The Ordinary Boysインタビュー【2】
Saturday, November 28th 2015

田中宗一郎( http://thesignmagazine.com )氏によるThe Ordinary Boysへのロングインタビュー、パート【2】。全3回。
日本のファンにしてみたら、きっとびっくりだよね。「え、全英一位のポップ・ソングを書いた? プレストンが?」ってね(笑)
--2011年にあなたがソングライターとしてオリー・マーズに提供した“ハート・スキップス・ア・ビート”が全英一位を獲得したことは、あなた自身の心象や活動にどんな影響を与えましたか? また、あなた自身、作家/ソングライターとして活動するだけでは満たされないものがあるとすれば、それは何になりますか?
プレストン「バンドを再結成させたのは、何よりも『友達に会いたい』と思ったのが発端なんだよ。ソングライターとして活動するだけで満たされないものがあったというよりはね。これくらいの年齢になると、仲のいい友達と会う時間を作るのが難しくなる。自分勝手に聞こえるかもしれないけど、俺からすると、このバンドは親友たちと一緒に過ごす口実なんだよ。友達を人質にとって、1か月バンに乗って、一緒に過ごすいい口実なんだ(笑)。俺は今のソングライターとしての仕事をすごく楽しんでやってる。毎日好きなだけ音楽を作って、それを仕事にしてるんだから、ホント俺はラッキーだと思うよ。それが出来る人はほんの一握りだからね。でも、最後に日本に行った時から随分と時間が経ってるし、みんなまさか俺がこんな仕事をしているとは思っていないと思う。だろ?」
--そうですね。一部の人たちしか知らないと思います。
プレストン「俺だって、自分がソングライターとして活動するとは思ってもみなかった(笑)。日本のジ・オーディナリー・ボーイズのファンにしてみたら、俺はどこか遠くに消えてしまったと思ったんじゃないかな。きっとびっくりだよね? 『え、全英一位のポップ・ソングを書いた? まさか、あいつが?』ってね(笑)。だって、俺でさえおかしいと思うもん。そもそも俺たちの曲の歌詞は、特に1stアルバムのは政治的だったり、社会に言及したものが多くて、シェールが歌うようなポップ・ソングとは正反対だったからね。ねえ、ザ・ヴァンプスってバンド知ってる?」
--日本でも若い女の子たちに人気がありますよ。
プレストン「実は、俺が彼らのために書いた曲が来年頭にリリースされるんだよ。今はNina Nesbittという女性シンガーとよく仕事をしている。彼女はホント最高なんだ。
俺の場合、ポップ・ミュージックを少し外側から見てる。自分が若い頃に聞いてきた音楽はパンクで、政治的だったり、重要なことを歌っているものだったから、ポップ・ミュージックを見る時は、まったく違うものだと思ってるんだ。ソングライターとして曲を書く時って、若い女性にウケるものを意識して書くんだよ。でも、それはそれで、語ることもたくさんある。俺のポップ・ミュージックのソングライティングは、さっきも話した日本のカルチャーやアートやメディアから感じる即時性や感覚にすごく影響されているんだ。それが俺の考えるポップなんだよ。コード進行や歌詞の内容といった音楽的なことよりも、即時性と完璧さを感じるか? だから、日本は俺の人生に大きな影響を与えている。もし日本にいってなかったら今の自分はないと思う」
俺のソロ・プロジェクトは、俺自身が怖じ気づいて、逃げ出したせいで、すべてぶち壊しにしてしまったんだ。
--バンド解散直後のことを訊かせて下さい。バンド解散後のあなたのソロ・シングル“ドレスド・トゥ・キル”は、後々になってシュールによるカヴァーがスマッシュ・ヒットしたとは言え、当時はセールス的には失敗、予定されていたアルバムはリリースされなくなりました。
プレストン「実は、アルバム自体は、全曲、完成していたんだ。でも、リリースしなかった。要は、俺自身が怖じ気づいてしまったんだよ。リリースする万全の準備が整っていながら、俺は直前になって、ソロ・シングルのためのキャンペーンやテレビ・プロモーションをすべてキャンセルしてしまったんだ」
--何故、そんなことになったんですか?
