Sym.4 / 1 / 88: Furtwangler / Vpo (1951)+beethoven: Coriolan
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ほんず内閣総理大臣 | 北海道 | 不明 | 21/March/2014
1951年10月29日のライヴで、ハイドンのみ一週間後の演奏。1970年代初めにロンドンレーベルのLP発売以来聴いてみたいと思いつつ今日に至り、ようやく試聴いたしました。音はまあまあ。マスタリングでノイズは除去したのでしょうけれど、潤いのないやや硬めの音で、弱音はきれいですが強音はややつぶれ気味であり、レンジもやや狭いかな。フルトヴェングラーのライヴではヒドイものが多いので、それに比すればいい方でしょうけれど。さて肝心の演奏であります。いかにもフルトヴェングラーの特徴あるもの。テンポの緩急をひんぱんに付け、ダイナミクスの幅も巨大。冒頭のハイドンからして古典(様式)を意識せず、オーケストラを存分に鳴らした豪演。ベートーヴェンはいかにもそのパトスが横溢しており、さすがと思わせます。シューマンも大きな音楽で、ロマン的というよりも逞しい。メインというべきブルックナーが最もいわば「問題作」でしょう。楽譜は例によって当時普通のいわゆる改訂版。聴いていてビックリする個所が多々あります。一貫したテンポによって進むのではなく、頻繁に付けた緩急の加減によって音楽は非常に劇的に展開します。フルトヴェングラーの心象を反映して音楽は極めて壮大に盛り上がり、またうごめきます。何かこうしたところを以って「フルトヴェングラーはブルックナーに合わない」と評する人もいるのでしょう。わからないでもないですが、しかし思い起こせばアーベントロートのブルックナーもこんな感じだったし、この手の演奏はブルックナー演奏の様式ではかつては決して特殊ではなかったのではないですかな。合う合わないとかいった批評は慎重であるべきでありましょう。それはさておくとしても、フルトヴェングラーの「ロマンティック」は彼の個性の炸裂した大演奏として現場では圧倒的でありましたでしょう。こうして不十分な録音によるディスクでの鑑賞ではその感銘は薄いというのが正直なところではあります。われらの時代のブルックナーとはずいぶん距離がある気はしますし、そしてわれらはわれらの時代に染まってもいますしね。0 people agree with this review
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