TOP > Music CD・DVD > Classical > Mussorgsky, Modest (1839-1881) > Boris Godunov: Abbado / Bpo Kotcherga Lipovsek Ramey Langridge

Mussorgsky, Modest (1839-1881)

CD Boris Godunov: Abbado / Bpo Kotcherga Lipovsek Ramey Langridge

Boris Godunov: Abbado / Bpo Kotcherga Lipovsek Ramey Langridge

Customer Reviews

Showing 4 star reviews > Read all customer reviews

Do you want to write a review?

Write you own review

Showing 1 - 1 of 1 items

  • ★★★★☆ 

    mari夫  |  東京都  |  不明  |  09/August/2017

    いわゆる原典版による演奏。この曲に執念をもっていたことは知られたアバドらしく、極めて丹念に仕上げられた演奏である。ピアニシモで心理的なヒダに分け入る繊細さも見事だし、他方劇的な迫力にも欠けていない。さすがに準備万端を整えた演奏である。一般には大変好評のようだ。しかし、私にはその洗練はムソルグスキーの土臭さとはあまり一致しないように聞こえる。先日出たマタチッチのスラブ・オペラ日本公演の方が、コルサコフ版であるにも関わらず、ずっとスラブっぽく野太い。不思議なものだ。旧来の版と違い、ボリスによりは群衆に焦点を置いたのはムソルグスキーのオリジナルな意図だったろうし、コチェルガのボリスは確かにそれに過不足なく当てはまる。深い美声には違いないし、死の場面など十分聞かせる。しかし、シャリアピン以来、クリストフ、チャンガロヴィッチなどの歴代の強烈なボリス役と比べると、いささか弱くて軽い、といっていいすぎなら突出度が低い。歴代のボリス歌手は歌舞伎風の強烈な見栄は大時代がかり過ぎで、コルサコフ版は今時流行らない、これが新時代のボリスなのだということで、彼らを聞かないとすれば随分寂しい。これだけ聞いていれば不足はないだろうが。ニコルスキーの酔いどれ僧侶ワルラームもどうもお行儀が良すぎる。この役に美声は要らない。なかなかいけるのはラリンの偽ドミトリーと一般的には評価されていないポーランド・シーンのマリーナ姫のリポヴシェク。レイフェルクスのランゴーニと陰謀を巡らすシーンはアバドの克明さが生きているし、「愛の二重唱」での悪女っぽい翳りはとても良い。偽ドミトリー軍の進撃とその後の白痴の嘆きの歌につづく終幕はかなり見事であることは認めよう。だが、それでも、私にはこの見通しの整いすぎた演奏は、コルサコフ版によって隠されていた非西欧的なムソルグスキーのスラブ魂を再現するものとは聞こえなかった。アバドは結局モダンな指揮者なのだ。

    2 people agree with this review

    Agree with this review

Showing 1 - 1 of 1 items