Nocturnes: Mejoueva
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mio | 東京都 | 不明 | 20/October/2016
彼女の演奏の第一印象は、「この人は、本当は余り上手くないのではないか。」というものでした。 彼女の演奏は、第20番から始まりますが、フー・ツォンの全集のように作曲年代順に並べているわけではないので、「スケルツォ集」のラストや「ショパン・リサイタル(2010)」の冒頭に取り上げているとこころからみて、彼女にとって、ノクターンの中で最もこだわりを持った特別の曲なのではないかと思います。 私も、新たに購入したノクターン集のCDを聴くときには、グラナドスの「ゴイェスカス」の中の「嘆き、またはマハと夜鶯」と名付けられた曲の標題を連想しながら、この曲から聴き始めます。 彼女以外のピアニストは、1、2小節よりも3、4小節を弱く弾き、闇と静寂さを表現しているのですが、彼女の演奏は1、2小節を単純に繰り返しているだけの演奏のように聴こえます。 さらに、彼女以外のピアニストは、中間部(21小節から43小節)の速度を速め、第2コンチェルトとの関係を連想させながら演奏するのですが、彼女は、ここでも最初のLentoの気分を単純にそのまま引きずって、コンチェルトとの関係を連想させることなく最初の主題に戻ってしまっています。このため、中間部が意味のない間の抜けたものになってしまい、曲全体として起伏の乏しい、何とも退屈な演奏になってしまったように感じられます。 第3番では、左手の伴奏がぎくしゃくして右手の旋律より目立ってしまい、時につまずきそうになり、結局、何を弾いているのか分からなくなって、演奏の体を成していないように聴こえます。 第16番は、左手の伴奏の音域が広がると下降部分が不必要なスタッカートになったり(20、22小節)、伴奏としての抑制を欠いているために主旋律を超えて耳障りに聴こえたり(39小節あたりから)、右手だけで演奏される二声の旋律線が絡み合うと左手の3連符が付点つきの覚束ないものになったり(31から34小節あたり)しているように聴こえるのですが…。 第17番は、左手がシンコペーションのリズムを取り始める37小節目あたりから曲の進行が不安定になり、トリルへの繋がりに必然性が感じられず、終わりまで落ち着きのないまま終わってしまっています。 第18番は、ショパンの晩年の作品だけに、諦念感と焦燥感が交差して、やがて透明な空気の中に昇華して消えてゆくような曲ですが、私には、彼女の演奏が、音色、情感、緩急、リズム感に乏しいために単調で物足りず、私が聴いた多くのピアニスト、とりわけ同じ曲集で1996年のレコードアカデミー賞を受賞したピレシュの演奏と比べるとその差に大きなものがあるように思えました。3 people agree with this review
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