Tuesday, January 5th 2010
Perfumeのブレイクで”ニューウェーブ〜テクノ歌謡”が注目を集めた昨今、次はきっと”レゲエ歌謡”だということで、実はディープなセレクター/DJ、一部好事家たちの間ではすでに5、6年ぐらい前から注目されていたのですが、ここへ来てあらためてこの潮流を全国区にするがために(多分)、皆躍起になってレコ屋のエサ箱を漁ったり、「歌謡曲 レゲエ」、「歌謡曲 ダブ」でしらみつぶしにググったりしている今日この頃。 ですが、ほとんどクリーン・ヒットしない上に、元々アルバム1枚丸ごとレゲエ、というのはホントに極少数、というかほぼ皆無。特に70年代当時においては、”Reggae”という綴りを「レガエ」と読んでいた業界関係者もまだまだ多かったという話ですから、よほどアンテナの感度の良い人や、現地ジャマイカやロンドンのブリティッシュ・レゲエ・シーンに直接赴いて刺激を受けてきた人でなければ、アルバム中の楽曲においそれとレゲエのリズムを取り入れてみようとはならなかったようです。それは、見つけるのは困難なわけです。もちろん、タイトルに「レゲエ」と付いている楽曲などほとんど見かけない上に、仮に「レゲエ○○○」、「ジャマイカ○○○」などと付いていても全くのシティ・ポップスだったりと・・・昭和の歌謡曲、ニューミュージック、ニューウェーブの広い博識があってもなかなか探しあてることのできないこの”レゲエ歌謡”。ジョニー大倉「ヘイ・レゲェ・ブギ・ウギ」や河合夕子「ジャマイカンCLIMAX」(どちらもレゲエではないのです)で大怪我するのは朝飯前。 ”ディスコ歌謡”や”ボッサ歌謡”と較べると絶対数が少なく、あたりを付けること自体がかなり難しいのですが、掘り当てたときの悦びはやはりひとしおなのです。
で、まとめますと、”レゲエ歌謡”とは、一般的にレゲエ・アーティストではない日本の歌手、グループによって歌われたレゲエ・アレンジ、スカ・アレンジの楽曲(純歌謡曲、ロック、ニューウェイヴ、アイドル、演歌等スタイルは様々)のことを指しています。少なくともここでは。 3年ぐらい前に出ていたECDのミックスCD『Strictly Rockers chapter 17』や、雑誌『Relax』監修のコンピ「Relaxin With Japanese Lovers」の、まさにあのセンスですね。但し、後に(レゲエ/ダブ・)リミックスを施したものなどは除外しています。
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小泉今日子 / La La La... (1990) from 『Kyon3 -Koizumi The Great 51』 |
作曲・アレンジに、藤原ヒロシ、屋敷豪太という90年代クラブ・ベースのレゲエ/ダブ・サウンドを数多生み出した名士を迎え、ついに、深海2000m級のダブ歌謡を手にしたキョンキョン。『No.17』からシングル・カットされ、カップリングには「Dub Mix」も収録されていました。同じく『No.17』には、ミリー&スカタライツの名曲「マイ・ボーイ・ロリポップ」の胸きゅんカヴァー「あたしのロリポップ」も収録されています。 |
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ピチカート・ファイヴ / 眠そうな二人 (1990) from 『月面軟着陸』 |
作曲・アレンジに、藤原ヒロシ、屋敷豪太という90年代クラブ・ベースのレゲエ/ダブ・サウンドを数多生み出した名士を迎え、深海2000m級のダブ歌謡を手にしたキョンキョン。オリジナルは『No17』に収録されており、こちらにはミリーのスカ名曲「マイ・ボーイ・ロリポップ」の胸きゅんカヴァー「あたしのロリポップ」も収録されています。 |
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ハバナ・エキゾチカ / 宇宙のへそ (1991) from 『踊ってばかりの国』 |
永遠のブラコン案内人、久保田のレゲエ・アルバム。当時、日本でもサンスプラッシュ開催やマキシ・プリースト、UB40ら英国勢の人気で、レゲエがより茶の間向けの市民権を得出した頃だけに、久保田の気合の入り方も尋常ではないのです。
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原田芳雄 / Color Me Right (1991) from 『ゴールデン☆ベスト』 |
スズナリ横丁のブルース・ロック番長、原田芳雄にボブ・マーリーが半分憑依。タモリ倶楽部出演時には微塵も感じられない、その持ち前のキザなセンスがここでも要所で小爆発。ジャケがワイルドすぎて困ります。 |
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久保田利伸 / Love Like A Rastaman (1991) from 『Kubojah』 |
