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- Explorer Set -Spanish Edition (10CD)
Item Details
Catalogue Number
:
PCL10363
Number of Discs
:
10
Format
:
CD
Other
:
Import
Product Description

ピアノ好き大注目のお買得10枚組ボックス!
エクスプローラー・セット:スペイン・エディション(10CD)
ブックレットは40ページ!
【概要】
◆Piano Classicsレーベルは2010年の設立以来、そのマニアックな企画によって世界中のピアノ好きに知られています。地域別に特別価格でまとめた「スラヴ・エディション」と「フレンチ・エディション」、「アメリカ・エディション」は注目を集め、知名度に関わりなく、良質なものであればなんでも紹介するという潔い姿勢を印象付けることになります。作品がマニアックなだけあって、解説が充実しているのもこのレーベルの魅力でもあります。
【収録作品】
◆スペイン鍵盤音楽の黎明期、スカルラッティ、エスポナ、ソレールから、アルベニス、グラナドス、ファリャ、トゥリーナ、フォントという国民楽派の黄金時代、そしてシンプルなのに奥深いモンポウに至るまでの系譜を辿る構成。
【演奏】
◆きわめつけの名盤として知られるベニータ・メシュラムのファリャ作品とエステバン・サンチェスのアルベニス作品のほか、スペイン人メストレによるエスポナ作品、日本とも縁の深いスペイン人ピケロによるトゥリーナ作品、長くスペインで活躍するフランス人ディシャンによるグラナドス作品、スペイン生まれのイギリス人スタンリーによるアルベニス作品、イタリア人シュワルツによるフォント作品、イタリア人デリアヴァンによるモンポウ作品を収録。
【製品仕様】
◆CD10枚の収録時間は約656分(10時間56分)。ボックスの仕様は一般的な左に開くタイプで、縦130mm、横130mm、奥行34mm、重量301グラムの扱いやすいサイズ。付属ブックレット(英語・40ページ)には、オリジナル発売時の楽曲解説が掲載。トラックリストや演奏・録音データは、それぞれの紙ジャケット裏側に記載されています。EU製で、ディスクはメジャー・レーベルでもおなじみの独オプティマル・メディアが製造。
エクスプローラー・セット・シリーズ
◆アメリカ・エディションマクダウル、グリフス、ビーチ、バーバー、フート、ホワイティング、ペイン、チャドウィック、ネヴィン、ラスヴェン・ラング、ガーシュウィン、バーンスタイン、アイヴス、アダムス、グラス
Piano Classics PCL10330
◆フレンチ・エディションシャミナード、アルカン、デュカス、ヴィエルヌ、ルーセル、デュポン、アーン、ゴダール、ダンディ、マニャール、デュティユー
Piano Classics PCL10307
◆スラヴ・エディションリャプノフ、ボルトキエヴィチ、ブルーメンフェリト、メトネル、バラキレフ、グラズノフ、コセンコ、シャモ、ノヴァーク、エネスク、ペジャチェヴィッチ、ガザロシアン
Piano Classics PCL10281
目次
【作品情報付きトラックリスト】
◆CD1 グラナドス:組曲「ゴイェスカス」、他/ディシャン(2018年)
◆CD2 アルベニス:組曲「イベリア」/サンチェス(1968〜1974年)
◆CD3 アルベニス:「スペイン組曲」、「古風な組曲」/スタンリー(2022年)
◆CD4 トゥリーナ:組曲「セビリア」、5つのジプシー舞曲、幻想的舞曲集/ピケロ(2023年)
◆CD5 フォント:組曲「アンダルシア」/シュヴァルツ(2018年)
◆CD6 ファリャ:「三角帽子」からの舞曲、他/メシュラム(2004年)
◆CD7 ファリャ:「火祭りの踊り」、他/メシュラム(2004年)
◆CD8 モンポウ:「ひそやかな音楽」/デリアヴァン(2016年)
◆CD9 モンポウ:「歌と踊り」、「魔法の歌」、他/デリアヴァン(2016年)
◆CD10 エスポナ:鍵盤楽器のためのソナタ集/メストレ(2013年)
【作曲者情報(年表)】
◆グラナドス
◆アルベニス
◆トゥリーナ
◆フォント
◆ファリャ
◆モンポウ
◆エスポナ
【トラックリスト】
◆日本語
◆英語
作品情報付きトラックリスト
CD1 [74'14]
グラナドス:ゴイェスカス、スカルラッティ、ソレール
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」
1911年、44歳の時に完成し、1912年に出版した6曲から成る組曲。副題は「恋するマホたち」。タイトルの「ゴイェスカス」は「ゴヤ風の」という意味で、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)と彼の描いた人々、着飾って独特の作法で愛や喧嘩に情熱を傾けた「マホ(伊達男)」と「マハ(伊達女)」たちのことを中心に、その愛や死の予感まで音楽に投影させたものです。ここでは全6曲に、スカルラッティ5曲とソレール1曲を組み合わせています。
1. 第1曲 「愛の言葉」 [9'25]
エミール・フォン・ザウアーに献呈。ゴヤのカプリチョス第5番「似たもの同士」から着想を得た曲。頻繁な転調を繰り返し、即興的な自由さの中で、スペイン北部の舞曲「ホタ」のリズムが刻まれます。中心となる旋律は、18世紀の作曲家ブラス・デ・ラセルナによる歌「トリペリの暴君」に基づいています。カスタネットの音を模したクイック・トリルや、マンドリンやギターの跳躍を思わせる左手の伴奏、そして「歌う」ように指示された旋律線が特徴的。この曲のテーマは、単なる導入に留まらず、後の第5曲や第6曲でも回想として現れ、物語の「幸せだった時期の記憶」としての役割を果たします。
2. 第2曲 「窓辺の語らい」 [11'25]
エドゥアール・リスレルに献呈。窓の格子越しに交わされる、マホ(伊達男)とマハ(伊達女)の密やかな会話を描いた叙情的な曲。「トリスタン的」とも評される半音階的な手法を採用。スタッカートによる伴奏が夜の静寂を表し、その上で男女が対話するように二つの旋律線が絡み合います 。グラナドスはこの曲の自筆ノートに「愛のデュエット」と記しており、後半部では情熱の高まりが厚みのある和音により描写。また、歌曲「悲しむマハ 第3番」の動機が組み込まれており、物語の先にある悲劇を予感させます 。
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ 変ホ長調 K.193
3. [3'27]
二部形式。イタリア・オペラのアリアを彷彿とさせる旋律が特徴的。スカルラッティ特有の装飾音も散りばめられており、随所に置かれた和音強調が推進力を生み出す効果もあります。
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
4. 第3曲 「燈火のファンダンゴ」 [6'23]
リカルド・ビニェスに献呈。マドリードの夜、燈火が灯る居酒屋のような場所で、人々がファンダンゴを踊る躍動的なシーン。執拗に繰り返されるファンダンゴの典型的なリズム(オスティナート)が、催眠的な効果をもたらすと同時に、どこか不穏で暗い情熱を感じさせます 。打楽器のようなピアノの打鍵がカスタネットや足拍子(サパテアード)を模倣し、18世紀のスペインの「マホ(伊達男)」たちの荒々しくも気品あるエネルギーを再現しています 。
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタニ短調 K.141
5. [2'55]
スカルラッティの全ソナタの中でも、最も演奏頻度の高いものに属するのがこのK.141。スカルラッティが長年培ってきたイタリア的なトッカータの伝統と、スペインで出会ったギター音楽の要素が融合し始めた時期の傑作です。冒頭から現れる高速な同音連打に加え、シンコペーションを伴うリズム、ギターの「ラスゲアード(かき鳴らし)」を模した強烈な和音打鍵、そして急速な音階の駆け上がりなどは、マドリードの喧騒を想起させます。
ソレール(1729-1783)
◆ソナタ 第21番 嬰ハ短調
6. [3'01]
スペイン王室の墓所でもあるエル・エスコリアル修道院の神父アントニオ・ソレールは、ドメニコ・スカルラッティの最も優れた弟子の一人ともいわれています。スカルラッティのソナタに比べると、フレーズの単位がより明確で、ソナタ形式的な要素の萌芽がより強く感じられます。また、3度の重音、高速なアルペッジョ、広い音域の跳躍など、ソレール特有の技巧も盛り込まれています。
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
7. 第4曲 「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」 [6'33]
愛妻アンパロに献呈。嬰ヘ短調。組曲全体の中で最も人気がある傑作。バレンシア地方の少女が歌っていた民謡を元にした美しい旋律が、5つの変奏を経て深化し、嫉妬に疲れ、窓辺でうぐいすに身の上を語るマハ(伊達女)の独白を描いています。曲の最後には、ピアノの全音域を駆使した夜鳴きうぐいすの鳴き声が、アルペッジョとトリルによって登場。この曲は、組曲のそれまでの明るい曲調が悲しみへと変化する「転換点」でもあります。
非業の死
「ゴイェスカス」完成4年後の1915年には、曲はオペラ(サルスエラ)に仕立てられ、グラナドスとアンパロ夫妻は翌年1月のメトロポリタン歌劇場での初演に出席。同曲が評判になったことで、ウィルソン大統領は急遽ホワイトハウスに招いて歓待。これにより、グラナドス夫妻は本来乗るはずだった直行便をキャンセルせざるをなくなり、仕方なくイギリス経由での帰路につきますが、夫妻が乗ったフランス籍の海峡横断客船がドイツの無差別攻撃に遭い殺されてしまいます。
ショスタコーヴィチ
この曲に使われたスペイン民謡の美しい旋律は、1955年のソ連映画「馬あぶ」のためにショスタコーヴィチの書いた音楽の中の「ギター」という曲でも使われています。映画は、オーストリア帝国支配下のイタリアで地下活動に参加するアーサー(偽名が馬あぶ)の話なので、ドイツに殺されたグラナドスへのオマージュなのかもしれません。ショスタコーヴィチは翌年にはスペイン民謡に基づく「スペインの歌」 Op.100も発表しています。ちなみにその「ギター」は、のちにショスタコーヴィチの親友レヴォン・アトヴミャンによって編曲され、「2つのヴァイオリンとピアノのための5つの小品」の第1曲「前奏曲」として親しまれています。
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ 嬰ヘ短調 K.25
8. [2'59]
前曲と同じ調性ですが、こちらはシンプルながらも力強いモティーフが模倣されながら執拗に展開されて勢いがあり、バッハのインヴェンションにも通じる構成美も感じさせます。
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
9. 第5曲 「愛と死」 [12'47]
ハロルド・バウアーに献呈。ゴヤのカプリチョス第10番「愛と死」に基づく曲。絵では致命傷を負って壁にもたれかかったマホがマハの腕の中で力尽きる様子が描かれており、曲も重厚で物語的な書法で進められ、第1曲、第2曲、第4曲の旋律が断片的に、あるいは変容されて回想として現れ登場当所ます。回想の後、低い音域での虚ろな和音がその終焉を告げます。これまでの幸福な記憶と現在の死の苦しみが交錯する、組曲中最もエモーショナルな音楽です。
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ ト短調 K.8
10. [4'41]
旋律が短いためチェンバロでは速く、ピアノでは遅くなる傾向の作品。ここでの演奏も前曲の悲しみを受けたかのような慰めの雰囲気が印象的でしんみり聴かせます。
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
11. 第6曲 「エピローグ(幽霊のセレナータ)」 [8'16]
アルフレッド・コルトーに献呈。自由な幻想曲風の形式。冒頭の低音部は「怒りの日」の旋律が変容されたもので、死の象徴を明確に示しています。物語の結末として、亡霊となったマホが月夜に現れ、かつて愛したマハのためにギターをかき鳴らしてセレナードを歌う幻想的なエピローグ。ギターのラスゲアード(かき鳴らし)奏法を模した軽やかなリズムが支配的で、生と死、現実と夢の境界が曖昧になるような不思議な感覚を経て、最後はすべてのテーマが遠ざかるように消えていき、ピッツィカートを思わせる高音の一音で、物語の幕が静かに下ろされます 。
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ ホ短調 K.198
12. [2'14]
16分音符による急速なパッセージが全曲を支配しており、トッカータ的な性格を強く持っています。特定の短いモティーフを何度も繰り返すことで、エネルギーを蓄積し、セクション最後のカデンツ(終止形)によって解消しますが、展開部ではペダル・ポイント(特定の低音を持続させる手法)が用いられ、その上で激しい和声の変化が起こることで、安定感と不安定感の間のドラマを生み出しています。
ジャン=フランソワ・ディシャン(ピアノ)
録音:2018年2月26〜27日
場所:スペイン王国北東部、カタルーニャ州、バルセロナ、DDスタジオ
作曲者情報

エンリケ・グラナドス
【生地】
◆1867年7月27日:スペイン王国北東部カタルーニャのリェイダでカトリック教徒の上級軍人家庭に誕生。名は、パンタレオン・エンリケ・ホアキンで、父方姓がグラナドス、母方姓がカンピーニャですが、日常生活ではエンリケ・グラナドスで通していました。カトリック。
【修業】
◆1874年:バルセロナ。ホセ・ジュンセダによる基礎的な音楽理論の指導開始。
◆1874年:バルセロナ。ラ・メルセ教会学校でフランシスコ・シャビエル・ジュルネによる指導開始。
◆1879年:バルセロナ。プジョル・アカデミーで、ピアノ教師、ジョアン・バプティスタ・プジョルによるピアノ指導開始(1887年まで)。プジョルは「カタルーニャ・ピアノ楽派」の創始者の一人であり、その門下からはアルベニスやビニェスも輩出。
◆1882年:15歳のときに同アカデミーのコンクールでシューマンのト短調ソナタを演奏し、一等賞を獲得。
◆1883年:バルセロナ。スペイン国民楽派のとも呼ばれるフェリペ・ペドレルによる作曲指導開始(1887年まで)。
◆1887年:パリ。シャルル=ウィルフリード・ド・ベリオによるピアノ指導開始(1889年まで)。
【仕事】
◆1886年頃:父の死後、大家族を支えるために、グラナドスはバルセロナのカフェで毎日5時間演奏して報酬を得る仕事に就きます。ここで即興の腕が磨かれました。
◆1886年頃:カタルーニャの実業家、ドン・エドゥアルド・コンデに才能を見出され、彼の子供たちのピアノ教師に任命。これにより、グラナドスはバルセロナで最も高給な教師となり、パリ留学の資金援助も受けることができました。
◆1901年:アカデミア・グラナドス創設。バルセロナ。自身の音楽学校の音楽監督に就任。ここでの指導は「カタルーニャ・ピアノ楽派」の伝統を確立し、多くの著名なピアニストを輩出。
◆演奏家としての活動: パウ・カザルス(チェロ)やマチュー・クリックボーム(バイオリン)とピアノ・トリオを結成し、ヨーロッパ各地で演奏活動を行いました。また、サン=サーンスやティボーといった巨匠とも共演しています。
【没地】
◆1916年:3月24日、ドイツ政府の方針で民間船無差別攻撃をおこなっていたドイツ潜水艦の攻撃により夫婦ともに溺死。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

ジャン=フランソワ・ディシャン (ピアノ)
【生地】
◆1968年:フランスで誕生。幼少期から母親にピアノを学び、同時に数年間クラシック・バレエの訓練も受けていました。1982年、マルセル・ブリュヴァル監督のテレビ映画「モーツァルト」で少年期のモーツァルトを演じて有名になっています。
【学業】
◆1986年:パリ国立高等音楽院を卒業(プルミエ・プリ)。ピアノ科でジャン=クロード・ペヌティエに師事。
◆個人指導:名教師マリア・クルチョに4年間師事したほか、ニキータ・マガロフ、マリア・ジョアン・ピリスの指導も受けています。
◆マスタークラス:リチャード・グード、スティーヴン・コヴァセヴィチの講義を受講。
【賞歴】
◆1990年:スペインのサンタンデール国際ピアノコンクールで、「ファイナリスト賞」、「ヤング・タレント賞」、「ショパン特別賞」を受賞。
◆2019年:このアルバム「ゴイェスカス」が、スペインの音楽誌「メロマノ」の金賞を受賞。
【仕事】
◆ソロと室内楽の両方で、ヨーロッパ全域、南北アメリカ、中東、アフリカなどで演奏。ショパン音楽祭(ポーランド)、ラ・ロック・ダンテロン音楽祭、ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」などの著名な音楽祭にも定期的に出演。
◆2000年代からバルセロナのカタルーニャ高等音楽院でピアノ科教授を務めています。
【録音】
◆CDは、Brilliant Classics、Piano Classics、Lyrinxなどから発売。
【ブックレット抄訳】
...私はそれまで、その素晴らしいロマン主義的な側面に気づかず、単なる「スペイン音楽」というカテゴリーに分類していました。「ゴイェスカス」の各曲は、ゴヤの絵画、あるいはその一部からインスピレーションを得ています。グラナドス自身による説明はありませんが、タイトルの順序から物語を解釈することができます。後にこの曲集はオペラとなりましたが、今日では滅多に上演されません。しかし、それはオリジナルの楽譜に忠実なものです。私の知る限り、これは唯一の「ピアノのためのオペラ」です。
...ここ数年、私はリサイタルのプログラムにおいて、一見無関係に見える芸術作品を並置し、作曲家たちの世界観の間にある音楽的な照応を探求する試みを楽しんできました。グラナドスに合わせる相手として、私はスカルラッティを選びました。二人の間には150年の開きがあります。明らかな繋がりはないものの、両者ともに洗練と優雅さを備えた書法を持っています。
...イタリア人のスカルラッティはセビリアでフラメンコを学び、アンダルシアの音調から強い影響を受けました。彼のソナタは真の宝石であり、長らくスペイン音楽のレパートリーの一部となっています。スカルラッティはスペイン王室の宮廷音楽家となりました。一方、グラナドスは間違いなくスカルラッティの音楽を聴いていたことでしょう。
...私は「ゴイェスカス」の各曲の後に、スカルラッティのソナタ(あるいは一箇所だけ、彼の弟子であるパドレ・ソレールの作品)を配置することで、これら二人の作曲家を関連付けました。それぞれのソナタは、直前の曲で表現された感情を反映しています。つまり、これは「ピアノのためのオペラ」であり、各「絵画」の間には、前の作品に独自の光を投げかける別時代の音楽の間奏曲が挟まれているのです。(ジャン=フランソワ・ディシャン)
CD2 [83'25]
アルベニス:イベリア
アルベニス(1860-1909)
◆組曲「イベリア」全曲(1905)
1905年から1909年にかけて作曲された4巻構成の組曲。スペイン各地の情景を、複雑なポリリズム、精緻な装飾音、そして革新的な和声法を用いて描き出しています。
1. 第1曲「エヴォカシオン」(第1巻) [5'33]
変イ短調 / 変イ長調。3/4拍子。三部形式。導入的役割を果たします。アンダルシアのファンダンゴと北部のホタの要素を融合させ、繊細な印象主義的雰囲気を醸し出します 。
2. 第2曲「港」(第1巻) [4'09]
変ニ長調。6/8拍子。自由なロンド形式。カディスのエル・プエルト・デ・サンタ・マリアの情景。サパテアード舞曲のリズムを基調とし、フリギア旋法の色彩を帯びた活気ある音楽 。
3. 第3曲「セビリアの聖体祭」(第1巻) [8'34]
嬰ヘ短調 / 嬰ヘ長調。2/4 (4/4)拍子。セビリアの聖体祭行列を描写。重厚な行進曲と、アンダルシアの宗教歌サエタの旋律が交錯し、最後にはギターをかき鳴らすような力強いコーダへと至ります。
4. 第4曲「ロンデーニャ 」(第2巻) [6'51]
ニ長調。6/8拍子と3/4拍子の交替。変奏的三部形式。アンダルシアの町ロンダの舞曲。拍子が頻繁に入れ替わるヘミオラのリズムが、ギターのつま弾きを想起させる独特の動きを生み出します 。
5. 第5曲「アルメリア 」(第2巻) [10'02]
ト長調。6/8拍子。三部形式。地中海沿岸の都市アルメリアの情景。フラメンコの歌タランタスに基づき、ゆったりとした歌のセクションと力強いリズムが対比されます。
6. 第6曲「トゥリアーナ 」(第2巻) [5'40]
嬰ヘ短調。3/4拍子。三部形式。セビリアのジプシー居住区を描写。パソドブレの踊りの要素を含み、きらびやかな交差奏法など、高度な技巧を要求する華麗な作品 。
7. 第7曲「エル・アルバイシン 」(第3巻) [7'31]
変ロ短調 / 変ロ長調。3/8拍子。三部形式。グラナダのアルバイシン地区が題材。ギターのピッツィカートを模したスタッカートの主題と、深みのある嘆き歌「カンテ・ホンド」の旋律が交互に現れる神秘的な曲。
8. 第8曲「エル・ポロ 」(第3巻) [6'38]
ヘ短調。3/8拍子。アンダルシアの伝統舞曲「ポロ」に基づく曲。執拗に繰り返されるアクセントを伴うリズムが、ある種の悲劇性を暗示します。
9. 第9曲「ラバピエス 」(第3巻) [7'31]
変ニ長調。2/4拍子。自由な三部形式。マドリードの下町を活写。ポリフォニックで密度が非常に高く、ハバネラのリズムが複雑に絡み合う組曲中屈指の難曲。
10. 第10曲「マラガ 」(第4巻) [5'20]
変ロ短調 / 変ロ長調。3/4拍子。三部形式。マラゲーニャ舞曲をベースに、アラブ風の装飾的な旋律と情熱的なリズムが激しく対比され、色彩豊かな音響が展開。
11. 第11曲「ヘレス 」(第4巻) [9'47]
イ短調(ホ調フリギア)。3/4拍子。複合形式。シェリー酒の産地ヘレスを象徴。フリギア旋法が支配的で、組曲中で最も内省的かつ神秘的な曲調。
12. 第12曲「エリターニャ」(第4巻) [5'40]
変ホ長調。3/4拍子。三部形式。セビリア郊外の居酒屋で、セビジャーナス舞曲の喜びを爆発させたような作品。
エステバン・サンチェス(ピアノ)
録音:1968〜1974年
場所:スペイン王国北東部、カタルーニャ州、バルセロナ、カジノ・デ・ラリアンサ・デル・ポブレノウ
作曲者情報

