Symphony: Furtwangler / Vpo (1945)+mozart: Sym, 39, : Bpo (1942)
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つよしくん | 東京都 | 不明 | 20/April/2010
フルトヴェングラーによるフランクの交響曲の名演と言えば、衆目の一致するところ53年の英デッカ盤であると考えるが、本盤のグランドスラムによる見事なLP復刻に接して、この45年盤も53年盤に決して引けを取らない名演であることを思い知った。第1楽章の第1主題に向けてのハチャメチャなアッチェレランドはいかにもやり過ぎだとは思うが、テンポ設定の思い切った変化やダイナミックレンジの幅広さ、そして情感の豊かさなどを織り交ぜつつ、全体としての造型をいささかも損なうことのない点は、フルトヴェングラーならではの至芸だと言える。それにしても、ナチスドイツの敗色濃厚な中で、敵国であるフランス音楽(フランクはベルギー人であるが)を堂々と演奏するフルトヴェングラーの反骨精神には、ほとほと感心させられる。他方、モーツァルトの第39番も名演だ。さずがのフルトヴェングラーも、モーツァルトではフランクのように荒れ狂ったりしない。この点は、モーツァルトの本質をしっかりと捉えていたことの証左であろう。それにしても、この荘重たるインテンポから漂ってくる深みは、何と表現すればいいのだろうか。正に、天才だけが可能な至高・至純の境地と言えよう。グランドスラムによる復刻も最高だ。4 people agree with this review
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tooru | tokyo | 不明 | 25/September/2008
フランクは高域はカサつき、低域は団子状態で分離と解像度が悪い。音に難がある。0 people agree with this review
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シアリル | 島根県 | 不明 | 18/June/2008
フランクの録音を聴きながら、こんな光景を想像した。フルトヴェングラーは、刻一刻変化するオーケストラの響きに耳を済ませている。ある音が鳴った瞬間、次に鳴らすべき音が彼の中で決定する。その鳴らすべき音を、オーケストラに指示する。曲の始まりから終わりまで、ずっとそれが持続する。あらかじめ完成品が決まっていてその実現にむけて全力を注ぐ、という方法ではなく、理想とする完成品そのものが、指揮者とオーケストラのコミュニケーションの中で、時々刻々変化していく。従って音楽は今その瞬間に醸成されるように聞こえる。1 people agree with this review
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