"Complete Piano Concertos : De Groot, Otterloo / VSO, Haag Philharmonic (3CD)"
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鯖太郎 | 大阪府 | 不明 | 16/November/2009
まず、最初にお断りしておくが、挙げたディスクはあまりお勧めではない。マスタリングのせいか、プレスのせいか、以前買ったPHILIPSのCD(『皇帝』と『テンペスト』)と比べ、音の鮮明度が少々落ちる。それに、テープノイズらしきものや、人為的に音量を操作したらしき跡もある。よって、デ・フロートの良さもわかりにくい。 ああ、とうとう、コル(コルネリウス)・デ・フロートの現役盤も、とうとう残りわずかになってしまった。彼はこのまま忘れ去られるピアニストになってしまうのだろうか? その寂寥感は、思わず私に筆を取らせる。しかし、私にとって個人的に大切なピアニストなんだから、自分が満足していればそれでいいじゃないか?という相反する自問は、私を苦しめる。しかし、今は、書いておかねば、という気持が強い。 もし、私に、好きなピアニストは、と聞かれれば、まずやはり、ミケランジェリ、グールド、ポリーニと言った名前が浮かんでくる。ある程度クラシックを聴きこんだ人なら、誰でも知っている名前だ。 しかし、偏愛するピアニストは、と聞かれれば、ナット、ペルルミュテ(ペルルミュテール)、そしてこの、コル・デ・フロートとなる(実は、もっといるけど、とりあえず)。この内、ナットとペルルミュテに関しては、日本でも良く知られている。今、私が付け加えることはあまりない。しかし、デ・フロートはどうだろう?無名もいいところだ。かろうじて、SP時代のメンゲルベルクとの『皇帝』の共演が知られているくらいだろう。 かくいう私も、コル・デ・フロートの名前を知ったのは、そう遠い昔ではない。10年ほど前、ユニヴァーサルと統合される前の蘭PHILIPSから、“Dutch Masters(オランダの名演奏家達)”というシリーズが発売された。その中にデ・フロートの‘50年代の録音がいくつか入っていたのである。まずは、ショパン(Vol.31)。この4曲のバラードの演奏に、完璧に痺れてしまったのである。これは、すぐに廃盤になる!という予感がしたので、それ以降、PHILIPSはもちろん、英APRから発売されたシリーズもVol.1から集めた(と言ってもVol.2で終わっているようだが)。狂ったように集めた。 何が私をかくも狂わせたのか?音色である。スタインウェイとも、ベーゼンドルファーとも、もちろんヤマハとも違う、聴いた事のない音色。エラールでもない。もっとくっきりしていて、高音域は鳥のさえずりのように伸びやかで、しかし、鄙びた音色。ポコポコと粒だった音色である。 どうやらこれがベヒシュタインらしい、と気付いたのは、CD(先ほどのVol.31)のジャケットに載った彼と彼のピアノの写真の一部、ピアノの正面の部分に、“・・・TEIN”と書かれてあるのが、読み取れたからである。後にベヒシュタイン弾きとして有名な、ホルヘ・ボレの音と聴き比べてみて確信は深まった。ただ、いつぞやのように、生半可な知識や、自分の糞耳をたよりに楽器を特定して混乱を起こす(あとで随分反省したのだ)のは、もう、これで止めにしておこう。ここでは、あくまで、自分はそう推察した、ということにとどめておきたい。(なお、晩年はプレイエルを使用していたようなので、その可能性も大きい。) (ベヒシュタイン、または、)彼の使用している楽器の、音色の特徴として、私は、ある程度強さが持続して、急に減衰するような印象を受けている。それは、もしかしたらペダルの操作による効果なのかもしれないが、私にはわからない。だた、それが私に、全体として、粒だった音の一つ一つがくっきりと連なって、立て板に水を流すように、なめらかに流れていくような感覚を与えているのは確かだ。 もし、仮に同じ楽器を使用しているのなら、じゃ別にボレでもいいじゃないか?と言われれば、それが違うのである。ボレが現代ピアノの技術でベヒシュタインを弾いている(それはそれで良い)とすれば、デ・フロートの方は、一音一音の響きを確かめながら弾いている。そこにある種の「間」が生まれる。デ・フロートは、その「間」を生かして、楽想にニュアンスを付け加えている。それが私には何ともたまらないのである。 彼の残した(私の集めた)録音の全てがいいとは言わない。技術的(ヴィルトオジティ)にも今日の水準から言えば若干落ちる。ケンプ(失礼)より少しうまい、といった程度だろう。ただ、楽器の特質を知り、その美しい音色を十全に引き出す、というソノリティの能力においては、彼は確かに名手だった、と思う。先に挙げたショパンのバラード、そしてこのベートーヴェンの『皇帝』と『テンペスト』(できればPHILIPS盤の方)、ラヴェルの『鏡』は、まさしく「息を呑むような」美しさである。 以上、長々と書いたが、確実なことはあまりない。ほとんど憶測である。ただ、昔、オランダにコル・デ・フロートというピアニストがおり、素晴らしい音色を紡ぎ出していた。そして、今、その‘50年代の音源を一生懸命集めている男(つまり私)がいる、ということだけである。 そして、私の、ささやかな願いはただ一つ。40代半ばという演奏家として脂の乗り切った時期、そして1959年という、モノラルからステレオへとメディアの変遷がおこなわれようとしている大切な時期に、右手の故障によってキャリアを半ば諦めざるをえなかった(‘70年代にカムバックしたらしいとはいうものの)悲運の男に、もう少し脚光が当たってくれれば、ということだけである。もちろん、それにより聴ける彼の音源が増えれば、私にとって、それにこしたことはない。3 people agree with this review
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