日記で読む文豪の部屋

夏目漱石、寺田寅彦、内田百�閨A永井荷風、石川啄木、宮沢賢治、北原白秋の日記から、住まいや部屋に対する彼ら自身の眼差しが、作品に反映される精神の原風景を読み解く注目作品。

机ひとつしか持たいないような絶望的な貧困の中にあった啄木は、（略）それでも「広き階段とバルコンと明るき書斎」が欲しいと書いている。それがあるべき啄木を構成する夢の部屋だった。（「あとがき」より）

室内への眼差しから見えるもの
日本の近代の作家たちは、住まいや部屋をどのように設え、どのように使っていたのだろうか。また、必ずしも自身の住まいではないにしても、部屋に対してどのような眼差しを向け、どのように感じ、あるいは考えていたのだろうか。
おそらく、彼らのそうした感覚や意識は、日記の中から読み取れるのではないだろうか。

本書はデザイン研究の嚆矢が、夏目漱石、寺田寅彦、内田百�閨A永井荷風、石川啄木、宮沢賢治、北原白秋の日記から、室内という「保守」でもあり「変革」でもある存在のありかを探った、興味深い一冊である。

たとえば漱石からは、空間としての部屋や設備については、借家でどうすることもできないものの、部屋に置かれる家具や什器によって、それを自らのものにしていこうとしているのが見て取れる。
またたとえば啄木は、汚れた古畳と古障子に土塗りの壁の六畳間がすべてであり、この絶望的なまでに貧しい部屋にあって、大切なものが「机」であることがわかる。
さらにたとえば寺田寅彦は、正岡子規の家を訪ねたとき、玄関に女物の履物しかないことを記しており、そのことで子規の病状を読みとろうとしている──。
文豪の日記を別の視点から読み解くことで、また新たな人間像が浮かび上がってくる。

［目次］
日記に記された住まいと部屋
強固な趣味の精神的空間　夏目漱石
徴候的知（セレンディピティ）による視線　寺田寅彦
過去を夢みる装置　内田百��
都市の観相者　永井荷風
花壇工作人のノート　宮沢賢治
部屋が欲しい　石川啄木
「童謡」の部屋　北原白秋
あとがき

柏木　博 （かしわぎ　ひろし）
1947年兵庫県生まれ。武蔵野美術大学産業デザイン学科卒、現在同大学教授。
主要著書『デザインの20世紀』（NHKブックス）、『日用品の文化誌』（岩波新書）、『色彩のヒント』（平凡社新書）、『モダンデザイン批判』（岩波書店）、『「しきり」の文化論』（講談社現代新書）、『探偵小説の室内』（白水社）他多数。