大胆不敵なC.P.E.バッハの実像に迫るハッキネン
C.P.E.バッハ:ファンタジア集
アーポ・ハッキネン(クラヴィコード、フォルテピアノ)
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは、強弱の鋭いコントラストや音程の跳躍、リズムの断続、和声の目まぐるしい変化といった作曲技法により「多感様式」と呼ばれるスタイルを確立し、特にベートーヴェンに強い影響を与えたことでも知られています。
このアルバムは、エマヌエル・バッハの大胆さを伝える短調の幻想曲をクラヴィコードで演奏した音源を中心とした構成ですが、途中にはエマヌエル・バッハが範とした父の作品から半音階的幻想曲とフーガ BWV 903をフォルテピアノで演奏した音源も収録。
演奏はフィンランドの名手ハッキネン。チェンバロによるゴルトベルク変奏曲では超美音を聴かせる一方で、ハイドンの十字架上のキリストの最後の7つの言葉では、クラヴィコードをきわめて性格的に鳴らしていた実績もあるので、今回のクラヴィコードとフォルテピアノの弾き分けも注目されるところです。
▶
Brilliant Classics 検索
作品について
クラヴィコード偏愛
バッハの次男、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ[1714-1788]は、クラヴィコード、フォルテピアノ、タンジェントピアノ、チェンバロ、オルガンなどを演奏して生活していましたが、最も好んでいたのはクラヴィコードで、奇抜な曲名で知られるロンド「わがジルバーマン・クラヴィーアへの別れ」(トラック13)もクラヴィコードについての作品です。
独自の発音構造が音楽様式に影響
シンプルな構造ゆえ打鍵がそのまま音響に反映するクラヴィコードは、音の強弱表現に加えて、ベーブング(ヴィブラート)での繊細な効果や、ポルタートで柔らかく音を切ったりすることができることから、エマヌエル・バッハは得意の即興演奏をはじめとしてクラヴィコードを多用しており、それが幻想曲での自在な作風にも繋がっていました。
特に短調作品には大胆なものが多く、強弱の鋭いコントラストや音程の跳躍、リズムの断続、和声の目まぐるしい変化といった大胆な作曲技法により「多感様式」と呼ばれるスタイルを確立し、それがシュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)の音楽様式や、ベートーヴェン、シューベルトに与えた影響にも大きなものがあったと考えられています。
情熱的即興演奏と理論家の側面
興が乗ると目が座って口が開き、少し泡を吹きながら即興演奏をおこなっていたというエマヌエル・バッハですが、理論家としての著作もあり、1753年に出版された「正しいクラヴィーア奏法試論」では、運指法や装飾音、前打音、持続低音など様々な事柄に言及しつつ、鍵盤楽器奏者の能力を最も正確に判断できるのはクラヴィコードであるとまで断言してもいます。
父バッハの作品からの影響
「ベルリンのバッハ」、「ハンブルクのバッハ」と呼ばれたエマヌエル・バッハは、時には兄や弟と区別するためか「大バッハ」とも呼ばれており、存命中の名声では明らかに父を上回っていましたが、父の音楽を最も大切にしたのもエマヌエル・バッハでした。
父バッハを偲ぶ作品の可能性
エマヌエル・バッハが1753年に出版した幻想曲とフーガ ハ短調(トラック4と5)は、父バッハの半音階的幻想曲とフーガ BWV 903を思わせることから、父を偲んで書いたトンボー(追悼曲)だとする説もあります。
そのためこのアルバムでは、終わりの方に半音階的幻想曲とフーガ BWV 903(トラック11と12)を収録し、続けてエマヌエル・バッハ晩年のロンドと幻想曲を置いて締めくくることで、父バッハとエマヌエル・バッハの音楽的関連について考えさせるような構成になっています。
使用楽器について
エマヌエル・バッハの作品はすべてクラヴィコードで演奏されており、ジルバーマンの流れを汲むとされるレーゲンスブルクのクリストフ・フリードリヒ・シュマール[1739-1814](トラック1・2・3・11・12・13)の楽器と、ストックホルムのペール・リンドホルム[1741-1813]による楽器(トラック4・5・9・10・14)が使用されています。
一方、バッハの半音階的幻想曲とフーガ BWV 903(トラック11・12)では、使用楽譜がバッハ伝の著者としても高名なヨハン・ニコラウス・フォルケル[1749-1818]によるもののため、ウィーンのダニエル・デーア[1788-1837]の製作したフォルテピアノが用いられています。フォルケルはエマヌエル・バッハやフリーデマン・バッハとも交流があったので、その校訂譜にはバッハの息子たちの意思も反映されていると考えられています。
演奏者について
アーポ・ハッキネン(クラヴィコード、フォルテピアノ)
1976年、フィンランドのヘルシンキで誕生。幼少からヘルシンキ大聖堂の聖歌隊員として音楽教育を受け、13歳でチェンバロを習い始め、シベリウス・アカデミーで勉強。1995年から1998年までアムステルダム・スウェーリンク音楽院でボブ・ファン・アスペレンに、1996年から2000年までパリでピエール・アンタイに師事したほか、グスタフ・レオンハルトの指導も受けています。1998年、ブルージュ国際チェンバロ・コンクールで第2位とVRT賞を受賞。
ソロと室内楽のほか、指揮者としても活動し、欧米各国のほか日本などアジアでも演奏。
CDは、Brilliant Classics、Alba、Deux-Elles、Naxos、Aeolus、Ondine、Avieなどから発売。
収録作品と演奏者
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ[1714-1788]
ソナタ ヘ短調 Wq63/6 (H75)
1. アレグロ・ディ・モルト 4'10
2. アダージョ・アフェットゥオーゾ 4'24
3. 幻想曲 6'30
幻想曲とフーガ ハ短調 Wq119/7 (H75)
4. 幻想曲 2'14
5. フーガ 4'42
6. 幻想曲 ニ長調 Wq117/14 (H160) 2'32
7. 幻想曲 ト短調 Wq117/13 (H225) 4'26
8. 幻想曲ホ長調 Wq deest (H348) 5'46
幻想曲とフーガ ニ短調 Wq deest (H349)
9. 幻想曲 2'38
10. フーガ 4'44
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ[1685-1750]
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903(J.N.フォルケル版)
11. 幻想曲 7'12
12. フーガ 5'54
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ[1714-1788]
13. ロンド ホ短調「わがジルバーマン・クラヴィーアへの別れ」Wq66 (H272) 6'44
14. 幻想曲 嬰ヘ短調 Wq67 (H300) 13'31
アーポ・ハッキネン(クラヴィコード、フォルテピアノ)
使用楽器
クリストフ・フリードリヒ・シュマール(レーゲンスブルク)によるクラヴィコード(1-3、11-13)
ペール・リンドホルム(ストックホルム)によるクラヴィコード(4-5, 9-10, 14)
ダニエル・デール(ウィーン)によるフォルテピアノ(6-8)
録音:2022年6月20-22日、フィンランド、ピタヤンマキ村の教会