イサーク・アルベニス
【生地】
◆1860年5月19日:スペイン王国北東部、カタルーニャのフランス国境に近いジローナ県の町カムプロドンで誕生。カトリック。
◆6月3日にカトリック教徒として受洗。洗礼名はイサーク・マヌエル・フランシスコ(カタルーニャ語ではイザーク・マヌエル・フランチスコ)。父の姓はアルベニス、母の姓はパスクアルなので、フルネームは「イサーク・マヌエル・フランシスコ・アルベニス・イ・パスクアル」ですが、長いので「イサーク・アルベニス」として生活。イサークの由来はアンダルシア地方コルドバの修道士、聖イサークです。
【学業】
◆マドリード音楽院。
◆ライプツィヒ音楽院。
◆ブリュッセル王立音楽院。
◆バルセロナでフェリペ・ペドレルに師事。スペイン国民楽派としての方向性を決定づける重要な転機。
【仕事】
◆1880年代:マドリードを拠点に、主にピアニストとして活動。
◆1890年:イギリスの実業家ヘンリー・ローウェンフェルトと専属マネジメント契約。この契約により、アルベニスはロンドンのブロンプトン地区に豪華な邸宅を与えられ、経済的な不安なくロンドン音楽界での地位を確立。
◆1893年:イギリスの銀行家フランシス・ブルデット・マネー=クッツ(第5代ラティマー男爵)と終身年金契約契約。
◆1894年:パリに拠点を移します。
【没地】
◆1909年5月18日、慢性腎炎の悪化により、フランス南西部、バスク地方のカンボ=レ=バンで家族に見守られながら48歳で死去。遺体は、故郷カタルーニャのバルセロナにあるモンジュイック墓地に盛大な葬儀とともに埋葬。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

エステバン・サンチェス(ピアノ)
【生地】
◆1934年4月26日:スペイン共和国(第二共和政)西部のエストレマドゥーラ州バダホス県オレリャーナ・ラ・ビエハで誕生。5月9日に受洗。
【学業】
◆幼少期:叔母ペトラによるピアノの指導。
◆1941年:プラスンシア大聖堂合唱指揮者で父方の大叔父ホアキン・サンチェス・ルイスによる指導開始。
◆1945年:マドリード王立音楽院。フリア・パロディ(1890-1973)にピアノを師事。パロディはコルトーの弟子。 ◆コルトーのマドリード滞在中にパロディがサンチェスの演奏を聴かせたところ、コルトーは賞賛しパリでの指導を手配。
◆パリ。アルフレッド・コルトーにピアノを師事。コルトー邸に滞在。
◆1953年:ローマ。サンタ・チェチーリア音楽院でカルロ・ゼッキにピアノを師事。
◆1956年:ローマ。サンタ・チェチーリア音楽院で上級研究を継続し、上級研究ディプロマを取得。
【賞歴】
◆1951年:マルグリット・ロン・コンクールで名誉賞。カルロ・ゼッキが感銘を受け、ローマに招待し、奨学金を手配。
◆1953年:ボルツァーノのフェルッチョ・ブゾーニ国際コンクール。第3位。
◆1954年:ナポリで第1回A.カゼッラ賞受賞。
◆1955年:ハリエット・コーエン国際賞。「最も有望な若手ピアニストのためのディヌ・リパッティ賞」を受賞。
◆1997年:エストレマドゥーラ勲章を授与。死後。
【仕事】
◆ソロと室内楽の両方で、ヨーロッパ中心に演奏。
◆1954年:12月3日。マドリード。ゼッキ指揮の演奏会でベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏し成功。
◆1966年:北欧ツアー。
◆1978年:バダホス音楽院。教授に就任。
◆1980年代:メリダ市立音楽院。校長就任。
◆1986年:エストレマドゥーラ王立文学芸術アカデミー会員に選出。
【没地】
◆1997年:2月3日、授業に向かう途中に心臓発作で死去。
【録音】
◆CDは、Brilliant Classics、Ensayo、Capitol、ALMAVIVA、El País, Diverdi、Pye Records、Fundación Juan March、Saga、La Nación Aguilar、Christophorusなどから発売。
【ブックレット抄訳】
瞬間の感情
エステバン・サンチェスの演奏を聴くと、フルトヴェングラーの指揮を聴くときのように、特別な感情に襲われます 。彼の驚異的なテクニックは、スコアに含まれるいかなる挑戦にも冷静に立ち向かうことを可能にしますが、その解釈は、今日聴いたものが明日繰り返されることはないだろうという確信を抱かせます。
サンチェスの演奏スタイルは、感情と即興性の間で揺れ動いています 。彼は、アルベニスの音楽における喜び、郷愁、孤独、情熱、憂鬱といった膨大な感情を、緻密に段階づけられた色彩のニュアンスで描き出します 。このような主観的な音楽は、作品をそれ自体の存在として自由に呼吸させる演奏家を必要としており、エステバン・サンチェスはまさにそれを、他のどのピアニストとも異なる方法でおこなっています。
彼にとって、輝かしい国際的なキャリアを捨て、故郷の村で静かに暮らし、ピアノの指導に専念することは、自由を愛する彼らしい選択でした。スタジオ録音における繰り返しの作業により、幸運にも彼の即興性と完璧な演奏が融合し、まばゆいばかりの結果が残されました。彼の演奏は、深い誠実さと、私たちを驚かせ、イメージを想起させ、完璧な状態の中に漂わせる力を今なお失っていません。(ルイス・ガーゴ/音楽学者)
CD3 [64'43]
アルベニス:スペイン組曲、古風な組曲
アルベニス (1860-1909)
◆「スペイン組曲」 第1集 Op.47(1886)
1886年頃に構想されたこの組曲は、アルベニスの作品の中で最も親しまれているものの一つです。各曲にはスペインの地名と、その地域の舞曲名がサブタイトルとして付けられており、スペイン音楽の多様性をカタログのように提示しています 。当初は4曲のみが出版されましたが、作曲者の没後に他の独立した作品が組み込まれ、現在の8曲構成となりました 。
1. 第1曲 「グラナダ」(セレナータ) [5'09]
1. グラナダ ヘ長調 3/8 三部形式 セレナータ 穏やかで優美なセレナード。ギターのつま弾きを模した伴奏に乗って、ムーア風の美しい旋律が歌われます 。
2. 第2曲 「カタルーニャ」(クランダ) [2'36]
2. カタルーニャ ト短調 6/8 二部形式 コランダ イタリアのコッレンテから派生したカタルーニャのコランダ。急速で軽快なリズムが特徴の舞曲です 。
3. 第3曲 「セビリア」(セビリャーナス) [4'53]
3. セビーリャ ト長調 3/4 三部形式 セビジャーナス 典型的なセビジャーナス舞曲。活気あるリズムと、中間部の抒情的なコプラ(歌)の対比が見事な、祝祭的な作品です 。
4. 第4曲 「カディス」(カンシオン) [4'31]
4. カディス 変イ長調 2/4 三部形式 カンシオン 当初は「サエタ」として計画されましたが、実際には明るく軽やかな歌曲(カンシオン)として完成しました 。
5. 第5曲 「アストゥリアス」(伝説) [6'40]
5. アストゥリアス ト短調 3/4 三部形式 レイエンダ ギター版で世界的に有名。フラメンコのブレリアのリズムを用い、強烈な連打音と静謐な中間部が印象的です 。
6. 第6曲 「アラゴン」(ファンタジア) [5'09]
6. アラゴン ヘ長調 3/8 三部形式 ファンタジア ホタ・アラゴネサのリズムを基調とした幻想曲。きらびやかな装飾音と力強いアクセントが支配します 。
7. 第7曲 「カスティーリャ」(セギディーリャ) [3'09]
7. カスティーリャ 嬰ヘ長調 3/4 三部形式 セギディーリャ セギディーリャ舞曲。独特のリズム感と、スペイン中央部特有の快活な性格を併せ持っています 。
8. 第8曲 「キューバ」(カプリチョ) [6'04]
変ホ長調 6/8 三部形式 ノクトゥルノ ハバネラのリズムを用いた夜想曲。トロピカルで官能的な雰囲気と、ゆったりとしたシンコペーションが特徴です 。
アルベニス (1860-1909)
◆「スペイン組曲」 第2集 Op.97(1888)
アルベニスは初期・中期においても、歴史的な様式へのオマージュや、より小規模な民族的情景を描いています 。
9. 第1曲 「サラゴサ」 [3'54]
ハ長調、3/8拍子、三部形式。アラゴン地方のホタのリズムを用い、その情熱的なエネルギーを簡潔に表現しています 。
10. 第2曲 「セビリア」 [7'12]
ト長調、3/4拍子、三部形式。第1集のセビーリャとは異なり、より精緻な筆致でアンダルシアの祝祭的な雰囲気を描きます 。
アルベニス (1860-1909)
◆「古風な組曲」 第3集(1886)
アルベニスの新古典主義的な側面を示す、バロック様式への回帰作品です。
11. 第1曲 メヌエット [3'37]
変イ長調、3/4拍子。バロック的な優雅さを、ロマン派的な和声で包み込んだ佳品です 。
12. 第2曲 ガヴォット [3'57]
ホ長調、4/4拍子。軽快で快活な舞曲。ラヴェルやレスピーギによるバロック様式の再評価を先取りするような、スプライトリー(快活)な性格を持ちます 。
アルベニス (1860-1909)
◆「スペイン組曲」 第2集 Op.97(1888)
わずか2曲からなる組曲です。
13. 第4曲 「ザンブラ・グラナディーナ」(東洋風の踊り) [3'18]
ニ短調、2/4拍子。三部形式。フラメンコのザンブラを模しており、魅惑的なシンコペーションと哀愁を帯びたオリエンタルな旋律が特徴です 。
14. 第3曲 「カディス」(ガディターナ) [4'26]
変イ長調、2/4拍子。三部形式。ギターの弦をかき鳴らすような和音(ラスゲアード)が、華やかなコプラ舞曲の導入となり、アニメ調の活気あるリズムへと展開します 。
セバスチャン・スタンリー(ピアノ)
録音:2022年5月5〜6日
場所:オランダ、アムステルダム、スタジオ150 ベツレヘム教会
作曲者情報

イサーク・アルベニス
演奏者情報

セバスチャン・スタンリー(ピアノ)
【生地】
◆スペインでセバスチャン・ミゲル・スタンリーとして誕生し、幼少期にイギリスへ移住。
【学業】
◆王立音楽大学ジュニア部門基礎教育。
◆2008年:王立音楽大学。卒業。
◆王立音楽アカデミー。大学院レベル。クリストファー・エルトンが指導。
◆マスタークラス:メナヘム・プレスラー、ゲイリー・グラフマン、他。
【賞歴】
◆ルイーゼ・アンリエッテ国際コンクール(ドイツ)。第1位。
【仕事】
◆ソロと室内楽の両方で活動。ウィグモア・ホール、セント・ジョンズ・スミス・スクエア、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスなどに出演。
◆プライベート・スタジオでピアノ教育に従事。
【録音】
◆CDは、PianoClassics、EMEC Discosなどから発売。
CD4 [51'48]
トゥリーナ:セビリア、ジプシーの踊り、幻想的舞曲
トゥリーナ(1882-1949)
◆絵画的組曲「セビリア」 Op.2(1909)
トゥリーナの出世作であり、セビーリャの様々な側面を詩的に描いています。
1. 第1曲 「オレンジの木々の下で」 [6'15]
変ホ長調。3/4拍子。三部形式。セビーリャの庭園の静謐な美しさを描写。印象主義的な和声がオレンジの花の香りを想起させます。
2. 第2曲 「聖木曜日の真夜中」 [8'01]
嬰ヘ短調。4/4拍子。自由な構成。聖週間の厳粛な行列を描写。遠くから聞こえる軍楽隊の音とサエタが交錯し、神秘的な緊張感を生みます。
3. 第3曲 「ラ・フェリア(祭り)」 [5'59]
ヘ長調。3/8拍子。ロンド形式。セビーリャの春祭りの喧騒と喜びを描写。力強いリズムと華やかな旋律が交互に現れ、祝祭的に幕を閉じます。
トゥリーナ(1882-1949)
◆5つのジプシーの踊り Op.55 (1929)
アンダルシアのロマの文化への深い畏敬の念が込められています。
4. 第1曲 「ザンブラ」 [3'43]
イ短調。4/4拍子。三部形式。妖艶なジプシーの舞曲。重々しい伴奏の上に、オリエンタルな旋律が漂います。
5. 第2曲 「誘惑の踊り」 [3'39]
ホ長調。3/4拍子。三部形式。優雅さと激しさが共存する誘惑的な舞曲。トゥリーナらしい洗練された和声が光ります。
6. 第3曲 「儀式の踊り」 [2'56]
イ短調。2/4拍子。三部形式。神秘的で呪術的な雰囲気。執拗な同音反復がトランス状態を誘発するような効果を持ちます。
7. 第4曲 「ヘネラリフェ庭園」 [1'52]
嬰ハ短調。3/4拍子。三部形式。アルハンブラ宮殿の離宮の庭園。水のせせらぎと夜の静寂を思わせる、極めて抒情的な曲。
8. 第5曲 「サクロモンテ」 [1'58]
イ短調。2/4拍子。三部形式。グラナダのサクロ・モンテの丘での熱狂的な舞曲。打楽器的な奏法とギター的な音型が融合した名曲。
トゥリーナ(1882-1949)
◆幻想的舞曲 Op.22 (1919)
トゥリーナの代表作であり、当初ソロ・ピアノ曲として書かれた後、作曲者自身によってオーケストレーションされました。各曲にはホセ・マスの小説「狂乱」からの引用が付されています。
9. 第1曲 「高揚感」 [5'15]
ロ長調 / ヘ長調。3/8拍子。三部形式。アラゴンのホタに基づきます。旋回するようなリズムと色彩豊かな和音が、花の蕾の中で踊るような幻想的な光景を描きます。
10. 第2曲 「夢(幻想)」 [6'13]
変イ短調。5/8拍子。変則三部形式。バスク地方の舞曲ゾルツィコのリズムを用いた5/8拍子の作品。苦悩に耐える魂の呻きを、ギターの弦を弾くような音型で表現しています。
11. 第3曲 「饗宴」 [5'25]
3/4拍子。三部形式。アンダルシアのファルーカ舞曲。男性的で情熱的なリズムと、シェリー酒と花の香りが混じり合うような濃密な官能性を描きます。
ペドロ・ピケロ(ピアノ)
録音:2023年10月12-14日
場所:スペイン、ビジャヌエバ・デ・ラ・セレーナ、会議宮殿
作曲者情報

ホアキン・トゥリーナ
【生地】
◆1882年12月9日:スペイン王国南部アンダルシア地方のセビリアで誕生。カトリック。
【修業】
◆1894年頃:セビリアにてエバリスト・ガルシア・デ・カランサに師事。和声と対位法を習得。
◆1902-1905年:マドリード王立音楽院にてホセ・トラゴにピアノを師事。
◆1905-1913年:パリへ留学。スコラ・カントルムにてヴァンサン・ダンディに作曲、モーリッツ・モシュコフスキにピアノを師事。
【仕事】
◆1905-1914年:セビリア、マドリード、パリで活動。
◆1914-1925年:マドリード、レアル劇場。合唱指揮者。
◆1930-1949年:マドリード王立音楽院。作曲科教授。
◆1940-1949年:スペイン教育省音楽総監局。局長。
◆1931年:終身教職。
◆その他:指揮者、音楽批評家としても活動。
【賞歴】
◆1926年:スペイン国家音楽賞(作品『弦楽四重奏曲第1番』に対して)。
◆1943年:アルフォンソ10世賢王勲章(Gran Cruz de la Orden Civil de Alfonso X el Sabio)を受章。
◆その他:サン・フェルナンド王立美術アカデミー会員に選出。
【没地】
◆1949年:1月14日、マドリードで急性尿毒症(長年の胆嚢の不調による合併症)により死去。同市のアルムデナ墓地に埋葬。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

