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Ravel (1875-1937)

CD Bolero, Daphnis Et Chloe Suit.1, 2 La Valse, Etc: Maazel / Vpo

Bolero, Daphnis Et Chloe Suit.1, 2 La Valse, Etc: Maazel / Vpo

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  • ★★☆☆☆ 

    ゲムスホルン  |  東京都  |  不明  |  05/March/2008

    「ボレロ」のただ一カ所の“勝手な”リタルダンドが、全てをぶち壊してしまっている。作曲者の哲学的意図や演奏者(指揮者)の解釈云々は、再現芸術の根幹に関わる議論なのでそれは問わないが、この曲に限ってはスコアを最大限に尊重すべきだ。ラヴェルのオーケストレーションは過剰な演出など無くとも、最高のクライマックスを約束してくれているからだ。マゼールは好きだし、アルバムの他の部分は非常に美しいからこそ、かえすがえすも残念である。

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  • ★★☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  10/November/2007

    然らば、ラヴェルの証言は嘘だったのだろうか?いや違う。これは感情のスパイラル(“旋回”)なのだ。ウィンナ・ワルツの礼讃の形をとりつつも、悲しみ、怒り、迷い、あるいは歓喜や悲鳴、栄華と荒廃といった相反する様々な感情や状況を共存させ、拮抗させ、やがては破壊させるのだ。ラヴェルは、光の中に影を、影の中に光を描いたのだ。「白か黒か」ではなく「白あっての黒」「黒あっての白」なのだ。作風は違えど、その神経質なところはマーラーに近いかも知れない。グロテスクさは前に押し出されるものよりも、美の中に潜ませたもののほうがより幻惑的だ。同時に「美は善よりも余計悪と一致する」(オスカー・ワイルド)ものでもある。これらが、刹那的な煌めきの如く、様々な光彩を放っては影に沈み、更に影からまた光を生みながら旋回していくのである。単なるグロテスクさや暗さとは明らかに違う、光と影が織り成す叙事詩なのである。それにしても、公の掲示板での個人的な討論は、正直やりたくありません…。私はあくまで私の意見を“皆様”宛てに投稿したはずなのに…。各位様、演奏に対し賛否様々な思い入れがありましょうが、その余り他の意見をねじ伏せようとしてはいけませんよね。十人十色の考え方があるはずですし、だからこ

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  • ★★☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  06/November/2007

    追記。因みにラヴェル自身は、《ラ・ヴァルス》を、「ウィンナ・ワルツの礼讃に、幻想的で宿命的に続く旋回の印象が混合したもの」と説明しています。ですから「路線変更」というよりむしろ、ウィーン礼讃を土台としながらも、そこにグロテスクな情感を渦巻くような曲に仕立てたのだと言えるでしょう。“ワルツ”という、ウィーンの象徴とも言える様式から完全には逸脱しなかったのも、むべなるかなと思われます。この曲から、ウィーン礼讃を読み取れないとするならば、それは曲自体の責任よりマゼールの表現に問題があると言わざるをえないでしょう。何故なら、ラヴェル自身が理想とする曲想から乖離してしまった表現だからです。確かに「幻想的で宿命的」ということがグロテスクな誇張と結び付いたと捉えられなく

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  • ★★☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  06/November/2007

    蓮華人様、ご意見ありがとうございます。後で調べましたが、ラヴェルは当初こそ「ウィーン礼讃」の曲にしたかったものの、大戦や肉親の死から、グロテスクなワルツへと路線変更したのですね。勉強になりました。確かにグロテスクな雰囲気の描写という観点からすれば、マゼールの指揮も強ち悪くはなさそうです。しかし、驚きこそすれ、感動まで至るか否かは評価が分かれそうですね。もっとも、賛否両論拮抗する演奏というのは、それだけ他の演奏にはない特徴があるものなので、「驚き」を求める向きには良い一枚かも知れません。ただ、私の場合「驚き」に重きを置かないので、評価が下がったという訳です。やはり仰る通り、マゼールは批評が難しいですね。

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  • ★★☆☆☆ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  31/October/2007

    かつてラヴェルは、トスカニーニの指揮する《ボレロ》の余りの高速ぶりに激怒し、演奏を禁じたことがある。さて、そんなラヴェルが本盤の演奏を聴いてしまったら、一体どう反応するだろうか。恐らく激怒どころではなくなるだろう。せかせかしたテンポといいラスト近くの大袈裟な揺れといい、「極めて中庸を得た速さで」という鉄則を完全に無視している。他の曲もデフォルメのオンパレードだ。何も奇を衒えば名演になるのではない。唯一の救いは、VPOの響きの良さである。フランスのオケのように乾いた音ではなく、適度な湿り気を帯びている。それが、収録曲の一つ一つに秘められた不気味さを表出しているのだ。ただ、マゼールの指揮が邪魔している。マゼールはかつて、VPO特有のピッチ(445!)が耳に馴染めず、標準の440に合わすよう迫ったのがきっかけで、団員との間に亀裂を生んだことがある。そうしたことから、マゼールはVPOの伝統や団員達の自主性を逆撫でするようなことを平気でやるような男と言える。例えば《ラ・ヴァルス》でも、ものが“ウィーン礼讃”なのだから、もっとウィンナ・ワルツのリズムで団員を泳がせた方がよいのではないか。妙な誇張ばかりするからVPOらしさが死ぬのだ。だから敢えて苦言を呈した。どうかご斟酌の程を。

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