プレストン「また公の目に曝される場所に自分を置くことに抵抗があったのかもしれない。一時期、セレブリティの一員になったことに本当にこりごりしたんだと思う。ソングライターをやっていて、本当に素晴らしいと感じるのは、自分が書いた曲がチャートに入って、一位になったりした時も、ヒットの理由はその曲がいいからだってわかるところなんだ。ソングライターとして成功するのに必要なのは、才能と能力、それといい曲が誕生する強運であって、俺が前に出る必要がないんだ。で、バンド解散後、ソロ活動をしよういう直前になって、『ちょっと待てよ。なんでわざわざ自分をまた追い詰めるんだ?』って思ったんだよ。バンドが3枚目を出した後にすごく注目されて、『トップ・オブ・ザ・ポップス』の常連になった頃、俺は決して幸せではなかった。
実際、自分には向いてなかったし、詐欺師になった気分だった。またパンク・バンドに戻りたいと思っていた。でも、ソロ・アルバムもエレクトロニックなサウンドで、自分の本質というよりは、実験のようなものだった。音楽的な実験をするのはいい。好きなだけ色々試せばいい。でも、『そういう曲は人に提供して、彼らの作品にしてもらうべきだ』って思うようになったんだ。だって、ジ・オーディナリー・ボーイズはストレートなパンク・バンドなわけで、誰も俺たちに実験性を望んでいない。俺はそれを3作目で学んだんだ。少しばかり知性のあるパンク・バンドっていうのが俺たちには合ってるってね。エレクトロニクスを取り入れた3作目に関しては、自分たちでは実験的なことをやっていると思っていた。ポリシックスみたいなカットアップ・サウンドを取り入れてね。でも、結果的には単なるポップ・ミュージックにしか聞こえなかった。当時の俺は、その世界を熟知していたわけじゃないから。俺たちが熟知していた世界というのはパンクであり、多少のポップだった。その領域で勝負する方が俺たちには合ってたんだ。でも、ソロ・アルバムはそうではなかったから、怖じ気づいてしまって、逃げ出してしまったんだ」
--なるほど。でも、あなたのソロ・シングルの翌年、あなたの“ドレスド・トゥ・キル”と同じく、スージー&ザ・バンシーズの“ハッピー・ハウス”をサンプルしたザ・ウィーケンドの“ハウス・オブ・バルーン”がアメリカでは凄まじい脚光を得ることになります。当時はさすがに口惜しい気分にさせられたんじゃないですか?
プレストン「いや、悪いのはすべて俺だったからさ。自分自身のプロジェクトをサボタージュして、ぶち壊しにしてしまったんだから。でも、後になってシェールがあの曲を聴いて、カヴァーしてくれて、ツアーのタイトルにまでしてくれたってのは、なかなか面白い巡り合わせだよね。
だから、俺の人生って、自分がやっていることに絶望して、生きることに完全に怖じ気づいてしまった時に、ありえないことが突如起こるんだよ。うん、毎回そうだった。バンドの行く末に絶望して、リアリティ番組に出た時も、あれですべてが変わったし、オリー・マーズとの曲が初めてのNo.1シングルになった時もそう。あれでまたすべてが変わったんだ。そうやって、何も決めずに、思ったまま生きてれば、ふと何かありえないことが起こる。それっていうのが、俺の人生を物語ってると思うんだ。ひとつの仕事を惰性で続けるよりも、とにかく場当たり的に生きて、たまに黄金を掘り当てる生き方の方が俺は気に入ってるんだよ。」
--なるほど。日本には器用貧乏という言葉があるんですけど、あなた自身、自分の多岐に渡る才能やひとつのスタイルに固執することが出来ない性向に対し、そんな風に感じたことはありますか?