永遠のブラコン案内人、久保田のレゲエ・アルバム。当時、日本でもサンスプラッシュ開催やマキシ・プリースト、UB40ら英国勢の人気で、レゲエがより茶の間向けの市民権を得出した頃だけに、久保田の気合の入り方も尋常ではないのです。
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本木雅弘 / ベルベット・イースター (1992) from 『ゴールデン・ベスト』 |
永ちゃん、ジョニーの陰に隠れがちでしたが、キャロルの知られざるルードボーイ、内海(うちうみ)利勝の本作こそが、グループ解散後のソロ・アルバム・リリース第1号。英国のレゲエ・バンド、シマロンズを迎えて録音という気合の入れ様。シングルにもなった「鏡の中の俺」の演奏は、はっぴいえんど周辺のそれにも酷似。それにしても、このジャケ、ホルヘ・サンタナが見たらどう思うのでしょうか・・・ |
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カーネーション / いくいくお花ちゃん (1992) from 『天国と地獄』 |
『黄金狂時代』で泉谷しげるのバックも務めていた、若き日のジョニー吉長(ds)擁するイエロー、1975年日比谷野音でのライヴ盤。原盤LPでは「レゲエ」というそのまんまなタイトルが付いていた「うつむくばかり」は、「オーケー、ネクスト・ソング、レゲエ〜」というこれまたそのまんまなMCで始まるグルーヴィーなレゲエ・チューン。他、オシビサ、ブラック・オーク・アーカンソーの通好みカヴァーも聴けます。
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忌野清志郎 / 石井さん (1992) from 『Memphis』 |
当時センセーショナルだった、フォーライフ・レコード設立後の第1弾アルバムから。「愛よこんにちは」は、フォーキーでスウィートなロックステディ仕立て。アレンジも手掛けている矢野誠のハモンド・オルガンがほっこり度を丁寧に笠増し。コーラスで大貫妙子も参加。
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忌野清志郎 & 2 3's / 死にたくなる (1993) from 『Music From Power House』 |
ロミー木下(b)とジョニー吉長(ds)の鉄壁のリズム隊に、アール”チナ”スミスも真っ青の山岸潤史(g)のギブソン・レスポールが絡み、咽び泣く。「あやつり人形」はシングル・カットされましたが、当時日本でのレゲエの認知度を考えると、けっこうな大英断だったんだと思います。 |
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イリア / ジェニーはご機嫌ななめ (1995) from 『Japanese Lovers』 |
プロデューサーに松本隆、アレンジャーに鈴木茂、その他作家陣に細野晴臣、佐藤博、伊藤銀次らを招き制作した、”脱アイドル”な通算7作目。「Today」は純正レゲエというよりは、ビートルズの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」を習作としたかのようなソフト・ロックなレゲエ・チューン。 |
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青江三奈 / 上を向いて歩こう (1995) from 『Passion Mina In N.Y.』 |
まだユーミンを手掛ける前の松任谷正隆がプロデュースで、コーラスには山下達郎、大貫妙子らシュガーベイブの面々を迎え、シティ・ポップス的なアプローチをみせた2ndアルバム。後藤次利(b)による裏にアクセントを置いたベース・ラインが心地良い「すくすく」は、2分弱の小唄ながら、センチメンタル・シティ・ロマンス、ハックルバックなどにも通じるまろやかなグルーヴを味わえます。 |
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竹中直人 / カーテンレールを引いて! (1995) from 『Merci Boku』 |
まだユーミンを手掛ける前の松任谷正隆がプロデュースで、コーラスには山下達郎、大貫妙子らシュガーベイブの面々を迎え、シティ・ポップス的なアプローチをみせた2ndアルバム。後藤次利(b)による裏にアクセントを置いたベース・ラインが心地良い「すくすく」は、2分弱の小唄ながら、センチメンタル・シティ・ロマンス、ハックルバックなどにも通じるまろやかなグルーヴを味わえます。 |
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NOKKO / あくびとUFO (1996) from 『Nokko's Selection、Nokko's Best』 |
