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「ベルリン・フィル・ラウンジ」第20号:「今シーズンで最も胸をえぐる演奏会」〜ラトルのマタイ受難曲

Wednesday, April 21st 2010

ドイツ銀行 ベルリン・フィル
ベルリン・フィル&HMV提携サイト
 ベルリン・フィル関係ニュース

デジタル・コンサートホールが米ウェビー賞にノミネート!受賞は一般投票。皆様にも一票をお願いします!
 ウェビー賞は「インターネットのオスカー」と称される米国のデジタル・メディア賞ですが、このたびベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールが、文化機関部門でノミネートされました。International Academy of Digital Arts and Sciencesにより1996年設立されたこの賞は、毎年インターネットの発展に貢献した団体・プロジェクトに与えられています。
 受賞者は専門家による審査員によって選ばれますが、一般の投票によっても決定します。デジタル・コンサートホールも一般投票の対象になっておりますので、皆様にもぜひ一票をお願いしたく存じます。ウェビー賞の投票サイトへはこちらから(投票は、4月29日まで。受賞者の発表は、5月4日となります)。

ラトル、A・シフの映像がデジタル・コンサートホールのアーカイヴにアップ
 4月前半の演奏会の映像が、アーカイヴにアップされました。目玉はなんと言ってもラトルのマタイ受難曲。大絶賛を受けたこのコンサートの模様については、今号の批評コーナーをご覧ください。
 一方、A・シフが弾き振りの上、シンフォニーまで振った演奏会も、第一級の水準です。磨きぬかれた音色、気負わない人柄、内面から滲み出る自信は、演奏の質を保証しています。現在欧州で最も評価の高いピアニストとされるシフですが、当晩のメインは、モーツァルトのニ短調コンチェルト(第20番)。ベルリン・フィルにおけるモーツァルトとしては、近年出色の出来と言えるでしょう。前半に演奏されたバッハのクラヴィーア協奏曲第1番、ハイドンの《軍隊》も聴きものです。

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 次回のデジタル・コンサートホール演奏会

ベテラン、ビエロフラーヴェクが独墺の正統派レパートリーで勝負。ソリストはエマール
(日本時間4月26日早朝3時)


 日本にも客演の機会が多いイルジー・ビエロフラーヴェクは、玄人好みの指揮者という印象があります。しかしベルリン・フィルとは、ここ数年はほぼ毎シーズン共演を重ねており、きわめて友好的な関係にあると言えます。前回の共演(2007/08年シーズン)では、スメタナの《わが祖国》全曲を演奏しましたが(エクサン=プロヴァンス音楽祭へのツアーにも同行)、当プロの冒頭もお国もののヤナーチェク。しかし後半では、独墺の王道的レパートリーを任されています。シェーンベルクのピアノ協奏曲のソリストは、他ならぬエマール。この手の演目では第一人者とされる人だけに、鮮烈なソロが期待されます(写真:©Guy Vivien)。

【演奏曲目】
ヤナーチェク:《死者の家》から管弦楽組曲
シェーンベルク:ピアノ協奏曲
ブラームス:交響曲第4番

ピアノ:ピエール・ロラン・エマール
指揮:イルジー・ビエロフラーヴェク


放送日時:4月26日(日)午前3時(日本時間・生中継)

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バレンボイムが振るエルガーのチェロ・コンチェルト。共演は若手女流のアリサ・ワイラースタイン!
(日本時間4月28日早朝3時)


 今年のヨーロッパ・コンサートは、英オックスフォード大学のシェルドニアン講堂で行われますが、その直前にベルリンでも同じプログラムが演奏されます。指揮は、今やカリスマ的存在のダニエル・バレンボイム。ソリストには、アメリカの若手チェリスト、アリサ・ワイラースタインが迎えられます。
 この顔合わせが興味深いのは、バレンボイムがワイラースタインを起用してエルガーのチェロ協奏曲を指揮することです。エルガーのコンチェルトと言えば、音楽ファンにとってはジャクリーヌ・デュ・プレの名演が忘れられません。バレンボイムは彼女と結婚していましたが、この作品はヨーヨー・マとの共演など、特殊な機会にしか振っていないと思われます。ワイラースタインは、自らのウェブサイトで「彼がこの曲で共演しようと言ってくれた時のことは忘れられません」とコメント。バレンボイムがそれほどまでに評価する才能とはいかなるものか、聴き手の興味は高まるばかりです。
 なおワイラースタインは、1982年ロチェスター生まれ。子供時代から才能を示し、13歳でクリーヴランド管と共演してデビューしています(©Warner Classics)。