ペドロ・ピケロ (ピアノ)
1976年、アンダルシア州セビリアに誕生。スペインの名手、エステバン・サンチェス・エレーロ [1934-1997]と、ブラジルの名手で新ウィーン楽派など20世紀作品に強いカイオ・パガーノ [1940- ]に師事。以後、南北アメリカ、スイス、ベルギー、スペイン、ポルトガル、スウェーデンなどで演奏。
音楽演奏と並行して、近年では宗教家としても活動。日本の仏教学者、西嶋和夫(法名:愚道和夫)[1919-2014]の弟子として道元の「正法眼蔵」の翻訳にも携わり、曹洞宗僧侶として、スペインの仏教団体、道元サンガで会長を務めるほか、禅道、求道の指導もおこなっています。
CDは、Piano Classics、Verso、Columna Musica、NIbiusなどから発売。
CD5 [71'05]
フォント:アンダルシア
フォント (1889-1936)
◆組曲「アンダルシア」
マヌエル・フォント(母方姓も含めるときにはマヌエル・フォント・イ・デ・アンタ)は、セビリアに生まれ、トゥリーナに師事した作曲家。代表作「アンダルシア」は、アルベニスの「イベリア」やグラナドスの「ゴイェスカス」に比肩する、近代スペイン・ピアノ音楽の隠れた金字塔と目されています。1913年から1921年にかけて作曲されたこの全9曲は、アンダルシアの各地区をテーマに、極めて精緻な書法で貫かれています。
1. 「マリア・ルイサ公園にて」(第1集 第1曲) [9'35]
変ト長調。3/4拍子。ロマン派的な憧憬を湛えた、印象主義的な導入。公園の空気感を捉えた長大な作品です。
2. 「マカレナ」(第1集 第2曲) [6'54]
嬰ハ短調。2/4拍子。短く外向的な作品。聖母像で知られるマカレナ地区の情熱的で庶民的なエネルギーを表現しています。
3. 「アラメダ・デ・エルクレス広場にて」(第1集 第3曲) [7'05]
ニ長調。3/8拍子。快活で陽気なセビーリャの街角の情景。軽妙なリズムが支配的です。
4. 「アルハンブラ」(第2集 第1曲) [6'40]
嬰ヘ短調。4/4拍子。夜想曲風。グラナダの宮殿を舞台にした、官能的で神秘的な夜の情景を描きます。
5. 「ラ・ビーニャ地区」(第2集 第2曲) [9'31]
ヘ長調。6/8拍子。カディスの漁師町。中心部に流麗な舟歌(バルカローレ)を配した、活気ある舞曲です。
6. 「ペルチェル」(第2集 第3曲) [10'54]
変ロ短調。3/4拍子。マラガの地区。組曲中で最も野心的かつ複雑な構造を持ち、ジプシーの情熱を高度な技巧で描きます。
7. 「モスクにて」(第3集 第1曲) [6'06]
変ホ短調。4/4拍子。神秘的な緩徐形式。コルドバの回教寺院の影を思わせる、重厚でエキゾチックな和声が特徴。
8. 「セビリアの中庭にて」(第3集 第2曲) [8'02]
変イ長調。3/4拍子。詩的な傑作。静寂と美しさを描いた抒情的な音楽。
9. 「闘牛場にて」(第3集 第3曲) [6'08]
ヘ長調。2/4拍子。フィナーレ。ヴィルトゥオーゾ的な技巧を凝らし、闘牛場の熱狂と壮麗さを力強く描き出します。
リッカルド・シュヴァルツ(ピアノ)
録音:2018年6月15日
場所:イタリア共和国北部、ロンバルディア州、パヴィーア県、ドルノ、クラシカヴィーヴァ・レコーディング・スタジオ
作曲者情報

マヌエル・フォント
【生地】
◆1889年12月10日:スペイン王国南部アンダルシア地方のセビリアで誕生。父親も音楽家で息子に同じマヌエルと名付けたため、区別するために母の姓を加えて「マヌエル・フォント・イ・デ・アンタ」と呼ばれますが、その覚えにくい名前が外国での知名度の低さに繋がっている面もあるので、ここでは他のスペイン作曲家と同じく、母の姓を略してマヌエル・フォントとしておきます。カトリック。
【修業】
◆初期教育:父であり作曲家のマヌエル・フォント・フェルナンデスが音楽の基礎を指導。。
◆宗教音楽教育:セビリア大聖堂の楽長エドゥアルド・デ・トーレスらが宗教音楽について指導。
◆専門教育:セビリアで、トゥリーナに和声、対位法、作曲を師事。
【仕事】
◆1910年代:セビリアを拠点に活動。聖週間のための行進曲を数多く手がけ、宗教音楽作曲家として台頭。
◆1920年代以降:マドリードへ転居。弟ホセとの共作を中心に、劇音楽や「クプレ(叙情的な大衆歌)」、スペイン歌謡(カンシオン・エスパニョーラ)の分野で成功。
【没地】
◆1936年11月20日、左派民兵に自宅を襲撃され銃殺。46歳。当時の左派民兵(=共和国政府側)や市民による保守派への残虐行為は凄まじいものがあり、マドリード市内でも虐殺が横行していました。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

リッカルド・シュヴァルツ(ピアノ)
【生地】
◆1986年にミラノで誕生。
【学業】
◆2000年代:ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院。ピアノ科。リッカルド・リサリティ、レオナルド・レオナルディ、アンニバレ・レバウデンゴらに師事。
◆2000年代:イモラ国際ピアノ・アカデミー。ボリス・ペトルシャンスキー、ホアキン・ソリアーノの指導により演奏学位取得。
◆2016年:イーストマン音楽学校(アメリカ)。ピアノおよび作曲専攻。バリー・スナイダー(ピアノ)、リカルド・ゾーン=ムルドゥーン(作曲)に師事。
◆2016〜2018年:ベルン芸術大学(スイス)。修士課程。
【賞歴】
◆2006年:ガエターノ・ズィネッティ国際室内楽コンクール(ヴェローナ)。デュオ部門で「デュオ・プリズム」として出場し第1位。
◆その他、数多くの国内外コンクールで受賞。
【仕事】
◆ソロと室内楽の両方でヨーロッパ中心に活動。
◆2020年〜:ベルン音楽院(スイス)。ピアノ講師。
【録音】
◆CDは、PianoClassics、Stingray Classicaなどから発売。
CD6 [52'22]
ファリャ:三角帽子、はかなき人生、アンダルシアのセレナータ、他
ファリャ(1876-1946)
◆「三角帽子」からの舞曲
マヌエル・デ・ファリャ(母方姓も含めるときにはマヌエル・デ・ファリャ・イ・マテウ)が1917年から1919年にかけて作曲したバレエ「三角帽子」は、ディアギレフ率いるバレエ・リュスからの委嘱作。もともとはパントマイム劇「代官と粉屋の女房」として構想されましたが、後に大規模な管弦楽バレエへと改訂されています。
1. 「粉屋の踊り」 [2'30]
粉屋が自分のプライドを示すために一人で踊る力強い舞曲であり、フラメンコ形式の一種である「ファルーカ」に基づいています 。ピアノ編曲版の自筆譜は1918年7月に作成。導入部は活気のある3/4拍子で始まりますが、主部となるファルーカに入ると2/2拍子(または4/4拍子)へと変化。この拍子の変化は、緊張感の構築から解放、そして足拍子(サパテアード)の力強さへと繋がります。動機の執拗な反復を軸とした三部形式的な構造を持ち、最後には加速(アッチェレランド)を伴うコーダが置かれています。
2. 「粉屋の女房の踊り」 [3'54]
粉屋の女房が代官をからかい、誘惑し、翻弄する場面で踊られる3/4拍子の情熱的な「ファンダンゴ」。三部形式をとっており、対照的な中間部を経て最初の主題が回帰します 。
3. 「近所の人たちの踊り」 [3'30]
複合三部形式。3/4拍子。聖ヨハネの夜を祝うために村人たちが集まる場面で演奏される祝祭的な曲。セギディーリャの特徴である軽快なテンポで進み、村人たちの喧騒を表現する複数のエピソードが連なります。
ファリャ(1876-1946)
◆「はかなき人生」より
オペラ「はかなき人生」は、ファリャが1904年から1905年にかけて作曲し、コンクールで優勝した出世作。ここでは婚礼の宴の場で踊られるスペイン舞曲第1番ぼピアノ編曲版を収録。
4. スペイン舞曲第1番 [3'29]
3/8拍子を基本とし、シンコペーションや強烈なアクセントを多用。アラゴン地方の舞曲「ホタ」の形式に基づいた三部形式的構造を持ち、華やかで力強いエネルギーに満ちています 。しかし、劇中では主人公サルーの悲劇的な運命との対比として機能しており、祝祭的な「ホタ」の旋律が鳴り響く中、彼女の絶望が深まっていく様子が暗示されます 。
ファリャ(1876-1946)
◆クロード・ドビュッシーのトンボーのための讃歌
2/4拍子。緩やかな「ハバネラ」のリズムを基調とした、自由な幻想曲形式。1918年に世を去った敬愛する作曲家ドビュッシーへの追悼として1920年に作曲。当初はギター独奏曲として、後にピアノ版や管弦楽版へと編曲 。ドビュッシーのピアノ曲「グラナダの夕べ」のリズムを引用しながら、深い悲しみと静かな祈りを、スペイン的な「静寂と厳粛さ」の中に描き出しています 。
5. [3'26]
ファリャ(1876-1946)
◆セレナータ
3/4拍子。三部形式を基本とし、サロン風の軽やかな性格を持ちます。1901年に作曲。長らく失われたと思われていましたが、1990年代に手稿譜が発見され、1996年に出版。若きファリャの繊細なピアニズムが発揮された作品です。マドリードでの修行時代の成果が反映されており、優雅なメロディラインと程よい装飾が施されています。
6. [4'03]
ファリャ(1876-1946)
◆マズルカ
1899年に作曲。3/4拍子。三部形式。ショパンのマズルカへの明確な傾倒が見られる哀愁を帯びた曲。ポーランドの伝統的なマズルカのリズムが厳格に守られています 。
7. [5'10]
ファリャ(1876-1946)
◆アンダルシアのセレナータ
1900年に作曲。3/4拍子。三部形式。アンダルシア音楽への関心が明確に現れた曲。導入部ではギターを思わせる軽快なスタッカートの付点リズムが示され、中間部ではカンテ・ホンド風の抒情的な旋律(アンダルシア旋法)が現れます。
8. [5'45]
ファリャ(1876-1946)
◆夜想曲
1896年に作曲。4/4拍子。三部形式。ファリャが15歳から20歳の頃に書かれた、現存する最初期のピアノ曲の一つ。ショパンの夜想曲などをモデルとしています 。しかし、単なる模倣に留まらず、主要主題の旋法的な動きにはアンダルシアの民謡に見られる独特の翳りが含まれており、後の巨匠としての片鱗を覗かせています 。
9. [4'36]
ファリャ(1876-1946)
◆歌
1900年に作曲。2/4拍子。変ホ長調。小規模な歌曲のような三部形式。ロマン派的な甘美さと清純さを備えた小品です 。「7つのスペイン民謡」に含まれる同名の歌曲とは全く別の独立したピアノ曲であり、若きファリャのメロディ・メーカーとしての才能が示されています 。
10. [2'09]
ファリャ(1876-1946)
◆ベティカ幻想曲(アンダルシア幻想曲)
1919年に作曲。大規模な三部形式。A部(激しい舞曲)、B部(インテルメッツォ)、A'部(変奏を伴う回帰)という構造。ルービンシュタインの委嘱により、3〜4ヶ月という短期間で集中的に作曲。ファリャのピアノ独奏作品における最大の傑作であり、また彼の「アンダルシア時代」の総決算とも言える難曲。タイトルの「ベティカ」はアンダルシア地方の古いローマ名です 。ピアノという楽器をあたかも巨大なギターや打楽器であるかのように扱い、鋭い不協和音、激しいグリッサンド、複雑な装飾音が、アンダルシアの「野性味」を表現します 。伝統的なスペイン情緒を抽象化し、バルトークやストラヴィンスキー的な現代音楽へと昇華させた、20世紀ピアノ音楽の金字塔です 。
11. [13'46]
ベニータ・メシュラム(ピアノ)
録音:2004年1月15〜17日
オランダ、デーフェンテル、レモンストラント派再洗礼派教会
作曲者情報

マヌエル・デ・ファリャ
【生地】
◆1876年11月23日:スペイン王国南部アンダルシア地方のカディスで誕生。カトリック。
【修業】
◆幼少期:母親よりピアノの初歩教育。その後、カディスにてエロイサ・ガジュソに師事。
◆1889-1890年代半ば:オデロ、ブロカに和声学と対位法を師事。
◆1896-1899年:マドリード音楽院。ピアノ科最優秀賞。
◆1902-1904年:作曲家フェリペ・ペドレルに師事。
【仕事】
◆1907-1914年:スペイン国王アルフォンソ13世奨学金によりパリ滞在。デュカス、ドビュッシー、ラヴェルらと交流しながら、独自の作風を確立して作曲活動に従事。
◆1914-1920年:第一次世界大戦勃発に伴いマドリードに帰還。「恋は魔術師」「三角帽子」など発表。
◆1920-1939年:アンダルシア地方グラナダへ移住。文化人ロルカらと交流し、作曲活動に従事。
◆1939-1946年:ス第2次世界大戦勃発によりアルゼンチンに移住して作曲や教育活動に従事。
【没地】
◆1946年11月14日:アルゼンチン、コルドバ州アルタ・グラシア心不全により死去。直後は現地に埋葬。1947年にスペイン政府の要請により遺体が送還。現在は故郷カディスの大聖堂地下礼拝堂に埋葬。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

ベニータ・メシュラム(ピアノ)
【生地】
◆アメリカ生まれ。スペインに起源を持つセファルディム(セファルディ・ユダヤ人)の伝統を継承する家系。
【学業】
◆インディアナ大学。カレン・ショウがピアノを指導。ヤーノシュ・シュタルケルとジェルジ・シェベックが室内楽を指導。
◆ニューヨーク。リチャード・グード、バーナード・ローズに師事。
◆ロンドン。同じセファルディムのマレイ・ペライアに師事。
【仕事】
◆ソロと室内楽(インターナショナル・ピアノ・クァルテット等)の両方でアメリカを中心に、ヨーロッパでも演奏。
◆1990年:ニューヨーク・タイムズのハロルド・ショーンバーグによりClassic MastersのCD「イベリア」が称賛。
◆1990年:スタインウェイ・アーティストに選出。
◆ニューヨークのイベリア音楽財団、スペイン文化会館、セルバンテス文化センター、セファルディム音楽祭などに頻繁に出演。
◆ニュースクール大学パフォーミング・アーツ・カレッジでピアノを指導。
◆ニューヨークで自身のプライベート・スタジオを運営し、ピアノ教育に従事。
【録音】
◆CDは、Brilliant Classics、Chesky、ASV、Classic Mastersなどから発売。
CD7 [47'16]
ファリャ :火祭りの踊り、4つのスペイン小品、ヴォルガの舟歌、他
ファリャ (1876-1946)
◆4つのスペイン小品
1906年から1908年にかけてパリで作曲され、アルベニスに献呈。スペイン各地方の舞曲を素材にしてモダンな和声感覚で仕上げられています。
1. 「アラゴネーサ」 [3'38]
ヘ長調。3/8拍子。三部形式。ホタのリズムを基調としながら、内省的な表情を時折見せる洗練された舞曲。
2. 「クバーナ」 [4'17]
ヘ長調 / ホ長調。6/8拍子 と 3/4拍子 の交替。二部形式。キューバのグアヒーラのリズムを用います。右手と左手で異なる拍子を同時進行させるなど、メトリックな複雑さが際立ちます。
3. 「モンタニェーサ」 [5'12]
ト短調。2/4拍子。三部形式。北部の「山の歌」をイメージ。牧歌的で神秘的な雰囲気の中に、教会の鐘の音が響き渡るような描写が含まれます。
4. 「アンダルーサ」 [4'40]
嬰ヘ短調。3/4拍子。ソナタ形式の変容。組曲の頂点。カンテ・ホンドの叫びやギターの激しいかき鳴らしを模倣し、後の「ベティカ幻想曲」を予感させる力強さを持っています。
ファリャ (1876-1946)
◆「恋は魔術師」より
ファリャの人気曲「恋は魔術師」の中で最も有名なのが 「火祭りの踊り」。作曲者自身によるピアノ独奏版が広く親しまれています。
5. 「火祭りの踊り」 [3'49]
ハ長調(フリギア旋法的要素を含む)。2/4拍子。A-B-C-A-B-C-Coda の自由なロンド形式。火祭りの踊りは亡霊を追い払うための儀式。冒頭の執拗なトリルは火の粉を、力強い低音の和音はギターの響きを模しています。
ファリャ (1876-1946)
◆こびとの行列
1901年頃の初期作品。ホ長調。2/4拍子。グリーグの影響を感じさせる愛らしい性格的小品。
6. [2'20]
ファリャ (1876-1946)
◆ヴァルス・カプリッチョ
1900年作。ホ長調。3/4拍子。ショパン風のサロン音楽的華やかさを持つ、優雅で技巧的なワルツ。
7. [4'06]
ファリャ (1876-1946)
◆演奏会用アレグロ
1903年、マドリード音楽院のコンクール曲。嬰ハ長調。4/4拍子。リスト的な超絶技巧を駆使した大作。
8. [10'44]
ファリャ (1876-1946)
◆ヴォルガの舟歌
1922年作。ロシア民謡の編曲。変ロ短調。4/4拍子。簡潔でストイックな和声付けがなされています。
9. [4'14]
ファリャ (1876-1946)
◆ポール・デュカスの墓碑銘のために
1935年作。変ロ短調。4/4拍子。恩師デュカの死を悼む悲歌。和声は極めて凝縮され、死の沈黙を表現しています。
10. [4'12]
ベニータ・メシュラム(ピアノ)
録音:2004年1月15〜17日
オランダ、デーフェンテル、レモンストラント派再洗礼派教会
作曲者情報