ごまのはえ〜ココナツ・バンク〜シュガーベイブと渡り歩いた伊藤銀次の初ソロ・アルバムから。フレディ&ドリーマーズの1963年全米No.1ソングを、英国のスカ・ブームなどに早くから注目していた伊藤らしくゆったりとしたレゲエ・アレンジで日本語カヴァー。リズム隊は上原裕(ds)と田中章弘(b)、キーボードに坂本龍一、コーラスにはセンチメンタル・シティ・ロマンスが参加。
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坂本冬美 / 螢の提灯 (1997) from 『ゴールデン・ベスト』 |
レゲエ演歌シングジェイの星、坂本冬美は、その昔、忌野清志郎、細野晴臣とHISを組んでいたこともあり、さすがに引き出しが多め。結構ストイックなこと歌ってます! |
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八代亜紀 / ほんね (1997) from 『全曲集』 |
大滝先生会心のレゲエ演歌にして永遠のお月見アンセム。リズム隊は、金田一昌吾(b)と上原裕(ds)、ギターは村松邦男。途中のシャウト(ガヤ声?)は布谷文夫だそうです。 |
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UA / I Feel The Earth Move (1997) from 『Fine Feathers Make Fine Birds』 |
和製ルーファス&チャカ・カーン、大橋純子&美乃家(みのや)セントラル・ステイション(佐藤健、見砂和照、土屋昌巳らが在籍)による ややレゲエ・タッチのメロウ・ミディアム(正直レゲエ要素は薄いです)。シングル「スターライト・トレイン」(作詞:松本隆)のB面で発表された「センチメンタル・レディー」は、ここではボーナス・トラックとして追加収録されており、オリジナルは、LP『スペシャル・ブレンド・アルバム』に収録。 |
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UA / プライベート・サーファー (1999) from 『プライベート・サーファー』 |
70年代後半の日本における映画「ハーダー・ゼイ・カム」の影響力をイヤと言うほど窺い知れます。オリジナルは、スタッフをバックにしたEP『The Session』(78年)に収録。 |
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ACO / Intensity (1999) from 『Absolute Ego』 |
沖縄民謡界の巨人・登川誠仁に師事し、1972年には「うんじゅが情どぅ頼まりる」を大ヒットさせた知名定男の本土デビュー・アルバムから。島唄にレゲエやロックの要素をミックスさせ、沖縄音楽の新たな地平を切り拓いたのは、喜納昌吉と何を隠そう、この知名さん。 |
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キュビズモ・グラフィコ / Man From Lafounda (1999) from 『Tout』 |
「勝手にシンドバッド」収録でおなじみのサザンのデビュー・アルバムから。ワンドロップ・リズムに桑田の”英語日本語”が乗れば、それだけで当時の若者は声を揃えて「コイツら、新しいじゃん」と。サザンはその後も「恋するマンスリーデイ」(『タイニー・バブルス』('80)収録)、「来いなジャマイカ」(『NUDE MAN』('82)収録)、「Still I Love You」(「東京シャッフル」シングル('83)B面収録)、「ジャパネゲエ」(『人気者で行こう』('84)収録)と、レゲエ・アプローチの佳曲を連発。 |
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カルメン・マキ / Jamaican Getaway (1979) from 『Night Stalker』 |
OZ解散後の1979年にリリースされたカルメン姐さんの初ソロ・アルバムから。ジェフ・ベック、ロッド・スチュワートらのバックでもおなじみのカーマイン・アピス(ds)をプロデューサーに迎えた絶好調のLA録音。やたらドラムの音がデカい、あばずれレゲエを聴きたければ是非。但し全編英詞。 |
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ムッシュかまやつ / 青春どんづまり (1979) from 『スタジオ・ムッシュ』 |
トリオ・レコード時代の3作目。シングルではカントリー/フォーク調だった「青春どんづまり」をアルバムでは、ライト・メロウなレゲエ・ヴァージョンに。現在オルケスタ・デル・ソルで活躍中の森村献(key)による絶妙なアレンジが効いています。 |
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坂本龍一 / タイム・トリップ (1979) from 『サマー・ナーブス』 |
