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Schubert (1797-1828)

CD Die schone Mullerin : Julian Pregardien(T)Kristian Bezuidenhout(Fp)

Die schone Mullerin : Julian Pregardien(T)Kristian Bezuidenhout(Fp)

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  • ★★★★☆ 

    うーつん  |  東京都  |  不明  |  08/August/2024

    数ある同曲の盤の中でも特異で、だからこそ持っておきたいディスクだと思う。  入手後、当盤を数回、更にテノール歌手で数点(ボストリッジ2点、シュライアー、父プレガルディエン2点、パドモアなど)聴き比べしてみたがやはり当盤の立ち位置は特異。ボストリッジが主人公に憑依したかのような歌唱、シュライアーは詩と音楽を調和させた端正な歌唱、パドモアは傷つきやすい繊細な主人公の様を詩によって表現し、父プレガルディエンはリリカルにそして爽やかに(なればこそ逆に若者の、この恋物語の悲劇性が浮かび上がってくる)歌い上げている。  なら、当盤のプレガルディエンはというと、詩に対し一体化を図り、そこにのめり込む。そして詩(または言葉)が持つエネルギーや感情を音楽にぶつけていき、結果としてメロディーが変わり歌唱というより呻きや叫びや独り言のように歌が楽譜から逸脱することに繋がっていく。  即興的な歌い口、メロディーの改変をちりばめるやり方なら、父プレガルディエンが2007年の録音(Challenge Classics)で既に出ているが、子プレガルディエンはそれを違う角度から解釈し、さらに先鋭化させ詩の意味に迫ろうとする鬼気すら感じる。 ベザイデンホウトの伴奏もそこを見事に支えて彼の表現が独りよがりにならぬよう、意味を持たせようとしているように思える。いわばユリアンが水車小屋の外に飛び出そうとするかのような勢いで表現するのを、ベザイデンホウトのフォルテピアノ(とても良い音だ)で水車小屋の中にうまく滞在させているかのよう。  聴き手によってはこの表現を「冒涜」と解釈する方もあるだろうし、「表現の極地(または極致)」と受けとる方もいるだろう。歌曲と呼ばず、詩に音がついたものと捉えることもできる。それだけユリアン・プレガルディエンとベザイデンホウトの取り組みが「水車小屋」に深く、そして強く踏み込んでいると私は思う。故にその評価もかなり分かれると推察する。正直いって私の意見もまだ決まりきっていないことを告白しておく。「定番」とか「水車小屋のベスト1」ということはできないが、それでもこのディスクを入手したのは損と思わない。それだけの価値があるディスクだと思う。何度も聴くのは根気がいるが、何度も聴かないと彼らの表現に追いつくこともできない。なかなか大変な「水車小屋」なのは確かである。だからお薦めしてみたい。

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