Harukatomiyuki Review List
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Posted Date:2021/05/02
『終わりの始まり』はくぎ付けでなるくらい暗く惹きつける曲。歌詞が良い。他の曲も聴き入ってします曲ばかりです。
百合の花束 .
Posted Date:2020/10/03
ハルカトミユキの音楽を牽引しているのは、ハルカさんの物する歌詞であろう。だから聴き方として通常は「シニフィエ(意味)」重視の聴き方になるはずである。その一方で例えば眠れない夜に、部屋を暗くして横になって目をつむり、ヘッドフォンで睡眠への導入を期待してこのミニアルバムを聴くような場合はどうだろう。そこでは1回目、2回目…と、回を重ねるごとに「シニフィエ」から「シニフィアン(表象)」へと、聴こえ方が変質していくのである。音楽は時間の進行とともに脳の内部に音空間として現出する。そして記憶の助力を得てヒトは音階の変化やリズム等を含めた音楽の総体を認識する。それが、徐々に眠りに向かうにつれ、音楽は一体的に届くというよりは解体され、分析的もしくは部分抽出的に聴こえてくるようになる。歌声も言葉の意味を離れて一つの楽音となる。そして脳内の、更に言えば自我の内部の音空間内に、消えては現れる音の立体画像が描かれることになる。その観点から言えば、このミニアルバム中では特に03「マゼンタ」に顕著だが、音楽の合間にさまざまな質感の音が彩りを豊かにするように挿入され、「シニフィアン」の充実を感じ取ることができる。その繊細な表現によって何故か安心が生じ、聴き手としてはケアを享受している思いにすらなる。その一環として、拡がりのある音が一点に収束してフツッと消える「逆再生エコー」を彼女たちは好んで使用する。音の選択や組み立ては音楽家の腕の見せどころの一つであろう。ただし、01「世界」だけは趣が違って、ギターとピアノを除いて無彩色で平面的な音の壁であり、音の分析的な聴き方を許さない。この曲のみは「シニフィエ(意味)」専用の楽曲のようである。さて、次にその「シニフィエ」にも少しだけ触れてみたい。このミニアルバムの歌詞では視覚的な描写が目立ち、03「マゼンタ」はその意味でも美しい。空を駆けていく「最終列車」を地上で見送り、「マゼンタ(赤)」は「願い」と「後悔」の色、と歌われる。私には「最終列車」とは地球脱出の最終列車であり、「マゼンタ」とは地球を焼き尽くす大火の色、という情景が思い浮かぶ。更に05「バッドエンドの続きを」を03「マゼンタ」の続編と位置づけるならば「世界の終わりの続き」となる。歌詞の「二度と降りない駅の改札」とは「最終列車」が出た駅の改札口と見立てることができ、サイエンス・フィクションとしての具体性を獲得して取りあえず意味が安定する。だがしかし、そうであってさえ最後のフレーズは難解である。「いつか後悔が答えになると信じて、バッドエンドの続きを生きる」とはどういうことか。いま文節の順を通常文となるようにわざと入れ換えてみたが、これだけでも文意を損なう危険性はある。ここでの「後悔」を03「マゼンタ」の「後悔」と同一の後悔だと限定してさえ解釈は難しい(地球を脱出しなかったことへの後悔、若しくは地球環境を破壊した人類史への後悔)。この「後悔」とは、「後悔によって生じた新たな決意」に類似する内容を含意しているとしなければ、「信じる」と関係づけられないのではないか。何にしても普通に想像し得る心理作用ではないだろうからである。或いはある人々にとっては「バッドエンド」だとしても、その状況で生き続ける者にすればエンドでありはしないのであって、そこに逆説や矛盾が前提されることにもなり得る。ともあれ、世界とどう対峙し、その内側でそこからどうはみ出して観察者また当事者として生きていくかの模索が想起される。と、個人的な感受性の一局面を例に挙げたが、「マゼンタ」が夕焼けの色だとするとまた別な世界像が形成されよう。この二曲に限らず、曲ごとに省略や飛躍、象徴化や諧謔(06「ヨーグルト・ホリック」)等が方法として自在に用いられ、メビウスの輪のように捩じれていたりもする歌詞が聴き手に深読みを促す。猶予を許さぬ緊張感を孕む世界観が各曲の基底を成しているのは確かである。【「シニフィエ」「シニフィアン」は、ソシュールの記号論の浅薄な理解に基づく借用かつ恣意的な転用。「脳内の音空間」に関してはハンナ・アレント著『暗い時代の人々』(阿部齊=訳/ちくま学芸文庫)におけるブロッホに関する叙述に依拠していることをお断りしておきます。】
農夫 .
