TOP > Music CD・DVD > Classical > Spohr, Louis (1784-1859) > Symphonies Nos, 3, 6, etc : Shelley / Svizzera Italiana Orchestra

Spohr, Louis (1784-1859)

CD Symphonies Nos, 3, 6, etc : Shelley / Svizzera Italiana Orchestra

Symphonies Nos, 3, 6, etc : Shelley / Svizzera Italiana Orchestra

Customer Reviews

  • ★★★★★ 
    (0 posts)
  • ★★★★☆ 
  • ★★★☆☆ 
    (0 posts)
  • ★★☆☆☆ 
    (0 posts)
  • ★☆☆☆☆ 
    (0 posts)

Do you want to write a review?

Write you own review

Showing 1 - 1 of 1 items

  • ★★★★☆ 

    松浦博道  |  静岡県  |  不明  |  29/April/2016

    今日シュポーアという作曲家の作品の認知度は演奏会で実演で聴く機会にはほとんど恵まれてはいないが、幸いにも海外の主要なレーベルでその作品の多くが体系的に録音され、手軽にCDプレイヤーで再生できることは嬉しい話だが、実はそんな彼も生前にベートーヴェンも顔負けといった感があるくらいの素晴らしいグレイト・シンフォニストであったことはクラシック通以外にはほとんど知られていないのが現状という所に留まっており、21世紀今日では余りその生前ほどに及ぶ評価は定着していないというのが事の実際でもある。交響曲も10曲も書いており、オーケストラの入念で気の利いた扱いや処理もかなりの実力あるシンフォニストであったかを裏付けさせる興味深いものとなっている。当盤冒頭の<バビロンの陥落>序曲の、作曲者らしい不穏な半音階的なクラリネットによる導入部で始まり、生気を帯びてアレグロに終止する音楽展開の妙もこの作曲家の陰の実力ぶりを知る上での今後のクラシック・コンサートでの恰好なコンサートピースになろうことも大いに期待できうるものがある。交響曲第3番も、ベートーヴェンの傑作である第5番<運命>からの意識的とも見て取れる調整選択と重厚な響きに覆われ、演奏効果も高い優れたナンバーであることの確かさは拝聴すれば耳に明らかに印象付けられ焼付くことだろう。1828年4月6日の復活祭(=イースター)に日曜日に、作曲者が宮廷楽長の座・ポストを得て間もない頃のカッセルの地で、作曲者自身の指揮で、レオの<ミゼレーレ>やベートーヴェン<第九>となど共にプログラム上で初演され大変に好評に終わったとされるいわくつき作品であると同時に作風様式の記念碑的到達点を作曲者にもたらした野心に満ちた力作・労作でもあった。その評価は初演以後19世紀の至る所でのコンサートで素早くスタンダード・ピースとして人気・演奏需要が定着化し、メンデルスゾーンやワーグナーも好んで自身のコンサートで当作をその解釈者として取り上げたと言われる、シュポーアの生前から大変に不動な人気ぶりを博した成功作であった様である。当盤の演奏も、壮大で重厚な表現力はやや後退してはいるが、その分、細部の目立たない響き・部分を強調視させ、柔軟で聴きやすい耳に心地よい室内楽的と呼んでも差し支えのない演奏ぶりを披露している創意工夫と姿勢ぶりが強く窺える。1839年頃に、ロンドンのフィルハーモニー協会からの委嘱で生れ出たとされる交響曲第6番の方も、第3番ほどではないにしろ、過去のバロック・古典派の巨匠たちの作品への賛美とオマージュというユニークで魅力溢れる作品に仕上がっており、4つの副題の付いた各楽章は、内容的にも構成的にも興味深く、そこに聴かれる和声表現およびそこから醸し出される響きの妙は、紛れもなく当時功なり名を遂げた作風の円熟の絶頂期・最盛期にあっただろうシュポーア自身の個性でありオリジナリティそのものの輝きであったと言えるものがあろう。第3番と第6番の組み合わせによる音源はかつてマルコポーロ盤があったくらいで、それと当盤を比較する時、耳に心地よく入り込んで柔軟性に富んだ音楽作りをしていると思わせられるのが当盤に聴かれる方であり、マルコポーロ盤の様な余りにも過度に強烈な印象の音楽演奏をしている様子は窺えないが、シュポーア音楽の特徴であるおおらかな和平さに満ちた古典的で、その生前の作曲上の偶像的模範であったとされるモーツァルトの音楽の持つ単純でいて質の高い音楽作りを意識的に行っている良い好例であると言えるものが認められる。生前にシュポーアの音楽は19世紀当時相当な影響力を持ち、後の世代の作曲家たちに絶大なる印象を誇ったと言われるが、作曲者自身の死と時代の変遷によってその音楽は次第に忘れ去られていったというのは実に21世紀現在の音楽史的観点からみると惜しい音楽的・文化的損失であったと言えなくもないが、そうした作曲家の例は、なにもシュポーア一人に限定されるものではなく、死後に急送に廃れて忘れられていったという例は時代を問わず、17世紀にも18世紀にも、そして19世紀にも無数に相当数存在したはずである。そんな中でも、シュポーアは当時最高のバイオリニストと評価され、名声・実力共にベートーヴェン以上であったことは確かな事実である様だ。21世紀現在、彼の作品表の中で機会的に演奏されるのは、ヴァイオリン協奏曲第8番<劇唱の形式で>や、いくつかの目立たない管楽器と弦楽器による室内楽作品程度のものであり、いまだもってこの作曲家の全ての姿・真価が高く評価されて頻繁に顧みられているとは言い切れず、それは今後の未来の演奏家たちや演奏事情の発展に期待するしかないものと言えるものがある。ある意味でシュポーアという作曲家は保守派の代表・重鎮でもあり、当時自作に半音階的な響きを取り入れて、当時の一般市民・音楽ファンを驚かせもしたというが、オペラにワーグナーに先立ってライト・モチーフを取り入れ、弦楽四重奏を2組編成にしたり、オーケストラを2重表現したり、自身が考案したと言われる「指揮棒」を使って指揮をしたりなどユニークな当時の誰もが気が付かなかった常に新しい試みを多少のリスクは覚悟で堂々と意識的にやってのけたという目覚ましい作曲家はシュポーア特有の、強い作曲家としての気鋭な前衛ぶりを誇ったユニークな発想を多く持っていた時代の寵児として今後もその作品の評価が高く顧みられる時代を迎えてほしいと、当盤に収録されたこの作曲家の意欲旺盛ぶりな力作・労作の存在から意味深長ですらある個性的なスピリチュアルメッセージを感じ取ったまでである。そうした意味でも、当盤はシュポーアの最も聴いて楽しい音楽所産ですらある第3番と第6番の交響曲を一枚にカップリングしてくれてあるので、コンパクトでいつでもどこでも手放さずに携帯して、時間があれば手軽に聴いて楽しみたいと思わさせられる重宝する演奏・質の両点で高評価できるベストな一枚であると言い切れるものがあろうと悟らされたのであった。今後とも、シュポ―アという多作家の、この素晴らしいシンフォニストとしての再評価が期待されてゆくことを願うのみである。

    2 people agree with this review

    Agree with this review

Showing 1 - 1 of 1 items