素晴らしい翻訳をして下さった広中平祐氏には申し訳ないのだが、この邦題は良くない。もっと解り易く人を驚かせる、例えば『分砕次元の容貌(いろかたち)』などとすべきであった。著者はそういうアピールをこそ望んだに違いないので。
数学者マンデルブロの主著にしてカオスへの扉を開いたこの本を、著者はエッセイと称する。エッセイとは思想を伝える文章であり、この本は分数次元という新しい思想を喧伝するものであるから。
従ってこの名著が販売終了などという由々しき事態に対して、思想界は挙って声を上げなければなるまいに、思想家連中は何を見ているのやら。詩を作るだけが能の小生には、能天気の理由は理解できない。
根っからの文系である小生にとって、本書は完全に理解の埒外だが、だからこそ放り出す気にはなれない。そもそも他人様の考えが、本1冊ちょろっと読んだ程度で理解できるようなら、誰も人生に苦労はしない。まして、それまで世に無かった新しい概念である。他ならぬ著者が、飛ばし読みを薦めている本である。単純な数式で描かれたという美しい図版を見るだけでも、バチは当たるまい。北斎の傑作『神奈川沖浪裏』が、周知のものとして紹介されるのも嬉しい。
冒頭部分に当たる5章では、海岸線の長さというものが細かく測れば測るほど際限なく延びていく不思議が語られ、結論として3/2次元という聞いた事のない世界に導かれるのであるが。有限の事物に無限を見るのは、昔から詩人の追求するところでもある。
ウィリアム・ブレイク『無垢なる兆し Auguries of Innocence』(拙訳)より
一握の砂に見るは世界を
野に咲く花には天国を、
あなたの掌(てのひら)握るは無限を、
1時間のうちに永久(とこしえ)を。
To see a world in a grain of sand
And a heaven in a wild flower,
Hold infinity in the palm of your hand,
And eternity in an hour.