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他なる映画と 1

濱口竜介

Product Details

Genre
ISBN/Catalogue Number
ISBN 13 : 9784867840061
ISBN 10 : 4867840068
Format
Books
Publisher
Release Date
July/2024
Japan
Co-Writer, Translator, Featured Individuals/organizations
:

Content Description

『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』、そして『悪は存在しない』へ。カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの世界三大映画祭を制覇し、米国アカデミー賞国際長編映画賞にも輝いた、世界が注目する映画監督・濱口竜介による映画論を、全2冊に集成。1巻目の「映画講座」篇には、仙台・神戸・鎌倉・ソウルなどで開かれたレクチャーをまとめる(すべて初活字化)。映画史上の傑作・名作はいかに撮られてきたのか、その作劇と演出と演技へと迫る映画講座、ここに開講。


私の映画との関わり方、というのは何かと言うと、それはもちろんまず撮る人――この場合は監督として――ということです。そして、もう一つは、もしかしたらそれ以上に映画を見る人、ただの映画好き、一ファンとして、ということですね。映画好きが昂じてそれが職業になるところまで来たので、一応は人並み以上に好きなのだろう、とは思っています。ただ、そんな風に人並み以上に好きであるにもかかわらず、映画というのはどこか、徹頭徹尾私にとって「他・なるもの」であるようだ、というのがほとんど二十年近く映画と関わってきて、私が強く持っている感覚なんです。――本書「映画の、ショットについて」より

「映画をこれまでほとんど見ていない」ような人でも理解できて、しかもその人をできるだけ自分の感じている「映画の面白さ」の深みへと連れて行けるように、という思いで構想した。――本書「まえがき」より


《著者情報》
濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)
1978年生まれ。映画監督。東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』(2008)で注目を浴びたのち、大震災以後の東北地方に取材したドキュメンタリー「東北記録映画三部作」(2011〜2013、酒井耕と共同監督)を経て、演技経験のほぼない演者たちを起用した『ハッピーアワー』(2015、ロカルノ国際映画祭・最優秀女優賞)で国際的な評価を得る。柴崎友香原作の『寝ても覚めても』(2018)を初の商業映画作品として発表し、その後、オムニバス作品『偶然と想像』(2021)ではベルリン国際映画祭・銀熊賞、村上春樹原作の『ドライブ・マイ・カー』(2021)ではカンヌ国際映画祭・脚本賞のほか米国アカデミー賞・国際長編映画賞に輝き、最新作『悪は存在しない』(2023)もヴェネツィア国際映画祭・銀獅子賞を受賞するなど、世界がもっとも注目する映画作家の一人である。

【著者紹介】
濱口竜介 : 1978年生まれ。映画監督(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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Book Meter Reviews

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  • ぐうぐう

    映画とは何かと考えた際、濱口竜介はシンプルに「カメラとは現実を記録する機械である」という原点に立ち返る。そしてリュミエール兄弟のフィルムを鑑賞し、それを確認する。では、映画監督の仕事とは何なのか。濱口は師匠である黒沢清の答えを大いに参考にする。曰く「カメラをどこに置くか、を決めること」「カメラをいつ回し始め、いつ回し終わるか、を決めること」だ。その原初的な答えから映画監督を、そして映画を眺め直した結果、濱口は気付く。映画とは他なるものだ、と。(つづく)

  • しゅん

    1は講演集。映画は、人間の心理などとは一切関係ない撮影機によって記録される、「他」なるものである。しかし、その記録は時空間的に断片でしかあり得ない。断片を巧みに繋ぐことで、グリフィスは画面の外側を想像させる技を発明し、そこから古典ハリウッドの黄金期が始まった。同時に、記録された断片の連鎖によって動きが生まれ、動きの類似や反復が発生する。俳優の動きと発話の力が生まれるが、それは脚本と演出との相互作用によって成り立つ。映画のあらゆる技術を深める方法を探る語り。「他」と「同」の共存が、結果的に浮かび上がる。

  • まぶぜたろう

    明快な解を記す『2』に比べ『1』は主観的で情動的で、例えば「流れる」の冒頭について分析を施しつつも、濱口竜介はこれを「至芸」としか形容しない。濱口は映画を言語化することの傲慢さや不可能性に自覚的でありながら、実作者の責務であるかのように分析を繰り返す。そして「気持ちがいい」「つなぎ」を羅列しては「ここです」と指摘する。そしてこの感動的な「ここです」はあまりに感動的な「東京物語」論へ連動する。「ここ」を「見るという行為」、つまり観客の映画への加担「を促し、励まし続けてくれる」のだ。「見続けましょう」と。

  • 酩酊石打刑

    WOWOWで濱口監督の初期作品をまとめて観た。作品の訳の分からなさを感じながらもなぜか魅かれてしまった。そんな折、彼の著作が出版され読んでみた。彼が行ったレクチャーの原稿とのこと。アカデミックな講義めいていて、わたしのような凡庸な映画鑑賞者にはちょっと難しかった。しかし映画を観ると寝てしまう、覚えていないと公言してはばからない彼のスタンスに好感が持てた。観ていない映画も多くよく分からなかったが、黒沢清や小津安二郎、相米慎二の作品については理解できたと思う。さあ、続けて2も読んでみよう。

  • gu

    流し読み。後で再読する。「他なる映画」というか映画における他者、つまり技術的制約や環境要因といったコントロールし切れない外部が、映画の制作と鑑賞にもたらす創造性というものを語っているように思えた。

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