マヌエル・デ・ファリャ
演奏者情報

ベニータ・メシュラム(ピアノ)
CD8 [70'44]
モンポウ:ひそやかな音楽
モンポウ(1893-1987)
◆ひそやかな音楽(1959〜1967)
フレデリク・モンポウ(母方姓も含めるときにはフレデリク・モンポウ・イ・デンカウセ)の代表作。「ひそやかな音楽(沈黙の音楽)」というタイトルは、「十字架の聖ヨハネ」として知られる16世紀スペインのカルメル会修道士で神秘詩人、フアン・デ・イエペス(1542-1591)の詩「霊的賛歌」の一節、「沈黙の音楽、鳴り響く孤独」から引用されています。フアン・デ・イエペスにとって、この言葉は、魂が神との一致を求める旅の果て、静寂の中で聴こえてくる超越的な調和を意味していました。
モンポウはこの逆説的な表現に音楽の究極の姿を見出し、音が沈黙を切り裂くのではなく、沈黙そのものを響かせるための音楽を構築しようと試みたのです。
全28曲からなる曲集「ひそやかな音楽」は、1959年から1967年にかけて、4巻から成る曲集として発表。音の過剰を排し、本質的な響きと沈黙の相互作用を追求した作品として注目されることになります。
モンポウの母方の祖父はバルセロナで「デンカウセ鐘鋳造所」を営んでおり、幼少期のモンポウはこの工場を頻繁に訪れ、金属が放つ豊かで複雑な倍音や、無音に至るまでの長い残響に親しんでおり、この経験が沈黙の音楽の思想への共感に繋がったとも考えられます。
1. 第1曲 アンジェリコ(天使のように) (第1集/1959年) [1'44]
曲集全体の導入部としての役割も果たす曲。小節線が排除されており、時間の概念が消失したかのような感覚を与えます。ほぼ全編が白鍵のみで書かれ、清らかなレチタティーヴォが、天上的な静寂へと昇華されるプロセスを象徴しているかのようです。
2. 第2曲 レント(ゆっくりと) (第1集) [1'27]
3/4拍子。付点音符の連続が特徴的な、重く沈んだ性格の曲。不協和音が立体的に積み重ねられ、その不吉な響きの中に、一瞬だけ協和音が差し込む様子が印象的です。
3. 第3曲 プラシード(穏やかに) (第1集) [2'00]
3/4拍子。右手の穏やかな旋律に対し、左手が微かな不協和音をぶつけることで、解決されない問いかけのような情調を作り出しています。
4. 第4曲 アフリット・エ・ペノーゾ(悲しみ苦しんで) (第1集) [2'07]
3/4拍子。瞑想的変奏曲。内省的で痛切な美しさを湛えています。単純なリズムが繰り返される中で、和声が微妙に変化し続け、魂の呻きを表現しています。
5. 第5曲 (第1集) [2'37]
3/4拍子。オスティナート風の構成。具体的な標題はなく、テンポ指示のみが記されています。終始打ち鳴らされる8分音符が、遠くの村で鳴る鐘の音のように聞こえます。
6. 第6曲 レント (第1集) [1'57]
4/4拍子。不安定な旋律が、安らぎを求めて彷徨う心の声を表現しています。雨が滴るような繊細なアルペジオが、孤独の美しさを際立たせます。
7. 第7曲 レント (第1集) [3'31]
4/4拍子。三部形式に近い構造。深い低音の動きに導かれ、祈るような旋律が現れます。拍子の変化が頻繁に起こり、モンポウ特有の「内なるリズム」が示されます。
8. 第8曲 センプリーチェ(単純に) (第1集) [0'44]
3/4拍子。短い警句(アフォリズム)。非常に短い曲。左手の和音の上で右手が揺れるように歌い、一瞬の閃きがそのまま沈黙へと回帰します。
9. 第9曲 レント (第1集) [2'36]
4/4拍子。音が一点一点、空間に落とされるような響きが特徴です。後半では、高音域で鋭く輝くような音が現れ、それまでの内向的な雰囲気を一時的に破ります。
10. 第10曲 レント・カンタービレ (第2集/1962年) [1'09]
2/4拍子。三部形式的構成。調性感覚が薄れ、4分音符と8分音符のみによるゆるやかな歩みが描かれます。
11. 第11曲 アレグレット (第2集) [1'16]
2/4拍子。珍しく躍動的なリズムを持ちますが、その背後には常に静止の予感もあります。挿入される「レント」の対照的な響きが、日常の背後に潜む深淵を覗かせます。
12. 第12曲 レント (第2集) [2'32]
2/4拍子。深く暗く響く「鐘のような和音」が曲の中心をなします。pppの音量で奏される六連符の分散和音は、深い霧の中に消えていく鐘の余韻を再現しています。
13. 第13曲 トランキーロ-トレ・カルム(静かに─非常に穏やかに) (第2集) [2'35]
2/2拍子。郷愁を誘う穏やかな旋律が展開されますが、中盤の「エネルジコ」で突如として激しい不協和音の連打が現れ、平穏な雰囲気を切り裂きます。この曲は、過去の記憶と現在の孤独との激しい衝突を描いているかのようです。
14. 第14曲 セヴェーロ─セリユ(厳格に─厳粛に) (第2集) [2'11]
2/4拍子。重厚な響きを持ちます。長いフレーズに対して短いフレーズがエコーのように応える構造は、大聖堂の内部で響く音の反響を思わせます。
15. 第15曲 レント・プランティフ(遅く哀れに) (第2集) [2'45]
2/4拍子。終始一貫したシンコペーションの伴奏に乗って、二つの声部が嘆き、問いかけるような対話を繰り返し、言葉にできない微妙な感情の揺らぎを表現します。
16. 第16曲 カルム (第2集) [2'27]
2/4拍子。絶え間なく続く6連音符が、静かな水面に広がる波紋のような効果を生みます。中間部では多声的な書法が取られ、最後は pppp という極微の音量で沈黙の彼方へと消えていきます。
17. 第17曲 レント (第3集/1965年) [2'13]
4/4拍子。低音域で執拗に打ち鳴らされるオクターヴが、重苦しい足取りを想起させます。旋律は出口を求めてさまよいますが、常に同じ音へと引き戻される孤独が描かれています。
18. 第18曲 ルミノーゾ (第3集) [2'01]
4/3拍子。「光を帯びた」という指示の通り、暗闇の中で三連符がきらめき、こだまします。
19. 第19曲 トランキーロ (第3集) [1'58]
4/3拍子。重苦しく動きの少ない曲。バスの音を鳴らした後の長い余韻の中で、和声の変化が極めてゆっくりと進行し、時間の流れがほとんど停止したかのように錯覚させます。
20. 第20曲 カルム (第3集) [3'26]
2/4拍子。穏やかでありながらも、常に不安感が漂っています。音楽の各パーツは細切れに示されますが、それらが沈黙を挟んで連結されることで、大きな、しかし脆いまとまりを形成しています。
21. 第21曲 レント (第3集) [3'21]
4/4拍子。鐘の変奏。低音で鳴らされる神秘的な4度や5度の和音が、メシアンの音楽に近い、宗教的な感覚を生み出しています。静寂の中で一つ一つの音が広がりを持って響き渡ります。
22. 第22曲 モルト・レント・エ・トランキーロ (第4集/1967年) [1'48]
2/4拍子。哀歌。左手の悲しげに下降する音形の上で、右手が静かに同音を連打します。それは窓を打つ小雨のように、静かな諦念と慈しみに満ちた風景を描き出しています。
23. 第23曲 カルム、アヴェック・クラルテ(穏やかに、澄み渡って) (第4集) [2'13]
2/4拍子。冒頭の停滞した動きが、後半の「ポコ・ピウ・モッソ」から表情豊かな流動性を帯び、魂が解放されていくような予感を与えます。
24. 第24曲 モデラート (第4集) [2'39]
2/4拍子。伴奏の8分音符が一定のリズムを刻む中、旋律が自由に呼吸をしながら歌われます。この曲に見られる和声的解決は、曲集全体の中でも特に暖かく、光に満ちた救済の瞬間を感じさせます。
25. 第25曲 (第4集) [3'27]
2/4拍子。音を極限まで抽象化し、点描的な手法で響きの色を置いていくような曲。モンポウが最も現代的な語法に近づいた一曲であり、音と沈黙の純粋な戯れが展開されます。
26. 第26曲 レント (第4集) [3'11]
2/4拍子。循環する旋律線が、自己の内面を深く見つめるような内省的な性格を持ちます。遠くで鳴り続ける長い持続音を聴き取ることが、この曲を理解する鍵となります。
27. 第27曲 レント・モルト (第4集) [3'26]
2/4拍子と3/4拍子の混合。部分的にしか小節線が書かれておらず、霧の中でもやがかった風景を描くような、極めて繊細な音の揺れが表現されます。論理的な理解を超えた、感覚の深淵へと導きます。
28. 第28曲 レント (第4集) [5'12]
4/4拍子。曲集全体を締めくくるこの曲は、それまでの抽象的な響きから一転して、明確な調性感を伴う荘厳なコラールとして書かれています。シンプルでピュアな旋律は、長い沈黙の旅を終えた魂が、ついに根源的な安息に辿り着いたことを告げています。
アレッサンドロ・デリアヴァン(ピアノ)
録音:2016年10月4日
場所:イタリア共和国、シチリア島、アチレアーレ、パラッツォ・ペンニージ
作曲者情報

フレデリク・モンポウ
【生地】
◆1893年4月16日:スペイン王国カタルーニャのバルセロナで誕生。カトリック。
【修業】
◆1907-1911年:バルセロナのリセウ高等音楽院にてピアノを専攻。ペドロ・セーラに師事。
◆1911-1914年:パリへ留学。パリ音楽院の入試願書締切に間に合わず、聴講生および私的な門下生として学習。イシドール・フィリップ、フェルディナン・モッテ=ラクロワらにピアノを、マルセル・サミュエル=ルソーに和声と作曲を師事。
【仕事】
◆1911-1914年:パリにて作曲活動を開始。処女作『内なる印象』などを執筆。
◆1914-1921年:第一次世界大戦の影響によりバルセロナへ帰還。家業(鐘の鋳造所)を手伝いながら作曲を継続。
◆1921-1941年:再度パリへ移住。約20年間にわたり同地を拠点とし、楽譜出版や社交界での演奏活動に従事。
◆1941-1987年:バルセロナで作曲に従事。
【没地】
◆1987年6月30日:バルセロナの自宅で呼吸不全により死去。モンジュイック墓地に埋葬。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

アレッサンドロ・デリアヴァン(ピアノ)
【生地】
◆1987年2月1日、イタリア共和国中部アブルッツォ州テラモ県のジュリアノーヴァで誕生。
【学業】
◆1989年〜1990年代初頭:2歳になる前からピアノを学び始め、3歳で公開演奏会に出演。2歳から4歳の間はヴァイオリンも並行して学んでいましたが、最終的にピアノに専念しています。ヴァレンティーナ・キオラより指導。
◆1997年:ザルツブルク・モーツァルテウム夏季講習。リッカルド・リサリティより指導。
◆1997〜2003年:ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院。ピアノ科学位取得。リッカルド・リサリティ、エンリコ・ベッリより指導。
◆2003〜2006年:テラモのガエターノ・ブラーガ音楽院。高等学位取得。ヴァレンティーナ・キオラ、ピオトル・ラヘルトより指導。
◆2005〜2013年:コモ湖国際ピアノ・アカデミー。フェローシップ/特別研究。ウィリアム・グラント・ナボレが芸術監督。同アカデミーで、ドミトリー・バシキーロフ、フー・ツォン、ジョン・ペリー、メナヘム・プレスラー、アンドレアス・シュタイアー、ラザール・ベルマン、クロード・フランクらから指導。
【賞歴】
◆1992年:J.S.バッハ国内ピアノコンクール(イタリア・セストリ・レヴァンテ)。第1位(5歳時)
◆1996年:フランス音楽コンクール(パリ)。第1位(9歳時)
◆2005年:フンメル国際ピアノコンクール(ブラチスラヴァ)。第2位。
◆2009年:第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(アメリカ)。ジョン・ジョルダーノ審査員長特別賞
◆2010年:イサン・ユン国際音楽コンクール(韓国)。第2位。
◆2013年。第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(アメリカ)。レイモンド・E・バック特別賞。審査に対して聴衆や批評家の間で大きな議論を呼び、結果として賞金4,000ドルの特別賞が授与され、世界的な注目を浴びるきっかけとなりました。
【仕事】
◆ソロのほか、室内楽でもヨーロッパ各国で活動。
◆2010年:23歳の時、教育活動を本格的に開始。
◆ウベルト・ジョルダーノ音楽院。ピアノ科教授。
【録音】
◆CDは、Piano Classics、Brilliant Classics、Naxos、AERAS Music Group、Stradivarius、Tactus、、、Aevea、などから発売。
CD9 [73'26]
モンポウ:歌と踊り、子守歌、魔法の歌、風景
フレデリク・モンポウ(1893-1987)
◆歌と踊り(1921-1962)
モンポウが折を見て半世紀上も書き続けた「歌と踊り」は、抒情的で内省的な「歌」と、より活発でリズム感に富んだ「踊り」の二部構成を基本としており、その多くはカタルーニャの伝統的な民俗旋律に基づいています。
1. 第1番 (1921) [2'58]
嬰ヘ長調。モンポウの全作品のなかでも最も有名であり、彼のスタイルを決定づけた記念碑的な一曲。「歌」の部分では、カタルーニャ民謡「カルメシーの娘」を子守唄に近いスタイルにしています。続く「踊り」の部分は、「カステルテルソルの踊り」を素材としています。ここでは、祭りの喧騒と郷愁を同時に描き出しています。モンポウの和声は、鐘の音の倍音をシミュレートしており、ピアノという楽器を単なる旋律楽器としてではなく、空間に響きを充満させる「音の彫刻」として扱っています。
2. 第2番 (1918-1924) [1'57]
「歌」にはト短調という調性が持つ沈痛な響きを背景に、「12人の騎士」、あるいは「イザベル嬢」と呼ばれる古いバラードの旋律が用いられています。このセクションは、モンポウ特有の「沈黙」を内包したテクスチャによって、聴き手を深い瞑想へと誘います。一方、対照的な「踊り」はギャロップという活発なリズムを用いながらも、宮廷的な優雅さと、どこか遠い過去を懐かしむような浮遊感を与えています。
3. 第3番 (1926) [4'50]
「歌」の部分はカタルーニャのクリスマス・ソングとして世界的に有名な「聖母の御子」を素材としています。この神聖な旋律は、モンポウの手に掛かることで、既存の宗教的文脈を超えた、より普遍的で抽象的な響きへと昇華されています。続く「踊り」は、モンポウ自身がかつて書きかけて放棄した弦楽四重奏曲から転用したオリジナル素材です。カタルーニャの輪舞「サルダーナ」の6/8拍子のリズムが、力強い歩調とともに刻まれます。
4. 第4番 (1928) [3'24]
「歌」は、カタルーニャ沿岸部で歌い継がれてきた「海辺に」、別名「船乗」の旋律に基づいています。海の広がりと、そこに漂う言いようのない孤独感が、モンポウの薄いテクスチャによって見事に描写されています。続く「踊り」は「蝋燭の踊り」に基づいており、これはバルセロナ近郊の祭礼で行われる厳かな、しかし喜びを秘めた踊りです。モンポウは民謡の持つ素朴な旋律を損なうことなく、洗練された不協和音を重ねることで、音楽に不思議な「奥行き」と「神秘性」を与えています。
5. 第5番 (1942) [3'49]
嬰ハ短調の「歌」のセクションは「典礼のような遅さで」と指示され、特異な8/4拍子により、まるで古い教会で反響する祈りの声のように響きます。モンポウはこの曲で、具体的な民俗素材を使わずに、カタルーニャの精神的土壌そのものを描き出すことに成功しました。続くホ長調の「踊り」は、「厳格さを排除して、リズミカルに」とあり、6/4拍子で書かれています。夢から覚めた後の光を感じさせるような、澄み切った和音が特徴的です。
6. 第6番 (1942) [3'58]
名ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインに献呈。この曲もモンポウの完全なオリジナルであり、彼がパリで接したであろう中南米の音楽的要素が、モンポウというフィルターを通して美しく変容しています。 「歌」の部分はカンタービレ・エスプレッシーヴォ、変ホ短調で書かれており、その旋律の甘美さと哀切さは、ベネデッティ=ミケランジェリもアンコールで好んで演奏したほどです。続く「踊り」は変ロ長調へと転じ、6/8拍子のリズムが刻まれます。ここにはキューバやアルゼンチン、ブラジルのリズムにインスパイアされた躍動感あふれる音楽が展開されており、ルービンシュタインの華麗な技巧を念頭に置きつつも、モンポウらしい内省的な質感を保っています。
7. 第7番 (1944) [2'56]
「歌」はカタルーニャの美しさを讃える民謡「恵まれた山々を用いており、透明感のある和音の重なりが山の清澄な空気を想起させます。対照的な「踊り」は「リエラの跡取り」に基づいており、これは棒を使った伝統的なゲームや踊りを模した活発な曲です。モンポウは、この踊りの中に、子供時代の記憶を呼び覚ますような無邪気さと、大人としての郷愁を同居させています。
8. 第8番 (1946) [3'56]
「歌」はト短調、3/4拍子で、有名なバラード「アメリアの遺言」を素材としています。不治の病に倒れた王女アメリアが、自身の形見を分け与えるという悲劇的な内容を反映し、モンポウの和声は一段と暗く、しかし高貴な色彩を帯びています。続く「踊り」はト長調、3/4拍子。素材は「紡ぎ女」で、絶え間なく回る糸車の動きが、付点リズムとスタッカートによって巧みに表現されています。この曲においてモンポウは、死への予感(歌)と生への営み(踊り)という、人間存在の二面性を一組の小品の中に鮮やかに描き出しました。
9. 第9番 (1948) [5'10]
「歌」部分はカンタービレ・エスプレッシーヴォ、変ホ長調、2/4拍子で、カタルーニャで最も愛されている民謡の一つ「フランスへ行く夜鳴きうぐいす」を素材としています。モンポウはこの馴染み深いメロディを、まるで陶器の表面を磨き上げるかのような繊細さで扱い、精緻で透明感のある和声によって「ひそやかな音楽」へと近づけています。続く「踊り」は変ホ長調、3/4拍子で、この「歌」の旋律から有機的に発展したかのような性格を持ちます。モンポウはここで、民謡を単に引用するのではなく、そのエッセンスを自らの音楽語法のなかに完全に溶け込ませています。
10. 第10番 (1953) [2'33]
「歌」の部分は、13世紀のカスティリャ王アルフォンソ10世(賢王)が編纂させた「聖母マリアのカンティガ集」の第100番「夜明けの星、聖母マリア」が用いられています。続く「踊り」は3/4拍子で、カンティガ第179番「モリーナの足の不自由な女」に基づいています。中世の単旋律聖歌が持つ力強さと、モンポウ独自の神秘的な和声が融合し、時代を超越した静謐な美しさが生まれています。マリア・クリスティーナ王女に献呈。
11. 第11番 (1961) [4'39]
チェンバロ奏者のラファエル・プヤーナに献呈。「歌」の素材は、カタルーニャのベルガで開催される聖体祭「ラ・パトゥム祭り」の旋律に基づいています。この曲の特徴は、通常の一つの「歌」と一つの「踊り」という構成を崩し、二つの「踊り」の間に「歌」が回想されるような、より複雑で多層的な形式を採用している点にあります。「踊り」の部分には「鷲の踊り」や「トルコ人と騎士」といった伝統的な祭りの旋律が顔を覗かせます。プヤーナがチェンバロ奏者であることも影響してか、テクスチャには繊細な装飾的要素も見られ、モンポウのスタイルが新たな広がりを見せた時期の作品と言えます。
12. 第12番 (1962) [3'46]
モンポウの親友であったフランスの詩人、レオン=ポール・ファルグの思い出に捧げられた曲。「歌」は嬰ヘ短調で、カタルーニャ民謡「アラゴンの貴婦人」に基づいています。友を失った悲しみと、死者の魂を鎮めるような、祈りに満ちた和声が印象的です。続く「踊り」はロ短調で、「悪い知らせ」という民謡に基づいています。この「悪い知らせ」という素材の選択そのものが、ファルグの死に対するモンポウの直接的な感情を投影しており、シリーズのなかでもとりわけ緊迫感と不穏な美しさを湛えた曲となっています。
モンポウ(1893-1987)
◆子守歌(1951)
フランス語のタイトル"Chanson de berceau"により、パリの出版社であるピエール・ノエルから出版。モンポウはバルセロナに拠点を移した後も、主要な作品の出版は、パリの有力出版社に任せていました。
13. [4'26]
三部形式で、主部では民謡的な旋律が穏やかな12/8拍子のゆりかごのリズムに乗って現れ、カタルーニャの伝統的な子守歌の性格も示されています。中間部ではわずかな和声的な変化や転調が見られますが、大きな変化は避けられ、主題の再現で響きはより希薄になり、最後はモレンドの指定で消え入るように終わります。
モンポウ(1893-1987)
◆魔法の歌(1917-1919)
ピアノ曲集「魔法の歌」は、彼の独自の語法が初めて明確な形をとった記念碑的な作品で、モンポウが第1次大戦の戦火を逃れて中立国である母国スペインに戻っていた時期に作曲。
14. 第1曲 力強く [1'26]
曲集の冒頭に置かれたこの曲は、モンポウの静寂の美学の中にあって、例外的に力強いエネルギーを感じさせ、短いリズムの核が執拗に繰り返される和音の連打も特徴的。聴き手を日常の意識から切り離し、神秘的な「魔法」の儀式へと導入するためのファンファーレとしての役割を果たしています。
15. 第2曲 闇の [1'58]
モンポウが探求した「未知の、あるいは先史時代の世界」を端的に表現した曲。ここには知的な複雑さは一切なく、ただ暗闇の中に響く一音一音が、聴き手の潜在意識にある古い記憶を呼び覚ますような魔力を湛えています。悪意のある恐怖ではなく、言葉が生まれる前の人類が感じていたであろう、世界に対する根源的な畏怖が表現されています。
16. 第3曲 深く [2'27]
深い響きを伴う旋律が低音域で示される瞑想的な主部と、中間部での突然の閃光のような変化が対照をなす曲。
17. 第4曲 神秘的に [1'59]
断片的な旋律による静の部分(A)と、煌びやかな動の部分(B)の交錯が印象的な曲。Aの再現は消え入りそうになりますが、一方、Bの再現は不変で、それが「変わるもの」と「変わらないもの」の対照を警句的に印象付けるかのようです。
18. 第5曲 安らかに [2'23]
三部形式。主部はヘ長調を基調とし、単純で反復的なモティーフが示されます。中間部には「不安な」という指示があり、音楽は一時的に落ち着きを失います。ここで拍子は2/4から、舞曲を思わせる6/8へと変化します。最後は再び主部の静寂へと戻り、安らぎの中で全曲を閉じます。
モンポウ(1893-1987)
◆風景 (1942-1960)
20年のパリ暮らしからスペインに戻った翌年の1942年に書かれた「泉と鐘」。その5年後の「湖」、そして1960年に書かれた「ガリシアの荷車」から成る曲集。
19. 第1曲 泉と鐘 (1942) [3'35]
バルセロナの旧市街(ゴシック地区)、大聖堂の近くにある静かな中庭で着想を得た曲。20年ぶりの帰郷を果たしたモンポウが、自らのルーツを再確認する過程で生み出された作品の一つ。この曲は「泉」や「鐘」を写実的に描写するものではありません。冒頭の旋律は、カタルーニャの民謡を思わせる素朴なものですが、実際にはモンポウの創作です。彼は民謡そのものを直接引用するのではなく、自らの声として再構築。また、ここでの鐘の音は、礼拝への呼びかけという実利的な意味を超え、存在の神聖さを祝福する「抽象的な祈り」の性格を帯びています。
20. 第2曲 湖 (1947) [5'01]
バルセロナのモンジュイック公園にある噴水付きの水場にインスピレーションを受けた曲。モンポウ自身はこの水場について「それほど大きくはないが、非常に平和な場所。時折、カエルが跳ねる音が聞こえる」と語っています。繊細な16分音符の動きが、静かな水面の波紋や、光と影の揺らぎを想起させます。曲の中央には非常に自由な形式で書かれたセクションがあり、即興的な性質を帯びています。ここでの和声は非常に抽象的であり、従来の印象主義的な枠組みを押し広げようとするモンポウの意図も感じられます。モンポウが言及した「カエルの跳躍」は、リズムの突然の断絶や、高音域での短い装飾音として音楽の中に織り込まれており、静止した風景の中に一瞬の生命の脈動を与えています。
21. 第3曲 ガリシアの荷車 (1960) [4'11]
スペイン北西部ガリシア地方オウレンセ近郊の田園地帯を、秋の午後に散策していた際に出会った伝統的な木製の荷車の音に着想を得た曲。この曲では、第1曲と第2曲に見られた叙情性が後退し、不協和音を多用した無調的な響きが支配的です。シンコペーションを伴う和音の塊(クラスター)が、木製の車軸が軋む荒々しくも神秘的な音を再現する一方、曲のクライマックスに近い瞬間に、バッハの名を象徴する「B-A-C-H」の音型が引用される点も印象的。
アレッサンドロ・デリアヴァン(ピアノ)
録音:2016年4月1日
場所:イタリア共和国、シチリア島、アチレアーレ、パラッツォ・ペンニージ
作曲者情報

