証言・フルトヴェングラーかカラヤンか 新潮選書
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Erdinger | 神奈川県 | 不明 | 19/November/2011
タイトルが、故ヴェルナー・テーリヒェン著『フルトヴェングラーかカラヤンか』(音楽之友社)を念頭に置いているのは明らかだが、インタビュアーである著者の答えは予め出ていて、テーリヒェンを始めとするベルリン・フィル元団員たちの証言を楯にしてずらりと並べ、その陰から矛を繰り出そうという意図だったのだろう。しかし、元団員たちもただ者ではない。多くは「その手には乗らない」応答に終始したように読める。色々興味深い証言はあるのだが・・・・。それにしても、世の中、本書に限らず、「白か黒か」、「正義か悪か」式の割り切り方に無理矢理持って行こうという傾向が強くて辟易する。テーリヒェンはすっかりアンチ・カラヤン派のヒーローにされてしまった。しかし、先年、NHKが、保有する往年の名演奏家たちによるライヴ映像を最新技術で蘇らせたが、ある番組の中に、1957年のベルリン・フィル初来日公演の模様を元団員たちが視聴するシーンがあった。その中で、かつての自分たちの演奏を、指揮(勿論カラヤン!)も含めて一番熱っぽく賞賛し懐かしがっていたのがテーリヒェンその人であった。上記著書を読んでいただけに少々驚いたが、一方で成る程と納得もできるのである。長く続いた人間関係には、単純に仲が良かった悪かったでは済まされない、愛憎が複雑に絡み合った事情があるもの。うまくいっている時は「あばたもえくぼ」だったのが、一つ歯車が狂い出すとすべてがネガティブになり「えくぼがあばた」になることも珍しくない。互いに年をとり、柔軟性がなくなって頑なになり、寛容さも忍耐強さも失われてくれば尚更である。テーリヒェンの著述や発言はそのことを踏まえて受け取る必要があるのではないか。また、著者とテーリヒェンが崇敬してやまないフルトヴェングラーにしても、ベルリン・フィルとの関係は常に蜜月状態、運命共同体であったわけではなかったことは、ミーシャ・アスター著『第三帝国のオーケストラ』(早川書房)等、近年出版されたいくつかの書物につぶさに記されている。特に第二次世界大戦後は、1947年5月の有名な復帰コンサートにおける興奮と感動があったにしても、両者の関係はかなり微妙で考え方の乖離も小さくなかった様子。この点、日本のフルトヴェングラー・ファン諸氏の認識とはかなり相違しているのではないか。テーリヒェンの著述や発言が、必ずしもこうした事実関係を反映しているわけではないことも記憶しておくべきであろう。1 people agree with this review
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ほんず内閣総理大臣 | 北海道 | 不明 | 04/July/2011
ベルリンフィルの元楽員や古参楽員を訪ね歩いて集めた貴重な証言集。そこに大いに価値があります。但し、この両巨匠を扱うのは難しいなと感じたのが正直な読後感。フルトヴェングラーは、その実演を聴いた人(まして日本人なら)はもう極めて稀で、また残された録音はそのほとんどが音が悪くて巨匠の音楽をどれだけきちんととらえたものか疑わしいものばかり。一方、カラヤンは日本にもしばしば来て実演を聴いた人は相当多数、まして残された膨大なディスク(良い音!)に親しんでいる人はもはや数え切れないほど。もはや完全に伝説で半ば闇の中のフルトヴェングラーと、まだその記憶が鮮烈に生きているカラヤンとでは、「比較」はできないのですね。この本、タイトルにもあるような「選択」、そして「比較」がどうしてもなされてしまうので、そこはホントは公正じゃないんですけどね。だから、フルトヴェングラーについての元楽員の賛辞は、正しく検証はできないものです。だから、証言として残しておくなら、「フルトヴェングラーはリハーサルや本番で、こういうことをした」という資料的な内容がよかったかな。どの曲のどの部分ではこういう要求をしたとか、ホールの音響をどうチェックしたかとか、曲のコンセプトについてこういう説明をしたとか、そういう類ですね。楽員による彼への評価の言葉ではなくてね。そこが惜しいかな。なお、著者のお名前、どうしても「かわ ろまーん えみ」さんに見えてしまいます。(-_-;)1 people agree with this review
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