プレストン「あるよ。勿論ある。バンドが成功した瞬間、『もう辞めてもいいや』って思ったし、ソングライターとして成功した時も、『何か他のことがやりたい』っていう衝動に駆られたから、こうしてまたバンドを始めたっていうね。だろ? 子供の頃には子役をやってて、『マペット・ショー』に出たこともある。本当にいろんなことをやってきたんだよ。で、常に自分の中には、まだ何か新しい章があると感じてるんだ。俺は何かで成功したからといって、その分野で惰性で進もうというタイプの人間じゃない。実は、まだ立ち上げ段階なんだけど、自分の音楽出版社の人達と一緒に新しいビジネスを始める予定なんだ。音楽サービス的なもので、その時が来たらもっと詳しく話せると思う。うん、だから、そうだな、もし“器用長者”って言葉あるんだったら、それを目指そうかな(笑)」
2011年の一度目の再結成はゴミみたいなアイデアで、なんでやったのか自分でもよくわからない。でも、今回は状況はまったく違うんだ。
--では、ジ・オーディナリー・ボーイズを再結成しようと、あなたに思わせたきっかけについて教えて下さい。
プレストン「アメリカに3年ほど住んだ後、俺、またイギリスに戻ってきたんだよ。以来、イギリスとフィラデルフィアの間を行き来する生活をしてるんだけど。で、長い間、チャーリーとは仲違いしていたんだ。やつはバンドのオリジナル・ドラマーで、デビュー作には参加してるけど、2作目、3作目には参加していない。2004年くらいに喧嘩別れしたんだ。ちょうど日本に行った後だった。ていうのも、日本に行くことになっていた前日に、ロンドンの西側の空港に近めのホテルに泊まってたんだけどさ。みんな大人しくビール2杯くらい飲んで寝たんだよ。翌日のフライトが早いのはわかってたから。でも、チャーリーはウィスキーを飲んでいて、街に一人で出かけていったんだ。そこそこ有名なバンドが近くの会場でライヴをやっていて、彼はそこに一人で乗り込んでいって、酔っ払ったまま、演奏中にドラム・セットのところで大暴れしたんだ。そしたら、そのバンドのドラマーがハイハットをスタンドごと持ち上げてチャーリーの顔面を思い切り殴ってさ。彼は鼻を折って、顎にも怪我を負って、病院に担ぎこまれることになった。で、翌日の朝、彼から連絡があってさ。『チャーリーだけど。今、病院にいるんだけど、今から顔の手術を受けなきゃいけないから、日本には行けない』って言うんだ。実際、鼻が完全にひん曲がって、相当悲惨な状態だった。でも、俺は『ダメだ。日本には絶対に行くぞ。ここまで頑張ってきたんだから』って言ってやったんだよ。で、彼は病院服のまま病院を出て、タクシーに乗って空港にやってきた。あの時の日本での写真を見たら、彼は両目に青あざを作って、鼻が曲がっているはずだ。で、その一件がきっかけになって、彼とは喧嘩別れしてしまったんだよ」
--その後、彼との関係はどうなってたんですか?
