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許光俊 「シュトゥットガルトの《ラインの黄金》は楽しい」

Wednesday, August 25th 2004

特別寄稿 許光俊の言いたい放題 第36回

「シュトゥットガルトの《ラインの黄金》は楽しい」

 先週は2回もお見合いをした。ひとりはとても活発で好感の持てる子だったのだが、親が欲深なのでパス。もうひとりは、見ためは高ピーなのだが、お父さんは親切で意外。迷うなあ。
 と言っても、女性の話ではない。お見合いとは、私の用語では車の試乗のこと。要するに、車は気に入ったが、店が強気で全然値引きをしない、などと言いたいわけである。
 あれこれ迷うのが買い物の楽しいところで、特に高いものほど、時間をかけて選ぶ人が多いだろう。私が子供のときから今まで、レコード〜CDの値段はほとんど変わっていない。四半世紀前で廉価盤は1300円、レギュラー盤が2000円台半ばだった。当然、今よりもずっと高く感じるから、1枚を選ぶのに時間がかかった。今は相対的にCDが値下がりし、何せ千円前後でもおもしろいものが多いから、月に何十枚と買う人も相当いるだろう。DVDとなると、まだそうはいかない。安くなってきたとはいえ、クラシックは生産数が少ないせいか、割高に感じられるものも多い。  だが、シュトゥットガルト国立歌劇場の「ラインの黄金」は間違いなく「買い」だ。これは迷わず買っていい。おもしろい。まさに芝居を見るような感覚で楽しめる。特に、下らないクラシック的感性や常識に毒されていない人ほど、楽しめるはずだ。
 オペラの演出というと、日本ではまだまだオーソドックス志向が強い。それもレベルの低い次元で、だ。この前は某カルチャーセンターで「私は夢を見たくてオペラに行くのに、どうして最近は・・・」と怒っている老人がいた。あのー、ワーグナーもヴェルディもあなたに夢を見てもらいたくてオペラを作ったわけじゃないと思うんだけどな。
 評論家の黒田恭一センセは新しい演出を目の敵にしていて、すぐに「原作をねじまげている」「演出家の自己顕示欲」などと言う。あのー、ワーグナーは元の神話を自分流にしてしまっているし、モーツァルトだってヴェルディだって、原作をねじまげているんじゃないでしょうか? それに、芸術の出発点って「これが俺だ!」という自己顕示欲という場合が多々あるのでは? そもそも、あなたが評論を人前に発表しているのは、自己顕示欲とは関係ないの?  まあ、それはともかく、近頃オペラの本場のドイツではこういうことをやっているとよくわかるのが、この「ラインの黄金」だ。CDだって本だってあるし、今更、原作のト書きをそのままやったっておもしろくないでしょう。あなた、今更虹が出てきたり、蛇や兜をかぶった女が登場して嬉しいですか? それよりこれをネタにして想像力を働かせましょうよ、という路線である。
 シュトゥットガルト国立歌劇場は、今ドイツでもっとも評判がいい劇場だ。それは必ずしも上演水準が最高だからという訳ではなく、プレスに対して親切で、大量の資料はくれるし、売り切れのチケットも簡単に取ってくれるし、好意的に書いちゃおうかなと思わせる努力をしているからである。というと、普通の人は知らなくてもいい裏話になってしまうが、世の中、そんなものである。  とはいえ、「ニーベルングの指輪」はこのオペラハウスを一躍注目の的にした上演だ。それだけの理由があることは、これを見ればわかる。欠点や不十分なところはある。が、それもひっくるめて、「では、次はどうなるのか?」と好奇心を刺激する。細かなことは見る人のために黙っておくが、一番気に入ったのは最後。普通はこれでもかと盛り上げるところ。この上演では、逆だ。音楽は確かに壮大に鳴り響く。でも、舞台上はものすごく暗い。ゴミ捨て場のように雑然とし、神々は沈みきっている。このギャップがたまらない。音楽が白々しい空威張りのように聞こえてくる。神々は滅亡の途上にあるという原作の大前提からすれば、むしろこっちのほうが正しいのでは、とすら思う。
 日本では新国立劇場の「指輪」が大人気だった。確かに悪くなかった。でも、あれはあくまでオーソドックスな解釈に現代風の衣装を付けただけ。だから、意外と抵抗感なく、みんなが楽しめた。「これってどういう意味だろう?」そう考えながら見られるこっちのほうが、断然スリルがある。いいじゃないですか、時々わからないところがあったって。自分にわからないものに腹を立てるのは、人間が小さいですぞ。友達といっしょに見て、「これってどういうことかなあ」とおしゃべりするほうが、人生、豊かである。
 それに、新国立劇場のほうは、やたらと装置に金がかかっている反面、歌手の演技が甘くて大味だった。大事なのは装置ではなく、演技。演技がよくできていれば、たとえ装置が何ひとつなくても、夢中になれる。ここでの演技は大絶賛するほどではないが、総じて悪くない。
 オペラ歌手が太っていないのも高得点。もう19世紀じゃない。われわれが生きているのは、拒食症とダイエットの時代なのだ。むやみと太っている歌手に感情移入はしにくい時代なのだ。
 字幕がなかなかいい。ラインの乙女たちは「スケベ!」とか「そんなにしたいの?」としゃべる。神々の言葉遣いにしても、普通は「用心しろ!」が「なめるなよ」だったり。今のわれわれの言語感覚に近い。これが鑑賞をいっそう楽しくしてくれる。
 シュトゥットガルトの「指輪」では、4部作を4人の演出家が担当した。私は劇場では「神々の黄昏」を見ただけなので、次の「ワルキューレ」のDVDもすごく楽しみだ。(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 
* Point ratios listed below are the case
for Bronze / Gold / Platinum Stage.  

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