フレデリク・モンポウ
演奏者情報

アレッサンドロ・デリアヴァン(ピアノ)
CD10 [68'44]
エスポナ:鍵盤楽器のためのソナタ集
エスポナ(1714-1779)
鍵盤楽器のためのソナタ集
半世紀以上に渡ってカタルーニャ地方のモンセラート修道院を拠点に活動したベネディクト会修道士で音楽家のマヌエル・エスポナは、声楽作品のほか、鍵盤楽曲も作曲し、単1楽章ソナタ27曲が現存。ここではその中の14曲を聴くことができます。エスポナが使用していた楽器はチェンバロでしたが、作品の表現方法は現代のピアノによく合い、ダイナミクス、アーティキュレーション、装飾音のすべてを、さらに鮮明に聴くことができると演奏者のメラニ・メストレは語ります。
◆ソナタ第1番 ニ短調
1. [4'40]
4/4拍子。スカルラッティのソナタとの類似性が指摘されることもありますが、エスポナ独自の和声言語が随所に現れています。楽曲の中盤では、変ロ長調から変ニ長調へと大胆に転調し、再び変ロ長調へと戻るという、当時としては極めて独創的な調性移動が見られます 。
◆ソナタ第2番 ニ短調
2. [2'27]
2/2拍子。第2番は、第1番と対をなす「ペア」としての性格が強い楽曲です。スカルラッティがそうであったように、エスポナもしばしば同じ調性、あるいは関連する調性のソナタを二つ並べて配置しました。第1番が比較的長く技巧的な展開を見せるのに対し、この第2番は非常に速いテンポで舞曲的な推進力を持ち、凝縮された音楽的対話を詰め込んでいます。
◆ソナタ第17番 イ短調
3. [3'36]
3/4拍子。ギャラント様式の特徴である流麗な旋律線が際立っており、過剰な装飾を排した純粋な美しさが印象的。シンプルな3拍子の中にも、細かなリズムの変奏やアクセントの移動が組み込まれています。
◆ソナタ第3番 変ロ長調
4. [5'42]
4/4拍子。5分40秒を超える演奏時間は、エスポナのソナタの中でも大規模な部類に属します。変ロ長調という調性の明るさと開放感を活かし、抒情的な旋律が豊かに展開。装飾音の使い方も緻密であり、旋律の表情を刻一刻と変化させる様は、エスポナの高度な書法を裏付けています 。
◆ソナタ第4番 変ロ長調
5. [5'05]
2/4分拍子。第3番との「ペア」を想定した曲。第3番が抒情的で歌うような性格を持つのに対し、この第4番はより技巧的で、活発なリズムが支配的です。スタッカートを多用したアーティキュレーションや、急速なスケール(音階)パッセージが随所に現れます。
◆ソナタ第5番 ト短調
6. [4'57]
3/4分拍子。ト短調という調性が持つ「嘆き」や「内省」といった情緒を最大限に引き出した傑作。時に不協和音を配置することで、葛藤や深い抒情性を表現しています 。ピアノ演奏時の低音の響きも効果的。
◆ソナタ第6番 ト短調
7. [3'51]
3/8拍子。第5番の重厚さとは一転して、非常に敏捷でリズミカルな推進力を持つソナタです。曲の途中で変イ長調からロ長調へと急激に転調し、再び元の調へと戻るという展開は、18世紀の和声法としては極めて異例であり、エスポナの実験的精神を如実に物語っています。
◆ソナタ第16番 ト短調
8. [5'44]
4/4拍子。内容の濃密さと構成の大きさが際立つソナタ。旋律の変奏が非常に巧妙であり、同じ主題が回帰するたびに新たな装飾やリズムの変容を伴って現れる手法は効果的です。
◆ソナタ第11番 変ホ長調
9. [5'58]
3/4拍子。旋律と伴奏の役割が明確であり、右手の優雅な歌が中心となります。内声部には精巧な装飾が細かく施され、繊細な音色の変化を楽しむことができます 。
◆ソナタ第12番 変ホ長調
10. [4'17]
4/4拍子。第11番のペアとして、より親しみやすく温和な性格を持っています。ギャラント様式の最も明るい側面を体現したようなソナタであり、モンセラートの少年聖歌隊の澄んだ歌声を想起させるような清涼感があります。
◆ソナタ第7番 ハ短調
11. [6'02]
4/4拍子。バロック的なポリフォニー(対位法)と、古典派的なホモフォニーが同居しており、時代様式の転換期のハイブリッドな面白さが伝わります
◆ソナタ第13番 ト長調
12. [5'27]
3/4拍子。 ト長調の明るく開放的な響きによる活気に満ちたソナタ。エスポナの丹念な装飾が、ここでは楽曲の華やかさを強調するために使われています。
◆ソナタ第24番 ト長調
13. [5'21]
6/8拍子。第13番と同じ調性を持ちつつ、より洗練された技巧と構成力を備えた、エスポナ晩年の傑作の一つ。舞曲的なリズム(ジーグ風)に乗りながら、鍵盤の端から端までを駆け巡るような華やかなパッセージも投入。
◆ソナタ第9番 ホ長調
14. [5'04]
作 4/4拍子。抒情的で歌心溢れる曲。旋律の合間に挟み込まれるシンコペーションや装飾音の揺らぎが、音楽に優雅さを与えています。
メラニ・メストレ(ピアノ)
録音:2013年9月21日
場所:スペイン王国北東部、カタルーニャ州、バルセロナ、サンタ・コロマ・ダ・グラマネート、カン・ロイ・イ・トーレス音楽堂
作曲者情報

マヌエル・エスポナ
【生地】
◆1714年2月18日:カタルーニャ君主国のサン・フェリウ・デ・トレイヨで誕生。カトリック。上の画像はモンセラート修道院のエスポナの想像図です。
【修業】
◆1724年(10歳):モンセラートのサンタ・マリア修道院。エスコラニア(聖歌隊)に所属。侍者としての活動を開始。やがて、ミゲル・ロペス神父、ヴィセンツ・プレシアク神父らに、神学、作曲法、オルガン奏法、対位法などを師事。バルセロナ近郊のモンセラートにはサンタ・セシーリア修道院もありますが、通常はモンセラート修道院といえばサンタ・マリアの方を指します。
【仕事】
◆1733年:モンセラート修道院で聖職者の認可を受け、ベネディクト会修道士としての活動を開始。
◆モンセラート修道院のオルガニスト、聖歌隊楽長、教育指導者として奉職。
【没地】
◆1779年1月9日:モンセラート修道院で死去。
【年表】
◆ページ下部に記載。
演奏者情報

メラニ・メストレ(ピアノ)
【生地】
◆1976年:スペインのカタルーニャ州バルセロナで誕生。
【学業】
◆1980〜90年代:バルセロナ高等音楽院。ピアノ、理論。ホセ・A・カルボ、アリシア・デ・ラローチャに師事。
◆1990年代:ロンドン。ロシアの教育者スラミタ・アロノフスキー(ピアノ)とサー・コリン・デイヴィス(オーケストラ指揮)に師事。
【賞歴】
◆アラウ国際ピアノコンクール(アメリカ)。優勝。
【仕事】
◆ソロと室内楽の両方で、ヨーロッパ、アメリカ、ロシアなどで演奏。
◆2001年頃:カタルーニャ高等音楽院。ピアノ科教授就任。25歳。
◆2007年:リヴィウ交響楽団(ウクライナ)。首席指揮者就任。
◆2008年:リヴィウ夏季音楽祭。芸術監督就任。
◆2014年:バルセロナ国際音楽アカデミー。ピアノ科、指揮科の指導。
◆オルケスタ・フィルハルモニア・イベリカ。首席指揮者。
【録音】
◆CDは、PianoClassics、Brilliant Classics、Hyperion、Columna Musica、La Mà De Guidoなどから発売。

作曲者情報(年表)
グラナドス
1867-1916

1867年(0歳)
◆7月27日、カタルーニャのリェイダに誕生。
1868年(1歳)
◆父カリストがカナリア諸島のテネリフェ島軍事知事に任命され、一家で移住。
1874年(7歳)
◆父の落馬事故後、一家でバルセロナへ。ホセ・フンセダ、後にフランセスク・ジュルネに師事。
1877年(10歳)
◆ピアノの才能を認められ、10歳で初の公的なコンサートに出演。
1879年(12歳)
◆名師ジョアン・バプティスタ・プジョールの門下に入る。
1882年(15歳)
◆父カリスト死去。プジョール・アカデミーのコンクールで優勝し一等賞を獲得。
1883年(16歳)
◆作曲をフェリペ・ペドレルに学び始める。ピアニストとして公式デビュー。
1886年(19歳)
◆家計を支えるためバルセロナのカフェで演奏。実業家エドゥアルド・コンデの知遇を得る。
1887年(20歳)
◆コンデの支援でパリへ留学(ホテル・ド・コローニュ・エ・デスパーニュに滞在)。ベリオに師事。リカルド・ビニェスと同居。
1888年(21歳)
◆パリで「愛の書」、チェロ曲「歌」を作曲。
1889年(22歳)
◆パリからバルセロナに帰国。テアトル・リリックで凱旋コンサートを開催。
1890年(23歳)
◆「12のスペイン舞曲」を出版し、国際的な名声の第一歩を築く。
1893年(26歳)
◆アンパロ・ガルと結婚。バルセロナのラ・メルセ教会で挙式。
1894年(27歳)
◆長男エドゥアルド誕生。アルベニスに捧げるピアノ曲を作曲。
1895年(28歳)
◆「詩的ワルツ集」、ピアノ五重奏曲、ピアノ三重奏曲などを作曲。
1896年(29歳)
◆長女ソレダ誕生。宗教曲「サピベ・レジーナ」を作曲。
1898年(31歳)
◆11月12日、オペラ「マリア・デル・カルメン」をマドリードで初演し、大成功を収める。
1900年(33歳)
◆古典音楽協会を設立し、指揮活動も開始。
1901年(34歳)
◆アカデミア・グラナドスを設立。次男パキート誕生。オペラ「ピカロル」初演。
1903年(36歳)
◆マドリード王立音楽院のコンクールに「演奏会用アレグロ」を提出。
1904年(37歳)
◆前年のコンクールで優勝し、国民的な英雄となる。「ロマンティックな情景」を作曲。
1905年(38歳)
◆バルセロナ管弦楽団を設立。組曲「ゴイェスカス」の作曲に着手。
1908年(41歳)
◆大規模な交響詩「ダンテ」を発表。カタロニアのモダニズム運動に深く関わる。
1910年(43歳)
◆歌曲集「トナディーリャス」を作曲。18世紀の風俗に対する関心を深める。
1911年(44歳)
◆3月11日、ピアノ組曲「ゴイェスカス」を初演。合唱曲「星の歌」を初演。
1912年(45歳)
◆アメリカのピアニスト、シェリングの勧めで「ゴイェスカス」のオペラ化を決意。サラ・グラナドスを開場。
1914年(47歳)
◆オペラ「ゴイェスカス」完成。しかし第一次大戦勃発によりパリ初演が中止となる。
1915年(48歳)
◆ニューヨーク公演のため渡米。現地でピアノ・ロール録音を行う。
1916年(48歳)
◆1月28日、メトロポリタン歌劇場でオペラ「ゴイェスカス」初演。上演料約4,000ドル。ニューヨークでのパデレフスキら友人・支持者からの寄付金5,100ドル。
◆3月24日、帰路の英仏海峡でドイツ潜水艦の無差別攻撃により夫婦ともに殺害。
アルベニス
1860-1909

1860年(0歳)
◆5月19日、スペイン王国北東部、カタルーニャのフランス国境に近いジローナ県の町カムプロドンで誕生。父アンヘル・アルベニス・イ・ガウナと、その妻ドロレス・パスクアル・イ・バルデラ(スペインは夫婦別姓)の第5子(ほかに姉クレメンティーナ、マリア、ブランカ、エンリケタ)。
◆父アンヘル(カタルーニャ語ではアンジェル)はスペイン北部バスクのビトリアの出身で、仕事は税関吏。フリーメーソン会員で、詩人でもあり(筆名:ペルチコ)、その父と祖父(アルベニスの父方祖父と曾祖父)はバスクのレンガ職人。
◆母ドロレスはジローナ県フィゲラスの出身で、その父(アルベニスの母方祖父)は軍人でした。
◆6月3日にカトリック教徒として受洗。洗礼名はイサーク・マヌエル・フランシスコ(カタルーニャ語ではイザーク・マヌエル・フランチスコ)。父の姓はアルベニス、母の姓はパスクアルなので、フルネームは「イサーク・マヌエル・フランシスコ・アルベニス・イ・パスクアル」ですが、長いので「イサーク・アルベニス」として生活。イサークの由来はアンダルシア地方コルドバの修道士、聖イサークです。
1862年(2歳)
◆姉クレメンティーナがピアノを指導。
1863年(3歳)
◆姉クレメンティーナがピアノを指導。
◆家族とともにバルセロナへ転居。
◆ナルシソ・オリベラスによるピアノの指導開始。
1864年(4歳)
◆ナルシソ・オリベラスによるピアノの指導。
◆バルセロナのロメア劇場での慈善公演に姉クレメンティーナとの連弾で出演。
1867年(7歳)
◆姉のエンリケタがチフスによりバルセロナで死去。
1868年(8歳)
◆父が1年間失職。
◆家族とともにマドリードへ転居。
◆マドリード音楽院に入学。
1869年(9歳)
◆初の出版作品となる「軍隊行進曲」を発表。
◆マドリード音楽院に在学。
◆父が公務員に復職。勤務地はカセレス。
1870年(10歳)
◆マドリード音楽院に在学。
1871年(11歳)
◆マドリード音楽院に在学。
1872年(12歳)
◆マドリード音楽院に在学。
◆アンダルシア周遊。
1873年(13歳)
◆マドリード音楽院に在学。
◆父がマドリードの会計監査官に任命。カスティーリャ・イ・レオン州、アストゥリアス州、ガリシア州、バルセロナを歴訪。
1874年(14歳)
◆マドリード音楽院を卒業。
◆スペインへ一時帰国。国王アルフォンソ12世の私設秘書モーフィー伯爵の援助を受け、ライプツィヒ音楽院への留学が決まる。
◆ログローニョとバルセロナでコンサート。
◆10月16日、マドリードのエル・レティーロ公園で姉ブランカが自殺。19歳。ブランカは歌手でしたがまだ成功しておらず、父にはそのことを責められていたようです。
1875年(15歳)
◆4月、父が税関職員としてスペイン領キューバに赴任。
◆5〜8月、スペイン領プエルト・リーコ(プエルトリコ)でコンサート。
◆9月、スペイン領キューバでコンサート。
◆9月、スペイン南部のムルシアとカディスでコンサート。
1876年(16歳)
◆5月2日、ライプツィヒ音楽院で受講開始。カール・ピウッティ(作曲)、ルイス・マース(ピアノ)、ザロモン・ヤダスゾーン(ピアノ)に師事。
◆6月24日、ライプツィヒ音楽院での受講を終え、マドリードに帰還。
◆7月、父アンヘルが解雇。スペインに帰還。
◆7月、マドリードでコンサートを開いてロメラ伯爵に注目され、伯爵の計らいでスペイン国王アルフォンソ12世の私設秘書ギイェルモ・モルフィから奨学金支給が決定。
◆10月、ブリュッセル王立音楽院に入学。ルイ・ブラッサン(ピアノ)、ジョゼフ・デュポン(和声)に師事。
1877年(17歳)
◆ブリュッセル王立音楽院に在学。
1878年(18歳)
◆ブリュッセル王立音楽院に在学。
1879年(19歳)
◆9月、ブリュッセル王立音楽院でプルミエ・プリを得て卒業。
◆マドリードに帰還。
1880年(20歳)
◆プラハ、ウィーン、ブダペストを旅行。
◆キューバに渡り、サンティアゴ(当時の首都)、ハバナでコンサート。
1881年(21歳)
◆父が引退。64歳。
◆グラナダ、サンタンデール、サラゴサ、パンプローナでコンサート。
1882年(22歳)
◆ビルバオ、コルドバ、カディス、ポンテベドラ、ビーゴ、バレンシア、アルコイ、マラガ、カルタヘナ、マドリッドでコンサート。
1883年(23歳)
◆バルセロナに転居。
◆音楽学者フェリペ・ペドレルと交流し、国民楽派的な思想に共鳴。
◆6月23日、教え子のロシーン・ホルダナ(カタルーニャ語ではロジーナ・ジョルダナ)と結婚。
1884年(24歳)
◆娘ブランカ誕生。
◆「パバーナ・カプリチョ」Op.12や「バルカローラ」Op.23を出版。
◆教育活動が本格化。
1885年(25歳)
◆息子アルフォンソ誕生。
◆マドリードへ転居。
◆マドリードで個人教師開始。
◆王宮でコンサート。
1886年(26歳)
◆「スペイン組曲 第1集」Op.47の作曲を開始。
◆娘ブランカが死去。
◆娘ラウラが誕生。
◆マドリード音楽院の助教授に任命。
◆サン・セバスティアン、サラゴサ、マヨルカでコンサート。
◆王立イサベル・カトリック騎士団の会員に選出。
1887年(27歳)
◆「スペイン狂詩曲」Op.70、「幻想的協奏曲」Op.78を発表。
1888年(28歳)
◆バルセロナ万国博覧会で、エラール社主催により20回の連続演奏会を開催。
1889年(29歳)
◆ロンドン、パリでコンサート。
◆娘エンリケタが誕生。
1890年(30歳)
◆実業家ヘンリー・ローウェンフェルトと専属マネジメント契約。この契約により、アルベニスはロンドンのブロンプトン地区に豪華な邸宅を与えられ、経済的な不安なくロンドン音楽界での地位を確立。
◆ロンドンに移住。
◆娘ラウラが誕生。
1891年(31歳)
◆ロンドンの銀行家フランシス・マネー=クッツ(第5代ラティマー男爵)と交流。
1892年(32歳)
◆ベルリンでコンサート。
◆アルボス、ポッパーとともにブリュッセルとイギリスを巡演。
◆「スペインの歌」Op.232、「四季」Op.201を出版。
◆ロンドンでオペラ「魔法の宝石」が上演。
1893年(33歳)
◆ロンドンの銀行家マネー=クッツによる支援開始。
◆パリに移住。ビュッシー、フォーレ、ショーソンらと交流。
◆スコラ・カントルムのピアノ科助教に就任。
◆パリでオペラ「魔法の宝石」が上演。
1894年(34歳)
◆ロンドンの銀行家マネー=クッツと終生年金契約を締結。彼の台本への作曲を約束。
◆オペラ「ヘンリー・クリフォード」の作曲。
1895年(35歳)
◆オペラ「ヘンリー・クリフォード」がバルセロナのリセウ大劇場で初演。
◆オペラ「ペピータ・ヒメネス」の作曲。
1896年(36歳)
◆「ペピータ・ヒメネス」がバルセロナで初演。大成功。
1897年(37歳)
◆組曲「アルハンブラ」、ピアノ曲「ラ・ベガ」を作曲。
◆カールスバートで腎臓疾患の療養。
1898年(38歳)
◆アーサー王伝説に基づく三部作オペラの第1部「マーリン」の作曲に着手。
1899年(39歳)
◆交響詩「カタルーニャ」がパリで初演。
1900年(40歳)
◆慢性腎炎と診断。
◆ピアノ作品への回帰を宣言。
1901年(41歳)
◆健康状態が悪化する中、小規模なピアノ曲の制作を継続。
1902年(42歳)
◆三部作オペラの第1部「マーリン」完成。第2部「ランスロット」の構想開始。
1903年(43歳)
◆温暖な気候を求めてニースへ移住。
◆管弦楽とピアノのための新たなスタイルの模索。
1904年(44歳)
◆オペラ「ランスロット」第1幕完成。以降、体力の衰えにより大規模な劇作品の継続を断念。
1905年(45歳)
◆「イベリア」第1集の作曲に着手。
1906年(46歳)
◆「イベリア」第1集がパリのプレエル・ホールで初演。
1907年(47歳)
◆「イベリア」第2集を完成、初演。
1908年(48歳)
◆「イベリア」第3集完成。
1909年(48歳)
◆「イベリア」第4集完成。
◆フランス政府よりレジオンドヌール勲章授与(ドビュッシー、フォーレ、ショーソンらの強力な推薦により)。
◆5月18日、フランス南西部、バスク地方のカンボ=レ=バンで死去。
◆カタルーニャのバルセロナにあるモンジュイック墓地に、盛大な葬儀とともに埋葬。
トゥリーナ
1882-1949