Posted Date:2019/03/02
本作を、物語性のあるトータル・アルバムとして聴いてみてはどうだろう。そうすることによって、心の揺らぎや紆余曲折を経ながらも大切な思いや信念を放棄することなく生きていく時間の移ろいを、より多面的・重層的に解釈する可能性が期待できます。トータル・アルバムとして各曲間の関連性を意識することによって、歌詞の意味の深まりを感受することも可能になるでしょう。では、曲順に従って関連性を持たせた曲紹介を試みてみます。その際、各曲で軸足の置かれた人称を併せて記します。…01「光れ」【一人称】逃避的な孤独を脱け出し、よくいえば社会との共生を、意地悪くいえば世間への迎合を歌った曲。02「DRAG & HUG」【一人称】他律的に流され、漂うように過ぎ行く日常が描き出される。ただし、曲のアレンジは曖昧さを否定する高速ドラムのパンクロック風で、歌詞の逆をいくもの。それは苛立ちを意図した表現とも解釈できよう。03「奇跡を祈ることはもうしない」【一人称】再びの誕生を意志する、ドラマティックな曲。04「Pain」【一人称】「君」との間で生じた痛み。信念が生きる指針ではなく、建前にすぎなかった「君」への失望感。05「Are you ready?」【二人称】決然とした生き方への呼びかけが英語と日本語で交互に歌われる。06のイントロダクションとしての短い曲。06「見る前に踊れ」【二人称】05から切れ目なく続く、ディスコサウンド風の曲。歌詞では「迷う前に踊っちゃえよ」と繰り返されるが、タイトルは違う。大江健三郎の初期の中編『見る前に跳べ』を意識してのタイトルだろう。状況を突き抜けるべく為される働きかけが力強くて魅力的。07「トーキョー・ユートピア」【三人称】現代社会をTVゲームの弱肉強食の世界に模して、戯画化して表現。キーボードの弾くオリエンタル調のメロディーがシニカル。08「永遠の手前」【一人称】09「you」【一人称】10「夜明けの月」【二人称】この3曲は関連性が強く、どれも「永遠」と「貴方」についての曲。生を実感する充実した時間は、信頼すべき「貴方」との共生の中に存在する。そして、「君の足元を照らす月になろう」という歌詞から、01「光れ」へと戻っていく円環が完成する。そして二度目の01「光れ」は、意味の上で既にして奥行きを獲得して始まることとなる。だから正確には、円環というより螺旋を描くとすべきかもしれない。また人称は二人称への接近を見せるはずである。…こうして見てくると、二人称の曲が重要な位置を占めていることが判ります。ただし、05/06は「貴方」に対して能動的働きかけが、10は受動的働きかけが描かれていて、持ち前の性質は違うことに気づきます。ヒトの主体性には両方あります。そして、より強さが求められるのは、受動的主体性のように思われるのです。日常にあっては私たちは右往左往を繰り返し、感情の乱高下に翻弄される存在にすぎないにしても、信じるべきを手放すことなく、信じるべきものの為に生きていきたいと願わないではいられない。また、あちらこちらに散見される精神のしなやかさとしてのユーモアが、アルバム全体を包み込むことを意識して聴くならば、もしもの絶望感にすら距離を置いて客観視する視座を獲得することができるでしょう。さてトータル・アルバムという前提で聴くと、一例として以上のような深まりへと導かれることになります。もちろん各曲を独立した単体として聴いてさえ、どの曲も聴く側の状況次第で印象が変わり、違う表情を見せるはずですが。本作はかように、聴く側の肯定的想像力を喚起する、完成度の高い作品だと言えるのではないでしょうか。
農夫 .
Posted Date:2019/01/11
ハルカトミユキの音楽は、コミュニケーションの不可能性に苦しむ者たちに、自らを生き長らえさせる呼吸空間を提供します。ここに自分と同質の痛みを持つ表現者がいる、との共感によって。 無理解、誤解、感情の行き違い、侮り等々の、他者との間で生じる軋轢。そこで見えてくる自己の弱さや覚悟の無さ、孤独感、辛さ、悲しさ、そしてやり場のない怒り。ハルカトミユキの楽曲のテーマは真っ正直に首尾一貫しています。同時にそれは客観化された、わたしたち自身の生の実相でもあります。そう感じさせるのは楽曲が自家撞着を避け、感情が昇華され、吟味された言葉が普遍性を獲得しているからこそでしょう。そう思います。 1曲目の「17才」は絶望の内にあってもコミュニケーションの回路を開いておくことの決意とその促しの歌と言えるでしょう。彼女たちの新たな領域を拓いたのかもしれません。4曲目に配されたそのピアノバージョンは、内省編に思われます。2曲目の「朝焼けはエンドロールのように」は彼女たちの本領です。歌詞、曲調、編曲、歌唱が在るべき形に絶妙に一体化して、心に突き刺さります。3曲目の「そんな海はどこにもない」には意表を衝かれます。編曲者名がクレジットされているところから、音を徐々に削っていったことが推察されます。この楽曲は初期の「未成年」と同様に、わたしたちの幼時の原体験を描いたわらべ歌といった位置づけが可能です。 アルバムであれシングルであれ関係なく、本作も繰り返し聴かずにはいられない珠玉の1枚なのです。
農夫 .
Posted Date:2014/08/10
「その日が来たら」。 ミニアルバムはこの衝撃的な名曲から幕を開ける。 始まりから絶望感を漂わせながらも、サビで強く歌われる”その日が来たら”という言葉。 それを聴いた瞬間、これはただの絶望ではないと感じた。 事実最後のほうで”君だけを守る”という言葉が出てきていることから、その日というのは自分自身の殻を打ち破る決意が持てた日と捕らえても良いかもしれない。 その日という希望と、その日が来るまでの絶望。 その言葉のバランスは恐ろしく繊細だ。 でもそれを崩すどころか、サウンド、歌声、メロディの上で絶妙すぎるほど繊細に成り立たせている。 だからこそ衝撃的とまで言える名曲になっているのだろう。 衝撃的ということであれば「かたくてやわらかい」も外せない。 ミユキさんが歌メロを書いたというこの曲は、始まりからダークな雰囲気を醸し出しながら2つのメロディが絡み合うように進行していく特異な曲。 聴いているとどちらが主のメロディがわからなくなってくるのだが、最終的には不思議と一体となっている。 だから決して嫌な感じがないどころか、むしろある種の心地よさを残してくれる。 ここではこの2曲を挙げたが、「赤くぬれ」、「385」、「青い夜更け」もそれぞれに衝撃的だ。 いや、それをあえてここで言う必要はないかもしれない。 「そんなことどうだっていい、この歌を君が好きだと言ってくれたら。」 というタイトルがこのミニアルバムの全てを語っているのだから。 聴いた人が好きだと言ってくれる自信作。 そしてその通りの名盤だ。
micarosu .
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