Bach, Johann Sebastian (1685-1750)
Well-Tempered Clavier : S.Richter(P)(4CD)
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ゴロンロネ | 京都府 | 不明 | 10/March/2008
音楽は世界の共通言語という認識自体間違っている。その時その時の音楽言語も時代と地域の様式に縛られるものであり(そういったことはクルト・ザックスの民族音楽学の本を読めば一目瞭然だ)、たとえばこのバッハも調性対位法の面から見たら神様のような作曲家だが、パレストリーナのような純粋対位法の技法から見たら極めて雑なものだ。バッハは偉大な音楽家であるが、音楽の一つの様式の頂点を極めたというだけで、決して全ての音楽の頂点に立つものではない。ましてバッハより卑小なリヒテルに関しては何をかいわんやだ3 people agree with this review
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ゴロンロネ | 京都府 | 不明 | 28/February/2008
私の音楽仲間の友人にリヒテルと毎年家族ぐるみで付き合っていた人がいるが、普通にピアノを弾いてもらったり、ごく気さくに関わっていたそうだ。その友人も驚いていることだが、世間では音楽家をやたら神格化して持ち上げる人間が多い(特にクラシックの伝統から遠い日本ではそうだ)。ごく普通の人間としてとらえて素直に聞くことができずに、崇拝する色眼鏡があるからどんなものでもありがたく聞こえてしまう。このリヒテルではリストやショスタコーヴィチなどほかにも聴くべきものはあるだろうにというのが私の率直な感想だ1 people agree with this review
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小豆島からジャック | 対馬 | 不明 | 19/February/2008
ピアノの鍵盤を押しつぶすような音色に、まず違和感を覚える。 おそらくこの音色に精神や情念が注入させられていると思われているが、本当は怨念のようなものがこもっているのではないか。 そのようなものに終始塗り固められた演奏であるがゆえに、この曲集の様々な要素が黙殺され、「瞑想的」という言葉でしか表現されない一様な演奏になってしまった。 私にとって、どこを聴いても変わり映えがない演奏であり、茫洋として退屈だ。2 people agree with this review
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ゴロンロネ | 京都府 | 不明 | 19/February/2008
この演奏は一言で言うと「要点を得ていない」に尽きる。曲の流れの脈絡の全く感じられない演奏で、ただ音を並べただけでは決して「音楽」になりえないということをネガティヴに実証してみせた演奏に他ならない。それがリヒテルの個性だというならそんな個性など必要ありませんね。1 people agree with this review
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ゴロンロネ | 京都府 | 不明 | 15/February/2008
フーガは調性プランであるというのは音楽をやる人間にとって常識ですが、テューレックの第二巻ハ長調フーガの演奏を見てみましょう。後半部分の長大なサブドミナントからトニックへ向かう過程、またその後のフーガの終結のカデンツに向かっての和声的な動揺などで見せる緩急の自在な音楽の盛り上がりは一息にバッハフーガの構造を示してくれ、唖然とするまでの出来栄えです。リヒテルの演奏からはこういったことは「絶対に」見られません。0 people agree with this review
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スペードのジャック | 広島 | 不明 | 30/December/2007
あまり感心できる演奏ではない。 それぞれの曲が平準化されてしまい、退屈なのである。 各声部の活き活きとした息遣いがなりを潜めてしまい、フーガの玄妙さが鈍重さに塗り替えられてしまっている。 バッハの音楽の深遠さおよび多様さを表面だけなでただけという感じがした。1 people agree with this review
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