Peter Grimes: C.davis / Lso & Cho, Winslade, J.watson, Michaels-moore, Etc

サー・コリン・デイヴィス / ブリテン：『ピーター・グライムズ』全曲（3CD）
“個と集団”“強者と弱者”“粗野と洗練”“使役と教育”といったさまざまな対立概念が独特の緊張関係を構築するブリテンの名作『ピーター・グライムズ』。デイヴィスはこの作品を得意としており、これまでにもヴィッカース主演のPHILIPS録音が、長年にわたって作曲者自演盤と並ぶ名演とされてきたほど。
　今回登場する演奏会形式上演のライヴ録音は、それから四半世紀を経て、膨大な経験を蓄積した巨匠となったデイヴィスによるものだけに、演奏内容には素晴らしいものがあります。

　まず特筆すべきは、主役のピーター・グライムズに人を得たことでしょう。グレン・ウィンスレードは、オーストラリア出身のテノールで、バイロイトでのティーレマンとの『タンホイザー』が話題になったのは記憶に新しいところです。CDではギーレン指揮する『千人の交響曲』での真摯な“マリア崇拝の博士”が評判となり、一部マニアのあいだでは「ルネ・コロ以来の名唱」と絶賛されていました。
　ピーター・グライムズ役に次ぐ重要な役どころであるエレン・オーフォード役には、イギリスのソプラノ、ジャニス・ワトソンが起用され、近代市民社会における普遍的価値観の代弁者でもあるこの役柄にふさわしいリリカルな美声を聴かせてくれています。第3幕、「刺繍は子供の頃には贅沢だったわ」における情感豊かな歌唱はことのほか印象的です。
　ピーター・グライムズを自殺に追いやる老船長のボルストロード役における、アントニー・マイケルズ＝ムーアの深みのある声、厳格な雰囲気も立派でした。このイギリスのバリトンは、ウィンスレードと一緒にギーレンの『千人の交響曲』に出演しているほか、プレヴィン＆VPOの『カルミナ・ブラーナ』でも印象的な歌唱を聴かせてくれています。実演では、なんといっても2002年の新国立劇場における『椿姫』でのジェルモンの名唱が忘れがたいところです。

　しかしやはり最も見事なのはデイヴィスの統率ぶりでしょう。ブリテン自身により、組曲『4つの海の間奏曲』と『パッサカリア』が発表されたほど魅力的なオーケストラ・パートを有するこの作品では、歌い手と密接に絡み合うオーケストラの存在が非常に重要であり、第1幕の“ジョー爺さんは漁に出かけた”でも対位法を交えた面白さを十分に体感させてくれます。
　このコンサートが演奏会形式上演であったこともレコーディングにとって幸いでした。オペラの演奏会形式上演が、舞台とはまた異なった魅力を発するものであることは近年、よく認識されているところですが、最大のポイントはやはり歌手とオケの有機的な結合という点にあります。その意味で、オーケストラがきわめて重要な役割を果たすこの作品での演奏会形式上演には大きなメリットがあると考えられるのではないでしょうか。
　また、少々短めなバービカン・センターの残響時間もここではむしろプラスに働いており、実演録音にも関わらず明晰なサウンドが、ブリテン作品固有の透徹したフォルムを浮かび上がらせて文句なしの仕上がりとなっています。LSOレーベルの名作『トロイ人』に匹敵する優れたアルバムの登場といえるでしょう。


■ブリテン：歌劇『ピーター・グライムズ』全曲
ピーター・グライムズ：グレン・ウィンスレード
エレン・オーフォード：ジャニス・ワトソン
ボルストロード船長：アントニー・マイケルズ＝ムーア
セドリー夫人：キャサリン・ウィン＝ロジャース
スワロー：ジェイムズ・ラザフォード
ホブソン：ジョナサン・レマル
パブの女主人：ジル・グローヴ
その姪1：サリー・マシューズ
その姪2：アリスン・ブキャナン
ボブ・ボールズ：クリストファー・ジレット
ホレイス・アダムス牧師：ライランド・デイヴィス
ネッド・キーン：ネイサン・ガン

ロンドン交響楽団＆合唱団
指揮：サー・コリン・デイヴィス

収録：2004年1月10,12日、ロンドン、バービカン・センター
収録時間：142分43秒
収録方式：ハイ・デンシティDSD(Direct Stream Digital)レコーディング
プロデューサー：ジェイムズ・マリンスン
エンジニア：ジョナサン・ストークス、ニール・ハッチンスン