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ジャコを知る、真実と友情の物語

Thursday, August 9th 2012

ジャコ・パストリアスと寝食を共にしたブライアン・メルヴィンによる貴重なエピソードの数々。サンフランシスコでのクラブ・ギグの未発表映像収録した映像作品。

1986年サンフランシスコでのジャコ

1983年、ワード・オブ・マウス・バンドの来日公演音源が収録されたアルバム『Word Of Mouth 1983 Japan Tour Featuring 渡辺香津美』が大きな話題と感動を呼んでいるが、次に登場するのは、ジャコ初となるドキュメンタリーDVDだ。

1986年9月16日にジャコ・パストリアスは、ドラマーのブライアン・メルヴィンを保証人として、1986年7月16日から9月15日まで入院していたニューヨークのベルヴュー病院を退院した。そして、温暖なサンフランシコのブライアンの家で3ヶ月にわたって生活をした。この映像作品には、ジャコと寝食を共にしたブライアンしか知り得ない貴重なエピソードが語られている。また、これまで語られることがなかったジャコと行ったヨーロッパ・ツアーの秘話も興味がそそられる。

また、本作品には初公開となるサンフランシスコでのクラブ・ギグの未発表映像が収録。ベースをプレイするジャコの指の動きがよくわかる映像もファンには最高と言えよう。

死後25年経過しようとする現在も、そのベース・プレイと深い音楽性は、より一層輝きを放ち続けるジャコ・パストリアス。天才である故に抱いていた苦悩は計り知れない。入退院を繰り返していたという、晩年の彼を知りうることが出来る貴重な映像作品。まさに彼の「生き様」が証言され、ジャコの素顔と本心に出会う事ができる。そしてこれは、「友情の物語」でもある。

