがなんとももどかしいし(せめてアビーロードスタジオではなくキングスウェイホールで録音してほしかった)、パレーによるF1マシーンのような速さとパワーが充満するマーキュリー盤は、いかんせん音質が硬直気味で古めかしい(手許の国内盤CDが悪いだけかもしれない)。一方デジタル録音ではどうかというと、一般の評判の高いデュトワ盤では、演奏が常識的で面白みに欠け、聖ユスターシュ教会の豊か過ぎるレゾナンスがフランクのオーケストレーションとマッチしなかったのか、J・ダンカーリーとしては平凡なサウンドに終始している。そうなるとアナログ録音の円熟期に収録されたこのマゼール&クリーヴランド盤がモントゥー盤に継ぐ名盤ということで俄かにクローズアップされることになる。こんなことを言うと誰もが「若いマゼールがモントゥーやクレンペラー、パレーに比肩しうる演奏なんてできるわけがない」と極めて無邪気な疑念を抱くに違いない。もちろん細部にこだわれば未熟な解釈を見つけ出すことは容易だが、ここで特筆すべきは御大ケネス・E・ウィルキンソンによる録音の素晴らしさであり、録音の優秀さがマゼールの演奏をモントゥー盤に肉薄するほどの高みに引き上げているというのが正しいかもしれない。ウィルキンソンのアメリカ大陸での録音といえば、ショルティ&シカゴのメディナテンプル(初期はイリノイ州立大学クラナートセンター)での一連のセッションがあまりに有名だが、これ以外にも数は少ないもののドラティ&ナショナル(orデトロイト)、マゼール&クリーヴランドの演奏が残されており、特に後者の「ローマの祭・松」は、オーディオファイルの間で伝説的なデモンストレーションディスクとして有名である。このフランクは1976年5月10〜14日にメイソニックオーディトリウムで組まれた一連のセッションで収録されたもので、アシスタントとしてコリン・ムアフアットとマイケル・マイルズの名が記されている。メイソニックホールは写真で見るとプロセニアムステージの前に円形状の平土間客席を有しているが、録音の際はステージが平土間まで拡張され、そこにオーケストラがいっぱいに展開するデッカのお家芸配置が採用されていたことは間違いなく、これらの録音で聴かれる広大なサウンドステージがそのことを何よりも雄弁に物語っている。なお、パスカル・ロジェのピアノが加わったフランクの交響的変奏曲が最終日に廻されていることから、オーケストラのみのレスピーギの二作とフランクの交響曲は、ステージ上の楽器配置もマイクセッティングも同一であったと考えられるが、フランクではレスピーギで聴かれるような華麗でスペキュタクラーなサウンドは聴かれない。しかしこれは、曲のオーケストレーション違いに過ぎず、これをもって「フランクの方が録音が劣っている」と評するのは根本的に誤った判断だ。フランクの管弦楽曲は、同じく教会のオルガニストを本業としていたブルックナーのそれと似て、オルガンのストップをそのままオーケストラの楽器に割り振ったかのような「グレースケールトーン」が特徴で、そこには旋律を高らかに歌い流れるようなストリングスも、鳥のように囀る木管楽器も、軽快にリズム刻み閃光を放つ打楽器も、咆哮するホルンも、地を穿つようなグランカッサも無く、陰鬱な循環主題が、うねうねと転調と漸強・漸弱を繰り返しながら、幾度も繰り返されていく。ウィルキンソンによる録音は、このようなフランク特有のサウンドの特徴を余すところなくマイクで拾い上げており、指揮台のやや後方からオーケストラを俯瞰した原寸大のパースペクティブといい、フルオーケストラが奏する広大なダイナミックレンジをパワー感を欠落させること無く、混濁とは無縁のトランスペレンシーを保ってアナログテープに納めており、その魔術的ともいえる仕事ぶりには、いつものことはいえやはり驚きを禁じえない。聴き所は随所に現れるが、ここでは2箇所を紹介したい。まず第一楽章終結部のトゥッティによる循環主題のカノンだ。最初の主題はフルート、オーボエ、コールアングレ、クラリネット、トランペット、ホルン、バイオリンで盛大に奏されるのに対して、これを受ける模倣部はバスクラリネットとファゴット、バストロンボーン、テューバ、コントラバスと明らかにパワー不足であるため、バストロンボーンとテューバがしっかりと収録されないと、腰砕けのなんとも締まりのない終結となってしまうが、ウィルキンソンはこれらの楽器の獰猛なまでのパワ−を余すところなく切り取っており、ホールの側壁が微振動する様子まで目に見えるようだ。もう一箇所は第二楽章冒頭で、コールアングレのソロを受け主題の後半を奏するクラリネットとホルンのユニゾン。オーケストラ録音においてウィルキンソンほどホルンを重要視したエンジニアは皆無といってよく、録音でホルンがホルンとして聞こえることにおいてウィルキンソンの右に出るものは居ない。ホルンの音色を特徴付けるのは肉薄で円錐形のマウスピースに唇を振動させながら息を吹き込む際発生するアタック音と、それが一瞬減衰して定常の管振動に入るまでの複雑な共鳴音であり、録音においてはこの微妙な音にならないような空気の振動と倍音成分のミクロディテールまで収録しないと、ホルンがホルンらしく聞こえない(実際巷にはホルンともユーホニウムとも区別がつかないような録音がいかに多いことか)。ウィルキンソンはこのことを誰よりも理解しており、彼がステレオ録音の最初期段階からすでにホルンにピックアップマイクを向けていた理由もこれによる。ここではホルンとクラリネットとが、録音時の配置そのままに3Dのようにリスナーの前に姿を現す。そのあまりのリアルさに聴き手は一瞬戸惑うが、やがてフルートが加わって主題がピアニッシモの中に消え弦合奏のざわめきが始まるころになると、リスニングルームが40年前のメイソニックホールに置き換わっていくのを、甘美な陶酔感とともに味わうことになるだろう。マゼールによる指揮は、フランクがスコアに細やかに書き込んだ強弱や強弱変化や、ひとつの小節内での表情変化に至るまで極めて丁寧に描き分けているし、このマゼールの細かな要求に正確に応じるオーケストラの技術とアンサンブルも見事というほかない。最後にこのCDではなぜか第2楽章のみテープヒスや暗騒音がしっかり残っており、それだけに臨場感も豊かだが、どうして第1、第3楽章ではマスタリングの際にこれらを除去してしまったのか理解に苦しむ。とはいえ、意外に知られていないこのマゼール&クリーヴランド盤を全ての音楽ファンとオーディオファイルに薦めることに何の躊躇も感じない。

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