【演奏曲目】
ワーグナー:《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より第3幕への前奏曲
エルガー:チェロ協奏曲
ブラームス:交響曲第1番

チェロ:アリサ・ワイラースタイン
指揮:ダニエル・バレンボイム


放送日時:4月28日(水)午前3時(日本時間・生中継)

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 アーティスト・インタビュー

フランク=ペーター・ツィンマーマン
「チェリビダッケがどんなに正しかったかを、今さらながらに実感します」
聞き手:クリストフ・シュトロイリ(ベルリン・フィル/第2ヴァイオリン奏者)
定期演奏会(2010年1月21〜23日)


【演奏曲目】
クルターク:《石碑》
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

ヴァイオリン:フランク=ペーター・ツィンマーマン
指揮:ベルナルド・ハイティンク


 今号のインタビューには、フランク=ペーター・ツィンマーマンが登場します。ツィンマーマンは、ドイツの正統派ヴァイオリニストとして高い評価を得ていますが、40代半ばの現在まで安定したキャリアを積み重ねてきたという意味でも、今日貴重な存在です。ここでの話しぶりも、気負いのないストレートさが印象的で、言葉の端々に実感が滲み出ています。芸術家のなかには、虚勢を張ったり、無闇に目立とうとする人も少なくありませんが、ツィンマーマンの物腰には、ダウン・トゥ・アースな余裕と、静かな自信が感じられます。なかでもチェリビダッケとの挫折のエピソードには、耳をそば立たされるでしょう。

シュトロイリ 「あなたはすでに長い期間ベルリン・フィルと演奏していますが、デビューはどういうものだったのでしょう」

ツィンマーマン 「デビューは25年ほど前ですね。1978年から80年の間、私はベルリン芸術大学のザシュコ・ガヴリロフのもとで勉強していました。そのころはまだデュースブルクに住んでいたので、飛行機でレッスンを受けに来ていたわけです。当時、クラウス・ガイテルのような批評家や、ベルリン・フィルのメンバーとも面識を得ることができました。やがてそうした人々が、“ベルリン・フィルにデビューすべきだ”と言うようになり、1984年にヴァルトビューネ・コンサートでデビューすることになったのです。ところがその2日前、友達とサッカーをしていた時に捻挫してしまい、コンサートはお流れ。デビューできたのは結局その1年半後で、オイゲン・ヨッフムの指揮でモーツァルトのコンチェルトを弾きました」

シュトロイリ 「当時はまだカラヤンが生きていて、有名なシュトレーゼマンが(ベルリン・フィルの)インテンダントをしていました。あの頃にはどんな思い出がありますか」

ツィンマーマン 「当時は、本当に特別な時代でした。客演すると、(伝説的コンサート・マスターの)シュヴァルベさんが楽屋に来て、私の母と話してくれたりして。当時は私はまだ子供でしたから、旅行には母が付き添っていたのです。シュトレーゼマンさんのこともよく覚えています。彼は他人の名前を呼ぶときに、“さん”抜きで呼んでいたでしょう。デビュー・コンサートの後で、次回の客演の話をしている時にも、“ツィンマーマン、プロコフィエフを弾きたまえ!それがいい!”としゃがれ声で言うんです。“もちろん喜んで”と答えると、“でもね、2番はやめなさい。わたしゃ、あの曲が嫌いだからね!1番を弾くんじゃよ!”という調子でして(笑。注:姓を敬称抜きで呼ぶのは戦前風の習慣)。カラヤンとは、個人的にお知り合いになる機会はありませんでした。幸か不幸か、私の2年前にアンネ・ゾフィー・ムターがベルリン・フィルにデビューして、彼のヴァイオリニストと言えばムターだったからです」