DVD『ジャコ 最後の真実』より抜粋

DVD『ジャコ 最後の真実』より

お袋は「私の家にいるのなら家族の一員だ」という考えの持ち主だった。彼が有名かどうかなんて関係なかった。ジャコもそれを理解し、お袋に心を許した。2人でよくダンスをしていた。彼はお袋の手料理が大好きだったお袋は心底から彼の面倒を見ていた。2人は本当に仲が良かったよ。(ブライアン・メルヴィン)
ぼくはジャコに電話して「一緒にツアーをやらないか?」と誘った。彼に訊くのがぼくは怖かった。確かにレコーディングはしたけど、ツアーとなると話は別だ。彼は「ブライアン、君のためにやるよ」と言ってくれた。(ブライアン・メルヴィン)
彼はトラブルの名人だった。土壇場になって彼は飛行機に乗らないと言い出した。「何故?」と訊くと、「もっとギャラを上げろと呼び屋に言ってくれ」と言う。彼は手練手管に長けていた。ぼくは交渉してやっと折り合いをつけた。 面白いエピソードがある。ジャコは一旦飛行機に乗ったけど、飛び立つ前に降りてしまったんだ。みんなも彼を追いかけて降りたけど、ギタリストのポールだけはヘッドフォンで音楽を聴いていたので気がつかず、そのまま飛び立った。機中で誰もいないのに気がついた彼は、ドイツの空港で降りて次の飛行機に乗ったぼくたちを待つ破目になった。それがツアーの始まりだった。(ブライアン・メルヴィン)
スウェーデンに着き、リムジンで街をドライブしていると、ジャコが「何だ、あれは!」と言った。ジャコの顔が載った大きなポスターが飾ってあった。呼び屋はジャコを餌にぼくのバンドを売ろうとしていた。それが悪夢の始まりだった。一番上にバンド名が小さく載っており、その下に大きな字で「featuring Jaco Pastorius」と印刷されている。ジャコが言った。「よし、 連中に教訓を与えなきゃ」。彼はまるで軍隊の将軍のように指示した。「今夜のステージは最低のコンサートにしてやろう。みんな自分のじゃない楽器で演奏するんだ」。自分が弾けない楽器で演奏するなんて常軌を逸している。客はまったく楽しんでいなかった。新聞評には最悪のコンサートと書かれた。ジャコはすべてを思い通りにさせた。敬意を持って自分を扱わないとどんなことになるか、分からせたかったんだ。「今夜は最高のコンサートにしよう。いい街だし、気持ちのいい人ばかりだ」 と言う時もあった。別の街でのことだ。(ブライアン・メルヴィン)
パリで、ニュー・モーニングというクラブに出演した時、彼は気分が最悪だった。そのクラブで、何かが原因でジャコとオーナーの女性が口論し始め、彼が彼女に酷いことをした。割って入ったぼくと彼の間で諍いになり、勢い余ってぼくは彼をノックダウンさせてしまった。床に倒れた彼は泣き出し、「もうお前とは演奏しない」と叫んだ。ぼくは「いいさ。俺はアメリカに帰る」と言った。まるで“バウンティ号の反乱”だ。自分のバンドから追い出されたんだ。ほかのメンバーはジャコと一緒にツアーを続けた。(ブライアン・メルヴィン)
それから半年後、ジャコから電話があった。「また演奏しようぜ。君とジョンと一緒に何かやりたいんだ。パリでのことは謝るよ。とにかく先に進もう」と彼は言った。ぼくの人生は許しの連続だった。ぼくは「よし、やろう」と言った。そして、あの大評判になった「スタンダード・ゾーン・トリオ」のレコードが生まれた。ジャコの唯一のピアノ・トリオ・アルバムだ。(ブライアン・メルヴィン)
ジャコはピアノの腕も一流だった。作曲者としても偉大だったけど、作曲するからといってピアノも巧く弾けるとは限らない。ジャコの指は二重関節だったので、自由にコードを弾けた。その彼が、ジョンに「ぼくのコードを正しく弾けるピアニストは君だけだ」と言っていた。(ブライアン・メルヴィン)
それからぼくたちはストーク・クラブのような小さなクラブで何度もライヴをやった。ジャコが「ギャラはどうでもいいから、とにかくライヴをやろう」と言った。ブッキングは簡単だった。クラブに電話して「ジャコを入れたトリオだよ」と言えば、どこでも即座にOKで、あとは日にちを決めるだけでよかった。(ブライアン・メルヴィン)
サウサリートでのライヴの後、ジャコはご機嫌だった。帽子を目深にかぶり、跳びはねるように歩く様は、まるでレプリコーンのようだった。外に出ると巡回中のパトカーがやって来るのが見えた。ジャコは道端の茂みに隠れ、傍に来たパトカーの前に突然飛び出した。車が停まり、警官が出てくると、ジャコはぼくを指差し、「あいつを逮捕してくれ。『ソフィスティケイテッド・レディ』でメロディを間違えたんだ」と言った。(ジョン・デイヴィス)
ぼくの知るかぎり、ドラッグの問題は一切なかった。他の連中と何をやっていたかは知らないけど、ぼくと一緒の時は平静だった。ぼくたちはバスケをし、 海岸で遊び、美味しい料理を食べ、音楽を楽しんだ。よくディナーやランチを賭けて勝負した。ぼくみたいな友人は他にいなかったと思う。(ブライアン・メルヴィン)
