許光俊　｢まさしく大向こうをうならせる見せ物!｣

Monday, October 25th 2004

連載　許光俊の言いたい放題　第３９回

「まさしく大向こうをうならせる見せ物！　〜オーストリアの野外オペラ」

　この前、ＤＶＤはＣＤに比べて高いので、買うのに迷いが多いのではないかと書いた。
　そうしたら、お得なセットものが出ていた。一見、クラシック名曲選みたいな体裁で、モーツァルト、ベートーヴェン、ヴェルディ、ブラームスなどの有名曲がいろいろな音楽家によって演奏されている。しかし、かつてリーダーズ・ダイジェストが制作した家庭向けのセットにレイボヴィッツなどの仰天演奏が隠されていたのと同じく、このセットもマニア心をうずかせる、実に怪しいセットだったのである。 　何と言っても驚きの声をあげたのは、オーストリアの野外オペラだ。野外オペラというと、イタリアのヴェローナが非常に有名だが、いやいや、こちらのほうがずっとおもしろいのではないか。というのも、ヴェローナ同様、ローマ遺跡を利用しているらしいのだが、平面的に広いだけでなく、非常に高さがある。この巨大な空間を駆使しての舞台づくりが、かつてないほどダイナミックで、スペクタクル映画のようなのだ。巨大な舞台装置はまさに寺院そのもので、絶大な効果を上げる。 　断然おすすめは、「魔笛」。これほどまでにエンターテイメントに徹した「魔笛」も見たことがない。ひとことで言えば、まるで騎士物語の映画版のようだ。まずは文字通りの巨大な蛇が登場（ほとんどキングギドラ的）し、人々が逃げまどう（ほとんど怪獣映画的）。タミーノは情けなく失神し、人々に介抱される。登場人物のキャラクターは鮮明で、夜の女王の黒いドレス姿は悪のヒロインそのものだし、三人の侍女は馬で疾走するし、パミーナは妙にケバケバしく頭が悪そう。そして最後、霧の中で光る刀（ほとんどスターウォーズ）を振りかざす悪人たちは、ものすごい炎に焼かれてしまうのだ。見渡す限り赤く染まり、舞台上は夢幻の異空間と化す。
　まさしく大向こうをうならせる見せ物！　ここまでやられれば、ぐうの音も出ない。ちなみに、もともと、「魔笛」の台本を書き、パパゲーノを演じたシカネーダーは、ウィーンの民衆劇の人気者だった。特に奇抜な見せ物で人々を喜ばせた。だから、この上演は、原作の精神の正しい延長上にあると言えるだろう。 　これは一度生で見てみたいと大急ぎで調べたら、上演されたのはウィーンからわずか６０キロの地点にあるザンクト・マルガレーテンというところ。知らなかった。１９９６年から毎夏行われており、昨年はなんと１５万人が訪れたという。訪れるでしょうとも、こんなものが見られるなら。シャトルバスの送迎もあるというし。 　もちろん、野外オペラの定番といえば「アイーダ」だ。これまたギラギラの色彩が乱舞する昔のハリウッド映画風。今度は馬どころではなく、象も複数登場する。 　もっとも、この「アイーダ」以上に「ナブッコ」がいい。元来中東の話だけに、屋外、それも石の遺跡という雰囲気がぴったり。今まで野外オペラというと、大衆向けの愚劣な見せ物とばかり思っていたし、事実そういうものしか知らなかったが、このリアリティには感心した。 　この野外オペラシリーズに共通しているのは、歌手の質がまずまずで、視覚的にも適切に選ばれていること。巨大空間でどうせスピーカーを使うならと、知名度よりも適役性を優先したのだろう。「カルメン」のミカエラがむやみと化粧濃く、渋谷あたりの危険な少女に見えるのを除けば。 　残念なのは、字幕がないこと、あちこちにカットがあることだが、それを差し引いても、オペラファンなら一見の価値はあるし、「魔笛」はそれ以上だ。
　野外オペラ以外では、ハイドンの「薬剤師」が入っていて、これはごくオーソドックス。 　オペラ以外はコンサートのライヴで、ラインスドルフとウィーン交響楽団のヨハン・シュトラウスが一番印象に残った。「何がおもしろいんだ」とばかりに無表情で貫徹するラインスドルフ。おのずと演奏はニューイヤー風のゆるんだものではなく、きっちりとしたものになる。ホルヴェーク、ドナートの歌唱も好ましい。
　ブリュッヘンはもうおなじみだが、ボド、ホルヴァート、マークの指揮姿も見られる。ヨーロッパでならともかく、日本においては、どう見てもマニアの収集対象となりそうなセットだ。（きょみつとし　音楽評論家、慶応大学助教授）