「春の読書」
Thursday, April 26th 2007
連載 許光俊の言いたい放題 第108回「春の読書」
ジュリーニ指揮オルケストラ・ジョヴァニーレ・イタリアーナの「田園」がようやく発売されるようだ。このCDの原稿依頼を受けたのはもう何ヶ月も前のこと。だが、なかなか発売予定が発表されない。何せ、通常の録音でないだけに、本当に出るのかとやきもきした。
解説にも書いたけれど、とにかく、第1,2,5楽章あたりがすばらしい。現代風の快速に進んでいく音楽が好きな人にはゆったりしすぎているかもしれないが、ソニーに残されたスカラ座との演奏をはるかに上回る精神性と美しさに、最初聴いたときはびっくりした。罪悪にまみれた私がこんなことを言うのもおかしいが、心を清められるような音楽なのである。いや、汚れているからこそこうした音楽に感銘を受けるのかもしれない。特に第2楽章は、これこそ天上の音楽と呼びたくなるような、至福の音楽だ。この桃源郷に吸い込まれたまま二度と戻って来たくないほどで、目を閉じてひたすら聴き入りたい。
CDの話はまた次回書くとして、今回はこの数ヶ月に読んだ音楽書について。
私が青島広志の名前を知ったのはもうしばらく前のこと、車の中でラジオを聴いているときだった。黒柳徹子みたいな独特の早口で鋭いことを言う。この人は誰だろう、ただ者じゃないなと思っていたら、だんだんあちこちに登場するようになって(あくまで私の印象だが)、昨年はモーツァルトみたいな格好でテレビにも出演していた。とにかく、一度聞いたら、見たら、忘れられないような風体、雰囲気の人だ。若い子たちなら、「キモカワ」(早くも死語)などと言うだろうか。
作曲家はしばしば文才に恵まれているものらしいが、彼も例外ではない。たまたま『作曲家の発想術』(講談社現代新書)を本屋で見つけて読んでみたら、あの独特の語り口を彷彿とさせる愉快な本だった。
いや、正確に言うと、愉快であると同時に、ちょっとばかり悲しさも含まれている。音楽自体について語ると、とても明快で論理的な物言いをするのだけれど、自分について書くとなると、突然、滑稽と悲しみが入り交じり、まるで日本の私小説みたいになるのだ。この味わいが何ともいい。自分のことを突き放して、「私の創作力のピークはこのころだったのだろう」みたいに言ってしまうなど、現役の作曲家としてなかなかできそうでできないこと。何の言い訳も飾りもなしにぽんと書かれているのが、かえって読者を切なくさせる。論より証拠、本屋に行ったら、あとがきを立ち読みしてみるといい。きっと本編も読みたくなるから。そしてもちろん、彼の作品も聴きたくなる(実は私は聴いたことがない・・・)。
中川右介という人は、雑誌「クラシック・ジャーナル」の編集長をやりながら、いろいろ本も書いているという実に精力的な人だ。最新刊『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬社新書)が売れているらしい。実際、読み物としてなかなかよくできている。自分で生き証人に取材をしたわけではなく、すでに発表されたさまざまな本などを素材にして書かれているから、未知の情報を求めるハードなマニアには物足りないかもしれないが、お手軽な新書だもの、これはこれで結構。華やかなイメージに包まれたカラヤンが意外に苦労人だったり、興味深く読めるはずだ。今、これを書きながらカラヤンがフィルハーモニアを指揮した「コジ・ファン・トゥッテ」(1954年、NAXOS)を聴いているけれど、このすっきりと美しい演奏の裏にどれほどの人間のドラマがあったのかと想像してみると、人の業の深さを感じてしまう。
しかし、21世紀の今日、いまだにフルトヴェングラーとカラヤンの本がたくさん売れるというのは、私には意外だった。
苦労人と言えば、もう十年近く前に出たものだが、『ショルティ自伝』(草思社)はべらぼうにおもしろい。あの剛腕指揮者もずいぶん気の毒な思いをしているのだ。トスカニーニはともかく、フルトヴェングラーにも気に入られたとか、意外なエピソードがいっぱいで、絶対のお勧め。これまたショルティの音楽が聴きたくなること間違いなし。
鈴木淳史の最新刊『チラシで楽しむクラシック』(双葉社)は、私見では、この著者にとって『クラシック批評こてんぱん』以来の名作だ。1950年代以後のチラシを取り上げているが、予想に反して、それをおもしろおかしくちゃかすのが目的なのではない。分析や解釈が行われているが、それが主目的ではない。その時代に起きたさまざまな事件をゆるやかに思い出しつつ、コンサートに思いを馳せる。デジュ・ラーンキのリサイタルと連合赤軍事件とか、ブーレーズ来日とオウム事件とか、スメタナ弦楽四重奏団と昭和天皇崩御とか、ぎょっとするような組み合わせが次々に登場するが、むりやり両者を結びつけているような気配はあまりない。むしろ、最初からそれを諦めている感じもある。必然を追い求めず、偶然と割り切りもしない。その力の抜き方が何ともいえない。
チラシははかない。だが、人間もはかない。社会もはかない。だが、そのはかなさはあまりにも当たり前ゆえ、激しく嘆くべきものではない。そういった静かな悲しみが流れ続けているのである。たとえるなら、ちょっとした風景の無常感を味わう俳句の世界に近いだろう。
とにかく、世界に類例がない独特のクラシック本であることは間違いない。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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