シュトロイリ 「87年には、今仰ったプロコフィエフの1番とチャイコフスキーのコンチェルトを録音しましたね。指揮はマゼールでしたが、彼はあなたにとって師と言ったところでしょうか」

ツィンマーマン 「ええ、マゼールは私にとってたいへん重要な存在でした。一番重要な人だったと言えるでしょう。当時、ムターが飛ぶ鳥を落とす勢いでしたので、友人たちは“お前も有名な指揮者をバックグラウンドに持つべきだ”と言いだしました。やがてセルジゥ・チェリビダッケが私のことを支援してくれるようになり、彼と一緒にブラームスのコンチェルトを勉強することになりました。実はそのレッスンが、決定的な4時間で……。私は当時17歳だったのですが、要するにチェリビダッケと共演するには若すぎました。彼が言ったことは実に辛辣で、私は自分の考えを全てを否定しなければならない立場に追いやられたのです。しかし舞台で自分自身を全部否定することはできませんでした。そこで共演を辞退したのですが、とても面と向っては言えなかったので、手紙を書いたのです。そしてそれを送った丁度1週間後に、マゼールからザルツブルクでウィーン・フィルと一緒に演奏会をやらないか、という話が舞い込みました。これが私のキャリアの始まりだったと言えます。その後、アメリカにも招待してくれたり、今おっしゃったベルリン・フィルとのレコーディングを引き受けてくれたりと、私を国際的な音楽シーンに導いてくれたわけです」

シュトロイリ 「今回はまさにそのブラームスのコンチェルトを弾かれますが、最初にこの曲を聴いたのはいつのことですか」

ツィンマーマン 「多分8歳か9歳の頃だと思います。私の父はオーケストラのチェロ奏者で、レコードもたくさん持っていました。そこでオイストラフ、ミルシュタイン、コーガンといった人々の演奏を全部聴いたのです。その際、私にとっての目標はいつもオイストラフでした……。14歳頃になって、ロマン派のヴァイオリン協奏曲を勉強するようになり、最初にドヴォルザークを弾きました。そして15歳でベートーヴェン。ブラームスは18歳の時に初めて演奏しましたが、これはWDR響の日本ツアーでのことでした。この曲に関しては、やはりチェリビダッケとの体験が絶大だったと思います。私が実際にコンサートで弾く前にレッスンしてくれたわけですが、今この曲を練習していても、“ああ、ここはチェリビダッケがこう言っていたな”と思い返すほどなのです。彼がどんなに正しかったかを、今さらながらに実感します。チェリビダッケの教え方は、まず相手の問題点を徹底的に指摘し、やっつけた後で抱き起こすという感じでした。そのやり方には、まったくついていけませんでした」

シュトロイリ 「それは解釈についてですか」

ツィンマーマン 「まさに解釈そのものです。例えばソロ・パートの最初のページ。ソロが木管を受け継いで第1主題に至るまでのところに、何と1時間半も掛けたのです。どのように弓を返すか、どのくらいビブラートを掛けるかということを、まるで彼自身が演奏するかのように徹底分析しました。それで私は、完全に動転してしまったのです。3、4時間経った後、もう何が何だか分からなくなって、ヴァイオリンを右手に取って弾こうとしたほどでした(注:ヴァイオリンは左手で持つ)」

シュトロイリ 「ツィンマーマンさんは現在、1711年製のストラディヴァリを弾いていらっしゃいます。ヴァイオリニストにとって楽器は、自分の声とも言うべきものですが、今の楽器には本当に満足しているそうですね」