当時、六本木ピットインでライヴ用に結成された「格闘技セッション」(小原礼、高橋幸宏、鈴木茂、ペッカー、渡辺香津美、矢野顕子ら)のメンバーを起用し、「ボサノバじゃなくて、今はレゲエ。トロピカルな熱さの中で、バカになる」(教授)とタクトを揮い作り上げた1枚。その直前、テレサ野田「トロピカル・ラヴ」を録音するために加藤和彦と訪れたジャマイカ。そこで吸収した、教授曰く”独特のハネ”は、後の「テクノポリス」への布石に。 |
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加藤和彦 / アラウンド・ザ・ワールド (1979) from 『パパ・ヘミングウェイ』 |
ソロになってからも常に先鋭的なセンスで傑作楽曲を生み出していた加藤和彦。70年代末〜80年代初頭にかけて発表した3部作(『うたかたのオペラ』、『ベル・エキセントリック』)のうちの第1部。日本語、英語折衷の洒落た語り口でしっとり酔わす「アラウンド・ザ・ワールド」は、言うなれば70年代最高のカクテル・ディスコ・レゲエ。バックは、坂本龍一(key)、高橋幸宏(ds)、小原礼(b)、大村憲司(g)と、”やはり”なメンツ。 |
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酒井俊 / センチメンタル・ジャーニー (1979) from 『My Imagination』 |
ソウル・フラワー・ユニオン「満月の夕」をカヴァーしたことでも知られるジャズ・シンガー、酒井俊の3rdアルバムから。ミュージカル・ディレクター/アレンジャーに坂本龍一を迎え、鈴木茂(g)、小原礼(b)、高橋ユキヒロ(ds)、鮎川誠(g)らもごっそり参加。”歌謡”ではないですがどうぞ。 |
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随時追加中・・・
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世界のレゲエ史は
| 1954 |
主宰コクソン・ドッドによりジャマイカの首都キングストン、ブレントフォード・ロードにStudio Oneスタジオ(&レーベル)が設立される |
| 1959 |
クリス・ブラックウェルによりIslandレコード設立 |
| 1968 |
メイタルズの楽曲「Do The Reggay」で初めて”レゲエ”という言葉がレコードの表記上使われた |
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ジョー・ギブスが自ら経営するレコード店の裏にJoe Gibbsスタジオ(&レーベル)を設立 |
| 1975 |
ラスタファリ思想において”ジャーの化身”として崇め奉られている、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世が死去 |
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英ノッティング・ヒルでアスワド結成。Islandとサインした最初のUKレゲエ・バンドとして、翌年アルバム『Aswad』でデビュー |
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年末のフリーコンサート「スマイル・ジャマイカ」(総選挙を目前にしたジャマイカの敵対する政治的組織、党派に平和を呼びかけるという主旨)を前日に控えたボブ・マーリーが自宅で何者かに狙撃され重傷を負う |
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76年の狙撃事件以降、ロンドンに亡命していたボブ・マーリーはジャマイカに戻り、「ワン・ラヴ・ピース・コンサート」を開催。このコンサートを観に来ていたマイケル・マンリー(PNP)とエドワード・シアガ(JLP)の2人の対立党首をステージ上に招き、和解の握手をさせた |
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ローリング・ストーンズのキース・リチャーズ(g)が初のソロ・シングル『Run Rudolph Run』を発表。B面には、ジミー・クリフの「The Harder They Come」のカヴァーが収録された。また、日本盤7インチでは「The Harder〜」がA面としてリリースされている |
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ドイツのハードロック・グループ、スコーピオンズ(g)の6thアルバム『Lovedrive』に初挑戦のレゲエ・チューン「瞑想のレゲエ(Is There Anybody There?)」が収録される |
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