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「阿久悠氏が死んだ」

Wednesday, August 1st 2007

連載 許光俊の言いたい放題 第117回

「阿久悠氏が死んだ」

 今テレビで阿久悠氏が死去したというニュースをやっている。実は私は氏の作った歌詞が大好きである。きわめて正直な話、ドイツ・リートの歌詞よりよほどおもしろい(と、ドイツ文学者のはしくれが言ってはヤバすぎか)。特にピンクレディのために作ったものはひとつひとつが非常に興味深く、そのうちまとめて論じたい、論文を書きたいとまで思っているほどなのだ。時々は授業で取り上げて分析してみせたりする。ひねりが利いていて、暗示的で、知的な興味を起こさせるだけの何かを持っているのである。ピンクレディなんて、とバカにせず(確かに歌は下手であるが・・・)虚心坦懐に聴いてみることをお勧めしたい。特に「ペッパー警部」と「渚のシンドバッド」だ。あのあまりにも脳天気な踊りの裏に隠された真実・・・。じっくりと歌詞を読み込んだ者だけがそれに気づく。このような名作を残した氏のご冥福をお祈りする。

   ようやく大学が夏休みになった。といっても、学生のように遊びほうけることもできず、仕事の毎日である。
 今回は、かねてから書かなくてはと思っていたCDについてざっと簡単に触れておこう。
 井上喜惟とジャパン・シンフォニアの魅力を伝えるCDがようやく登場した。これまで井上のCDはいくつも発売されてきたが、私は基本的に黙殺してきた。録音にしてしまうと、技術上のミスがやたらと目立ってしまい、生で聴いているときの充実感が失せてしまうからだ。現場にいた人ならともかく、録音だけ聴く人にはあまり勧めたくなかったのである。
 しかし、ルクーの「弦楽のためのアダージョ」は曲も演奏もすばらしく美しい。冒頭からして、まるで赤葡萄酒のような濃い色彩だ。蜜が滴るような甘美なロマンティシズムに、ワルターがウィーン・フィルを指揮したマーラー第5交響曲アダージェットを思い出したほどである。とにかく、ヨーロッパのオーケストラのような密度のある響きには誰もが驚くはずだ。単に音程がそろっているとか、そういうレベルの美しい響きなのではない。時には恍惚とし、時にはのしかかるように重たく、というふうにいろいろな表情やニュアンスを十分に持ちつつ美しいのである。小手先のきれいさなど問題にされていない。金太郎飴的で退屈な美しさの正反対なのである。このような弦楽合奏は、いまだかつて日本には存在しなかったと断言してもいい。この響きを鳴らしているのは、高価な名器をいくつも保有する名人揃いの大オーケストラではない。若者が多いごく控えめな編成のアンサンブルなのである。こればかりは実際にステージで見て驚くしかない。
 マーラーのほうも、時代離れした濃厚芳醇な音楽が目指されている。第3楽章など、確かに別世界の風が吹いている。演奏者たちにとって、音楽が精神の行為であることがはっきりうかがえる。
 ちなみに私はこの演奏を生で聴いていない。だが、録音だけ聴いても十分に楽しめた。ところどころ、感情移入のあまり音楽が停滞してしまったりするなど、不器用な部分が見受けられないわけではない。ライヴらしい傷もある。が、どんな演奏が目指されているかは実にはっきりしている。この指揮者とオーケストラの演奏水準がさらにいっそう高まるのを私は非常に楽しみにしている。

 ブリリアントから出ているショスタコーヴィチの協奏曲集。1枚目のピアノ協奏曲でパーヴォ・ベルグルントがボーンマス交響楽団とともに伴奏している。これがいいのだ。たとえば、第1番。始まってまもなくのヴァイオリンの清潔で美しい歌い方からしても、指揮者の仕事ぶりがわかる。むやみとシャープでなく、かといって情緒的に傾きもしない。端正で、きちんとしている。デコボコ、ギクシャク愛好とは逆の(それもショスタコのおもしろさではあるが)なめらか高級路線と言ってもよい。むろん皮肉や諧謔に充ち満ちた作品だけれど、このように演奏されてみると、古典的風格を感じさせるのだ。私など、ショスタコーヴィチはあまり音の物量作戦でやられると、聴いていてうんざりするから、こうした演奏は大歓迎である。第2楽章の抑制されたたたずまいもいい。確かに抑えられてはいるが、物足りなくない。暗すぎず、無感動でもなく、洗練された美しさ、悲哀感がにじみ出ている。

   チェリビダッケ指揮RAIトリノ交響楽団の「エロイカ」。チェリビダッケは、イタリア時代のDVDも発売されたし、また折を見て触れたいと思うが、とりあえずまずこれを。1957年、若いチェリビダッケの演奏は、響きの密度の高さが異常だ。そして、後年に似た厳格なフレージング。もちろん、音楽は晩年より一直線で直接的だ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


⇒許光俊の言いたい放題リンク
⇒評論家エッセイ情報
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    Pink Lady

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