ツィンマーマン 「私は20歳の時からストラディヴァリを弾いてきました。ヴァイオリニストは常に夢の楽器を探しているものですが、私も1989年に、1ヶ月だけミルシュタインの楽器を弾かせてもらいました。これは残念ながら娘さんが売りたくないということで、すぐに返さなければならなかったのですが、本当に悔いが残りましたね。それから12年、ずっと探していましたが、2001年にベルリン・フィルの団員の方が譲ってくれたのです。懇意のデュッセルドルフの銀行が購入してくれ、それを私が借りる形で使っています。このストラディヴァリは、やっと理想の楽器が手に入ったと確信できるものです。今9年目ですが、優れた楽器を完全に理解できるまでには、時間が掛かります。このヴァイオリンについても、3、4年前にやっと本当に使いこなせるようになりました。ミルシュタインも、自分の楽器を知るのには5年かかったそうです。あなたも仰る通り、ヴァイオリンは奏者にとっては腕の延長であり、魂が発する声そのものだと思います。この楽器を使い始めてから、私はすべてのレパートリーを新しく練習し直さなければなりませんでした。実はベートーヴェンやブラームスのコンチェルトのオリジナルの弓使いは、これまで“できるはずがない”と思っていました。しかし今の楽器では、本当に可能なのです。その方がずっと論理的で、美しいフレージングになるということを、初めて理解することができました」

シュトロイリ 「あなたにとっては、(グァルネリ・)デル・ジェズは正しい楽器ではなかったんですか」

ツィンマーマン 「それは生きるか死ぬかの問いで、“ミケランジェロとカラヴァッジョのどちらを取るか”と聞かれて“ミケランジェロ”と答えるようなものでしょう(笑)。私は、要するにストラディヴァリ弾きだと思うのです。もちろん1度か2度は、“このグァルネリは本当に素晴らしい”と思ったことはあります。でもストラディヴァリの音は、何と言うか自然で、自由で……」

シュトロイリ 「アポロン的!」

ツィンマーマン 「そうです。グァルネリは挑戦的に、力を込めて弾くことができます。例えばシベリウスとかバルトークの2番などは、グァルネリでも良いかも知れない。でも、私自身の魂を表現するには、やはりストラディヴァリの方が合っていると思うのです」

シュトロイリ 「ツィンマーマンさんは、数年前バッハのチェンバロ付きソナタを録音されました。素晴らしいCDで、我々も感嘆したのですが、無伴奏ソナタ&パルティータはいかがですか。全曲は弾かれないんでしょうか」

ツィンマーマン 「それは難しい問題ですね。無伴奏については、こう申し上げることにしましょう。60歳のリヒテルが、テレビのインタビューに答えるのを観たことがあるのですが、そこで彼は、“どうして《ハンマークラヴィーア・ソナタ》を弾かないんですか”と聞かれました。それに対するリヒテルの答えは、“あなた、私にもう弾けると思うんですか?”というもの(笑)。ヴァイオリニストにとってのバッハの無伴奏についても、まったく同じことが言えます。もちろん個々の作品は、ロ短調パルティータとイ短調ソナタを除けば弾いています。しかし50代頭までに機会を逃したら、全曲を通しで弾くことは精神的・体力的にできなくなってしまうでしょう。ですから、本当になんとかしたいのですが……。私はこの作品を、他の何よりも愛しています。登山家にとってのエベレストのようなものであり、死ぬまでに一度通して弾けたらいいと、心から願わずにはいられません」

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 ベルリン・フィル演奏会批評(現地新聞抜粋)

「今シーズンで最も胸をえぐる演奏会(『ベルリナー・ツァイトゥング』)」〜ラトルのマタイ受難曲

【演奏曲目】
バッハ:マタイ受難曲

ソプラノ:カミッラ・ティリング
メゾ・ソプラノ:マグダレーナ・コジェナー
テノール:トピ・レティプー(アリア)、マーク・パドモア(福音史家)
バス:トーマス・クヴァストホフ(アリア)、クリスティアン・ゲルハーヘル(イエス)

