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映画『Factory Girl』特集

Tuesday, March 25th 2008

無題ドキュメント
Factory Girl
4/19(土)より シネマライズ他 ロードショー
  Introduction

観る前に映画『Factory Girl』を楽しみたいあなたに
このうえなく魅惑的であり、悲劇的でもあったイーディ・セジウィック。そしてポップ・アートの気鋭アンディ・ウォーホルと「ファクトリー」周辺の人びと、世の中を見る視点が誰よりも鋭く、いささかシニカルで純粋なフォークシンガー/ロックスター(映画でもあえて「あのアーティスト」の名前を出さないようにしてました)。そうした数々の登場人物が織りなすニューヨーク60年代半ばの儚く輝かしいきらめきを、映画公開前に触れてみたい方は、こちらの特集ページをお楽しみください!




  Contents


   Andy Warhol - アンディ・ウォーホル -
ガイ・ピアース演じるアンディ・ウォーホル
  ※写真はガイ・ピアース演じるアンディ・ウォーホル

「もしアンディ・ウォーホールについて知りたければ、
私の絵やフィルム、私自身を見ればいい。これが私だ、裏も表もない」

「未来には、誰もが15秒で有名になれる」
                                    ――――アンディ・ウォーホル


    20世紀最も有名な人物となり、最も有名人に憧れた人物。歴史上、生きている間に最も商業的な成功と名声を同時に得た芸術家。
    チェコスロバキアの貧しい移民の両親のもとピッツバーグで生まれる。本名アンドリュー・ウォーホラ。3人兄弟の末っ子。1949年カーネギー工科大学を卒業し、級友のフィリップ・パールスタインと共にニューヨークに行く。「VOGUE」「ニューヨーカー」「ニューヨーク・タイムズ」のイラストレーションを手がける。”ファクトリー”で様々なアート、映画を制作。大衆的で話題に富んだものをモチーフにし、”美術館に飾られるべき”高尚な芸術とされるものの壁を取り払った。市場と芸術を結びつけたこのアートはアメリカのみならず世界に大革命を起こし、ポップ・アートが誕生した。派手な色彩で同じ図版を大量に生産できるシルクスクリーンの技法を用いた。アメリカ社会に流布するシンボリックなものを作品化した絵画は社会を体現する明快なポップ・アート、商業的な芸術として人気を博した。「80枚の2ドル札 表と裏」「Campbell Soup Cans」シリーズ、「コカ・コーラの瓶」「マリリン・モンロー」シリーズ(62)「エルヴィス・プレスリー」シリーズ(64)などを発表。


ガイ・ピアース演じるアンディ・ウォーホル
 
     カウンター・カルチャーの大きな勢力となる。同時に彼は有名人好きのパーティ好きだった。有名なものへの愛情を隠さず、スター、セレブ、政治家との交流を続けた。自分の周りの人たちに対して、シャイな孤独人であり、それでいて全てをうまく操る人間でもあった。彼の存在は仲間にとって陰であり、陽でもあった。友人たちに良い影響を与え、また同時に彼らを利用したとも言われている。彼が社会に及ぼす影響を同様に一様ではなかった。ピッツバーグのアンディ・ウォーホル博物館は一人の芸術家に特化した美術館としてはアメリカ最大(2006年、オークションで”ドル記号”の版画が450万ドルで売られ、手招きの”Small Torn Campbell' Soup Can”は1170万ドルまで値が上がった)。
     イーディに会った瞬間、ウォーホルは現代映画のすばらしい題材と思ったという。2人の関係は常に想像性を刺激し扇動し合い、奇妙に共生していた。映画の中で描かれているように、当時ウォーホルが一番の共演相手が誰かと聞かれた時、こう答えている。「イーディ・セジウィック、彼女は何をやらせても僕よりうまい」