家族がパニックになり、彼をニューヨークのベルヴュー病院精神病棟に収容したんだ。街中で彼が何か異常な行動をしたらしい。病室でぼくは一緒にいた友人に「彼をこのままにはしておけない」と言った。「ぼくが身元引受人になる。一緒に住もう、ぼくやお袋と一緒に。ぼくたちが面倒をみるよ。音楽を演奏しなくてもいいし、何もやらなくていい。 のんびり暮らそう」(ブライアン・メルヴィン)
多くの人から、彼はどんな人間だったか、あの話は本当か、などといった質問を受ける。一言で言えば、彼はとてもソウルフルでカッコいい男だった。人生を愛し、音楽を愛し、ユーモアを愛していた。(ブライアン・メルヴィン)
彼について本当に感心することの一つは、開けっぴろげな思いやりの心だ。感謝祭の日にライヴをやった時、彼は七面鳥を30個買ってきて、ライヴの後ホームレスの人たちに全部あげていた。そんな話は沢山ある。独立記念日にリバティ島に泳いで行って自由の女神にキスし、その後公園でホームレスのためにコンサートをやったという話は有名だ。(ブライアン・メルヴィン)
ジャコと共演して心を打たれたのは、音楽の内面と取り組む彼の姿勢だった。 強烈なエゴが行動に表れる時もあったけど、それは重要なことじゃない。彼は実際はとても尊敬すべき人間だった。彼はぼくを3番目に好きなピアニストと呼んだ。今もその言葉が心に残っている。ザヴィヌル、ハンコックに次いで3番目なのだから、悪い位置じゃないよね。(ジョン・デイヴィス)
ジャコの音楽は比類なかった。それは人種の壁など、あらゆる障壁をぶち壊した。誰もが彼を受け入れたし、彼の音楽について悪口を言う者など一人もいない。とても美しく、純粋で、新鮮で、奥が深かった。(ブライアン・メルヴィン)
彼はとてもメロディックだった。メロディが彼の最大の関心事だった。ある意味で基本に忠実だったとも言える。速弾きやハーモニックスなどよりも、彼はメロディを、そしてグルーヴやタイムを愛した。彼は「ソフィスティケイテッド・レディ」のサビを間違えたことでぼくを逮捕させようとしたけど、今は正しく弾けるよ。(ジョン・デイヴィス)
彼の作曲の才能は群を抜いていた。彼が「ティーンタウン」を作った時、誰もが驚いただろう。今でも、どこに行っても、「あなたはジャコとやってたよね」と言って、ベース・プレイヤーが「ティーンタウン」を演奏しようとする。あの曲には素晴らしいアイデアが詰まっている。それまであんな曲はなかったし、これからも誰も作れないだろう。あの曲がこの世にあるのは神の摂理だ。(ブライアン・メルヴィン)
ぼくたちは素晴らしい音楽、立派なレコードを作ったと思う。ぼくたちは明確な意識を持ちながら、リハーサルを重ねてレコーディングした。彼は偉大な音楽、偉大な曲を残した。このDVDが彼に新しい光をあてるものになることを願っている。ジョニ・ ミッチェルやウェザー・リポートでの、そして自分のバンドでの彼のプレイを聴くと、彼がいかに暖かい心を持った素晴らしい男だったかが分かる。彼について、解明されない疑問は沢山あるし、ぼくにも分からないことも多い。でもぼくたちがやるべきなのは、最高の敬意、最大の愛を持って彼を抱くことだと思う。ぼくはそうしてきた。人生におけるジャコと過ごした日々を、ぼくは誇りに思っている。(ブライアン・メルヴィン)
DVD『ジャコ 最後の真実』より

収録曲

Open Sounds Intro
Song 1: Bass Improvisation
Song 2: Blackbird~Word Of Mouth~Chromatic Fantasy
Song 3: Invitation
Song 4: Okonkole y Trompa
Song 5: Purple Haze~Paul Hindemith’s “Concert Music for Strings and Brass,”
Song 6: If You Could See Me Now
Song 7: Fannie Mae
Song 8: The Star Spangled Banner
Song 9: Bass Improvisation
Song10: Bass Intro
Song11: Bass Improvisation
Song12: If You Could See Me Now
Song13: Word Of Mouth
Song14: Teen Town
Song15: Teen Town~Third Stone From The Sun~Bass Intro. ~Blackbird~Okonkole~Portrait of Tracy
Song 16: Paul Hindemith’s “Concert Music for Strings and Brass,”

メンバー:ジャコ・パストリアス(Bass) ブライアン・メルヴィン(Drums), ジョン・デイヴィス(Piano) 他

●DVD制作監修:松下佳男 ●字幕・翻訳:川嶋文丸

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