L'amico Fritz : Cucchi, Frizza / Maggio Musicale Fiorentino, Jicia, Castronovo, Iervolino, Cavalletti, etc (2022 Stereo)
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グー | 兵庫県 | 不明 | 24/December/2024
「周りを癒やす貴方の人生が永遠に続く春でありますように」…スーゼルの登場アリアの中のこのセリフは、このオペラ全体の精神を表すものだろう。タイトルに「友人」と冠せられているのがミソで、登場する人物は皆友達思いのナイスガイばかり。正にgood heartsのための後味の良い爽やかな作品だ。この作品はこれまで2002年にマスカーニの故郷リヴォルノで収録されたホセ・ブロス&テオドッシュウのコンビによる映像が出ていたが、それは古き良き昔日の牧歌的な雰囲気の中に、恋の純情と感激がストレートに伝わってくるもので、私はとても気にいっていた。そのリヴォルノの上演を映画のような正攻法の「静」の舞台とするなら、このフィレンツェの方は演出的意欲が前面に出た「動」の舞台と言えそうだ。エキストラの登場人物が多い上にアクションも多い。舞台装置は細かい所まで気が配られており、それをクリアな映像で確認できるのは良い点だろう。第二幕は、ファームハウスの窓外に広がる広大な農園(ワイナリーか?)や丘陵の風景が美しく、このオペラに必須の田園情緒を感じさせてくれる。二十世紀半ばのアメリカに置き換えられているとのことだが、この舞台設定はまずは成功しているように思う。ただしサロメ・ジチア演じるスーゼルのキャラクターの描かれ方には少し引っ掛かる部分もある。この作品で求められるのは、彼女がベッリーニで聴かせてくれたような高度な歌唱技術よりも、演技を含めた感情表現だろうが、この点ではどうも「動」の演出が一部裏目に出ている感がなきにしもあらずだ。幼い頃はおてんばだったらしいスーゼルも、今は恋の予感におののく年頃の娘に成長している。甘酸っぱいさくらんぼの実はそんな乙女心の象徴だろう。裕福なフリッツに対して劣等感すら抱いている、純朴で不器用、内気な女の子。そんなキャラクターであるはずのスーゼルが、所によっては、ブッファ調のドタバタした演技によって、どこか軽薄なplaygirlに見えてしまうのがどうにも残念だ。現代っ子…と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、まさか人物像まで二十世紀半ばのアメリカ女性に置き換えてしまったわけでもないだろう。特に気になるのは、第二幕、聖書のリベカのシーンにおけるオーバーアクションで、これでは「ナクソス島のアリアドネ」ではないが、セリアとブッファを同時にやっているようで、まるで「河童狸」でも見せられているような気になってしまう。ここは恋愛感情が大きく飛躍してはっきりした形を取る非常に重要なシーンなので、茶化さずシリアスにやってほしい所だった。確かにこれは幸福な物語だが、ロッシーニのドタバタ劇のブッファとは異なるので、私個人としては、すべて第三幕のような落ち着いた演出で良かったのではないかと思うのだが…。舞台に活気があって賑やかなのは結構だが、この物語は結局は、若い二人の恋愛感情の発生から希望と恐れ、焦燥、思いきった告白、そして幸福な結実までの心理的な紆余曲折の過程を描いたもので、その本線が紛れてしまっては元も子もない。リヴォルノの舞台を見ているだけに文句が多くなってしまったが、まあしかしこれはコインの表か裏か、どちらを見るかの問題だろう。「動」を演出過剰と取るか、意欲的なプロダクションと取るか…。何はともあれ、滅多に見られないこの名作の舞台をこういう形で世に出してくれたことに感謝。0 people agree with this review
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