合唱:ベルリン放送合唱団、ベルリン国立および大聖堂少年合唱団
演出・舞台:ピーター・セラーズ
指揮:サー・サイモン・ラトル


 この春、ベルリン・フィルでの一番の話題は、ラトルがバッハのマタイ受難曲を振ったことでしょう。ラトルはまず3月にバーミンガム市響でこの曲を初めて演奏し、その後ベルリン・フィルとザルツブルク・イースター音楽祭で上演。そして最後に地元ベルリンの聴衆に披露するという入念なプロセスを組んでいます。今回は、ピーター・セラーズが上演を「リチュアライズ(儀式化)」するというもので、それについては当初懐疑的な声も少なくありませんでした。しかしコンサート後の批評は、全紙が上演が総じてたいへん説得力のある、見事なものであったと報じています。
 こうした宗教作品の場合、スピリチュアルなメッセージを視覚化することは、作品を矮小化してしまうことが多いものです。しかしセラーズは、表現を歌手と合唱の所作に切り詰めることによって、真摯な調子を生み出すことに成功。同時にラトルの音楽も、「歴史的解釈を今日的な意味と融合させるもの」で、ラトルらしい「ハイブリッドな」演奏になっていたと評されています。彼にとっては、大きなチャレンジであったと思われますが、ベルリンに来てから8年が経過し、活動にもいよいよ本腰が入ってきたというところでしょう。

「この晩ピーター・セラーズは作品の“儀式化”を行ったが、上演は新しい音楽解釈とともに、今シーズンで最も胸をえぐる、素晴らしい演奏会となった。ラトルは8年前のヨハネ受難曲では、激しいコントラストを強調していたが、今回のマタイ受難曲では穏やかな流れを重視していた。最初の合唱は柔らかくスタートし、徐々にクリアーな輪郭を得てゆくといった風情。そこで彼は、歴史的演奏解釈とそれ以降の自由なスタイルを往来するような、ハイブリッドな演奏を聴かせた。聴き手にとっては、目から鱗が落ちるような解釈である。観客は演奏に絶大で、感謝に満ちた喝采を送った。3時間半という長さにも関わらず、人々は演奏に深く引き込まれたのである。それはこの上演が、歴史的な価値を今日的な意味に置き換えることに成功していたからであった(2010年4月12日『ベルリナー・ツァィトゥング』ペーター・ユーリング)」

「宗教的にみれば、本来この上演はでたらめばかりである。それにも関わらずセラーズの舞台は、観ていて小恥ずかしくなるようなことは決してなかった。天上からは電球がひとつ吊られており、舞台中央には木の棺(あるいは祭壇)が置かれている。同様に木の椅子がステージに散らばっているが、教会的な空間を示唆するには、これで充分なのである。そこで歌手とオーケストラ団員は普段着を着て演奏・演技していた。ちなみに器楽ソリストは、この晩のハイライトであった。ダニエル・スタブラヴァが弾く<我を哀れみたまえ(アリア)>のソロは、ヴァイオリンから聴くことのできる最も美しい響きである。ゲスト出演したヒレ・パールは、そのゴシック・ルックだけでなく、見事なガンバ演奏でも衆目を浴びた。クリスティアン・ゲルハーヘルの叙情的なイエス、トーマス・クヴァストホフのバス・アリア、マーク・パドモアのイギリス的な福音史家は、器楽奏者の力に応えようと、全力を尽くしていた。マタイ受難曲は、オペラの衣を着たオラトリオと呼ばれるが、それは劇的な緊張や物語的展開が作品に内包されているからである。ラトルとベルリン・フィルは、劇場的に大げさな表現を避けたが、これにはたいへん好感が持てる。音楽の運びは生き生きとして、よく流れると同時に、テンポやダイナミックには豊かな息遣いがあった。それは音楽的修辞法に影響されたものだが、一方ではラトルとしては意外なほどの強い自己同化を示すものでもあった。彼がその両端をひとつにまとめ上げていたことこそが、この上演の最も素晴らしい点だっただろう(2010年4月11日『ターゲスシュピーゲル』クリスティーネ・レムケ・マトヴァイ)」

