日本作曲家選輯
大澤壽人:交響曲第3番、ピアノ協奏曲『神風協奏曲』
戦前、戦中期に於いて、日本人作曲家として突出した才能を示したにもかかわらず、日本楽壇の同時代的理解を得られず、早すぎた死のあとにはその存在すらほとんど忘れ去られてしまった作曲家、大澤壽人。技術者の父とクリスチャンの母のもとに生まれ、少年時代にはオルガンや合唱に親しみ、教会に通う外国人たちからピアノを学んだ大澤は、関西学院高等商業学部卒業後すぐにアメリカに留学。ボストン大学およびニューイングランド音楽院に入学して研鑽を積みました。1934年にはフランスに渡り、エコールノルマル音楽院に入学、ポール・デュカスやナディア・ブーランジェに師事した後、1936年に帰国、作曲家として活動をはじめます。
1937年に書かれた交響曲第3番は1940年の「皇紀2600年」を見据えた作品で、初演時には「建国の交響楽」と副題が付されていました。前作交響曲第2番の先鋭さは幾分薄まり、後期ロマン派風の雰囲気を感じさせる音楽に仕上がっています。
また、東京からロンドンまでの100時間を切る記録飛行に成功した朝日新聞社の航空機「神風号」をタイトルに付したピアノ協奏曲『神風協奏曲』は、1938年に作曲、初演されるも、モダン過ぎる作風は聴衆の理解を存分に得ることはできず、初演後は忘れられていました。
作曲家の没後半世紀を経て登場したこの録音は、平成16年度文化庁芸術祭のレコード部門優秀賞を受賞。片山杜秀氏によるオリジナル解説も読みごたえ充分です。(輸入元情報)
【収録情報】
大澤壽人:
1. ピアノ協奏曲第3番変イ長調『神風協奏曲』 (1938)
2. 交響曲第3番 (1937)
エカテリーナ・サランツェヴァ(ピアノ:1)
ロシア・フィルハーモニー管弦楽団
ドミトリー・ヤブロンスキー(指揮)
録音時期:2003年10月
録音場所:モスクワ、TV&ラジオ・カンパニー「カルチャー」大コンサート・スタジオ第5
録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)
輸入盤国内仕様(日本語解説付き)
※解説、演奏者プロフィールは既発売商品(8557416J)のブックレットから転載となります。(輸入元情報)
【大澤壽人 交響曲第3番&ピアノ協奏曲第3番「神風」 聴きどころ】
ドイツかフランスに生まれていたら、音楽史年表に普通に名前が載るような有名作曲家になっていたかもしれない・・・・・そんな感想を持ってもおかしくない程、忘れられた神戸の作曲家大澤壽人の管弦楽作品は、クラシック音楽の王道である交響曲や協奏曲としての完成度が高いものです。聴き返す度に新たな発見を覚え、さらなる興味が高まる正真正銘の名曲といえるものです。
交響曲第3番(1937年)
第1楽章は自由なソナタ形式によるものです。ティンパニと低弦のトレモロで開始し、弦楽の瞑想的なカノンやヴァイオリンの柔らかなトレモロによる序奏が続き(0:25)、主部はフルートとオーボエが活躍するアレグロ(1:30)です。この第一主題が劇的に高揚した後を受ける第二主題(3:50)は、荒々しいティンパニの導入部を伴うもので、日本音階を用いた哀感の漂う旋律です。この後、二つの主題が絡み合いながら展開し、戦闘的な行進曲も登場します。心臓の鼓動の様なリズムで始まるコーダ(11:40)には、切迫感が漂い、心打たれるものがあります。
第2楽章アダージョ・グラツィオーゾは、細分化された弦楽がカノン風に展開するもので、雅楽の「追吹き」を模したものです。中間部では、クラリネットの日本風の主題が印象的です。その後主部の再現を経て、コーダでは神秘的な行進曲となり、野辺送りの情景を髣髴させます。
第3楽章モデラートは、作曲者が「幻想メヌエット」と呼んだもので、アルペッジョを伴う第一のメヌエット、日本の童謡の様な第二メヌエット、ベートーヴェンのような古典的な楽想が日本風の都節に包まれるトリオと続き、第一、第二のメヌエットが再現される、スケルツォ楽章的な構成です。
第4楽章は、爆発的なトゥッティで始まり、奔流のような楽想が次々と出現し、行進曲のテンポと指定された主部(1:30)が導かれます。第1主題はヴァイオリンで落ち着いて奏でられ、第2主題(2:40)は極めて暴力的な雰囲気のものです。この二つの主題が巧みに展開され、輝かしい賛歌が出現し、最後は凱歌を上げる大団円を迎えます。
ピアノ協奏曲第3番 変イ長調「神風」(1938年)
第1楽章冒頭では、トロンボーンと弦楽が力強く印象的な3音を強奏します。この音型は「エンジンのモットー」といえるものであり、この協奏曲全体のライトモティーフとなる重要なものです。この音型をピアノも受け、スケルツォ風の行進曲の動機(0:50)も金管楽器を伴って登場します。主部の開始(2:15)は、飛行機が離陸する様を描写していて、様々な動機が組み合わさり、力強い飛行を表現する第一主題群を形成します。全管弦楽で演奏される第二主題(2:55)は、高空を飛翔するかの様な晴れ晴れとしたものです。この後、両主題と冒頭のモットーが、多彩な技法を駆使して目くるめくような華麗さで展開され、流れるようなピアノのカデンツァ(7:05)を受けて、高揚する再現部が始まり、飛行機が飛び去るように終わります。
第2楽章アンダンテ・カンタービレは、いわば夜間飛行風の音楽といったもので、サキソフォーンとクラリネットがブルース風の導入を吹き、ピアノによる、ブルーノーツと日本音階を共に取り入れた主題が始まります。「エンジンのモットー」が巧みに隠された技巧的な作風です。
第3楽章は、序奏とロンドとコーダより成り、導入部から「エンジンのモットー」がトランペットで強奏され、ピアノに受け継がれるなど活躍します。その後モットーとも関連する行進曲風の動機(0:24)が繰り返し提示され、主部のABACD形式のロンドが始まります。A動機(0:35)はピアノが主導するジャズ・トッカータで、B(1:45)は木管主導のスケルツァンドになります。C(3:40)はヨーロッパの歓楽街の賑やかさを思わせる陽気なもので、日欧長距離飛行のゴールに近づいた昂揚感を表現しています。短いカデンツァを経て、A動機が激しく高揚(6:20)し、急速テンポによるコーダ(6:55)になだれ込み、一気呵成に全曲を結びます。