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SOZORO×あがた森魚 対談 4

Monday, August 13th 2007

“ディランとかビートルズみたいな音をやってるやつはいないのか!”

吉原:これはかなり映画ってものを意識したんですかね?

あがた:そうだね。蒲田行進曲から始まってね、映画が始まり、映画がサイレントからトーキーになって、ラジオっていうメディアが出て、最後テレビっていうメディアが出てくるまでを、なんか一枚のアルバムにしてみたかったのよ。

なんかコンセプトっていうか、自分の見た時代を切り取ってそこに入れてみたいなって思いはあるよね。だから、タンゴをモチーフにしたら、タンゴはどういうタンゴなのかなとか、いろいろその都度そういうアイデアはふんだんに取り入れてやりたいなとは思ってるんだけど、かならずしもいつも、それがうまくいってるとは限んないね。

でもやっぱり知らないうちに歌を作ってることって、自分が自分に聴かせるためにだけにきっと作ってないと思うんだよね。ブルースだって痛いとか寒いとか、つらいとかっていうのは人に向かって歌ってると思うんだよね。本当に閉じこもってじゃなくて、だから音に出して外にしゃべって、叫ぶ、なんか、はき出してるんだよね、だからどんな、一見自己満足な歌に聴こえても人にしゃべってると思うんだけども。

自分らしい、はき出し方ってあるわけだから、SOZOROはSOZOROらしい、このある種の色や、あなたの歌声、あなたのサウンド、2人でアンサンブルで出てくる、非常に、こうなんて形容したらいいんだろうな、独特の色香っていうか、空気感がね。 リアルタイム性としては結構、なんていうんだろう、どっかある種静かなたたずまいでこの辺にいるような、この辺とはなんぞや?だけど。(笑)

吉原:多分このお店みたいなところじゃないですか?(笑)赤羽じゃないですか(笑)

あがた:割と今交流のあるアーティストっていうのは?こういう一緒に音出してくれる人もそうだけども、横のつながりのあるグループとか、似たような傾向のアーティストとかはどうなの?

吉原:う〜ん、周りの人も、僕達の周りには、リアルタイム性は無いですね。

笠原:大正ロマンの乙女のような…

吉原:ような人もいますし…、でもやっぱり、なんていうのかな、世界観とか空気感とかを大事にしたいとかいう人が多いですね。

あがた:でも本当に、僕が1972年に「赤色エレジー」でデビューしたんだけど、そん時もう出会っていた鈴木慶一と、出会ったのはもうその2年前だからね、70年。1970年っていうのは俺が東京に出てきて、もう2,3年経ってて、ともかくなかなかミュージシャンになかなか出会えなくて、すごく焦燥感というか、ディランとかビートルズみたいな音をやってるやつはいないのか!って、不思議でたまんなかったよね。

だって俺がボブディランを函館で高校生の時聴いたの1965年でさ、当時、日本では関西フォークの音楽社、URCレコードってのがあって、高田渡とか、遠藤賢司 もいたし 岡林 とか……、でも俺まだ知らなかったわけだよね。東京にきて、俺は鈴木慶一と出会って、『蓄音盤』を70年に作ってたんだよ。会ったその年の半年後に作ったんだよ。

恐れ多いよね、細野さんにも出会って……。なんで今この話をしたかっていうとね、今言ったように、ディランの「Like A Rolling Stone」っていう画期的な曲を聴いて、東京出てきて、1972年デビューしてからもう35年経ってるわけだよね、そうすると今度どういう若い人たちがどういう音楽作っていくのかっていうことになると思うの。

で、今、例えばSOZOROの周りでどういう子たちがどういう音創りしてるのかなって。コンサートなんか行ってもわりとジャンルとかサウンドとか傾向とかみんなてんで全然ばらばらなことが多いんじゃない? だからそれだけもう、やってる音楽が多岐にわたり、スタイルも方法もみんな自由にやれる時代になって、やれる時代っていうか、やれてるっていうことが素晴らしいんだけど。

ただ俺は、批判とかそういうんじゃなくて、あんまりに音楽が多すぎてみんな何をやってるのか、むしろわかんなくなっちゃってるんじゃないかって思う。
でも都内にものすごい数のリハーサルスタジオがあって、どこいってもいつも満杯じゃないですか。それは誰に頼まれてやってるものでもなくて、俺達もバンドやろうかっていチて、みんな一生懸命こう、なんか自分達はこういうものやろうっていってやり始めてるってのは、すごいことだよね。

俺達のころバンドのメンバー探すのだって大変だったのにね、だから東京来て3年ぐらいまずミュージシャンになかなか出会わなかったし。

吉原:僕も広島時代は全く、そういうのは難しくて、東京に来てからは、家より先にメンバーが見つかって、

あがた:家より先に?(笑)

吉原:このSOZOROの前身のバンド、今でも彼らとはつながりがあって、独特の世界観を出してやってるし、そう意味では運が良かったのかなぁと思いますね。 で、姉さんに出会ったのもそういう…。

笠原:メンバー募集のちらしから。

吉原:そういうひょんなことから出会い、本当はもっと大所帯でやるつもりでいて、いろんな楽器を書いていてずらずらと貼っておいたら。

笠原:その中に“あがた森魚”って名前があって。

あがた;え〜本当?(笑)

笠原:色んな好きな音楽が書いてあって、セロニアス・モンク、キース・ジャレット、アストロ・ピアソラの中にあがた森魚ってなってて、この人は何が言いたいんだろうな?ってすごい気になったので、不信感と共に電話をして、それが始まりなんです。

吉原:最初はなんかとりあえずどれかで、いっぱい名前を書いて引っかかった人に、聴いてもらえばわかるだろうと思って。 お互いにこういったジャンルでこういったのをやっていこうみたいな、あらかじめそういう話し合いも特に無く。

笠原:うん、無かったからこそ、この“SOZORO”って名前になったんですけど、“そぞろ(漫ろ)”って、なんか“わけも無く自然とそうなる”みたいな意味があって、すごいいいなと感じたものを信じて、それをやっていけば2人の色が出るんじゃないか、自然と出るんじゃないかって、この名前を。一応意味はあるんです。(笑)

 
―続く―


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