      Edie Sedgwick - イーディ・セジウィック -
シエナ・ミラー演じるイーディ・セジウィック
  ※シエナ・ミラー演じるイーディ・セジウィック

「彼女はいつも人生を追いかけていた、
でも人生は思うように進んでくれない」

                                    ――――ダイアナ・ヴリーランド

「彼女はいつも出て行こうとしていた。
良いムードの パーティの時もそうだ。イーディはいつもそんな感じ。
次に何が起きるか、それを待っていられなかった」

                                    ――――アンディ・ウォーホル


   カリフォルニアのサンタバーバラの名家、セジウィック家の8人兄弟の7番目の子供として生まれる。いびつな家族関係に精神的に不安定な少女だったが、幼少時代から周囲の友人や大人たちを虜にしていた。美術に興味のあったイーディは、マサチューセッツ州のケンブリッジからマンハッタンに移る。1965年ニューヨークでポップアートの気鋭アンディ・ウォーホルと出逢い、ウォーホルの映画に出演し、その奔放さと破天荒な言動、そして圧倒的な美しさと存在感でメディアをはじめ世間を虜にした。名家の令嬢、衝撃的で反抗的、奥深くには弱さを持ち合わせたイーディは究極のモダン・アメリカン・ウーマンとしてのイメージを築きあげた。
     小さな顔に大きな瞳。そして通称”クレオパトラの目”と呼ばれた有名なヘアメイクや大きなイヤリング、黒いタイツ、幾何学模様のドレスは、ファッション界に大きな影響を与え、現代にも受け継がれている。イーディはウォーホルと出逢ったことでアメリカのポップ・カルチャー革命の中心となり、時代を代表するアイコン、時代のモードとなった。VOGUE誌に”ユース・エイカー”(若者が起こした揺さぶり)と名付けられ、1965年「ガールズ・オブ・イヤー」に選ばれる。
シエナ・ミラー演じるイーディ・セジウィック
 
     厳格な家庭環境と異常なまでの父親との関係、兄の自殺などから精神状態は常に不安定で精神病院の入退院を繰り返していた。71年、体調を崩し、死去。睡眠薬の摂取過多が原因といわれるが、ドラッグに蝕まれた身体はぼろぼろだった。
     ウォーホルと過ごした時間は多くの映画と写真を残すことになった。それらは今もなお、多くの人々を虜にし、多大な影響を与えている。


   Factory - ファクトリー -
ファクトリー
  ※映画で描かれた「ファクトリー」の様子

    最初、アルミホイルと銀の絵の具で覆われた空間だった。大量生産するかのように作品を制作するイメージから名付けられた。型破りなアーティストの卵たちにとって時間、場所も気にせず、自由にアートに取り組め、実験できる場所であり、芸術家や俳優、詩人たち、モデル、ミュージシャン、ドロップアウトした若者たちが集まるアナーキーな文化サロンの役割を果たしていた。
     シルクスクリーンプリントなどのポップ・アートの数々、映画、彫刻などが制作された。映画の撮影スタジオでもあり、63年から66年の間に60作品以上が撮影された。『Sleep』は覗き見カメラのように寝ている男性を8時間撮り続け、『Empire』はエンパイア・ステート・ビルだけをひたすら撮り続けた。多種多様な人物が好き勝手に出入りし、活気と才能に満ち溢れていたが、ウォーホルが撃たれた68年からファクトリーの様子は急変。新しいウォーホルの”オフィス”となり、静かにアート制作に集中する場所となった。80年代は”スタジオ”に移り変わり、マルチメディアやグラフィックアートの実験に没頭。

1963年 東87丁目の元消防署からかつて帽子工場だった東47丁目231番地に移る
1964年 銃を持った女性が”ファクトリー”に乱入し、「マリリン」に発砲。
1965年 イーディ・セジウィック、ルー・リード、ベビー・ジェーン・ホルツァーらが集まる
1968年 2月、ビル解体もあり、ユニオン・スクエア西33番地に移る
           6月3日、ウォーホル、ヴァレリー・ソラニスに銃撃される
           (長時間の手術後一命を取り留めた→7月28日まで入院)
1974年 ブロードウェイ860番地に移る