1882年(0歳)
◆12月9日、スペイン王国アンダルシア地方のセビリアで誕生。
◆父ホアキン・トゥリーナ・イ・アレアールは画家、母コンセプシオン・ペレス・バルガスは聖歌隊で歌うなど、芸術的で音楽に親しむ家庭環境でした。
1886年(4歳)
◆乳母から贈られたアコーディオンで、即興演奏を行い、周囲から「神童」として注目され始めます。
1894年(12歳)
◆サント・アンヘル校で最初の音楽教育を受け、合唱伴奏を担当。
◆セビリア大聖堂の楽長であったエバリスト・ガルシア・トーレスに和声と対位法を、エンリケ・ロドリゲスにピアノを師事。
1896年(14歳)
◆地元セビリアでピアニストとしてデビュー。
1897年(15歳)
◆3月14日、セビリアのクアルテート協会主催の演奏会で、ジギスムント・タルベルクの「モーゼ幻想曲」を演奏し、地元メディアから絶賛。
◆初の管弦楽曲「主の受難へのコプラ」を作曲し、自ら指揮して初演。
1898年(16歳)
◆米西戦争でスペインが敗北し、フィリピン、プエルトリコ、キューバを失う「98年の挫折」を経験。この歴史的事件は、スペインの知識人や芸術家たちに、国家のアイデンティティを再定義させる「98年世代」の運動を誘発。
1901年(19歳)
◆本格的に音楽の道へ進むことを決意し、家族が望んでいた医学の道を断念。
◆宗教曲「主の受難への祈り」を作曲。
1902年(20歳)
◆マドリードへ移住し、王立音楽院のホセ・トラゴ(ファリャの師でもある)にピアノを師事。
◆オペラ「ラ・スラミータ」を作曲。
1903年(21歳)
◆両親が相次いで他界。精神的な打撃を受けますが、父の遺産を留学資金に充てることを決意。
◆3月14日、マドリードの演奏会で自作曲を含むプログラムを披露。
1905年(23歳)
◆パリへ移住。
◆スコラ・カントルムでヴァンサン・ダンディに作曲を、モーリッツ・モシュコフスキにピアノを師事。この時期のパリはドビュッシーの「海」が発表されるなど、印象主義の全盛期でした。
1907年(25歳)
◆10月、パラン・クァルテットに参加し、自身の「ピアノ五重奏曲 ト短調」 Op.1を初演。この演奏会を聴いたアルベニスとファリャから、あまりにフランス的なアカデミズムに傾倒していることを指摘され、スペイン独自の国民音楽を追求するよう助言を受けます(カフェ「リュ・ロワイヤル」での三重同盟)。
1908年(26歳)
◆12月10日、オブドゥリア・ガルソン・ゴンサレスと結婚。
◆ピアノ組曲「セビーリャ」 Op.2を出版。
1909年(27歳)
◆ピアノのための「ロマンティックなソナタ」 Op.3を作曲。
1910年(28歳)
◆長男ホアキン(後の精神科医)が誕生。
◆弦楽四重奏曲第1番「ラ・ギターラ」 Op.4を作曲し、ギターの技法を室内楽に融合させる試みを開始。
1911年(29歳)
◆「セビリアの片隅」 Op.5、「アンダルシアの風景」 Op.7を出版。
1912年(30歳)
◆代表作となる交響詩「ロシーオの行列」 Op.9を完成。
1913年(31歳)
◆スコラ・カントルムを卒業。3月には「ロシーオの行列」がマドリード交響楽団によって初演され大成功。
◆長女マリアが誕生。
1914年(32歳)
◆第一次世界大戦の勃発に伴い、ファリャと共にスペインへ帰国。作曲家、教師、批評家としてマドリード音楽界の中心人物となっていきます。
1915年(33歳)
◆マドリードのコングレソ地区に定住。
◆ピアノ曲「旅のアルバム」 Op.15を発表。
1916年(34歳)
◆3月28日、マドリードのホテル・リッツで、ファリャの「恋は魔術師」改訂管弦楽版の初演にピアニストとして参加。
◆劇付随音楽「クリスマス」 Op.16を作曲。
1917年(35歳)
◆次女コンセプシオンが誕生。
◆音楽理論書「音楽百科事典」を出版。
1918年(36歳)
◆セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスのスペイン・ツアーに参加。16都市で指揮者を務めます。
1919年(37歳)
◆次男ホセ・ルイスが誕生。
◆代表作「幻想舞曲集」 Op.22を完成させ、妻オブドゥリアに献呈。子供のための「子供部屋 第1集」 Op.21を作曲。
1920年(38歳)
◆「交響的セビリア」 Op.23を作曲し、セビリアの生活を描いた音楽コンクールで1等賞を獲得。
1921年(39歳)
◆三女オブドゥリアが誕生。
◆ピアノのための「サンルカール・デ・バラメーダ」 Op.24を発表。
1922年(40歳)
◆オペラ「東方の庭」 Op.25の作曲を開始。
1923年(41歳)
◆「東方の庭」を初演。
◆ヴァイオリンとピアノのための「サンルケーニャの詩」 Op.28、ギター曲「セビリアーナ」 Op.29など作曲。
1924年(42歳)
◆ピアノ奏者としてパブロ・カザルスらと共演。
1925年(43歳)
◆レアル劇場の合唱指揮者に就任しますが、劇場の閉鎖に伴い退任。室内楽曲「闘牛士の祈り」 Op.34を作曲。
1926年(44歳)
◆「ピアノ三重奏曲 第1番」 Op.35がスペイン国家音楽賞を受賞。
◆4月、新聞「エル・デバテ」で音楽批評活動を開始。
1927年(45歳)
◆「セビリアへの歌」 Op.37やバレエ音楽「リズム」 Op.43を発表。
1928年(46歳)
◆スペイン芸術アカデミーの会員に選出。
1929年(47歳)
◆キューバのハバナを訪れ、ヒスパニック・キューバ文化研究所で7回の連続講演を実施。
◆スペインの出版社UME(Union Musical Española)と独占契約を結び、経済的な安定を確保。
1930年(48歳)
◆マドリード王立音楽院の作曲科教授に任命。
1931年(49歳)
◆スペイン革命により、スペイン第二共和政が成立。社会が混乱。
◆「交響的狂詩曲」Op.66を作曲。
1932年(50歳)
◆長女マリアが19歳で死去。
◆ギターのための「ソナタ」Op.61などを作曲。
1933年(51歳)
◆ヴァイオリン・ソナタ第2番「スペイン・ソナタ」Op.82を作曲。
1936年(54歳)
◆7月、スペイン内戦が勃発。
◆カトリック保守派のトゥリーナは共和派からの迫害を受け、マドリードのイギリス領事館に保護を求めます。
1937年(55歳)
◆イギリス領事の保護下で生活を送り(領事館からは月500ペセタの補助金も支給)、感謝を込めてピアノ曲「農場」を献呈。
1939年(57歳)
◆フランコ軍の勝利により内戦が終結。
◆新体制下でトゥリーナは再評価。
1940年(58歳)
◆教育省内に「音楽総監局」が新設され、初代局長に任命。
1941年(59歳)
◆音楽総監局長としての職務を本格化させ、オーケストラの再編や音楽教育の振興に尽力。
1942年(60歳)
◆政府より「アルフォンソ10世賢王大十字勲章」が授与。
1943年(61歳)
◆「ピアノ三重奏曲 第2番」や「ヴァイオリン・ソナタ」などで再び国家音楽賞を受賞。
1946年(64歳)
◆大著「作曲概論」を出版。
1948年(66歳)
◆癌治療により活動が制限。
1949年(66歳)
◆1月14日、マドリードで死去。
◆1月、マドリードのアルムデナ墓地に埋葬。
フォント
1889-1936

1889年(0歳)
◆12月10日、スペイン王国南部アンダルシア地方のセビリアで誕生。音楽一家の長男。
1890年(1歳)
◆父マヌエルが軍楽隊の有力な音楽家として活動を拡大。
1895年(6歳)
◆父マヌエルがセビリア市立吹奏楽団の前身であるサン・フェルナンド救済院楽隊の指揮者に就任。
◆父マヌエルは息子マヌエルにピアノと音楽理論の指導を開始。
1896年(7歳)
◆弟ホセが誕生。後に兄弟で「フォント・デ・アンタ」の名を冠した音楽活動を展開。
1900年(11歳)
◆セビリア大聖堂の楽長エドゥアルド・デ・トーレスらが宗教音楽について指導。
1905年(16歳)
◆最初の聖週間行進曲「カミノ・デル・カルバリオ」を作曲。若くして作曲の才能を開花。
1906年(17歳)
◆「ベネディクト15世ミサ」を作曲し、サン・カシアーノ・アカデミー賞を受賞。
1907年(18歳)
◆異例の若さでカディスの主要劇場と、アルゼンチンのブエノスアイレスの劇場でオーケストラ指揮者として活動。
1908年-1912年(19-23歳)
◆南米各地でピアニストおよび指揮者として活動。アルゼンチンやメキシコなどでの経験が後の楽曲(ラプソディア・アメリカーナなど)に反映。
1913年(24歳)
◆カディスの劇場でプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を指揮し、高い評価を獲得。
1914年(25歳)
◆第一次世界大戦勃発。この前後、マドリードへと拠点を移し、大衆音楽の作曲に着手。
1915年(26歳)
◆行進曲「ラ・カリダ」を作曲。
1916年-1917年(27-28歳)
◆ニューヨークへ渡航。ウォルター・ダムロッシュの元で働き、シベリウスなどの国際的音楽家と接触。
1918年(29歳)
◆行進曲の最高傑作の一つ「ソレア、ダ・メ・ラ・マノ」を発表。メディアが絶賛。
1919年(30歳)
◆3月14日、名曲「アマルグーラス」をピアノ曲として完成。父マヌエルによる編曲を経て、セマナ・サンタで初演。
1920年(31歳)
◆パリに滞在し、ファリャと交流。フランス印象主義音楽の色彩表現を習得。
1922年(33歳)
◆弟ホセと共に、これまでの一連の行進曲を著作権登録。事務的な手続きを弟に委託。
1924年(35歳)
◆セビリアのヌエバ広場にあるサン・フェルナンド王の記念碑落成式のために、行進曲「サン・フェルナンド」を作曲。
1925年(36歳)
◆マドリードでサルスエラ「ラス・ムエルテス・デ・ロピージョ」を初演して成功。
1929年(40歳)
◆セビリア・イベロ・アメリカ博覧会が開催。スペイン広場の落成式のためにパソドブレ「ラ・プラサ・デ・エスパーニャ」を作曲。
1930年(41歳)
◆「ラ・カーマ」をマドリードで上演。
1931年(42歳)
◆スペイン第二共和政が成立。左派政権による政教分離と宗教弾圧、急進左派による暴力行為などで社会不安が増大。
1932年-1935年(43-46歳)
◆マドリードで指揮活動と作曲を継続。交響詩「ペルチェル」などの芸術性の高い作品の完成に注力。
1936年(46歳)
◆7月、スペイン内戦勃発。
◆11月20日、左派民兵(=共和国政府側)によりマドリードで銃殺。
ファリャ
1876-1946

1876年(0歳)
◆11月23日、スペイン王国南部アンダルシア地方のカディスで誕生。父ホセ(バレンシア出身)と母マリア(カタルーニャ出身)の長男。カトリック。
1883年(7歳)
◆母によるピアノの指導開始。
1887年(11歳)
◆カディスの聖洞窟教会にて、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」を母との連弾で演奏。
◆劇音楽「ビジャメディアーナ伯爵」を作曲(後に逸失)。
1888年(12歳)
◆アレハンドロ・オデロがピアノを、エンリケ・ブロカが和声と対位法の基礎を指導。
1893年(17歳)
◆ワーグナーのスコア分析に没頭。ドイツ・ロマン派の和声語法を独学で習得。
1895年(19歳)
◆マドリード王立音楽院へ通うため、頻繁にカディスとマドリードを往復。ホセ・トラゴによるピアノの指導開始。
1896年(20歳)
◆マドリード王立音楽院に正式に入学。トラゴのもとでピアノの腕を磨き、同時に作曲にも注力。
1898年(22歳)
◆ピアノ科の第一級賞を獲得。この頃からスペイン近代音楽の先駆者フェリペ・ペドレルに師事し、彼の「各国家の音楽は民俗音楽に基づくべき」という教えに感化。
1899年(23歳)
◆音楽院のピアノ・コンクールで満場一致の優勝。この年から、姓の前に貴族的な響きを持つ「de(デ)」を付け、「マヌエル・デ・ファリャ」と名乗っています。
1900年(24歳)
◆家族がマドリードへ転居。家計を助けるためにピアノ教師として働きながら、サルスエラの作曲を開始。
1901年(25歳)
◆1幕のサルスエラ「愛の施し」を作曲。
1902年(26歳)
◆4月12日、サルスエラ「イネスの愛」がマドリードのコミコ劇場で初演。 ◆作曲家ホアキン・トゥリーナと交流。
◆「著作家協会」から最初の作品集が出版。
1903年(27歳)
◆マドリード王立音楽院の作曲コンクールのために「演奏会用アレグロ」を作曲。9歳年長のグラナドスに敗れますが、高い評価を獲得。
1904年(28歳)
◆ペドレルの強い勧めにより、王立アカデミーのコンクールに向けて、オペラ「はかなき人生」の作曲に没頭。
1905年(29歳)
◆王立アカデミーのコンクールで「はかなき人生」が優勝。賞金2,500ペセタを獲得。同時にオルティス・イ・クッソ主催のピアノ・コンクールでも優勝します。
1906年(30歳)
◆コンクール優勝にもかかわらず、「はかなき人生」のマドリード王立劇場での上演約束が果たされず失望。スペイン音楽界の閉鎖性を痛感。
1907年(31歳)
◆フランスをツアーする劇団の伴奏者として雇われ、パリへ移住。当初7日間の予定でしたが、ドビュッシー、ラヴェル、デュカスらとの交流がファリャの運命を大きく変えます。
1908年(32歳)
◆スペイン国王アルフォンソ13世奨学金を授与され、パリ滞在を継続。後の名作「スペインの庭の夜」はこの時期に着想。
1909年(33歳)
◆パリの出版社マックス・エシクから「4つのスペイン小品」を出版。
1910年(34歳)
◆ラヴェルの仲介で前衛芸術集団「アパッシュ」に加入。ディアギレフやストラヴィンスキーと交流。
1911年(35歳)
◆ミラノ、ブリュッセル、ロンドンを巡り、「はかなき人生」の上演を交渉。ロンドンでの滞在は彼の国際的な視野をさらに拡大。
1912年(36歳)
◆ミラノで出版社ティト・リコルディと交渉しますが、「スペイン的すぎる」と拒否。
◆パリのエシク社と生涯にわたる重要な月給制の契約を締結。
1913年(37歳)
◆4月1日、フランス、ニースの市立カジノにて「はかなき人生」がついに世界初演。熱狂的な支持を獲得。
1914年(38歳)
◆パリのオペラ=コミーク座で「はかなき人生」が上演され、国際的な名声を不動のものとします。
◆9月、第1次世界大戦勃発に伴いスペインへ帰国。
1915年(39歳)
◆4月15日、マドリードのララ劇場で「恋は魔術師」が初演。
1916年(40歳)
◆4月9日、「スペインの庭の夜」を初演。
1917年(41歳)
◆アラルコンの小説に基づくパントマイム「代官と粉屋の女」をマドリードで上演。ディアギレフがこれを観て、大編成のバレエへの改訂を依頼。
1918年(42歳)
◆ディアギレフのバレエ・リュスのための改訂作業に従事。
1919年(43歳)
◆7月22日、バレエ「三角帽子」がロンドンで初演。ピカソの美術とファリャの音楽が融合した歴史的成功。
◆父と母が相次いで死去ます。
1920年(44歳)
◆妹マリア・デル・カルメンと共にグラナダへ移住。ドビュッシーの死を悼み、ギター曲「讃歌」を作曲。
1921年(45歳)
◆グラナダの文化生活に深く関わり、若き詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカと親交。
◆パリやロンドンへ演奏旅行を行い、ストラヴィンスキーと再会しました。
1922年(46歳)
◆アルハンブラ宮殿の麓、アンテケルーラ・アルタの家(後の記念館)に定住。
1923年(47歳)
◆人形オペラ「ペドロ親方の人形芝居」を完成させ、パリのポリニャック公爵夫人邸で初演。新古典主義的語法への転換を象徴する作品となりました。
1924年(48歳)
◆グラナダ王立美術アカデミーの正会員に選出。
◆セビリアでベティカ室内管弦楽団を創設。
◆ソプラノと器楽アンサンブルのための「プシケ」を作曲。
1925年(49歳)
◆11月、パリのトリアノン・リリックにて「恋は魔術師」の最終的なバレエ版が上演。
1926年(50歳)
◆11月5日、ワンダ・ランドウスカに捧げられた「チェンバロ協奏曲」がバルセロナで初演。
1927年(51歳)
◆大作「アトランティーダ」の構想を開始。
1928年(52歳)
◆フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与。マドリードでモーリス・ラヴェルと再会。
1929年(53歳)
◆ロルカが「聖体の祝日のための頌歌」を出版し、その内容をめぐり敬虔なファリャとの間に一時的な緊張が生じます。
◆作曲の中心は「アトランティーダ」へと移行。
1930年(54歳)
◆故郷カディスの「マヌエル・デ・ファリャ劇場」の命名式典に出席。作曲家アルフレード・カゼッラの訪問を受けます。
1931年(55歳)
◆スペイン第二共和政が成立。左派(=共和国政府側)による教会への暴力的な攻撃に心を痛めます。
◆国立音楽評議会の委員に任命。
1932年(56歳)
◆ヴェネツィアの国際音楽祭で自作を指揮。
◆健康状態が悪化し始め、最初の遺言書を作成。
1933年(57歳)
◆スペインの社会不安から逃れるため、マジョルカ島に数ヶ月滞在。ショパンへの敬意を込めた「マジョルカのバラード」を作曲しました。
1934年(58歳)
◆再びマジョルカに滞在。指揮者アルボスのための「ファンファーレ」を作曲。宗教的・隠遁的生活がより顕著に。
1935年(59歳)
◆ベルギー王立アカデミーの会員に選出。ポールのデュカスの死を悼むピアノ曲を制作。眼病再発。
1936年(60歳)
◆7月、スペイン内戦が勃発。
◆8月、親友ガルシア・ロルカが、治安部隊(=反政府側)により銃殺。
1937年(61歳)
◆内戦での左派(=共和国政府側)による教会関係者男女の大虐殺などに絶望しながら、「アトランティーダ」の推敲を継続。
1939年(63歳)
◆スペイン内戦が終了。左派(=共和国政府側)の敗北。
◆9月、第2次世界大戦の勃発により、平和を求めてアルゼンチンに移住するため出発。10月に到着。
1940年(64歳)
◆スペイン政府から賢王アルフォンソ10世大十字勲章を授与。
◆ブエノスアイレスで指揮活動を行いながら、ローザ・ガルシア・アスコットらに教授活動を開始。
1941年(65歳)
◆グラナダの自宅から私物がアルゼンチンへ到着。コロン劇場で自作のバレエが上演。
1942年(66歳)
◆12月、より静かな環境と清浄な空気を求めてアルゼンチン内陸部コルドバ州の山岳地帯アルタ・グラシアの山荘「ロス・エスピニョス」へ転居。
1943年(67歳)
◆アルタ・グラシアでの隠遁生活。
1945年(69歳)
◆アルゼンチン国立美術アカデミー会員に選出。
1946年(69歳)
◆11月14日、アルタ・グラシアで心不全により死去。
モンポウ
1893-1987

