はんぶる・ドットこらむ 山崎浩太郎(演奏史譚家)
第20回 「ザ・ラスト・ナイト 今月は趣向を変えて、オパス・アルテが発売したDVD「ザ・ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス」を取りあげたい。
人間は、さまざまな「記念碑」を残して、自らの名を後世に遺す。鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが建てたカーネギー・ホールなどは、その一例である。
音楽家にも何人かいる。現存の指揮者でも、小澤征爾にはタングルウッドにセイジ・オザワ・ホールがあるし、岩城宏之にはメルボルンにイワキ・オーディトリアムがある。 そしてイギリスには、ヘンリー・ウッド・プロムナード・コンサート、通称「プロムス」に名を遺す指揮者、ヘンリー・ウッドがいる。ウッドは1895年の第1回以来、1944年まで半世紀にわたって「プロムス」の指揮者をつとめた人物である。
19世紀末のロンドンには、常設のオーケストラがほとんど存在しなかった。ウッド率いるクイーンズ・ホール管弦楽団が、ほぼ唯一の交響楽団であった。その本拠地であるクイーンズ・ホールで毎年夏に行なわれたのが、「プロムス」である。堅苦しくなく、出入り自由で、気軽に楽しめるコンサート。名士貴顕が客席を埋めるロイヤル・フィルハーモニック協会の演奏会などとは対照的な庶民的催しとして、「プロムス」はロンドン市民に愛されてきた。
1927年にBBC放送がスポンサーとなり、オーケストラがBBC交響楽団に変わる。41年にクイーンズ・ホールがドイツ空軍の爆撃で破壊されると、ロイヤル・アルバート・ホールに拠点を移す。44年にウッドが亡くなると、バージル・キャメロンを新たな指揮者とする。こうして「プロムス」は時代を超えて存続した。その後もサージェント、コリン・デイヴィス、プリッチャード、アンドリュー・デイヴィスなどが音楽監督をつとめている。
「プロムス」のなかでも楽日、つまりラスト・ナイトは、華やかなお祭りになる。後半の曲目はほぼ決まっていて、エルガーの威風堂々第1番(途中の旋律が『希望と栄光の国』として合唱される)、ウッドがネルソン提督のトラファルガー開戦勝利100周年記念に作った《イギリスの海の歌による幻想曲》、アーンの《ルール・ブリタニア》、パリーの《エルサレム》が、聴衆の笛や掛け声や合唱とともに演奏されてゆくのだ。
いつごろから確立された曲目なのかはよくわからないが、ときにどれかが抜かれたりすると(C・デイヴィスが威風堂々を嫌って、抜いたりしたことがある)、猛烈な抗議が起きていつも元に戻されてきた。
このラスト・ナイトのライヴ録音はC・デイヴィスのフィリップス盤、A・デイヴィスの100周年記念のテルデック盤などがあって(スタジオ録音も他にいくつかある)、それぞれに楽しいが、ここにその映像版が登場したわけだ。A・デイヴィスの指揮はあっさりとしているが、6000人の聴衆を含めてコントロールするには、適した方法なのかも知れない。映像的には華やかで、89年から音楽監督をつとめたA・デイヴィス最後の「プロムス」ということで、かれとウッドに贈られる万歳三唱やらスピーチやら花火やらも、たっぷりと入っている。
会場を埋めつくすユニオン・ジャックの旗と、最後の国歌斉唱。日本ではこんな演奏会は無理に決まっているのだが…。
ザ・ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス 2000
[J.S.バッハ: 前奏曲(幻想曲)とフーガ ハ短調 BWV. 537(エルガーによる管弦楽曲編) / 6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 〜 無伴奏ソナタ 第1番 ト短調 BWV. 1001 - Presto* / ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ長調「軍隊」K. 218* / R. シュトラウス:歌劇「サロメ」 Op.54 〜 サロメの舞「7つのヴェールの踊り」/最後の場面** / ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲 第2番(ジェラード・マクバーニーによる管弦楽曲編、世界初録音) / グレインジャー:フォスターに捧ぐ(「草競馬」にもとづいて)*** / ディーリアス:歌劇「村のロメオとジュリエット」〜 間奏曲「楽園への道」 / エルガー:行進曲「威風堂々」 Op.39 〜 第1番 ニ長調 / ウッド:イギリスの海の歌による幻想曲 / アーン:舞台音楽「アルフレッド」〜 ルール・ブリタニア(サージェント編曲)** / パリー:イェルサレム(エルガーによる管弦楽曲編) / 国歌] (ヒラリー・ハーン、ジェーン・イーグレン、サー・アンドルー・デイヴィスのインタビュー / サー・アンドルー・デイヴィスのスピーチ、BBC プロムスのディレクターであるニコラス・ケニヨンのプレゼンテーション、他)
ヒラリー・ハーン(vn)* / ジェーン・イーグレン(S)** / ジャニス・ワトソン(S)*** / アン・マレイ(Ms)*** / トビー・スペンス(T)*** / ロバート・ティアー(T)*** / ニール・デイヴィス(Bs)*** / BBC交響合唱団 / BBC交響楽団 / サー・アンドルー・デイヴィス指揮
2000年9月、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホール
16:9 / ドルビーデジタル5.1 サラウンド・サウンド、ステレオ / 片面二層ディスク / 166分