■関連人物紹介
オンディーヌ Ondine
ウォーホル映画の常連。とにかくよくしゃべる人物。
ジェラード・マランガ Gerard Malanga
詩人、写真家、ダンサー。ウォーホルに一番近い人物と言われる。『インタビュー』誌創刊にも参加。

Velvet Underground
  ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド Velvet Underground
メンバーはルー・リード、ジョン・ケイル、スターリング・モリソン。モーリン・タッカー。1965年に活動を始める。バンド名は道端に落ちていたペーパーバックのSM小説のタイトルよりつけられたという。バンドのプロデュースを申し出たウォーホルが、ニコをヴォーカルにする。『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』はウォーホルの”バナナ”ジャケットで有名なアルバム。
     ⇒ ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバイオグラフィーを読む
ニコ Nico
歌手、女優、モデル。ドイツのケルン生まれ(ハンガリーのブダペストで生まれたという説もある)。本名:クリスタ・パフゲン(Christa Päffgen)。10代の頃はパリを中心に「ELLE」「VOGUE」のモデルとして活動。ボブ・ディランの紹介で出会ったヴェルヴェット・アンダーグラウンドのヴォーカルとなるが、デビュー作のみの参加となる。68年、ボブ・ディラン、ジャクソン・ブラウンが楽曲提供したアルバム『チェルシー・ガールズ』を発表。アラン・ドロンとの交際でも知られる。
ルー・リード Lou Reed
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのヴォーカル/ギタリストだったが、ニコの加入でヴォーカルの座を半分明け渡す。1970年からソロ活動を始める。1996年ロックの殿堂入りを果たす。
ブリジッド・ポーク Brigid Polk
本名はブリジッド・バーリン。新聞王の娘。
イングリッド・スーパースター  Inglid Superstar
イーディの次のファクトリーの“スーパースター”となった。
ジョナス・メカス Jonas Mekas
当時のアングラ映画第一人者。詩人でもあり映像作家でもあった彼は、ウォーホル映画の上映も積極的に行っていた。
ポール・モリッシー Paul Morrissey
ウォーホルの映画製作に携わる前からインディペンデント・フィルムの製作に携わっていた。ジョナス・メカスの紹介でファクトリーに参加するようになる。ウォーホル作品では、『チェルシー・ガールズ』『四人のスター』『バイク・ボーイ』『ヌード・レストラン』『ロンサム・カウボーイ』『ブルー・ムーヴィー』『ラムール』『ウーマン・イン・インヴォルト』に協力。自身は『フレッシュ』『トラッシュ』『ヒート』『アンディ・ウォーホルのフランケンシュタイン』『アンディ・ウォーホルのドラキュラ』がある。
ビリー・ネーム Billy Name
ファクトリーの銀色は彼のアイデアといわれる。


<ファクトリーを訪れていた人々>
トルーマン・カポーティ Truman Garcia Capote
作家。ウォーホルが心酔した人物。
ミック・ジャガー Mick Jagger
ローリング・ストーンズのリード・シンガー。
ボブ・ディラン Bob Dylan
ニューヨーク・アンダーグランドカルチャー・シーンを2分していたロック・スター。イーディにドラッグを教えたといわれる。「Just like a woman」「Leopard skin pill box heart」はイーディに捧げた曲といわれている。
ジャン・ミッシェル・バスキア Jean-Michel Basquiat
10代の頃からウォーホルに憧れていた。後にウォーホルと親交が深くなり、可愛がられる。


<他にも多数> ジョン・レノン、サルバドール・ダリ、マーサ・グラハム、ミア・ファロー、アレン・ギンスバーグなど


<ファクトリーから生まれたウォーホルのスーパースター> キャンディ・ダーリン、ホリー・ウッドローン、ヴィヴァ、ポール・ポリセイ、ウルトラ・ヴァイオレットなど





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