1893年(0歳)
◆4月16日、スペイン王国カタルーニャのバルセロナで誕生。
1899年(6歳)
◆ピアノの指導開始。
1902年(9歳)
◆バルセロナを訪れたガブリエル・フォーレの演奏を聴き感動。後の作曲家転身への潜在的な影響。
1907年(14歳)
◆リセウ高等音楽院でペドロ・セーラによりピアノの指導開始。
1908年(15歳)
◆サラ・オルフェオで最初の公開ピアノリサイタル開催。
1909年(16歳)
◆フォーレのピアノ五重奏曲第1番の演奏を聴き、作曲家になることを決意。
1911年(18歳)
◆パリへ移住。グラナドスの推薦状持参。パリ音楽院でイシドール・フィリップに師事。
1912年(19歳)
◆パリ音楽院のほか、モッテ=ラクロワなどの個人指導も開始。
1914年(21歳)
◆第一次世界大戦の勃発によりバルセロナへ帰還。「内なる印象」完成。
1915年(22歳)
◆歌曲集「灰色の時」を作曲。
1916年(23歳)
◆「辺境」の作曲に着手。バルセロナ郊外の風景に触発。
1917年(24歳)
◆「魔法の歌」、ピアノ曲集「降誕祭」に着手。鐘の音を模した和声が作品に反映。
1919年(26歳)
◆「魔法の歌」を完成。
1920年(27歳)
◆ピアノ曲集「遠き祭」に着手。
1921年(28歳)
◆再びパリへ。モッテ=ラクロワによる作品初演が大成功。ドビュッシーの継承者と称賛。
1922年(29歳)
◆パリのサロンで自作を演奏し、上流社会で人気を博し、ロチルド男爵夫人らがパトロンに。
1923年(30歳)
◆ピアノ曲「対話」を作曲。パリに定住。
1924年(31歳)
◆サラベール社より「歌と踊り」が出版される。経済的な基盤を出版収入に求め始める。
1925年(32歳)
◆「4つのメロディ」を作曲。声楽曲における繊細な表現を追求。
1926年(33歳)
◆歌曲「不確かな歌」、歌曲集「コンプティーヌ」第1巻を作曲。詩人たちとの交流開始。
1927年(34歳)
◆「前奏曲集」の作曲を開始。
1928年(35歳)
◆ピアノ曲「歌と踊り」第4番など作曲。カタルーニャ民謡の引用が顕著に。
1929年(36歳)
◆世界恐慌の余波で経済的に不安定に。
1930年(37歳)
◆「前奏曲」第5番、第6番を作曲。モッテ=ラクロワが彼の作品を頻繁に演奏。
1931年(38歳)
◆歌曲集「コンプティーヌ」。この年から作曲の停滞期に入り。
1932年(39歳)
◆生活費を稼ぐため、音楽以外のビジネスを模索。
1933年(40歳)
◆兄が重病となり、家業の鐘工場の管理に従事。
1935年(42歳)
◆菓子店の運営に関わる生活。
◆スペイン共和国政府(左派)によるカトリック弾圧が激化。
1936年(43歳)
◆スペイン内戦勃発。カタルーニャの文化活動が停止。
1937年(44歳)
◆パリ万博のための音楽として「博覧会の思い出」を委嘱され、作曲活動を再開。
1938年(45歳)
◆「ショパンの主題による変奏曲」の作曲を開始。
1941年(48歳)
◆占領下のパリを逃れ、バルセロナへ永住のため帰還。カルメン・ブラーボとの出会い。
1942年(49歳)
◆歌曲集「夢の戦い」、ピアノ曲集「風景」の作曲を開始。作曲の第二の黄金期の始まり。
1952年(59歳)
◆サン・ジョルディ王立美術アカデミーの会員に選出。
1957年(64歳)
◆カルメン・ブラーボと結婚。
1959-67年(66-74歳)
◆「ひそやかな音楽」全4巻を完成。
1978年(85歳)
◆脳出血により倒れ、作曲活動停止。
1979年(86歳)
◆スペイン国立音楽賞を受賞。バルセロナ大学より名誉博士号授与。
1987年(94歳)
◆6月30日、バルセロナの自宅で呼吸不全により死去。モンジュイック墓地に埋葬。
エスポナ
1714-1779