プレストン「そのまま8年くらい口をきくこともなかった。でも、俺もいい加減大人になったわけでさ(笑)。俺は30歳になって、彼も30歳になる少し手前なわけだし。うん、過去のわだかまりを整理したいと思う年頃なんだろうな。それで、彼に電話してみたんだ。『チャーリー、もう8年になるけど、君との友情が恋しいんだ』って伝えるためにね。彼とは10代の頃、3年くらい同じ屋根の下で暮らしたんだよ。すごく近しい間柄だった。だから、『会えないか。過去のことは水に流して、また友達としてやり直したい』って彼に伝えたんだ。最初にチャーリーに電話したのは、純粋に彼と仲直りがしたかっただけで、バンドのことはまったく考えていなかった。でも、彼と話した結果、バンドをまた復活させようってことになったんだよ。彼が『レコードも作ろうぜ』って言った時は、正直、最初は『それは大変だ』と思ったんだよね。でも、やりたいとは思ったから、ジェームスに電話したら、彼は『いいよ。やるよ』って言ってくれた。でも、ウィルはきっと出来ないだろうと思ったんだよ。仕事を長く休めないだろうし、ギターも辞めてしまってたから。断られるのはわかっていた。ギタリストとして凄く才能があったのに、辞めてしまうなんてもったいないとは思うけどね。
で、昔よくツアーを一緒にやった縁で、俺たち、クリブスとすごく仲が良くて、彼らのライヴをブライトンに見に行ったことがあったんだ。その前座にスペクトラルズが出てて、彼らのアルバムは当時、俺が一番気にいってたレコードだった。そのスペクトラルズのルイス(・ジョーンズ)とそこで会って、当時、彼は長い巻き髪でカウボーイ・シャツを着ていたんだけど、すぐに意気投合したんだ。
俺たちと笑いのツボも一緒だし、好きな音楽も共通していた。で、今回バンドを再結成させるってことになって、誰をギタリストにするかって考えた時、俺としては第一候補がルイスだった。他にも何人か候補がいて、その中で何とか決めようと思っていた。で、断れるかもしれないけど、とりあえず第一候補にメールだけでもしようっことになって、メールしたら『いいよ。やるよ』と言ってくれた。『マジ?』って思ったよ。『自分が大好きなバンドのギタリストが自分のバンドでギターを弾いてくれるなんて』って。本当にうまくことが運んだんだ。今では彼も大親友の一人さ」
--ただ、あなたがチャーリーと再会する以前、2011年の時点で、一度、バンドは再結成して、ライヴも開始、新曲をフリーダウンロード公開する、なんて時期もありましたよね?
プレストン「ああ。でも、あれはゴミみたいなアイデアで、なんでやったのか自分でもよくわからない。散々な結果だったよ。俺と、2作目、3作目に参加したドラマーがいたんだけど、数本ライヴをやったくらいで、ろくに練習もしなかった。まあ、あれはあれで、やって楽しかったけどね。でも、今回は状況はまったく違うんだ。俺は過去の遺産で食ってるバンドにはなりたくない。懐メロ・バンドには絶対になりたくない。勿論、スペシャルズみたいなバンドだったら、再結成ツアーをして、昔の作品の曲をやっても、そもそもいくつもの名作を残してるわけだから、当然許されてしかるべきだと思う。でも、ジ・オーディナリー・ボーイズ程度のバンドだったら、これからも新しい作品を出し続けて、常に自分達の存在意義を証明し続けないといけない。だから、俺としては、今作をきっかけに今後6ヶ月ごとに新作を出し続けるくらいの気持ちでやってるんだよ」
--ただ今じゃ、メンバーそれぞれの立場も以前とは違っているわけですよね?
プレストン「ああ、解散からから10年近く、9年経っているわけだけど、今はみんなそれぞれが仕事やビジネスを持っていて、自分なりの人生を生きている。でも、そうなった今だからこそ、余計なことに囚われることなく純粋にいい音楽を一緒に作れるようになったんだ。俺が思うに、新作アルバムがいい作品になったのは、『良い作品を作らなきゃ』ってことにこだわってないからだと思う。デビュー・アルバムの時もそんなこと気にしなかった。スタジオに入って、自分達が最高だと思うことをただやっただけだった。
でも、ミュージシャンとして、誰かに対して責任を負うようになってしまうと、大概の場合、何も気にせず好きにやる”っていう感覚を失ってしまうものなんだ。特にパンク・バンドはそう。でも、人に何と言われようと気にしないことが何よりも大事なんだよ。で、今作の場合、『自分達が満足していれば、人が気に入ってくれようがくれまいが関係ない』って思って作れたんだ」

来日情報
2015/12/14(月)原宿アストロホール(東京都)
OPEN 18:00 / START 19:00
■チケット情報はこちらから
Britpop & IndieLatest Items / Tickets Information
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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Ordinary Boys
The Ordinary Boys
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Ordinary Boys
The Ordinary Boys
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1stアルバム
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Over The Counter Culture
The Ordinary Boys
Price (tax incl.):
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(tax incl.):
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2ndアルバム
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Brassbound
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3rdアルバム
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How To Get Everything You Everwanted In Ten Easy Steps
The Ordinary Boys
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