「ピーター・セラーズは、バッハの“音楽的聖書”を心に訴えかけるかたち語らせることに成功していた。彼はバッハのマタイ受難曲を演出するのではなく、舞台上で“儀式化”したのである。“儀式化”というネーミングは、正直言ってわざとらしく聞こえる。しかし彼の仕事は、そうした物々しさ、尊大さとは無縁のものであった。それはサイモン・ラトルの解釈についても言える。オケは理想的な演奏ぶりを示し、合唱も完璧。ソリストの力量と音楽的教養は、きわめて高い水準にあった。ザルツブルク・イースター音楽祭で練り上げられた演奏は、この日音楽的奇跡のレベルにまで高まったのである(2010年4月11日付け『ベルリナー・モルゲンポスト』クラウス・ガイテル)」

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 ドイツ発最新音楽ニュース

本コーナーでは、ドイツおよび欧米の音楽シーンから、最新の情報をお届けします。

ヤンソンス、手術のため初夏の公演をキャンセル
 4月19日、バイエルン放送響の2010/11年シーズン発表記者会件と同時に、マリス・ヤンソンスが数週間のブランクを取ることを公表した。これは以前から予定されていた手術を早めた結果で、5月に予定されていたウィーン国立歌劇場へのデビュー(ガランチャ、ネトレプコ主演の《カルメン》)はキャンセルとなる。しかし6月末のバイエルン放送響の演奏会には、カムバックの見込みだという(ちなみに《カルメン》の指揮は、ヤンソンスの弟子筋に当たるアンドリス・ネルソンスが担当する)。
 なおバイエルン放送響は、来シーズン、マーラーの交響曲全曲を演奏。ヤンソンスの他、シャイー、ガッティ、ハイティンクが登場の予定である。またサイモン・ラトルが、シューマンの《楽園とペリ》で同オーケストラにデビューする。ラトルがベルリン・フィル以外のドイツのオーケストラに客演するのは、15年ぶり以上のことと思われる(写真:©Priska Ketterer, Lucerne Festival)。

ヴォルフガング・ワーグナーの葬儀をめぐる騒動
 4月11日に行われたヴォルフガング・ワーグナーの葬儀をめぐって、騒動が起こっている。バイロイト祝祭劇場での式典には、メルケル独首相をはじめ、バイエルン州の有力政治家やウィーン国立歌劇場のイオアン・ホーレンダー総監督等が出席。追悼演奏は、バイロイトの主要指揮者と言えるクリスティアン・ティーレマンの指揮で行われた。しかしニーケ・ワーグナーをはじめとするヴィーラント・ワーグナー系の親族は、「希望の席順を得られなかった」ことを理由に欠席した。
 バイロイト音楽祭のスポークスマンによると、ニーケ他の甥姪たちには、通常貴賓席とされる中央ロージェ(桟敷席)が提供されていた。しかし彼らは、その代わりに現インテンダントのエーファ・ワーグナー=パスキエ、カタリーナ・ワーグナー(ヴォルフガングの両娘)と同じ平土間最前列を要求したという。
 さらにヴォルフガングの息子ゴットフリート・ワーグナーも、「招待状が早く来なかった」という理由で欠席した。ちなみにゴットフリートは、父親に対してナチス時代の批判をしたために、ヴォルフガングから絶縁されていた。

カンブルランがシュトゥットガルト国立歌劇場の音楽総監督に決定
 読売日本交響楽団、バーデン・バーデン&フライブルクSWR交響楽団(後者は今シーズンまで)の首席指揮者を務めるシルヴァン・カンブルランが、シュトゥットガルト国立歌劇場の音楽総監督に就任することが決定した。スタートは、2012/13年シーズン。同劇場では、2011/12年シーズンに演出家のヨッシ・ヴィーラーがインテンダントに就任するが、彼とカンブルランは、すでにザルツブルク音楽祭等で共演を重ねている。なおヴィーラーの最初のシーズンでも、カンブルランが指揮するプロダクションが予定されているという。

デ・ワールト、ロイヤル・フランダース・フィルの首席指揮者に
 オランダの指揮者エド・デ・ワールトが、ベルギーのロイヤル・フランダース・フィルの首席指揮者になることが決定した。現在同オケは、ヤープ・ファン・ズヴェーデンがシェフを務めているが、デ・ワールトは2012年に就任の予定。ちなみに彼は、先ごろミルウォーキー交響楽団との契約を2017年まで延長したばかりである。


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