1714年(0歳)
◆2月18日、スペイン王国カタルーニャのサン・フェリウ・デ・トレイヨで誕生。
1719年(5歳)
◆家庭内で音楽基礎教育の開始。
1724年(10歳)
◆モンセラート修道院のエスコラニアに入学。侍者としての活動を開始。
1725年(11歳)
◆少年合唱団員としての訓練。グレゴリオ聖歌およびポリフォニーの学習。
1726年(12歳)
◆音楽理論の基礎。チェンバロ演奏技術の習得。
1727年(13歳)
◆修道院内の音楽行事に積極的に参加。声変わりの時期を見据えた楽器演奏への注力。
1730年(16歳)
◆ヴィセンツ・プレシアック神父により高度な作曲技法とオルガン演奏が指導。
1731年(17歳)
◆プレシアック神父の助手として活動。楽譜の筆写や小規模な作品の試作。
1732年(18歳)
◆修道士となるための志願期間。音楽と信仰を統合する自己形成の最終段階。
1733年(19歳)
◆モンセラート修道院で聖職者の認可を受け、ベネディクト会修道士に。
1734年(20歳)
◆修道院内の音楽教師としての初歩的な任務。新入生の指導。
1735年(21歳)
◆鍵盤楽器のためのソナタや練習曲の作曲に従事。独自の様式の模索。
1736年(22歳)
◆カタルーニャ各地の教会音楽家との交流。モンセラートの音楽的水準の維持に貢献。
1737年(23歳)
◆スペイン王妃イサベル・デ・ファルネシオの影響によるイタリア・オペラの流行。エスポナは独自のギャラント的な様式を追求。
1740年(26歳)
◆ベネト・エステベ神父と共に、モンセラートの「マエストロ・デ・カピリャ(楽長)」に就任。
1741年(27歳)
◆エスコラニアの管理。少年の選抜やカリキュラムの策定。
1742年(28歳)
◆教会儀式のための大規模な合唱曲を作曲。
1743年(29歳)
◆フェルナンド6世の宮廷音楽の隆盛。ドメニコ・スカルラッティの影響がモンセラートにも波及。
1746年(32歳)
◆フェルナンド6世がスペイン王に即位。バルバラ・デ・ブラガンサ王妃の下で鍵盤音楽の黄金時代到来。
1748年(34歳)
◆ラテン語によるモテット作品の充実。
1749年(35歳)
◆修道院内の音楽アーカイブの整理。過去の巨匠たちの作品の研究。
1750年(36歳)
◆アントニオ・ソレールを弟子として指導。
1751年(37歳)
◆ソレールへの徹底した指導。スカルラッティ様式とモンセラートの伝統の融合。
1752年(38歳)
◆ソレールがエル・エスコリアル修道院へ向かう準備を支援。
1753年(39歳)
◆自身の鍵盤楽器奏者としての演奏活動。修道院を訪れる貴賓の前での演奏。
1754年(40歳)
◆スペイン音楽理論の論争に参加。伝統と革新のバランスについて。
1755年(41歳)
◆リスボン大震災。スペイン全土にも衝撃。
1756年(42歳)
◆ソレールがエル・エスコリアルでの活動を開始。
1757年(43歳)
◆モンセラート修道院内の新たなオルガンの建造に関与。音彩設計のアドバイス。
1758年(44歳)
◆王妃バルバラ・デ・ブラガンサの死。スカルラッティ時代の終焉。
1759年(45歳)
◆カルロス3世が即位。啓蒙改革が本格化。
1760年(46歳)
◆鍵盤ソナタの最終的な推敲。装飾音の細密な指定。
1761年(47歳)
◆典礼用のマニフィカトの作曲。複合唱形式を用いた壮大な作品。
1767年(53歳)
◆イエズス会追放により修道院教育の重要性が相対的に増大。
1768年(54歳)
◆新たなソナタ様式の試み。より抒情的な旋律線の導入。
1770年(56歳)
◆モンセラートの音楽的権威としての不動の地位。多くの巡礼者がエスポナの音楽を求めて訪問。
1777年(63歳)
◆最後のマニフィカトの完成。
1779年(65歳)
◆1月9日、モンセラート修道院で死去。
トラックリスト
CD1 [74'14]
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
1. 第1曲 「愛の言葉」 [9'25]
2. 第2曲 「窓辺の語らい」 [11'25]
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ 変ホ長調 K.193
3. [3'27]
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
4. 第3曲 「燈火のファンダンゴ」 [6'23]
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタニ短調 K.141
5. [2'55]
ソレール(1729-1783)
◆ソナタ 第21番 嬰ハ短調
6. [3'01]
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
7. 第4曲 「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」 [6'33]
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ 嬰ヘ短調 K.25
8. [2'59]
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
9. 第5曲 「愛と死」 [12'47]
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ ト短調 K.8
10. [4'41]
グラナドス(1867-1916)
◆組曲「ゴイェスカス」より
11. 第6曲 「エピローグ(幽霊のセレナータ)」 [8'16]
スカルラッティ(1685-1757)
◆ソナタ ホ短調 K.198
12. [2'14]
ジャン=フランソワ・ディシャン(ピアノ)
録音:2018年2月26〜27日
場所:スペイン王国北東部、カタルーニャ州、バルセロナ、DDスタジオ
CD2 [83'25]
アルベニス(1860-1909)
◆組曲「イベリア」全曲(1905)
1. 第1曲「エヴォカシオン」(第1巻) [5'33]
2. 第2曲「港」(第1巻) [4'09]
3. 第3曲「セビリアの聖体祭」(第1巻) [8'34]
4. 第4曲「ロンデーニャ 」(第2巻) [6'51]
5. 第5曲「アルメリア 」(第2巻) [10'02]
6. 第6曲「トゥリアーナ 」(第2巻) [5'40]
7. 第7曲「エル・アルバイシン 」(第3巻) [7'31]
8. 第8曲「エル・ポロ 」(第3巻) [6'38]
9. 第9曲「ラバピエス 」(第3巻) [7'31]
10. 第10曲「マラガ 」(第4巻) [5'20]
11. 第11曲「ヘレス 」(第4巻) [9'47]
12. 第12曲「エリターニャ」(第4巻) [5'40]
エステバン・サンチェス(ピアノ)
録音:1968〜1974年
場所:スペイン王国北東部、カタルーニャ州、バルセロナ、カジノ・デ・ラリアンサ・デル・ポブレノウ
CD3 [64'43]
アルベニス (1860-1909)
◆「スペイン組曲」 第1集 Op.47(1886)
1. 第1曲 「グラナダ」(セレナータ) [5'09]
2. 第2曲 「カタルーニャ」(クランダ) [2'36]
3. 第3曲 「セビリア」(セビリャーナス) [4'53]
4. 第4曲 「カディス」(カンシオン) [4'31]
5. 第5曲 「アストゥリアス」(伝説) [6'40]
6. 第6曲 「アラゴン」(ファンタジア) [5'09]
7. 第7曲 「カスティーリャ」(セギディーリャ) [3'09]
8. 第8曲 「キューバ」(カプリチョ) [6'04]
アルベニス (1860-1909)
◆「スペイン組曲」 第2集 Op.97(1888)
9. 第1曲 「サラゴサ」 [3'54]
10. 第2曲 「セビリア」 [7'12]
アルベニス (1860-1909)
◆「古風な組曲」 第3集(1886)
11. 第1曲 メヌエット [3'37]
12. 第2曲 ガヴォット [3'57]
アルベニス (1860-1909)
◆「スペイン組曲」 第2集 Op.97(1888)
13. 第4曲 「ザンブラ・グラナディーナ」(東洋風の踊り) [3'18]
14. 第3曲 「カディス」(ガディターナ) [4'26]
セバスチャン・スタンリー(ピアノ)
録音:2022年5月5〜6日
場所:オランダ、アムステルダム、スタジオ150 ベツレヘム教会
CD4 [51'48]
トゥリーナ(1882-1949)
◆組曲「セビリア」 Op.2(1909)
1. 第1曲 「オレンジの木々の下で」 [6'15]
2. 第2曲 「聖木曜日の真夜中に」 [8'01]
3. 第3曲 「祭り」 [5'59]
トゥリーナ(1882-1949)
◆5つのジプシー舞曲 Op.55 (1929)
4. 第1曲 「ザンブラ」 [3'43]
5. 第2曲 「誘惑の踊り」 [3'39]
6. 第3曲 「儀式の踊り」 [2'56]
7. 第4曲 「ヘネラリーフェ」 [1'52]
8. 第5曲 「サクロ・モンテ」 [1'58]
トゥリーナ(1882-1949)
◆幻想的舞曲集 Op.22 (1919)
9. 第1曲 「熱狂」 [5'15]
10. 第2曲 「夢想」 [6'13]
11. 第3曲 「祝宴」 [5'25]
ペドロ・ピケロ(ピアノ)
録音:2023年10月12-14日
場所:スペイン、ビジャヌエバ・デ・ラ・セレーナ、会議宮殿
CD5 [71'05]
マヌエル・フォント・デ・アンタ (1889-1936)
◆組曲「アンダルシア」
1. 「マリア・ルイサ公園にて」(第1集 第1曲) [9'35]
2. 「マカレナ」(第1集 第2曲) [6'54]
3. 「アラメダ・デ・エルクレス広場にて」(第1集 第3曲) [7'05]
4. 「アルハンブラ」(第2集 第1曲) [6'40]
5. 「ブドウ園の近くで」(第2集 第2曲) [9'31]
6. 「漁網置き場」(第2集 第3曲) [10'54]
7. 「モスクにて」(第3集 第1曲) [6'06]
8. 「セビリアの中庭にて」(第3集 第2曲) [8'02]
9. 「闘牛場にて」(第3集 第3曲) [6'08]
リッカルド・シュワルツ(ピアノ)
録音:2018年6月15日
場所:イタリア共和国北部、ロンバルディア州、パヴィーア県、ドルノ、クラシカヴィーヴァ・レコーディング・スタジオ
CD6 [52'22]
ファリャ(1876-1946)
◆「三角帽子」からの舞曲
1. 「粉屋の踊り」 [2'30]
2. 「粉屋の女房の踊り」 [3'54]
3. 「近所の人たちの踊り」 [3'30]
ファリャ(1876-1946)
◆「はかなき人生」より
4. スペイン舞曲第1番 [3'29]
ファリャ(1876-1946)
◆クロード・ドビュッシーの墓碑銘のための讃歌
5. [3'26]
ファリャ(1876-1946)
◆セレナータ
6. [4'03]
ファリャ(1876-1946)
◆マズルカ
7. [5'10]
ファリャ(1876-1946)
◆アンダルシアのセレナータ
8. [5'45]
ファリャ(1876-1946)
◆夜想曲
9. [4'36]
ファリャ(1876-1946)
◆歌
10. [2'09]
ファリャ(1876-1946)
◆ベティカ幻想曲(アンダルシア幻想曲)
11. [13'46]
ベニータ・メシュラム(ピアノ)
録音:2004年1月15〜17日
オランダ、デーフェンテル、レモンストラント派再洗礼派教会
CD7 [47'16]
ファリャ (1876-1946)
◆4つのスペイン小品
1. 「アラゴネーサ」 [3'38]
2. 「クバーナ」 [4'17]
3. 「モンタニェーサ」 [5'12]
4. 「アンダルーサ」 [4'40]
ファリャ (1876-1946)
◆「恋は魔術」より
5. 「火祭りの踊り」 [3'49]
ファリャ (1876-1946)
◆こびとの行列
6. [2'20]
ファリャ (1876-1946)
◆ヴァルス・カプリッチョ
7. [4'06]
ファリャ (1876-1946)
◆演奏会用アレグロ
8. [10'44]
ファリャ (1876-1946)
◆ヴォルガの舟歌
9. [4'14]
ファリャ (1876-1946)
◆ポール・デュカスの墓碑銘のために
10. [4'12]
ベニータ・メシュラム(ピアノ)
録音:2004年1月15〜17日
オランダ、デーフェンテル、レモンストラント派再洗礼派教会
CD8 [70'44]
モンポウ(1893-1987)
◆ひそやかな音楽(1959〜1967)
1. 第1曲 アンジェリコ(天使のように) (第1集) [1'44]
2. 第2曲 レント(ゆっくりと) (第1集) [1'27]
3. 第3曲 プラシード(静かに) (第1集) [2'00]
4. 第4曲 アフリット・エ・ペノーゾ(悲しみ苦しんで) (第1集) [2'07]
5. 第5曲 (第1集) [2'37]
6. 第6曲 レント (第1集) [1'57]
7. 第7曲 レント (第1集) [3'31]
8. 第8曲 センプリーチェ(単純に) (第1集) [0'44]
9. 第9曲 レント (第1集) [2'36]
10. 第10曲 レント・カンタービレ (第2集) [1'09]
11. 第11曲 アレグレット (第2集) [1'16]
12. 第12曲 レント (第2集) [2'32]
13. 第13曲 トランキーロ-トレ・カルム(静かに─非常に穏やかに) (第2集) [2'35]
14. 第14曲 セヴェーロ─セリユ(厳格に─厳粛に) (第2集) [2'11]
15. 第15曲 レント・プランティフ(遅く哀れに) (第2集) [2'45]
16. 第16曲 カルム (第2集) [2'27]
17. 第17曲 レント (第3集) [2'13]
18. 第18曲 ルミノーゾ (第3集) [2'01]
19. 第19曲 トランキーロ (第3集) [1'58]
20. 第20曲 カルム (第3集) [3'26]
21. 第21曲 レント (第3集) [3'21]
22. 第22曲 モルト・レント・エ・トランキーロ (第4集) [1'48]
23. 第23曲 カルム、アヴェック・クラルテ(穏やかに、澄み渡って) (第4集) [2'13]
24. 第24曲 モデラート (第4集) [2'39]
25. 第25曲 (第4集) [3'27]
26. 第26曲 レント (第4集) [3'11]
27. 第27曲 レント・モルト (第4集) [3'26]
28. 第28曲 レント (第4集) [5'12]
アレッサンドロ・デリアヴァン(ピアノ)
録音:2016年10月4日
場所:イタリア共和国、シチリア島、アチレアーレ、パラッツォ・ペンニージ
CD9 [73'26]
フェデリコ・モンポウ(1899-1940)
◆歌と踊り(1921-1962)
1. 第1番 (1921) [2'58]
2. 第2番 (1918-1924) [1'57]
3. 第3番 (1926) [4'50]
4. 第4番 (1928) [3'24]
5. 第5番 (1942) [3'49]
6. 第6番 (1942) [3'58]
7. 第7番 (1944) [2'56]
8. 第8番 (1946) [3'56]
9. 第9番 (1948) [5'10]
10. 第10番 (1953) [2'33]
11. 第11番 (1961) [4'39]
12. 第12番 (1962) [3'46]
◆子守歌(1951)
13. [4'26]
◆魔法の歌(1917-1919)
14. 第1曲 力強く [1'26]
15. 第2曲 闇の [1'58]
16. 第3曲 深く [2'27]
17. 第4曲 神秘な [1'59]
18. 第5曲 安らかに [2'23]
◆風景 (1942-1960)
19. 第1曲 泉と鐘 (1942) [3'35]
20. 第2曲 湖 (1947) [5'01]
21. 第3曲 ガリシアの荷車 (1960) [4'11]
アレッサンドロ・デリアヴァン(ピアノ)
録音:2016年4月1日
場所:イタリア共和国、シチリア島、アチレアーレ、パラッツォ・ペンニージ
CD10 [68'44]
エスポナ(1714-1779)
鍵盤楽器のためのソナタ集
◆ソナタ第1番 ニ短調
1. [4'40]
◆ソナタ第2番 ニ短調
2. [2'27]
◆ソナタ第17番 イ短調
3. [3'36]
◆ソナタ第3番 変ロ長調
4. [5'42]
◆ソナタ第4番 変ロ長調
5. [5'05]
◆ソナタ第5番 ト短調
6. [4'57]
◆ソナタ第6番 ト短調
7. [3'51]
◆ソナタ第16番 ト短調
8. [5'44]
◆ソナタ第11番 変ホ長調
9. [5'58]
◆ソナタ第12番 変ホ長調
10. [4'17]
◆ソナタ第7番 ハ短調
11. [6'02]
◆ソナタ第13番 ト長調
12. [5'27]
◆ソナタ第24番 ト長調
13. [5'21]
◆ソナタ第9番 ホ長調
14. [5'04]
メラニ・メストレ(ピアノ)
録音:2013年9月21日
場所:スペイン王国北東部、カタルーニャ州、バルセロナ、サンタ・コロマ・ダ・グラマネート、カン・ロイ・イ・トーレス音楽堂
Track list
CD1
Enrique Granados 1867-1916
Goyescas
1. Los Requiebros 9'25
The Compliments -
Les Compliments Galants
2. Coloquio en la Reja
(Duo de amor) 11'25
Conversation at the Window
(Love duet)
Conversation à la Fenêtre
(Duo d'amour)
Domenico Scarlatti 1685-1757
3. Sonata in E flat major K.193 3'27
Enrique Granados
Goyescas
4. El Fandango de Candil 6'23
Fandango by Candlelight
Fandango aux Chandelles
Domenico Scarlatti
5. Sonata in D minor K.141 2'55
Antonio Soler 1729-1783
6. Sonata No.21 in C sharp minor 3'01
Enrique Granados
Goyescas
7. Quejas, o La Maja y el Ruiseñor 6'33
Complaint, or the Girl and the Nightingale
Plaintes, ou la Jeune Fille et le Rossignol
Domenico Scarlatti
8. Sonata in F sharp minor K.25 2'59
Enrique Granados
Goyescas
9. El Amor y la Muerte (Balada) 12'47
Ballad of Love and Death
L'Amour et la Mort (Ballade)
Domenico Scarlatti
10. Sonata in G minor K.8 4'41
Enrique Granados
Goyescas
11. Epílogo: Serenata del Espectro 8'16
Epilogue: Serenade to a Spectre
Epilogue: Sérénade du Spectre
Domenico Scarlatti
12. Sonata in E minor K.198 2'14
Jean-François Dichamp piano
Total time: 74'14
Recording: 26-27 February 2018, DD Studio Barcelona, Spain
CD2
Isaac Albéniz 1860-1909
Iberia, Book I
1. Evocación 5'33
2. El Puerto 4'09
3. Corpus Christi en Sevilla 8'34
Iberia, Book II
4. Rondeña 6'51
5. Almería 10'02
6. Triana 5'40
Iberia, Book III
7. El Albaicín 7'31
8. El polo 6'38
9. Lavapiés 7'31
Iberia, Book IV
10. Málaga 5'20
11. Jerez 9'47
12. Eritaña 5'40
Esteban Sánchez piano
Total time: 83'25
Recording: 1968-1974, Casino de l'Alianca del Poblenou, Barcelona, Spain
CD3
Isaac Albéniz 1860-1909
Suite española No.1 Op.47
1. No.1 Granada (Serenata) 5'09
2. No.2 Cataluña (Curranda) 2'36
3. No.3 Sevilla (Sevillanas) 4'53
4. No.4. Cádiz (Canción) 4'31
5. No.5 Asturias (Leyenda) 6'40
6. No.6 Aragón (Fantasía) 5'09
7. No.7 Castilla (Seguidillas) 3'09
8. No.8 Cuba (Capricho) 6'04
Suite española No.2 Op.97
9. No.1 Zaragoza 3'54
10. No.2 Sevilla 7'12
Suite ancienne No.3
11. No.1 Minuetto 3'37
12. No.2 Gavota 3'57
13. Zambra granadina
(Danse orientale) 3'18
14. Cadiz (Gaditana) 4'26
Sebastian Stanley piano
Total time: 64'43
Recording: 5-6 May 2022, Studio 150 Bethlehemkerk, Amsterdam, The Netherlands
CD4
Joaquín Turina 1882-1949
Sevilla. Suite pintoresca, Op.2 (1909)
1. I. Bajo los naranjos (Beneath the Orange Trees) 6'15
2. II. El Jueves Santo a medianoche (Maundy Thursday at Midnight) 8'01
3. III. La Feria (The Fair) 5'59
Cinco danzas gitanas, Op.55 (1929)
4. I. Zambra 3'43
5. II. Danza de la seducción (Dance of Seduction) 3'39
6. III. Danza ritual (Ritual Dance) 2'56
7. IV. Generalife 1'52
8. V. Sacro-Monte 1'58
Danzas fantásticas, Op.22 (1919)
9. I. Exaltación (Exaltation) 5'15
10. II. Ensueño (Fantasy) 6'13
11. III. Orgía (Orgy) 5'25
Pedro Piquero piano
Total time: 51'48
Recording: 12-14 October, 2023, Palacio de Congresos de Villanueva de la Serena, Spain
CD5
Manuel Font y de Anta 1889-1936
Andalucía
I Cuaderno
1. En el parque de María Luisa 9'35
2. Macarena 6'54
3. En la Alameda de Hércules 7'05
II Cuaderno
4. Alhambra 6'40
5. El barrio de la Viña 9'31
6. Perchel 10'54
III Cuaderno
7. En la Mezquita 6'06
8. En un patio sevillano 8'02
9. En los Toros 6'08
Riccardo Schwartz piano
Total time: 71'05
Recording: 15 June 2018 by ClassicaViva Recording Studio (Dorno, Italy)
CD6
Manuel de Falla 1876-1946
Dances from
“El Sombrero De Tres Picos”
1 Danza del Molinero 2'30
2. Danza de la Molinera 3'54
3. Danza de los Vecinos 3'30
4. Danza de La Vida Breve 3'29
5. Homenaje de Claude Debussy 3'26
6. Serenata 4'03
7. Mazurka 5'10
8. Serenata Andaluza 5'45
9. Nocturno 4'36
10. Cancion 2'09
11. Fantasia Baetica 13'46
Benita Meshulam piano
Total time: 52'22
Recording: 15-17 January 2004, Doopsgezinde Remonstrantse Kerk Deventer, The Netherlands
CD7
Manuel de Falla 1876-1946
Cuatro Piezas Españolas
1. Aragonesa 3'38
2. Cubana 4'17
3. Montanesa 5'12
4. Andaluza 4'40
5. Ritual Fire Dance
(from: El Amor Brujo) 3'49
6. Cortejo de Gnomos 2'20
7. Vals capricho 4'06
8. Allegro de concierto 10'44
9. Canto de los remeros del Volga 4'14
10. Pour le tombeau de Paul Dukas 4'12
Benita Meshulam piano
Total time: 47'16
Recording: 15-17 January 2004, Doopsgezinde Remonstrantse Kerk Deventer, The Netherlands
CD8
Federico Mompou 1899-1940
Música callada
Primer cuaderno (1959)
1. I Angelico 1'44
2. II Lent 1'27
3. III Placide 2'00
4. IV Afflitto e penoso 2'07
5. V 2'37
6. VI Lento 1'57
7. VII Lento 3'31
8. VIII Semplice 0'44
9. IX Lento 2'36
Segundo cuaderno (1962)
10. X Lento-cantabile 1'09
11. XI Allegretto 1'16
12. XII Lento 2'32
13. XIII Tranquilo-très calme 2'35
14. XIV Severo-sérieux 2'11
15. XV Lento-plaintif 2'45
16. XVI Calme 2'27
Tercer cuaderno (1965)
17. XVII Lento 2'13
18. XVIII Luminoso 2'01
19. XIX Tranquillo 1'58
20. XX Calme 3'26
21. XXI Lento 3'21
Cuarto cuaderno (1967)
22. XXII Molto lento e tranquillo 1'48
23. XXIII Calme, avec clarté 2'13
24. XXIV Moderato 2'39
25. XXV 3'27
26. XXVI Lento 3'11
27. XXVII Lento molto 3'26
28. XXVIII Lento 5'12
Alessandro Deljavan piano
Total time: 70'44
Recording: 10/04/2016 Palazzo Pennisi, Acireale, Sicily, Italy
CD9
Federico Mompou 1899-1940
Cançons i danses (1921-1962)
1. I (1921) 2'58
2. II (1918-1924) 1'57
3. III (1926) 4'50
4. IV (1928) 3'24
5. V (1942) 3'49
6. VI (1942) 3'58
7. VII (1944) 2'56
8. VIII (1946) 3'56
9. IX (1948) 5'10
10. X (1953) 2'33
11. XI (1961) 4'39
12. XII (1962) 3'46
13. Canción de cuna (1951) 4'26
Cants màgics (1917-1919)
14. Enèrgic 1'26
15. Obscur 1'58
16. Profond-lent 2'27
17. Misteriós 1'59
18. Calma 2'23
Paisajes (1942-1960)
19. La fuente y la campana (1942) 3'35
20. El lage (1947) 5'01
21. Carros de Galicia (1960) 4'11
Alessandro Deljavan piano
Total time: 73'26
Recording: 1/04/2016 Palazzo Pennisi, Acireale, Sicily, Italy
CD10
Manuel Espona 1714-1779
Sonatas para Tecla
1. Sonata No.1 in D minor 4'40
2. Sonata No.2 in D minor 2'27
3. Sonata No.17 in A minor 3'36
4. Sonata No.3 in B flat 5'42
5. Sonata No.4 in B flat 5'05
6. Sonata No.5 in G minor 4'57
7. Sonata No.6 in G minor 3'51
8. Sonata No.16 in G minor 5'44
9. Sonata No.11 in E flat 5'58
10. Sonata No.12 in E flat 4'17
11. Sonata No.7 in C minor 6'02
12. Sonata No.13 in G 5'27
13. Sonata No.24 in G 5'21
14. Sonata No.9 in E 5'04
Melani Mestre piano
Total time: 68'44
Recording: 21 September 2013, Auditori Can Roig i Torres – Santa Coloma de Gramanet, Barcelona, Spain
商品説明詳細ページ一覧
作曲家
【中世〜バロック】
◆ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (1098-1179)
◆バルベッタ (c.1540-1623?)
◆バード (c.1540-1623)
◆スウェーリンク (1562-1621)
◆モンテヴェルディ (1567-1643)
◆ファゾーロ (c.1598-c.1664)
◆ロッシ (1602-1656)
◆カッツァーティ (1616-1678)
◆レグレンツィ (1626-1690)
◆ルイ・クープラン (1626-1661)
◆クープラン一族
◆ブクステフーデ (1637-1707)
◆マッツァフェッラータ (c.1640–1681)
◆マンネッリ (1640-1697)
◆ムルシア (1673-1739)
◆グリューネヴァルト (1673-1739)
◆ダンドリュー (1682-1738)
◆J.S.バッハ (1685-1750)
◆B.マルチェッロ (1686-1739)
◆ゴットリープ・ムッファト (1690-1770)
◆モルター (1696-1765)
◆シャフラート (1709-1763)
◆コレット (1709-1795)
◆スタンリー (1713-1786)
◆ヨハン・エルンスト・バッハ (1722-1777)
◆ビンダー (1723-1789)
◆グラヴィエ (1723-1799)
【古典派&ロマン派】
◆ハイドン (1732-1809)
◆ミスリヴェチェク (1737-1781) (モーツァルトへの影響大)
◆ボッケリーニ (1743-1805)
◆ギロヴェッツ (1763-1850)
◆モンジュルー (1764-1836) (ピアノ系)
◆ベートーヴェン (1770-1827)
◆クラーマー (1771-1858)
◆ジャダン (1776-1800) (ピアノ系)
◆ソル (1778-1839) (ギター系)
◆リース (1784-1838)
◆ブルックナー (1824-1896)
◆ルビンシテイン (1829-1894)
◆キュイ (1835-1918)
◆マルトゥッチ (1856-1909)
◆マーラー (1860-1911)
◆トゥルヌミール (1870-1939)
◆ルクー (1870-1894)
◆レーガー (1873-1916)
◆ラフマニノフ (1873-1943)
【近現代】
◆シェーンベルク (1874-1951)
◆ウォルフ=フェラーリ (1876-1948)
◆カイパー (1877-1953)
◆レスピーギ (1879-1936)
◆レーバイ (1880-1953) (ギター系)
◆ピツェッティ (1890-1968)
◆マルティヌー (1890-1959)
◆カステルヌオーヴォ=テデスコ (1895-1968)
◆ミゴ (1891-1976) (ギター系も)
◆レブエルタス (1899-1940)
◆サントルソラ (1904-1994) (ギター系も)
◆ショスタコーヴィチ (1906-1975)
◆ラングレー (1907-1991) (オルガン系)
◆アンダーソン (1908-1975)
◆メシアン (1908-1992)
◆グアスタビーノ (1912-2000) (ギター系)
◆デュアルテ (1919-2004) (ギター系)
◆ピアソラ (1921-1992) (タンゴ系)
◆プレスティ (1924-1967) (ギター系)
◆テオドラキス (1925-2021)
◆ヘンツェ (1926-2012)
◆スハット (1935-2003)
◆ペルト (1935-)
◆ヴァスクス (1946-)
◆坂本龍一 (1952-2023)
【複数】
◆女性作曲家たち
◆Piano Classics スラヴ・エディション
◆Piano Classics フレンチ・エディション
◆Piano Classics アメリカ・エディション
◆Piano Classics スペイン・エディション
◆オランダのピアノ協奏曲集
◆オランダのチェロ協奏曲集
◆イタリアのヴァイオリン・ソナタ集
◆イタリアのチェロ・ソナタ集
オーケストラ
◆ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
指揮者
【ドイツ・オーストリア】
◆アーベントロート
◆エッシェンバッハ
◆カラヤン
◆クナッパーツブッシュ (ウィーン・フィル、 ベルリン・フィル、 ミュンヘン・フィル、 国立歌劇場管、レジェンダリー)
◆クラウス
◆クリップス
◆クレンペラー (VOX&ライヴ、ザルツブルク・ライヴ、VENIASボックス
◆サヴァリッシュ
◆シューリヒト
◆スイトナー (ドヴォルザーク、 レジェンダリー)
◆フリート
◆フルトヴェングラー
◆ヘルビヒ (ショスタコーヴィチ、 マーラー、 ブラームス)
◆ベーム
◆メルツェンドルファー
◆ヤノフスキー
◆ライトナー
◆ラインスドルフ
◆レーグナー (ブルックナー、 マーラー、 ヨーロッパ、 ドイツ)
◆ロスバウト
【ロシア・ソ連】
◆アーロノヴィチ
◆ガウク
◆クーセヴィツキー
◆ゴロワノフ
◆ペトレンコ
◆マルケヴィチ
【アメリカ】
◆クーチャー(クチャル)
◆スラトキン(父)
◆ドラゴン
◆バーンスタイン
◆フェネル
【オランダ】
◆オッテルロー
◆クイケン
◆フォンク
◆ベイヌム
◆メンゲルベルク
【フランス】
◆パレー
◆モントゥー
◆レイボヴィッツ
【ハンガリー】
◆セル
◆ドラティ
【スペイン】
◆アルヘンタ
【スイス】
◆アンセルメ
【ポーランド】
◆クレツキ
【チェコ】
◆ターリヒ
【ルーマニア】
◆チェリビダッケ
【イタリア】
◆トスカニーニ
【イギリス】
◆バルビローリ
【ギリシャ】
◆ミトロプーロス
【日本】
◆小澤征爾
鍵盤楽器奏者
【ピアノ(ロシア・ソ連)】
◆ヴェデルニコフ
◆グリンベルク
◆ソフロニツキー
◆タマルキナ
◆ニコラーエワ
◆ネイガウス父子
◆フェインベルク
◆フリエール
◆モイセイヴィチ
◆ユージナ
【ピアノ(フランス)】
◆ウーセ
◆カサドシュ
◆ティッサン=ヴァランタン
◆ハスキル
◆ロン
【ピアノ(ドイツ・オーストリア)】
◆キルシュネライト
◆シュナーベル
◆デムス
◆ナイ
◆レーゼル (ブラームス、 ベートーヴェン)
【ピアノ(イタリア)】
◆フィオレンティーノ
【ピアノ(ハンガリー)】
◆ファルナディ
【ピアノ(南米)】
◆タリアフェロ
◆ノヴァエス
【チェンバロ】
◆ヴァレンティ
◆カークパトリック
◆ランドフスカ
弦楽器奏者
【ヴァイオリン】
◆オイストラフ
◆コーガン
◆スポールディング
◆バルヒェット
◆フランチェスカッティ
◆ヘムシング
◆リッチ
◆レナルディ
◆レビン
【チェロ】
◆カサド
◆シュタルケル
◆デュ・プレ
◆トルトゥリエ
◆ヤニグロ
◆ロストロポーヴィチ
管楽器奏者
【クラリネット】
◆ウラッハ
◆マンツ
【ファゴット】
◆デルヴォー(ダルティガロング)
【オーボエ】
◆モワネ
歌手
◆ド・ビーク (メゾソプラノ)
室内アンサンブル
【三重奏団】
◆パスキエ・トリオ
【ピアノ四重奏団】
◆フォーレ四重奏団
【弦楽四重奏団】
◆ヴェーグ四重奏団
◆グリラー弦楽四重奏団
◆シェッファー四重奏団
◆シュナイダー四重奏団
◆ズスケ四重奏団
◆パスカル弦楽四重奏団
◆ハリウッド弦楽四重奏団
◆バルヒェット四重奏団
◆ブダペスト弦楽四重奏団
◆フランスの伝説の弦楽四重奏団
◆レナー弦楽四重奏団
楽器
◆アルザスのジルバーマン・オルガン
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